◇誇り持てる社会に−−消えぬ格差、「血」隠す苦悩
「アイヌってどういう人?」。アイヌ民族の夫を持つ胆振管内白老町の女性(42)は、次女(18)が小学校高学年のころ口にした素朴な質問に一瞬戸惑った。夫が「おれたちのことだ」と答えると、居合わせた長女と長男も驚いた様子を見せた。女性が「恥ずかしがることないよ」と続けると、子どもたちはすんなり受け入れてくれたようだった。
アイヌであることを理由に差別されてきた苦難の歴史は「アイヌの血」を隠して暮らす人々を今なお生み続けている。
女性の長女は中学時代、友人が「あそこの家はアイヌなんだよ」と陰口をたたくのを聞いたが、実はその友人もアイヌだった。自身の出自を親から教えられないまま、差別する側に回る悲劇。女性は「子供にどうやってアイヌであることを伝えるか悩んでいる人は多い」と打ち明ける。
今、長女は21歳。「結婚で差別を受けないか不安に思うこともある」と女性の心配は尽きない。
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苫小牧市内の40代の女性はアイヌの父と和人の母の間に生まれ、中学時代に初めて差別を受けた。同級生から「お前アイヌだろ。気持ち悪い」と言われたトラウマは今も消し難く、アイヌ関係のテレビ番組が流れると、黙ってチャンネルを替えてしまうことがある。
女性は「嫌な思いをしたからアイヌとして生きたくないという人は多い」と、声を上げられぬアイヌの気持ちを代弁する。5年ほど前に子どもにもアイヌの血をひくことを伝えたが、その後も家庭ではアイヌの話題がタブーになっている。
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差別は所得や教育の格差も生み出す。
道が06年に行ったアイヌの生活実態調査によると、道内に住むアイヌ約2万4000人の生活保護受給率はアイヌ居住地域の住民平均の1・6倍に当たる3・8%に上った。大学進学率は平均の半分以下の17・4%。北海道ウタリ協会の加藤忠理事長は政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で進学率の低さを取り上げ「親の世代が受けた民族差別に貧困なども含めた複合的な要素が絡んでいる」と指摘した。
道はアイヌを対象とした高校・大学の奨学金や住宅新築・改築の補助などの制度を設けているものの、胆振管内の生活相談員は「『アイヌであることを隠したい』と申請しない家庭も多い」と明かす。有識者懇談会では生活支援策を道内だけでなく全国に広げる議論も行われているが、実現しても「アイヌの血」を表に出せない人々には支援が届かない可能性もある。
白老町の生活相談員、竹田博光さん(59)は「求めているのは定額給付金のような『ばらまき政策』ではない。アイヌであることを誇りに思える社会をつくらなくてはいけない」と訴える。言い換えれば、民族の違いを越えて互いを尊重する「共生」の実現。日本社会全体が問われている。
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■ことば
◇道のアイヌ生活実態調査
道がアイヌ施策のあり方を検討するため、アイヌ民族の血を受け継いでいるとみられる人とその家族を対象に72年から6、7年ごとに実施している。最新の06年調査によると、アイヌは道内72市町村に8274世帯2万3782人が住み、うち6割が日高、胆振支庁管内に集中。1次、2次産業の従事者の割合がアイヌ居住地域の平均を30ポイント以上上回る56・3%に達した。ただし、アイヌであることを否定している場合は調査対象外で、識者などから「現状を正確に反映していない」とも指摘されている。
1月10日朝刊
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