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NIKKEI NET

社説 「国際標準」獲得へ官民の発想転換を 技術力を世界に拓く・中(1/11)

 日本の産業の輸出競争力を高めるためには、製品・サービス市場での「国際標準」の獲得が欠かせない。個別の製品分野で高い技術力を持っていても、輸出先の市場の工業規格や安全基準に沿っていなければ、宝の持ち腐れとなってしまう。

 この標準化戦略で、日本企業が米欧に大きく出遅れている現実を重く受け止めるべきだ。象徴的な分野は新興国のインフラ市場である。「BRICs」で知られるブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国で、競争力の弱さが露呈している。

鉄道ビッグ3の影響力

 一例を挙げよう。産業インフラの整備を進めるインドは、首都周辺デリーの工業地帯と西海岸ムンバイの港湾を結ぶ貨物鉄道の輸送力強化を目指している。日本政府も計画を支援し、昨年秋の日印首脳会談で麻生太郎首相が総額4500億円に上る円借款の供与を約束した。

 日本の鉄道関連メーカーにとって巨大な輸出市場が開けたわけだが、思わぬ落とし穴があった。多数の信号機を制御する鉄道運行管理システムの国際基準が、日本企業が培ってきた技術体系と異なるからだ。

 鉄道管制の規格を実質的に定める組織がある。欧州企業が中心の「信号工業連合(UNISIG)」だ。同連合に加盟する企業の中でも、ドイツの総合電機企業シーメンス、フランスの重電機大手アルストム、航空機メーカーとしても知られるカナダのボンバルディアの3社は、「鉄道ビッグスリー」と呼ばれ、圧倒的な影響力を握っている。

 対する日本の信号機メーカーは、日本信号、京三製作所、大同信号、日立製作所など。いずれもJRグループを最大の顧客とし、JRの指示に基づいて地道に製造技術を磨いてきたが、世界市場に打って出た経験は乏しい。「親方日の丸」や「内ごもり」の体質が染み付いているのが実態である。

 デリーとムンバイを結ぶ貨物鉄道の距離は約1500キロに及ぶ。大量の信号機を発注するインド政府・インド国鉄の立場からすれば、メーカーの数が世界的に多い国際規格の枠組みで全体の鉄道運行システムを設計した方が、競争原理が働くため有利だと考えるのが当然だろう。

 事実、鉄道ビッグスリーのインドへの売り込み攻勢は激しかった。インド政府と日本政府が水面下で交渉を続けた結果、今回の円借款に絡む路線については、日本勢が受注する方向となった。しかし、安心はできない。インドは現在の鉄道網の全長が11万キロと、日本の5倍の巨大市場である。全土を網羅する予定の新路線の受注では苦戦しそうだ。

 他のBRICs各国や新興国でもインフラ整備の計画は目白押しだ。鉄道、航空、道路などの運輸分野に限らず、電力、通信、上下水道、環境保全などの新市場が開けている。金融危機の余波で日本国内と米欧の消費が停滞し、先進国向けの輸出が落ち込む一方で、新興国の需要は底堅く伸びている。

 日本の産業界は、人口10億人の先進国の市場だけでなく、40億人の新興国に焦点を当てて輸出競争力に磨きをかけるべきだ。日本国内市場で培った個別の製品分野の技術力だけに頼っても、新しい世界市場での競争に勝ち抜くことはできない。

技術交渉力を磨け

 せっかくの日本の技術力をいかすためには、技術に経済価値を与える舞台装置を、自らの手で築く必要がある。国際標準は「所与の条件」ではない。規格や基準を定める段階から競争は始まっている。

 これまでは欧州連合(EU)が主導権を握ってきたが、国際標準競争への参入は今からでも遅くはない。技術は常に進化し続け、さまざまな産業分野で新しい規格や基準が毎日のようにつくられているからだ。日本は国際的な議論の場に官民の人材を投入し、新分野でのルールづくりに積極的に関与していくべきだ。

 いま求められているのは、新技術に関し国際的な合意を導く企業と政府の「技術交渉力」である。企業は専門家が集まる国際会議で堂々と主張し、規格づくりに参画できる技術陣の育成を急ぐべきだ。日本国内だけでなく世界の技術体系の潮流を見通し、広い視野で開発戦略を練る経営の力も欠かせない。

 日本工業規格(JIS)制度などの基準認証制度を運営する政府の役割も大きい。企業の技術力を日本国内に封じ込めるのではなく、世界の需要につながる形で解き放つ技術政策に発想を転換する時ではないか。JRやNTTグループなど巨大な旧公共企業体は、メーカーの技術開発の自由を束縛すべきではない。国内市場で活発な競争があってこそ、技術が世界に羽ばたく。

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