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社説:日本年金機構 許されぬトカゲのしっぽ切り

 社会保険庁を解体して来年1月に発足する「日本年金機構」の設立に向け、準備作業が進んでいる。現在、正規・非正規合わせて2万869人の職員を、同機構発足時には1万7830人にスリム化する。また、新組織には1000人程度の外部人材を採用し、民間の知恵も取り入れ再生を目ざすという。注文はただ一つ、どん底まで落ち込んでいる年金業務への信頼を早急に取り戻し、暮らしの基礎となる社会保障について、安心の仕組みを再構築することだ。

 社保庁の相次ぐ不祥事で失ったものは多い。何よりも「官僚への不信」が深まったことだ。年金記録ののぞき見や国民年金保険料の不正免除、消えた年金、最近では厚生年金の組織的改ざんが明らかになり、年金制度への不信が強まった。

 社保庁が消えて新組織になれば、すべてが解決するかと言えば、そうはならない。消えた年金や記録改ざん問題の処理は長期化しそうで、新組織は重い課題を背負っての船出となる。

 当面の最大の課題は新組織の職員採用問題だ。政府はすでに職員の採用基準について「懲戒処分を受けた者は採用しない」ことを決めている。この方針に基づき来月中旬までに、社会保険庁が採用候補者の名簿を作成、民間人で組織する職員採用審査会が精査した上で最終的には同機構設立委員会で決定される。

 懲戒処分者を一律に不採用とすることについては、日本弁護士連合会などから問題点が指摘されている。日弁連は昨年末、「過去一度でも懲戒処分を受けた者は、一律に不採用とするのは、労働法制や国家公務員法上、重大な疑義がある」とする意見書をまとめ、採用基準の見直しを求めた。

 労働法制では、客観的合理的な理由と社会通念上の相当の理由がない場合には、職を失わせることはできないという解雇ルールが定着している。社保庁の懲戒処分者は876人いるが、処分理由は年金記録ののぞき見や、無許可で労組活動に専念した「ヤミ専従者」、交通事故など、さまざまだ。こうした処分者をすべて新組織に不必要な人材と、切って捨てるのは公正という点で疑問がある。

 当初は、懲戒処分者を有期雇用とする案だったが、自民党から「社保庁の不祥事で選挙に負けた」などの声が強まり、一律不採用に変わった。明確な採用基準を作って、職員の処分内容を検討し面接も行って、採否を決めるのが常識的な方法だろう。

 社保庁の信頼を失墜させたのは職員だけではない。歴代の社保庁長官、厚生労働省幹部、そして政治家の責任も大きい。この点をあいまいにして、懲戒処分者だけに責任を押しつけて決着を図るやり方はトカゲのしっぽ切りでしかない。法治国家であるからには、解雇ルールなどの法律を踏まえた対応を望みたい。

毎日新聞 2009年1月11日 東京朝刊

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