新自由主義は悪か?
日常見て回るブログには、左派系のものが多い。このブログもその片隅に位置しするのかも知れない。その左派系ブログでは、おしなべていわゆる「新自由主義」を諸悪の根元のように攻撃しまくっている。もちろん、アメリカ追従による不用意、無原則の小泉改革や竹中流の金融資本、市場原理主義的な政策は、新安保政策と共に当塾の相容れるところではない。
このブログでは、23回にわたったシリーズ「朝鮮・韓国」を太古から日韓併合まで続け、ようやくこのほど一段落した。その中でいろいろ感ずるところもすくなくなく、今回は、明治の文明開化と新自由主義・小泉改革を取り上げてみたい。
小泉改革のキャッチフレーズは、「改革なくして成長なし」であり、抵抗勢力を敵視して「自民党をぶっこわす」とまで言ってのけた。ひるがえって明治時代に飛んでみる。アメリカをはじめ西欧列強のガイアツを受けて開国を実現、明治クーデターを経て「文明開化」を定着させた。
民間にあって改革開放の旗振り役は、福沢諭吉であった。日清戦争に当たり、彼の創刊した『時事新報』は、「文明開化の進歩を謀るものと其進歩を妨げんとするものの戦」と位置づけ、戦争による清兵の殺戮も憐れむべきだがやむを得ない、とした(1994/7/29)。
また日露戦争では、大正デモクラシーに「民本主義」の言葉をあてたことで有名な吉野作造の論文がある。その主旨は、ロシアが領土拡張をしてもそこで外国の貿易を排除する非文明国であり、皇帝の支配する専制国を倒し、自由民権の勢力になればロシア人民の幸福である、とするものである(加藤陽子『戦争の日本近現代史』参照)。
これも、グローバリゼーションに抵抗するのは文明の敵で、専制を廃し民主主義を樹立する正義をうたっている。そして悪は正義の前に駆逐されるべき存在だという発想である。
再び現代に話を戻してみよう。アメリカと有志国がイラクに進攻した言い分とそっくり二重写しになってしまうではないか。文明開化と新自由主義を一緒にするな!、という声が聞こえる。私も実は同感なのだが、本質的な違いがどこにあるかといわれると、正直なところわからない。
新自由主義は悪なのであろうか。私は共産主義も社会主義も悪だと思ったことは一度もない。文明を区別し、経済システムを峻別して、善だ、悪だと攻撃しあうことから、人類はそろそろ卒業した方がいいのではないか。自然保護についても同じことがいえる。これからは、共存と発展の折り合いをどうつけていくのかの知恵を競う戦争であってほしい。、
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