委縮医療が医業の未来を奪う
第一線の病院で働く勤務医ほど、今のままの病院で働き続けることに明るい未来を感じていない。
「院長あてに投書されちゃうな」「カルテに記載しておかないと訴えられるよ」「何かあったら訴訟で負けるよ」。医療現場ではこうした会話が交わされているのが実情だ。医療訴訟や悪質なクレームの急増で現場が感じているプレッシャーは相当なものである。国民全体の意識の変容を背景に、苦情やクレームも近年悪質なものが増えている。
ある病院で聞いた話だが、治療の合併症について不審に思った患者家族が、病院だけでなく医師の自宅にまで執拗な電話を昼夜問わず何カ月にもわたりかけ続け、その結果医師は精神的にも肉体的にも極限まで追い詰められて、医師として働けなくなってしまったという。患者や患者家族からの執拗なクレームにより医師の心が「折れてしまう」こともあるのだ。
また、前回触れた大野病院の例のように、通常の業務を行っていても不幸にして患者が亡くなってしまったら手錠をかけられ逮捕されてしまうかもしれない。そう考え、リスクの高い手術から手を引いた医師や施設は多い。
36時間勤務に代表される過酷な労働環境や、訴訟リスクの増加(勤務医の4人に1人が医事紛争を経験している)などから、中堅勤務医が次々に病院を辞め、早めに開業する傾向が強まっている。勤務医が不足しているということは、勤務医であることのメリットをデメリットが上回ってきていることを反映している。それに加え、「患者側の意識が変わって、最近は患者に感謝されなくなった」ということをあちこちの病院で聞くのは印象深い。
このように、開業により中堅の医師が勤務医を辞めている現状が続くと、今後、若手医師を手とり足とり教える指導医が減少し、診療技術の伝承ができなくなっていく恐れがある。