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特集:裁判員制度、いよいよスタート(その2止) 法廷、暮らしの隣に

 ◆中小企業

 ◇辞退の可否「やはり不安」

 佐賀県のIT関連会社役員の男性(45)は、裁判員候補者の通知を受け取り、気が重くなった。会社には、自分を含めて3人しかおらず、個人商店と変わらない。「もし私が裁判員に選ばれたら、会社は回らなくなるだろう」と言う。

 営業と総務を一手に引き受ける。午前9時から午後6時まで、顧客とのやりとりや口座の管理、新規顧客への提案に追われる。その後も他の社員を手伝い、会社を出るのは午後10時過ぎ。土日もほとんど出勤だ。

 こうした事情から、裁判員は辞退できて当然だと思っていた。だが、通知の同封文書を読み、あくまでも裁判所の判断と知って不安になった。呼び出されて裁判所に行かなければ、罰則があることも初めて分かった。

 顧客の管理や営業活動は「顔」が重要なため、他の人に引き継ぐことは難しい。審理が数日で終わるとしても、営業がおろそかになったら、大きな損害を被りかねない。

 最高裁は国民の負担をできるだけ軽減するため、辞退を柔軟に考慮していく方針を示している。裁判所は、(1)代わりを務められる人はいないか(2)仕事を休むと重大な損害が生じるか--の2点を主要な判断要素にする。

 男性は「柔軟にというなら、私のような人間は最初から断れるようにしてほしい」と本音を漏らす。それでも裁判員に選ばれたら、参加するしかないと思っているが、「損害を最小限に食い止めるには、最低でも2カ月前までに告げてほしい」と訴える。

 通知に同封された調査票。決算や会計処理を行う時期のため、1月と2月を参加が困難な月として回答した。裁判員候補者には、年末まで呼び出し状が送られる可能性があり、そうすると裁判員を務めるのは年明けの2月ごろになる。男性は「1月か2月に呼び出されたら、『無理だ』と言うしかない。裁判所は常識的に考えてほしい」と話した。

 ◆障害者

 ◇手話通訳、大きな地域差

 「もし裁判員に選ばれたら参加したい。でも、通訳者が誰になるか、とても心配」

 国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科(埼玉県所沢市)の教官で、自身もろう者(聴覚障害者)の木村晴美さん(43)は昨年7月、模擬裁判に参加した。しかし、不安をぬぐえなかった。模擬裁判では学院の同僚教官らが手話通訳を務めたが、実際の裁判で同レベルの通訳がつくとは限らないからだ。

 裁判員法は「心身の故障のため職務の遂行に著しい支障がある者」は裁判員になれないと規定する。だが、木村さんは「通訳者の技術のために、ろう者が社会参加を阻まれることがあってはならない」と訴える。財団法人「全日本ろうあ連盟」(東京都新宿区)も昨年10月、裁判所が通訳者の研修の場を確保するよう、最高裁長官あてに要望書を提出した。

 手話通訳は地域格差が大きい。厚生労働省認定の手話通訳士は全国で2015人(08年12月25日現在)。都道府県別で東京が2割以上の452人を占めるが、佐賀は1人だけだ。地裁の管轄を超えた連携も求められている。

 一方、社会福祉法人「日本盲人会連合」(新宿区)は昨年6月、証拠書類の点字化や音声化など、視覚障害者が裁判員になった場合の対応改善を求める文書を、最高裁長官あてに出した。ただ、裁判員裁判の法廷での審理は、口頭でのやり取りを前提とするため、最高裁は証拠の点字化には消極的な姿勢だ。

 だが、東京地裁の模擬裁判に参加した全盲の女性は、点字化などの必要性を痛感した。他の裁判員には検察官、弁護人から、それぞれの主張をまとめた資料などが配布された。女性は「他の裁判員と同等の立場で、評議での判断に加われるのだろうかという不安感があった」と話した。

 ◆お母さん

 ◇一時保育の態勢は整う

 「小さな子を抱えるお母さんたちは、自分のことで精いっぱい。正直なところ、裁判員制度への関心は薄い。自分が裁判員になる可能性があると思っている人は、ほとんどいないのでは」

 インターネットの子育て情報サイト「ユウchan」の棒田明子編集長は、母親たちに制度は浸透していないとみる。知人の母親たちに話題を向けると、「託児所はあるの?」「子どもが学校に行っている間に(その日の公判が)終わるの?」と聞かれるが、否定的な反応が多いという。

 棒田さん自身、裁判員制度に不安を抱く。法廷という特異な場に数日間身を置きながら、子どもと向かい合うのは精神的負担が大きいと思っている。「災害時などに母乳が出なくなる人もいる。お母さんたちが裁判員になるには、精神的ケアも必要だ」と話す。

 裁判員裁判を実施する60地裁・支部がある自治体のすべてが、乳幼児を育てる裁判員のため、一時保育の受け入れ態勢を整えた。自治体の住民以外も利用できる「広域入所」や保育時間の延長が実現した。

 最高裁は育児を理由にした辞退は認める方針だが、母親らの視点を裁判に反映させるため、参加を促そうと保育サービスの拡充に取り組んできた。東京都品川区や足立区は、保育料の無料化を打ち出している。

 「共働き子育て入門」などの著書がある「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんは、育児面への十分な配慮が不可欠だと強調する。一時保育が用意されても自己負担のうえ、初めての場所にいきなりわが子を預けることは親にとって不安だ。ただ、普光院さんは「環境さえ整えば『貴重な社会経験』と思って裁判員になるお母さんもいると思う」と指摘する。

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 ◇裁判所は柔軟な判断を--東京商工会議所特別顧問・石井卓爾さん

 裁判員制度は、中小企業に大きな影響を及ぼす。東京商工会議所の石井卓爾・特別顧問に各企業の対応状況や裁判所への要望を聞いた。

 --中小企業の経営者や従業員が裁判員に選ばれたら、どんな支障が生じるのか。

 全国約420万社の99%が中小企業で、従業員20人以下は87%を占める。みな不景気の中、ぎりぎりの経営をしている。従業員が一人二役で仕事をこなすケースも珍しくなく、裁判員に選ばれたら他の従業員に大きな負担をかける。トラブルや事故が起きた場合、対応できる人がいなくなると、顧客に迷惑をかけ損害が生じることも懸念される。

 --裁判員制度の会員企業アンケートを昨年11月に公表した。結果をどう考えるか。

 回答した293社の8割が「3日間程度の拘束なら、国民の義務なので協力する」と答えた。一方、「新しい休暇制度を導入(検討)」と答えた社は24・6%だったが、前年は8・5%にすぎなかったので、企業の意識は確実に高まっていると感じている。

 --裁判所に要望することは。

 大企業の従業員は裁判員に選ばれたら休めるが、中小企業は昼は裁判員、夜は仕事と多大な負担を強いられることになりかねない。裁判所は辞退理由の判断にあたり、事情に応じて柔軟な姿勢で臨んでほしい。

 --制度開始後に取り組むことは。

 「裁判員裁判に参加したら、会社がつぶれてしまった」では、何のための制度か分からない。東商としては5月以降、実際に裁判員を経験した会員企業の意見を集め、運用状況を把握しながら検証していきたい。

毎日新聞 2009年1月4日 東京朝刊

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