Journal of Veterinary Medical Science
Vol.62, No.8
解 剖 学: ニホンイノシシ(Sus scrofa leucomystax)の下顎骨形態の地理的変異
遠藤秀 紀・林 良博1)・佐々木基樹2)・黒澤弥悦3)・田中一栄4)・山崎京美5)
(国立科学 博物館動物研究部,1)東京大学大学院農学生命科学研究科獣医解剖学教室,2) 東京大学総合研究博物館,3)前沢町牛の博物館,4)東京農業大学農学部家畜育
種学教室,5)いわき短期大学幼児教育科)
ニホンイノシシ(Sus scrofa leucomystax)の地理的変異に関して,東京大学 および国立科学博物館収蔵の下顎骨標本計174個を用いて検討した.体のサイズ
に関しては,従来北の集団が大きく南の集団が小さいという傾向に従うことが指 摘されてきた.検討の結果,大分県産個体群が本州産に比べて有意に小さいこと が確認された.さらに本州内では,三重県産集団が兵庫県産集団より有意に小さ
いことが指摘され,三重県の地理的位置と身体のサイズの関係が注目された.主 成分分析の結果,大分・宮崎県産集団は,本州産に対してまとまったクラスター を作ることが示されたが,本州内の各集団は主成分得点の明確な分離を示さなか
った.近年,日本産イノシシの集団間の系統関係については遺伝学的知見が蓄積 している.一方で本種は人の手による遺伝学的撹乱が日常的に見られ,今後,他 集団の移入による形態変化を考慮しつつ,適応的変異に関する考察を進める必要
があろう.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)815-820
解 剖 学: ニワトリ中脳の吻側正中領域と哺乳類中脳の前正中核との形態学的類似性(短 報)
白石典 久・内藤順平
(名古屋大学大学院生命農学研究科生物機能分化学 講座動物形態情報)
脊髄へ投射する中脳ニューロンの免疫反応性を逆行性軸索トレーサー法と免疫 組織化学法の組み合わせによりニワトリを用いて調べた.P物質陽性脊髄投射ニ ューロンは小型で,中脳吻側部の正中部(RMA)に集積し,腰髄の内側中間質細
胞柱(鳥類の節前神経節)ないしはその周囲に軸索を送る.このRMAは細胞構 築,免疫反応性及び神経投射の点から哺乳類の前正中核と高い類似性を示すこと から相同のものと考えられる.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)909-911
家禽疾病学:各種炭化水素を配合した油中水型エマルションの鶏に対する免疫賦活作用と炎症 反応(短報)
深野木信一・松本公平・森 肇1)・武田禮二
(塩野義製薬(株)油日ラボラトリーズ,1)京都 工芸繊維大学繊維学部)
各炭化水素で調製した牛血清アルブミン(BSA)配合油中水型エマルションを 鶏に投与し,免疫賦活作用および炎症反応への影響を調べた.直鎖型炭化水素の BSAに対する抗体価は分岐型に比べ高かった.また,n-C16H34とn-C18H38で32週
間高値を維持し,炭素数15以下の炭化水素では維持しなかった.シアル酸とクレ アチンキナーゼの血中濃度は炭素数12,14で高値と,16,18で無投与鶏と同値と
なった.従って,n-C16H34とn-C18H38が強い炎症を示さず持続的な抗体反応を導 くことが示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)917-919
生 化 学: ニワトリ肝単離核の長波長紫外線照射によるMg依存性クロマチン構造遷移に対す る阻害効果
荒井惣一郎・中西 宥・林 正信
(酪農学園大学獣医学部放射線獣 医学教室)
核懸濁液の濁度は核の形態変化と対応していることが知られているので,核懸 濁液の濁度を測定することによってニワトリ肝単離核の長波長紫外線(UVA)照 射によるMg依存性クロマチン構造遷移に対する効果を検討した.空気存在下にお
ける核のUVA 照射は核懸濁液の相対的な濁度のMg依存性変化を線量に依存して抑 制したが,窒素条件下での照射ではその様な抑制効果は認められなかった.相対 的な濁度変化に対するUVAの抑制効果は一重項酸素とヒドロキシルラジカルの除
去剤である50mMのNaN3存在下では認められなかったが,ヒドロキシルラジカルを 主として除去する100mMのジメチルスルフォキサイドの存在下では認められた.
DNA―タンパク質の架橋形成の量は空気存在下ではUVA 線量に伴って増加した が,窒素条件下での照射によっては形成されなかった.本研究は単離核のUVA照 射は凝縮クロマチンのMg依存性の巻きもどしを抑制し,この過程に一重項酸素が
関連していることを示した.また,DNA―タンパク質の架橋形成がこの抑制に寄 与していることを示唆した.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)861-865
生 化 学: 牛尿中β2-microglobulinの精製とその生化学的性質
星 史雄・長井大地・中島 融一・樋口誠一・川村清市
(北里大学獣医畜産学部獣医内科学講座)
これまで初乳β2-microglobulin(β2-m)の分離精製法および初乳β2-mのアミノ 酸配列を参考としてウシβ2-mの尿からの分離精製法を試みた.potassium
dicromate投与ウシから尿を採取し,それをイオン交換クロマトグラフィーとゲ ルクロマトグラフィーでウシβ2-mを精製し,精製された牛尿中β2-mと初乳β2-mの
免疫学的反応性,等電点,ペプチドマップ,およびアミノ酸配列を調べた.これ らの結果から精製された尿中β2-mは初乳β2-mと同一の性状を有し,98アミノ酸か
らなる単鎖ポリペプチドで,その分子量は11.8 kDaであった.さらに,等電点の 異なる4つのisoformを持つ可能性が示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)867-874
免 疫 学: 3系統の近交系マウスにおける小腸上皮細胞間リンパ球(IEL)の分布の部位によ る差
鈴木穂高・鄭光一・奥谷太一1)・土井邦雄
(東京大学大学院農学生命科 学研究科獣医病理学教室,1)獣医公衆衛生学教室)
11〜12週齢の雌雄のBALB/cマウス,および雄のC3H/He,C57BL/6マウスの小腸 の上部,中部,下部に分布する上皮細胞間リンパ球(IEL)の数,およびsubset
について比較した.その結果,IEL数はいずれのマウスでも,上部>中部>下部 という傾向を示した.これは,小腸の絨毛の長さと相関した結果だと考えられ る.また,IELのsubset構成については,特に小腸上部と下部で大きな差が認め
られ,中部は上部と下部の中間の傾向を示した.例えば,αβT細胞の割合は小腸 下部で高く,逆に,γδT細胞の割合は小腸上部で高かった.これは,αβT細胞が腸
内細菌による抗原刺激を受け,腸管局所で増加した結果であると考えられた.ま た,αβT細胞中のsubset構成では,胸腺外由来とされるCD8aa細胞の割合が小腸上
部で高く,胸腺由来とされるCD4細胞とCD4CD8αα両陽性細胞の割合は小腸下部で 高かった.このようなIELの部位差は,雌雄のBALB/cマウスでほとんど同じよう
に認められ,また,3系統の雄マウスの間でも非常に類似していた.これらのこ とから,マウスの小腸IELの分布の部位による差は,マウスの系統や性によらず 認められる普遍的な現象であることが示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)881-887
内 科 学:Staphylococcus aureus 潜在性乳房炎に感染した泌乳牛における自家トキソイ ド・バクテリンの効果
Hwang, C.-Y.・Pak, S.-I.・Han, H.-R
(Department of Veterinary Internal Medicine, College of Veterinary Medicine, Seoul
National University)
泌乳牛のStaphylococcus aureusによる潜在性乳房炎に対する自家トキソイ ド・バクテリンの臨床効果を評価した.実験に用いた牛は本感染症が多発してい
る1農場で,少なくとも1つの感染分房をもっていた22頭を選び,11頭にはそれぞ れの牛から分離した菌から作製したトキソイド・バクテリンを接種し,他の11頭
は対照とした.トキソイド・バクテリン接種群では感染分房の27%が12週間の実 験期間中に治癒し,対照群では5%であった.新たなS. aureusによる乳房感染は
対照群の3分房でのみ認められた.血清と乳汁中におけるS. aureus菌体抗原とα 溶血毒に対する平均IgG抗体価は,トキソイド・バクテリン接種群で有意に(p<
0.05)上昇し,対照群よりも高い値を維持した.トキソイド・バクテリン接種群 では,対照群と比較して,感染分房から採取した乳汁中の平均S. aureus菌数は2
回目接種の3週後から実験終了時まで有意に(p<0.05)減少した.またトキソイ ド・バクテリン接種群では,7−10週の感染分房から採取した乳汁中の平均体細
胞数が有意に(p<0.05)減少した.これらの結果より,泌乳中のS. aureus 潜 在性乳房炎に対する自家トキソイド・バクテリンによる治療は治癒率を増加し,
感染症状を軽減し,かつ新しい感染の発生をも阻止することが示された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)875-880
内 科 学: 犬のストラバイト腎結石に対するアミノ酸製剤を用いた溶解療法(短報)
三品 美夏・渡邊俊文・藤井康一1)・前田浩人2)・若尾義人
(麻布大学獣医学部外 科学第一研究室,1)藤井動物病院,2)前田獣医科医院)
麻布大学附属動物病院に来院したストラバイト腎結石を有する犬2頭に対し, アミノ酸製剤を用いた溶解療法を行った.治療の間は,通常の食餌を与えた.両 症例ともに腎結石は治療後1週目より溶解し始め,4週目にはX線検査上で腎結石
は確認されなくなった.その後も結石の予防のためにアミノ酸製剤を2〜3日間隔 で投与しており,結石溶解後6カ月以上経過しているが現在のところ再発は確認 されていない.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)889-892
内 科 学: X線ならびに超音波検査において部分的内臓逆位症と診断された犬の1例(短報)
茅沼秀樹・菅沼常徳・信田卓男・佐藤志伸1)
(麻布大学獣医放射線学研究 室,1)さとう動物病院)
食欲不振,削痩を主訴に来院した5カ月齢の雌のミニチュアダックスフンドに 対してX線検査,超音波検査を実施した結果,噴門部と幽門部の左右逆位,十二 指腸の左側走行,腎臓の逆位を確認した.しかし,胸腔内臓器は正常位であった
ことから,部分内臓逆位症と診断した.病理解剖では脾臓の重複,肝臓の分葉異 常,大網欠損を認めた.これらの所見は,人の無脾症―多脾症症候群と一致して いた.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)897-899
内 科 学: 皮膚病アシカから分離したMalassezia pachydermatis(短報)
中垣和英・畑 邦彦1)・岩 田恵理2)・竹尾漢治1)
(日本獣医畜産大学獣医学科,1)千葉大 学真菌医学研究センター,2)東京大学大学院農学生命科学研究科)
アシカの皮膚病変部位および飼育プールの水から菌を分離した.その菌は Dixon agar上でcreamyで,滑らかな集落を形成し,長鎖脂肪酸の補充なしによく
発育した.細胞の形態は卵形から円筒形で,出芽基部は広く,同一部で出芽と細 胞分裂が認められた.従って,この分離株をM. pachydermatisと同定した.さら
に,海産ほ乳類から分離は稀なので,フリーズエッチング法を用いて,M. pachydermatisの対照4株と共に電子顕微鏡観察を行った.この分離株は,娘母細
胞境界の細胞膜に,将来の細胞分裂部位を示すリング構造が存在し,さらに小球 状の膨らみが,螺旋溝が伸びた,ごく限られた部位に集中しているのが観察され た.この特徴ある所見は,参考にした4株でも同一に認められた.形態学とこの
超微形態の特徴の点から見て,この分離株は典型的なM. pachydermatisであると 確認された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)901-903
分子生物学: 豚インターロイキン2受容体α鎖遺伝子のゲノム解析および遺伝子座の同定
國保 健浩・平岩秀樹1)・安江 博2)・渡辺聡子・横溝祐一・犬丸茂樹
(農林水産省 家畜衛生試験場製剤研究部,1)STAFF研究所,2)農林水産省畜産試験場)
豚インターロイキン2受容体α鎖(IL-2Rα)のcDNAを用いてゲノムライブラリー を検索し,第1エクソン近傍ならびに第2―第8エクソン間をコードする2種の
クローンを単離した(Genbank; AF052073およびAF036005).当該遺伝子は 288bp,192bp,114bp,228bp,72bp,72bp,67bpおよび400bpの8つのエクソンで
構成され,第4イントロンには(CA)17繰り返し配列が見いだされた.発現プロ モーターである5'側上流領域には,過去に報告されているヒト,マウスおよび牛 と異なり,典型的TATA-box構造が唯一つ認められた.IL-2Rαは外来刺激によりT
細胞上に一過性に発現されるactivation markerで,この発現調節に必須と思わ れるエンハンサー領域にはNF-κBやSRFの結合部位あるいはIL-2Rαの特異的転写調
節に関与すると考えられ,その存在が示唆されている未知の核内因子, NF-IL-2Rαの結合部位が構造,配列ともに良く保存されていた.さらにTh1細胞の 分化を担うIL-12のシグナル伝達に関わるSTAT4の結合配列様構造も認められ,
IL-2Rα発現に対するIL-12の直接的作用も示唆された.次いで,2種のクローンを プローブとして染色体マッピングを実施したところ,第10染色体長腕末端
(10q6-qter)のvimentin遺伝子座近傍に特異的シグナルを認めた.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)841-847
寄生虫病学: マウスモデルを用いたBabesia rodhaini 感染の治療を目的としたクリンダマイ シンおよびテトラサイクリンの有効性
ウィジャヤ アグス・ウランサリ レト ノ・阿野仁志・猪熊 壽1)・牧村 進
(宮崎大学農学部獣医学科家畜内科学教 室,1)山口大学農学部)
マウスバベシア症に対する新たな有効な化学療法薬を見いだすため,マウス Babesia rodhaini感染モデルを用いていくつかの抗原虫薬を試験した.クリンダ
マイシン50, 100mg/kg BW/day b.i.d.の経口投与では,B. rodhaini感染に対 し,延命効果はみられたものの完全に有効な治癒は得られなかった.同薬200mg
の投与では原虫感染の治癒が認められた.一方,二回治療(100mgクリンダマイ シンおよび100mgクリンダマイシン,100mgクリンダマイシンおよび100mgテトラ
サイクリン),および一回治療(100mg テトラサイクリンまたは200mgクリンダ マイシン)でもB. rodhaini原虫の駆除の可能性が認められた.クリンダマイシ
ンおよびクリンダマイシン,およびクリンダマイシンおよびテトラサイクリンの 2回治療により治癒したマウスはB. rodhainiの再攻撃に対して完全な抵抗性が認
められたが,一方,クリンダマイシン(200mg)またはテトラサイクリン (100mg)により1回治癒したマウスでは抵抗性が不完全であった.以上の結果か
ら,前二者の治療群では有効な防御免疫(premunization)が誘導できたが,一 方,後二者の治療群では有効な防御免疫は不完全なことが示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)835-839
病 理 学: モルモットとマウスにおけるイヌサフラン及びコルヒチンの消化管毒性の比較; モルモットとマウスにおける毒性の相違
山田 学・古林与志安・古岡秀文・松 井高峯
(帯広畜産大学家畜病理学教室)
ユリ科植物のイヌサフランは牛,羊,馬に激しい致死性下痢を主徴とした中毒 を引き起こし,その原因毒物としてコルヒチンが疑われている.我々は以前牛の イヌサフラン中毒を病理組織学的に検索し,その消化管毒性にアポトーシスが関
与していることを報告した.今回イヌサフランによる消化管毒性を詳細に検索す るため,モルモットおよびマウスを用いたイヌサフランとコルヒチンの投与試験 を行い,病理組織学的に比較した.その結果,イヌサフラン,コルヒチン投与モ
ルモットでは共に,臨床的に激しい下痢が認められ,牛のイヌサフラン中毒の病 理像と一致した.一方,イヌサフラン,コルヒチン投与マウスでは共に,下痢の 発症は認められなかった.今回モルモットを用いた牛のイヌサフラン中毒の再現
試験に成功し,イヌサフラン球根の毒性がその成分のコルヒチンによることを改 めて確認した.またイヌサフランおよびコルヒチンによる消化管毒性には動物間 で種差が存在することが確認された.腸絨毛におけるマウス,ラットの腸上皮細
胞のアポトーシスによる除去機構はモルモット,サル,牛,馬とは異なることが 報告されている.イヌサフラン或いはコルヒチンの毒性によって,前者では下痢 は認められず,後者では下痢が発症することから,本症の下痢発症に,消化管粘
膜における生理的な死滅上皮細胞排出機構が関与している可能性が示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62(8)809-813
病 理 学: リクガメのヘルペスウイルスの検出のためのポリメラーゼ鎖反応(PCR)(短 報)
宇根有 美・村上 賢1)・植村香弥子・藤谷英男1)・石橋 徹2)・野村 靖夫
(麻布大学獣医学部病理学研究室,1)分子生物学研究室,2)動物病院)
リクガメのヘルペスウイルス感染症の診断に,ヘルペスウイルスに対するコン センサスプライマーを用いたPCR(ポリメラーゼ鎖反応)法の有用性を検討し た.口腔内スワブの20例中2例,肝臓(2例)および口粘膜(1例)のパラフィン
切片の全例,さらに新鮮口腔粘膜2例中1例において約230 bpの1本のバンドを検 出した.これらリクガメのヘルペスウイルスより得られたPCR産物の塩基配列
は,αヘルペスウイルスのそれに相当した.スワブや生検材料を用いたPCR法は, 感度が良好で,特異性が高い有用な診断方法と考えられた.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)905-907
病 理 学: 豚の胸膜における筋線維芽細胞肉腫(短報)
久保田泰徳・石川義春1)・芝原 友幸1)・門田耕一1)
(広島県東広島家畜保健衛生所,1)農林水産省家畜衛生 試験場北海道支場)
7か月齢の雌豚に認められた胸腔内肉腫を組織学的,免疫組織化学的,超微形 態学的に調べた.腫瘍組織は種々の細胞密度を示し,主として紡錘形の細胞から 成り,一部の細胞は血管を中心として同心円状に増殖していた.腫瘍細胞の多く
はα−平滑筋アクチンで陽性に染まり,デスミンは陰性であったが,両方が陽性 になる細胞も時々みられた.電顕的には,大部分の細胞は筋線維芽細胞の特徴を 有していたが,少数の細胞は合成型形質を示す血管平滑筋に似ていた.この腫瘍
は平滑筋に由来し,筋線維芽細胞への移行を示していると考えられた.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)913-916
薬 理 学: SD系ラット腸管での非アドレナリン非コリン性弛緩のメディエイター:他の系統 におけるメディエイターとの比較
置塩 豊1)・新岡里美1)・山路みちる 1)・山崎安子1)・西尾英明1)・竹内正吉1)・畑 文明1,2)
(1)大阪府立大 学農学部獣医薬理学講座,2)大阪府立大学先端科学研究所生体科学研究分野)
8週齢のSD系ラットの腸管各部位での,非アドレナリン非コリン性(NANC)弛 緩における,一酸化窒素,Vasoactive intestinal peptide(VIP),Pituitary
adenylate cyclase activating peptide(PACAP)の関与をin vitroで調べた. 調べた腸管全部位で,一酸化窒素が関与していることが示唆された.しかし,そ
の程度は部位により異なっていた.すなわち,近位結腸と直腸では程度が高く (66―69%),空腸,回腸,遠位結腸では中程度(39―52%)だった.PACAPの
関与は遠位結腸でのみ示唆され,VIPの関与は調べた全ての部位で認められなか った.今回の結果と以前の結果から,SD系ラットのNANC性弛緩への一酸化窒素の
関与は,他の系統(WistarとWistar-ST)より著しかった.また,VIPとPACAPの 関与はラットの系統により大きく異なっていた.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)821-828
生 理 学: ラット乳腺におけるシステインスルフィン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の発現
胡 建民・池邑良太・張 奎泰・鈴木正寿・西原真杉・高橋迪雄
(東京大学大学 院農学生命科学研究科獣医生理学教室)
泌乳初期のラット乳汁中には高濃度のタウリンが含まれ,乳子の成長に必須の 役割を果たしていることをこれまでに明らかにした.そこで,乳腺自体において タウリンが合成されている可能性について検討するために,タウリン合成の律速
酵素であるシステインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSD)遺伝子のラット 乳腺における発現を調べた.まず,RT-PCR法による増幅産物の塩基配列の解析に
より,ラット乳腺には肝臓と同じ分子種のCSD mRNAが発現していることが示され た.次に,泌乳期間中の乳腺におけるCSD mRNAの発現量の変化を検討したとこ
ろ,泌乳1日目と6日目で発現量が高く,泌乳14日目および非妊娠期では発現量が 低いことが確認された.さらに,in situ hybridization法により,乳腺におけ
るCSD mRNAの発現部位を検討した結果,乳腺上皮細胞にその発現が認められた. これらの結果より,乳汁中の高濃度のタウリンの少なくとも一部は乳腺上皮細胞
において合成されるタウリンに由来していること,また泌乳期間中の乳汁中タウ リン濃度の変動は主として乳腺上皮細胞におけるCSD遺伝子の発現量の変化に依 存していることが示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)829-834
公衆衛生学: 籾殻酢液の抗菌作用とその応用(短報)
牧野壯一・全炯日・田淵博之・白幡敏 一
(帯広畜産大学家畜微生物学教室)
家畜糞便から病原菌の排除は衛生上重要である.そこで,廃棄物の再利用から 製造された籾殻酢液の抗菌作用について調べた.芽胞菌や乳酸菌への効果は低か ったが,本液は各種病原菌へ抗菌力があった.また,糞便中や牛小屋の床上の一
般細菌,特に腸内細菌を効率良く排除した.本液は堆肥促進,脱臭効果,土壌改 良の目的で有機農法用に市販されているが,付加価値として抗菌作用を持つの で,衛生的な有機農法の確立に有効であろう.
J. Vet. Med. Sci. 62(8)893-895
ウイルス学: PrVの主要な糖蛋白質を複数同時発現するBHV-1組換え体の免疫特性
池田行謙・ 柴田 勲1)・玄 学南2)・松本安喜・大塚治城
(東京大学大学院農学生命科学研究科 国際動物資源科学教室,1)全農家畜衛生研究所,2)帯広畜産大学原虫病分子免 疫研究センター)
オーエスキー病ウイルス(PrV)に対する従来の弱毒生ワクチン株は高い移行 抗体を持つ新生豚においては移行抗体の干渉を受けやすいという欠点がある.本 研究においてはPrVの主要な糖蛋白質(gB,gC,gD,gE,gI)を同時発現する牛
ヘルペスウイルス1型(BHV-1)組換え体BHV-1/TF17-1を作製し,そのワクチン効 果,および抗PrV抗体に対する感受性を検討した.4週齢ddYマウスをTF17-1株で
免疫した群において,3週目までに中和抗体価の上昇が観察され,さらに免疫後3 週目に行ったPrV強毒株YS-81の腸腔内攻撃に対して10匹中10匹が防御されてい
た.TF17-1株を接種したマウスにおいて有意な遅延型過敏症応答が観察されるこ と(p<0.01),またLymphocyte proliferation assayにおいてもTF17-1株を接
種した群は対照に比較して有意に高い値を示すこと(p<0.05)により細胞性免 疫も誘導されることを示した.TF17-1株の抗PRV血清に対する感受性は市販の弱
毒生ワクチン株の1/4から1/2程度であることが示された.それゆえTF17-1株は PrV攻撃に対して有意な防御免疫効果を誘起するだけではなく,移行抗体の干渉
も効果的に回避できる可能性を示唆している.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)849-859
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ウイルス学: ベトナムにおける猫由来レトロウイルス感染状況の南北地域間の差異(短報)
中村一哉・宮 沢孝幸*・池田靖弘*・佐藤英次・西村順裕・Nguyen, Ninh T. P.1)・高橋英司・望月雅美2)・見上 彪3)
(東京大学農学生命科学研究科獣 医微生物学教室,1)ホーチミン農林大学,2)共立商事臨床微生物研究所,3)
帯広畜産大学原虫病分子免疫研究センター,*現:Windeyer医科学研究所,ロン ドン大学)
ベトナム南部地域のイエ猫とヤマ猫の猫白血病ウイルス(FeLV),猫免疫不全 ウイルス(FIV)および猫巨細胞形成ウイルス(FeFV)の感染状況を調査し,北
部地域の結果と比較した.FeLVは北部地域同様に陽性個体を認めなかった.FIV は北部地域と異なり高い陽性率を示し,南部地域への比較的最近の侵入が推察さ
れた.FeFV陽性個体は南北地域と共に認められ,他の2種のウイルスより古く存 在していた可能性が示唆された.
J. Vet. Med. Sci. 62 (8)921-923