「腹部大動脈瘤(りゅう)で危険な状態。消防艇なら高波が怖くて運べなかったかもしれない」
愛媛県の今治市消防本部今治北消防署大三島分署の救急救命士大内和さん(41)は、五年ほど前に救急搬送した高齢女性のことを今も思い出す。自宅で倒れた女性を、瀬戸内しまなみ海道づたいに搬送。女性は三原市の病院で手術を受け、一命を取り留めた。
「救急艇では搬送できないしけや濃霧の日が年数回はある。海道の存在は大きい」
搬送時間22分短縮
急病の住民を救急艇内でみとったことが救急救命士の資格を取るきっかけになった。天候に左右されない架橋の恩恵を、大三島で生まれ育った大内さんは肌で感じる。
今治市によると、島しょ部から今治市までの救急搬送は、架橋開通前の五十分が開通後には二十八分と縮まった。大三島分署の搬送は開通前の一九九八年の二百十三件が二〇〇七年には三百七十件に増えた。県境を越えるケースも増え、大三島分署では〇七年には二十四人を広島県側の医療機関へ運んだ。
大内さんは「尾道市には二十四時間体制で小児救急に対応する病院もある。海道沿線は『本土並み』に近づいた」と受け止める。
▽赤字・医師不足 悩む病院
住民の安心感が増す一方、悩みも表面化してきた。
日立造船の健康保険組合が経営する因島総合病院(尾道市因島土生町)。因島地区や、架橋のない愛媛県上島諸島の入院や手術などを伴う二次医療を、一九八三年から年間六百件ほど受け持っている。
病院によると、夜間や休日医療を担う輪番制維持のコストは年六千万〜七千万円。尾道市など行政の負担は約三千百万円。本土にある市内の他病院と条件は同じで、患者負担を加えても持ち出しは避けられない見通しだ。
「存廃探る議論も」
だが、因島のような島しょ部の医師不足は本土以上に深刻だ。実際、医師が確保できずに同病院は整形外科や眼科の手術を取りやめた。本年度の収支は、大規模修繕のあった一九九二年以来の赤字に転落する見通しという。
大出正紀事務長(63)は「因島地区の日立造船の社員はわずか一人。地域貢献を念頭に歯を食いしばっているが、赤字が続けば病院存廃の議論も出てくる」と頭を抱える。
因島の西隣にある生口島でも昨年、県立瀬戸田病院が存廃をめぐって揺れた。尾道市が昨年末に病床数を五十から十九に減らして診療所とする県からの移管案を受け入れ、島から公立の医療機関が消える可能性はひとまずは遠のいた。
同病院に通う七十歳代の農業男性は複雑な表情で話す。「不安が消えたわけではない。橋はありがたいが、病院をなくす理由になっては困る」(吉村時彦)
【写真説明】「海道の全通で住民の安心感は高まった」。救急救命士の大内さんは実感する=今治市上浦町、後方は多々羅大橋(撮影・増田智彦)
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