2009年 1月9日(金) 曇りときどき日差し

北西の風 荒れのち激荒れ 

 朝から荒れ模様。
 連絡船は午後から欠航となった。
 翌日からの3連休を控え、本来であればハッピーフライデーナイトを過ごせるはずだった先生方は、島から出ることあたわず。翌日もまず間違いなく丸一日欠航だろうから、3連休は泡沫の夢と消えてしまった。

 というか、どうせ児童生徒も先生も少人数なんだから、だったらいっそのことこの休みの間に授業をして、代休という形で週明けを休みにすればいいのに。

 と、僕だったらフツーにそう考えるのだが、まぁ公務員にそういうことができたらこの国はもっともっとよくなっているだろう。
 ホント、ケースバイケースという言葉ほど公務員に縁遠いものはない。

 もっとも、公務員が各自でケースバイケースの裁量権を発揮してしまったら、成り立っているものが成り立たなくなるということはあるので、彼らに求めるのは「杓子定規」でいいのかもしれない。いいのかもしれないけど、なかにはホントに特殊な例ってのが一つや二つはあってもいいと思うんだけどなぁ。

 これまでの水納小中学校の先生方は、金曜日の午後4時の便で島から出ることができていた。本来の公務員の就業規定でいうと4時終了というのはよろしくないらしいのだが、だからといって5時まで働いていたら島から出られないのだし、代わりにといってはなんだけど、普段の就業時間は一般よりも早くしているのだ。

 そもそもいちいち島の人がそういうことに文句をいうこともなく、暗黙の了解ってことになっていたのである。ところが最近になって、金曜日でも3、4名ほどは学校に残っていなければならなくなったらしい。
 他所の学校(おそらく離島)から、教育委員会かどこかにクレームがきたのだろう。

 何かが起こったら困るからという大義名分があるんだろうけど………

 何が起こるっちゅうねんッ!!

 クレームを受けてそのままお達しをする教育委員会はウルトラ級のスカポンタンである。
 そういうときこそクレームの矢面に立って、実はかくかくしかじかで水納島にはこういった事情があって…と諭せばいいのに、言われればそのままお達しするのだから恐れ入る。

 そういえば以前、姫が卓球に燃えに燃えて、最後の県大会まで1ヶ月を切っていたとき、彼女は放課後、コーチオチアイの下、激しい練習をずっとがんばっていた。彼女が中学生になってから初めて得た「燃える時間」だったのだ。
 ところが!
 練習は6時半まで、と学校から通達されてしまった。
 その理由というのが、悲しさも怒りも通り越して、笑ってしまうしかない。
 なんと、本部町で推進している630運動、つまり6時半には帰宅しましょう運動にそぐわないから、というのだ。

 学校から家までの道のりが5キロも10キロもあるというのならわかる。
 通学路に近頃不審者がウロウロしているから、というのならわかる。
 でも学校から姫の家まで………歩いて20秒ですぜ。
 この島でアヤシイ者といえば、姫に関する限り僕くらいのものですぜ。
 夏の沖縄の6時半といえば、まだまだ昼のように明るいというのに。

 そんな環境でなんでグローバルスタンダード(?)に合わせなきゃならんのだ。

 しかし、当時の水納小中学校は、本部町教育委員会のお達しに対して、矢面に立ってやることなく、そのまま生徒に告げたのであった。
 最後の大会まであと3週間、という頃だった。

 生徒一人だけだからできないことやれないことがたくさんある環境で、一人だけだからこそできる数少ないことを、なぜもっと強くプッシュしてやれないのだろう。630運動のお達しにしても、せめて大会が終わってからでいいじゃないか。なぜやる気を挫きかねないタイミングでそういうことを平気でできるのだろう。
 僕が保護者であれば、こんなクソ学校なんか火炎放射器で丸焼けにしてやるところだったが、カナシイかな僕はただの近所の変なオジサンなのであった。

 ちなみに、燃えに燃えているときに学校からそんな通告をされた当時の姫は、表面上は静かに申しつけにしたがってはいたものの、その怒りと哀しみと嘆きの大きさは計り知れないものがあった。
 以前一度書いたことがあったけど、それから半年経った年末にクリスマスパーティをしたときのこと、清水寺のように、今年を表す漢字一字をそれぞれ書こうと姫が言い始め、みんなそれぞれ書いたところ、彼女が書いた字は

 「悔」

 なによりも、自分ががんばっているときに学校そのものに足を引っ張られたことが、よほど悔しかったのだろう。

 彼女の中では今でも、シュッと一息酸素を送ったらあっという間に点火炸裂するほどに、当時の哀しみと怒りの炎が埋み火となり、心の隅の隅で人知れず燻り続けている。実際今でも、当時の話になるとお互いやたらと盛り上がったりする。

 それもこれも、ケースバイケースで対応することができない公務員思考が生んだ話である。当時生徒の頑張りを守ってやることができなかった水納小中学校が、今度は、これまでは「特異例」だった自らの生活に関わる慣例も守ることができなかったのであった。