長野原町応桑の主婦、安済真由美さん(33)の大きく張ったおなかには、4人目の赤ちゃんが宿る。これまでの3人と同様に、同町の西吾妻福祉病院に入院して出産に備えている。「何かあれば家族が来てくれる。近くの病院は安心できる」
ところが、産婦人科医の不足が進んだ地域では、かつて当たり前だった「自宅近くでの出産」や「里帰り出産」に、黄信号がともっている。
吾妻郡では05年4月、それまで中心的な存在だった原町赤十字病院(東吾妻町)から、産婦人科の常勤医がいなくなった。その後は西吾妻福祉病院が、常勤医のいる唯一の公立病院となったが、その数はわずか1人。倉澤剛太郎医師(39)が開業医のけんもち医院(中之条町)と連携をとりながら、年間100~150人の分娩(ぶんべん)を担っている。
常勤医が1人になった07年4月から、倉澤医師に休みはほとんどない。分娩の3分の2は時間外だ。分娩が始まれば携帯電話で呼び出され、初産だと丸一日かかることもある。2人の分娩に同時に立ち会ったりもする。相談できる医師がいないため、不安になることも少なくない。
「辞めたいと思うこともあった。でもここで産みたいという人の声を無視できない」。常勤医が1人補充される今春までの辛抱と言い聞かせてきた。
県内の産婦人科の勤務医は06年末で72人と、4年前から17人減った。勤務の過酷さに加え、訴訟に発展することもある出産時のリスクを懸念する若い医師が、開業医や他の診療科に流出してしまっているのが現状だ。
地域による偏在も目立つ。前橋医療圏の32人に対し、富岡は4人、吾妻はわずか2人。郡部の数少ない分娩台が埋まった時、都市部への搬送にどのぐらい時間がかかるか。一刻を争う場合も想定され、妊婦の不安も募る。
倉澤医師は「地域とお産は切っても切れない。特殊な診療科になってしまった産婦人科を、総合医やかかりつけ医と連携させられれば」と、地域医療と産婦人科の融合の必要性を指摘する。
だが、即効性のある対策が見当たらないのも事実だ。県医務課は「報酬も含め産婦人科の労働条件を改善し、やる気のある医師を地道に集める以外にとるべき方法はない」と話す。=つづく
毎日新聞 2009年1月9日 地方版