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元麻布春男の週刊PCホットライン

MacWorldが変わる日




●ジョブズCEO不在のMacWorld

Apple Storeの好調ぶりを語るフィリップ・シラー上席副社長。ジョブズCEOの代役という重責を果たした

 今回のMacworldは開幕前から何かと騒がしかった。直前の12月になって、恒例となっていたスティーブ・ジョブズCEOのキーノートスピーチが行なわれないこと、Macworldに対するAppleの参加そのものが、今回で最後となることが明らかにされたからだ。

 スティーブ・ジョブズCEOについては、かねてからその健康状態を不安視する声が絶えなかった。昨年6月のWWDCでも、90分間のキーノートのうち自らの登壇時間は全部で35分間に過ぎず、デモの多くを担当者に委ねていた。秋にノート型のMacを更新した際も、多くの人が氏の風貌に「やつれ」を感じたと思う。

 今回のMacworld初日、ジョブズCEOはAppleのプレスリリースページに掲載した公開書簡の形で、自らの健康状態について明らかにした。それによるとホルモンバランスの異常により、体重が減るという症状なのだという。そしてすでに治療に入っており、遅い春(late spring)には快復する見込みだとしている。取締役会はジョブズCEOの快復を待つとしており、ジョブズ氏もAppleのCEO職を続けると述べている。

 遅い春が具体的にいつ頃を指すのかは分からないが、5月あたりと考えるのが順当だろう。通常であれば、Appleは6月に開発者向けのイベント(WWDC)を開催する(夏にずれたこともあるから、必ず、というわけではない)。IDGのイベントであるMacworldと異なり、WWDCは自社が主催する最大のイベントだ。ここで姿を見せることができるかどうか、その姿がどうであるかで、ジョブズ氏の健康不安問題が沈静化するか、再び懸念が広がるかが決まるだろう。

 ただ、いずれにしてもジョブズ氏に健康問題(それが生命にかかわるようなものでなかったとしても)が存在したのは事実であり、今回のMacworld Expoでキーノートを行なうことは、健康上難しかったことに疑いの余地はない。人の命が無限でない以上、いつかはAppleにも必ずポスト・ジョブズの時代がやってくる。今回の健康問題が、Appleが真剣にポスト・ジョブズを考えるきっかけになれば良いと思う。


●Appleが参加する最後のMacworld

iLifeとiWorkの大きなバナーが掲げられた会場のモスコーン・センター

 このジョブズ氏個人の健康問題と別に、AppleはMacworld Expoへの出展を今回で取りやめるという。すでに米東海岸と日本のMacworld、パリのApple Expoから撤退しており、こうした大規模展示会への出展を取りやめる傾向にあったわけだが、ついに最後の砦も、という感じである。その理由としてインターネットの普及はもちろんのことだろうが、Appleは自社の直営店(Apple Store)の存在をあげている。現在全世界のApple Storeには毎日350万人の顧客が訪れるという。AppleにとってApple Storeこそが、顧客とコミュニケーションをとる最良の手段の1つであるというわけだ。

 確かにそれは間違いではないだろうが、大規模な展示会のメリットは、顧客とのコミュニケーションだけではないと筆者は考えている。基本的にApple Storeの来訪者は、Appleの顧客か、潜在的な顧客だ。もちろんMacworldの来場者もそれに近いが、加えて全世界のメディアがやってくる。来た以上は何か記事を書かなければ帰れないわけで、それだけでも大量のニュースが全世界に流れる。Appleが発表会や説明会を開催してもメディアを集められる、ということもあるのかもしれないが、その対象はAppleが招いたメディアのみだ。Appleが知らないメディア、ひょっとすると招かざるメディアまで向こうからやってくる、という意味で、こうした大規模イベントの存在意義は大きいと思う。

 逆にこうした大規模イベントの最大の問題は、その開催日を自由に設定することができないことだろう。今回もMacworldの会場には、すでに来年の開催日程が表示されている。会場の手配や準備を考えれば、これは避けられないことだが、その一方で開発中の製品が期日通りに発売できないことがあるのもまた避けられない。逆に開発が完了した製品をイベントまでとっておくというのも、陳腐化の早いデジタル製品では難しい。イベントのキーノートで毎年、画期的な新製品を発表するというのは、ますます難しくなっている。ここらが潮時、と考えたとしても無理はない。

 正直に言って、今回のMacworldでAppleが発表した新製品は、期待を満たしてはくれなかった。個々の製品、「iLife '09」、「iWork '09」、「17型MacBook」は決して悪い製品ではない。みんな現行製品の正常進化形であり、購入して困ることはおそらくないだろう。

 だが、正常だからこそおもしろくないのだ。Appleにはこちらが想定していなかった製品、「これはないよ」と期待を裏切るような製品を期待してしまう。期待を裏切ることで期待に応えるという点で、Appleは希有なベンダーだ。こうした勝手な期待に応え続けるというのは、さぞかし疲れることだろう。

 新製品の発表とは別に、キーノートを単なるスピーチ、あいさつ代わりにでもしておけばいいのに、という見方もあるかもしれないが、それもまた難しい。特にジョブズCEOがスピーチに立つとなれば、手ぶらではお客を帰せない、というプレッシャーもあるハズだ。


キーノート当時のAppleの株価。12時が開幕

 上記のグラフは、キーノートが行なわれた1月6日のAppleの株価だ。X軸の時間は米国東部時間なので、サンフランシスコとは3時間の時差がある。キーノートがスタートした午前9時は、このグラフでは午前12時ということになる。キーノートのスタートとともにジリジリと上がった株価は、iLife '09の説明が終わった12時50分頃にピークを迎える。そしてその後、急落してしまった。この落差こそが、キーノートあるいはキーノートで発表される何かに対する期待だと捉えれば、うかつなキーノートができないことがよく分かる。

 繰り返すが、筆者は「iLife '09」が悪い製品だとは全く思っていない。むしろ、多くのユーザーにとって良い製品だと思う。このiLife '09を開発するのに、Appleは多大な労力とコストを払ってきたハズだし、それに見合う製品になっている。にもかかわらず、それを発表して株価が下がるというのでは、やってられない気分にもなるだろう。そんなキーノートなら止めた方がいい、という声が出ても不思議ではない。キーノートなしで、展示会のフロアにブースを広げるだけなら、Apple Storeで用が足りるというのも確かに理解できる。ただでさえコストのかかる大規模展示会に出る以上は、キーノートはやる価値があるし、やる以上は良い意味で世間の期待を裏切り続けなければならない。これがAppleに課せられたプレッシャーの正体だ。

 Macworldの主催者であるIDGは、Appleが撤退した来年もMacworldを開催するという。Apple抜きのMacworldがイベントとして成り立ち得るのか、多くの人が疑問を感じている。Macworldの展示会フロアでの一等地は、間違いなくAppleの隣だ。この核を失ってなおイベントが活況を呈することができるのか、ユーザーとサードパーティの両方を含めたコミュニティの力が試されることになるだろう。

主催者のIDGは、AppleのいないMacworldを新しい時代の始まりと呼ぶのだが メイン展示会場の開場を待つ参加者。来年もこうした活況を示せるだろうか

□Macworld Conference&Expoのホームページ(英文)
http://www.macworldexpo.com/
□Appleのホームページ(英文)
http://www.apple.com/
□関連記事
【2008年12月17日】Apple、MacWorldへの参加は次回で終了
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1217/apple.htm
【1月6日】ジョブズCEO、自らの体重減少の理由を公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0106/apple.htm
【1月9日】Macworldの基調講演を振り返って
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0109/hot588.htm

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(2009年1月9日)

[Reported by 元麻布春男]

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