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仕事も住まいも失った派遣労働者が増え続ける中で、雇用対策を盛り込んだ第2次補正予算案などをめぐる国会論戦が始まった。
失業した人たちの生活をどう支え、どんな仕事につなげていくか。できる限りの手だてを急がねばならない。
問題は、こうした短期の対策に加えて、不安定な雇用を生み出す今の仕組み、「働き方」のありようを中・長期的にどう考えるかだ。
■政府が想定せぬ事態
にわかに焦点となってきたのが、製造業への派遣労働を巡る問題だ。
厚生労働省は3月末までに、少なくとも8万5千人の非正社員が職を失うとみているが、その3分の2が製造業で働く派遣労働者だ。工場の稼働は景気変動の影響を受けやすい。最も弱い立場の人々を世界不況が直撃した。
当初は通訳のような専門的な仕事に限られていた派遣という働き方が一気に広がったのは90年代後半。国際競争の荒波とバブル崩壊後の不況が重なった時期に、企業は必要な時だけ雇える働き手をほしがった。「多様な働き方」の名のもとに規制は緩められた。
その流れを加速したのが小泉政権である。そして5年前に製造業への派遣が解禁された。
解禁が審議された当時は、失業率が戦後最悪の水準。厚生労働相だった坂口力氏は「とにかくどんな形でもいいから働く場をという考えだった。景気が回復すれば正社員に戻ると期待していた」と後に語っている。
失業率はその後、景気回復にも伴いかなり改善した。ただ、坂口氏の言葉とは逆に派遣で働く人々はその後も急速に増え続け、正社員からの置き換えが進んでしまった。社員を大事にする日本企業の価値観も、利益追求や株主重視という米国型経営に引っ張られて姿を変えた。
一方で、肝心な働き手を守るしくみの整備は置き去りにされ、その結果生じた社会のひずみが一気に広がっている。
■製造業派遣の再検討を
「派遣を切られた途端に、単なる失業じゃなくて生活ができなくなる」
国会で民主党の菅直人代表代行は、現状の深刻さを強調した。野党は、製造業への派遣を禁じる方向で動き出している。舛添厚労相も個人的な見解と断りつつ規制に前向きだ。
経済界は反発する。繁閑に対応できる雇用の調整弁はほしい。賃金の低い国々と競うには、弾力性のある雇用が不可欠だ。急に規制強化をすれば、かえって雇用機会を減らす。そんな理屈だ。いずれも大切な論点ではある。
しかし、目の前の現実を見れば、立場の弱い派遣という働き方をここまで広げたのは、やはり行き過ぎだったと言わざるをえない。
製造業は常用雇用が望ましいと麻生首相も認めている。
製造業の現場で派遣として働く50万人近い人々に失職の危機が拡大しないよう配慮しつつ、製造業派遣について規制する方向で、最良の策について与野党で検討を始めるべきだろう。
これをきっかけに、派遣労働全般のあり方についても論議を深めたい。
同時に取り組むべきことがある。
解雇や派遣切りが、今ほど深刻な事態につながった原因は、非正社員を増やして雇用の流動化を進めながら、失業しても安心して次の職探しが出来るようなセーフティーネット(安全網)の整備を怠ってきたことだ。
■使い捨てぬしくみに
たとえば、期間工なども含め非正社員として働く人々は、一般的に失業した時の安全網が正社員よりもろい。
失業手当や職業訓練を受けられる雇用保険は、これまで1年以上雇われる見込みがなければ加入できない仕組みだった。政府は、この要件を半年に短縮する方針を打ち出したが、それでも2〜3カ月の契約を繰り返す細切れ派遣の人には適用されない。
安全網からこぼれる人をなくすには、まず非正社員を原則としてすべて雇用保険に入れることだ。立場が不安定な非正社員を支えられる仕組みでなければ意味がない。
日本経団連の御手洗冨士夫会長は、失業者の住宅確保や職業訓練の支援のために、企業が出資しあって基金を作る構想を示している。短期の働き手を活用したい企業は、その人たちが失業した時の生活保障や再就職支援に備えて応分の負担をすべきだろう。
非正社員と正社員との賃金や待遇の格差も縮めていかねばならない。同じような労働に同じ賃金を払うという考え方を広げていきたい。雇用を守るため、正社員も含めて働く時間を短くし、互いに仕事を分け合うワークシェアリングについても労使で議論を始めたい。
少子高齢化で働き手が減っていく。世の中の変化で人手の余る分野から、不足する介護などへと働き手を移す方法も、政府や自治体、産業界が一体となって考えるときだ。
働き手は、生活者であり消費者でもある。安い賃金で使い捨てといわれるような雇い方をしていれば結局、消費を冷え込ませ、力強い内需は生まれようがない。
働き方を考え直し、雇用の仕組みをよりよいものに作り直すことは、日本経済を強くすることにもつながる。そんな視点を忘れたくない。