2008年12月24日 (水)視点・論点「急増する非正規雇用削減とその対応」

日本総合研究所調査部 主席研究員 山田 久

景気が急激に悪化するなか、企業による雇用調整の動きが広がっています。秋口以降、世界的な信用収縮が生じ、海外景気が変調をきたすなか、大手メーカーが相次いで大幅減産を余儀なくされています。そうした状況下、製造現場における派遣従業員や期間工、請負労働者の削減が目立っているのが今回の特徴です。厚生労働省が11月25日までに把握した限りでも、今年度下期に約3万人の非正規労働者が削減される見込みになっています。

ちなみに、1997年秋以降の急激な景気後退局面、2001年から2002年にかけてのITバブル崩壊後の局面でも、大規模な人員削減が行われました。しかし、当時雇用調整の対象となったのは主に正社員であり、非正規労働者の数は全体ではむしろ増加していました。
つまり、今回は、90年代以降に非正規雇用比率が大きく上昇して以来で初めて、派遣従業員や契約社員の調整が本格的に行われる局面となります。近年、所得格差の面から注目を集めてきた非正規労働者問題の焦点が、雇用調整の面に移ってきたといえます。

こうした状況に対し、各方面から批判の声が強まっています。もちろん、非正規労働者であれ、企業が雇用を守る努力をすることは当然といえます。しかし、かつてないスピードで景気が悪化するなか、雇用契約の期限に従って雇い止めを行う場合について、100%企業を責めることはむずかしいでしょう。むしろ問題は、近年、正社員以外の働き方をする人々が大幅に増加したにもかかわらず、彼らのためのセーフティーネットが十分に整備されてこなかった点にあるように思われます。

現状のわが国労働市場のあり方は、正社員を中心に考えられており、派遣従業員や契約社員はあくまで一時的、補助的な働き方であることが建前になっています。代表的なセーフティーネットである雇用保険制度も、基本的には正社員を念頭に設計されてきました。しかし、90年代初めには5人に一人であった非正規労働者は、いまや3人に一人にまで増加しています。
この背景には、商品サイクルが短くなり、企業間の競争が激しくなっているという事情があります。その結果、業務量が大きく変動するようになり、製造ラインを頻繁に入れ替える必要性が高まっています。正社員のみでそうしたニーズに柔軟に対応することは、難しくなっているわけです。このように考えれば、相当数の非正規労働者が常時職場で働いていることを前提に、労働市場のルールを見直し、セーフティーネットを整備する必要が出てきているといえましょう。

そこで、今月上旬に政府・与党がまとめた雇用対策の内容を検討してみましょう。非正規労働者にかかわる主な施策をピックアップしますと、派遣労働者を企業が直接雇い入れる場合に奨励金を支給する、雇用保険の加入要件や給付条件を緩和する、就職困難な場合に失業給付の給付日数を延長する、といったものが含まれています。
これらが緊急対策として講じられたことは大いに評価されますが、その有効性については疑問な面もあります。受注量の急減のために調整される派遣従業員を、助成金を支給するからといって、果たして企業が直接雇うのかどうかは疑問です。今回予定されている保険の適用対象の拡大では、契約期間が細切れの請負労働者などはカバーされない可能性があります。また、生産回復のめどが立たないもとで、失業給付を数カ月延長する程度では不十分でしょう。

すでに述べた通り、そもそも現行の雇用保険制度は、基本的には正社員を念頭に設計されたものであり、雇い主が頻繁に変わる非正規労働者については、別建てのセーフティーネットが必要であるように思われます。そこで、特別の基金を創設し、職を失った派遣従業員や期間工に対し、十分な期間、生活支援金を給付することを提案したいと思います。財源としては、国の一般会計からの拠出に加え、保険料を企業が負担している「雇用保険二事業」から拠出することが考えられます。
ここで重要なのは、単に生活資金を手当てするにとどまらず、同時に職業訓練や就職支援サービスを提供し、失業者が新しい職に就くことをサポートすることです。それには、十分な雇用の受け皿を創ることが前提になります。つまり、産業活性化策に本格的に取り組むことが重要になってきます。
例えば、地方自治体に権限と財源を大胆に移譲することで、農業や観光産業など、各地域がその特色を活かした産業を育成することが考えられます。また、欧米に比べ雇用シェアの小さい医療・介護・保育・教育などの分野の制度を見直すことで、潜在需要を引き出すことも重要でしょう。そもそも景気の悪化が止まらなければ、非正規労働者の削減は一段と増えていくことは避けられません。さらに、人員削減の波が、正社員にまで本格的に波及していくことが懸念されます。当分の間、輸出の増加に期待することが難しいなか、内需掘り起こしにつながる産業活性化策への取り組みが急がれます。

より長期の視点からは、労働市場全体の在り方を見直すことも必要です。現状では、同じような仕事に就いていても、多くのパートタイマーや派遣従業員の賃金は正社員を下回っています。非正規労働者には昇進・昇格が無いことも少なくありません。さらに、ヨーロッパでは非正規労働者の多くに正社員になる道が開かれていますが、わが国ではなかなか正社員になれないのが実情です。
そうした状況で、失業時の生活を保障し、雇用の受け皿を創出しても、必ずしも十分とはいえないでしょう。非正規労働者が低賃金で不安定な仕事に固定化されるならば、社会が階層化していく恐れがあるからです。正規・非正規の違いは、原則、雇用契約期間の差のみとし、賃金や教育訓練面では公平に処遇することが求められます。パートタイマーや契約社員にも昇進・昇格の仕組みを作り、正社員への登用を増やす必要もあるでしょう。それは生産性を高めて賃金を増やす効果もあり、消費活性化を通じて内需開拓につながるでしょう。

新卒採用の仕組みも見直す必要があります。これまでの日本企業は、景気の波に連動して採用数を大きく変動させてきました。景気が良くなると大量に採用し、悪くなると大きく減らすという傾向がありました。今回も、厳しい景気情勢を受けて、採用予定者の内定取り消しが社会問題になっていますが、今後、新卒採用が急減していくことが懸念されています。しかし、企業は中長期の観点から新卒正社員数を確保すべきであり、逆に、次に景気が拡大してきた時にも採用数を大きく増やさないようしてはどうでしょうか。
その一方で、非正規労働者の正社員への登用を増やし、景気拡大時に徐々に世代ごとの正社員比率を高めていくのです。そのようにすれば、非正規労働者の若者にもキャリアの展望が開かれ、卒業時の景気によって一生が左右されるという理不尽な慣行を打破することができるように思われます。
この厳しい局面を、むしろわが国の労働市場全体を望ましい方向に変革していくための、チャンスに転じることが望まれます。


 

投稿者:管理人 | 投稿時間:23:25

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