2006.03.14 Tuesday 河上イチローで始まり、エウレカセブンで終わる
どうして、ここまで松永氏の出自に関して、こうまで気になるのか。一言で言ってしまえば、河上イチローがすでにシュミラークル化しているからだ(適当)。
そんな河上氏にインスパイヤされて、たまには真面目に語ってみるか、ということで、エウレカセブンを手がかりにして色々と書いてみます。 エウレカセブンの引用元(ここが詳しいです)を紐解いて見ると、その多くが94年頃を起源にしていることがわかります。みっつほど挙げてみます。 ■宗教的側面の強いテクノ 積極的に引用されている音楽用語は主にテクノものが多いですが、90年代中盤までは、テクノといえばゴアトランスでした(トランス及びゴアについてはここが詳しいので参照されたし)。 ■F1と、Xスポーツ メカのモチーフになっているのは、本体はF1から。サーフボードというガジェットは俗に言うX系からの引用です。X系スポーツ(エクストリームスポーツ)の起源をWIKIさんに聞いてみると、94年にアメリカで開かれた「エクストリームゲームズ」であることがわかります。言うまでもなく、スポーツではありますが、ファッションや音楽などの周辺カルチャーに影響を及ぼしています。また、F1で言うと、アイルトン・セナ死亡が94年。 ■ドラッグカルチャー 94年に、アメリカではDSHEAが制定され、いわゆる合法ドラッグが解禁になります。こうしたドラッグカルチャーは、イギリス初発アメリカ経由で、日本にも上陸してきます。日本で初めて合(脱)法ドラッグであるハーバルエクスタシーが発売されたのが95年。ドラッグ流行史はここを参照のこと。ちなみにエウレカセブンの主人公であるレントンは、96年公開の映画「トレインスポッティング」から。この映画では、UKロックやテクノをBGMに、ドラッグカルチャーが描かれています。 上記のようなカルチャーが、97年くらいまでにかけて浸透していくわけですが、一方で、インターネットの世界も歩を合わせるように拡散が始まります。 94年頃〜97年頃のインターネットカルチャーを大雑把に分類してみると、以下の3つに分類されるかと思います。 A:現、2ちゃんねるに続く、あめぞう前後のUGの文化 B:ニフティのFCOMEDYを中心とした文化 C:SHIFTを中心としたサブカル(E-ZINE文化) ■A:アンダーグラウンド(UG)系 まずは、ここの年表を見てみてください。2ちゃんねるの前身となったあめぞうの歴史です。出てきますね、河上イチロー氏が。一行目に地下鉄サリン事件があるのが印象的です。しば氏の個人的趣味に「UKロック、テクノ」とあるのがポイントです。一方で、しば氏が強い影響を受けているのが「ペドフィリア(少女性愛)」というのも興味深い。日本のアングラは、諸外国の規制が厳しいペド関連からスタートしていたわけです。 ■B:コメディ(ネタ日記)系 現在「ネタ日記」と呼ばれるものの原型は、おおよそ、ニフティのコメディフォーラム「FCOMEDY」にルーツを求められます。ニフティのコメディフォーラムには俗に「オタク第一世代」と呼ばれる人々が出入りしていました。ニフティからインターネットへの移行期にあたるこの時期に、大手になったサイトには「大嘘百貨店」、「やゆよ記念財団」などがありましたが、FCOMEDYとの交流が密であったようです。で、ここいらのネタの作り方は作為的な陰謀論(偽史)だったりします。おおよそ出揃ったのは97年から98年にかけてで、同時期にネタ系個人サイト【注1】も出現します。この辺りは、もはや説明不要なばるぼら氏の教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史を参照するといいでしょう。 ■C:SHIFTを中心としたサブカル(E-ZINE文化) 97年には、本格的なE-ZINE(古!)である『SHIFT』がオープンします。この頃、雑誌design plexを中心にコンピュータを使ったお洒落をメディアが煽りまくります。93年のDTP元年を受けて、誰もがイラストレータでフライヤーを作り、Tシャツを作り、そしてDJとVJがカコイイ! という文化が97年頃にはほぼ定着していました【注2】。もちろん、そこにはテクノが媒介としてあったことは言うまでもありません。 ちなみに、97年以降のネット状況は松永英明氏(河上イチロー氏)によるまとめがわかりやすいです(アイロニー)。松永氏のまとめにあるように、97年以降、ネットの世界はテキストサイトブームを経て、個人ニュースサイト【注3】を契機として急速に拡散していき、いわゆるアングラ色が薄くなっていきます。 まとめます。強引に。 なんで、この文章を起こすにあたって、エウレカセブンから始めたのか。それは94年〜97年にかけて起こった変化を、エウレカセブンがそのまま表象しているように感じられたからです。作っている人たちは、94〜97年頃のこうした変化に多大な影響を受けているはずだし。 つまり、94年から97年という時代は、「お洒落なもの」と「オタク」と「アンダーグラウンドなもの」がネットとテクノを媒介項にしてミックスアップされていった時代ということなのです。誤解を恐れずに言えば、エウレカセブンってのは、オサレになったオウム的なるもんなんだよ、って、わあ、ツッコミ満載の結論。だから、blog論と、オウム論と、オタク論はどこか似た響きがあるんだよって。 【注1】 個人的なところで言うと、97年4月頃に個人サイトを初めて、初めて大量アクセスというものの「快感」を知った覚えがあります(とはいえ、当時の大量アクセスは1000程度だったのですが)。その時の純情な気持ちが佐野祭りさん(当時はゐんばの大型小説というサイト名だった)に残っていて赤面。ただ、この時期には明確に「私語りの日記はつまらん、ネタだ!」という意識はあったと記憶しています。 【注2】 お洒落っぽさを煽っていたのは雑誌『design plex』なわけですが、「デザインユニット」カッコいい! VJサイコー! みたいな空気に嫌気がさしていた僕たちは"会社設立"という道を選びました。で、会社を設立した後、design plexに「今はユニットより、“有限会社”がカッコいいんですよ!!」とシャレで企画持ち込みをしたら、通ってしまって、自分たちの会社がdesign plexによってお洒落系に括られる不条理を味わうことになるという香ばしいオチがつくわけですが(笑)。 【注3】 松谷創一郎と『トリック空耳情報』という、ニュースサイトと個人サイトのあいのこのようなサイトを始めたのは、97年頃〜98年にかけて。手前ミソだが、バカニュースを始めとして、今ではすっかり有名になってしまった西島大介氏のキョンシー記事なども連載されていて、けっこう充実していたように思います。webアーカイブからも消え失せてしまったので、ログは、松谷氏のハードディスクに頼るしかない(笑)。ちなみに、ここのサイトでも、ネットにおけるお洒落っぽさについて批判を加えていた(と思い出させてくれたのは人工事実のこの記事)。 |