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[09/01/07-12:14]
【コラム】迷走するインドIT大手〜サティヤムに何があったか[須貝 信一 ]
サティヤムのラマリンガ・ラジュ会長
サティヤムのラマリンガ・ラジュ会長
  インドのITサービス大手サティヤム・コンピュータが生き残りをかけて揺れている。 現在、市場から「信用」を失い株価水準が低くなってしまった同社は敵対的M&Aの脅威にさらされている。高成長を遂げるIT業界第4位の企業に何があったのか、整理してみたい。
 
時系列で報道から得られる事実関係を整理していくと下記のようになる。
 
■12月16日 
サティヤム・コンピュータが、メイタス・プロパティーズの全株式を13億ドルで、上場企業であるメイタス・インフラ株式の51%を3億ドルで取得することを取締役会で承認したと発表。
 
【問題1】買収対象となった2社の業種は、サティヤムの中核であるITとは全く異なる「都市整備」、「インフラ建設」。→唐突な非関連型多角化 
 
【問題2】上記の2社は、サティヤム会長のラマリンガ・ラジュ氏ら創業家が筆頭株主であった。(メイタス・インフラを36%、メイタス・プロパティーズを35%保有。)→コーポレート・ガバナンスの問題 
 
【問題3】上記の2社は、ラマリンガ・ラジュ氏の息子であるテジャ・ラジュ氏が創業者で代表を勤めていた。→コーポレート・ガバナンスの問題
 
ラジュ会長のコメント 
「この2社を取得することで、中核のITビジネスに必要な輸送、エネルギーなど複数のインフラ分野での成長を加速する道が整った」「業種を縦断する形でインフラ関係の新ビジネスを立ち上げることにより、中核のITビジネスが持つリスク、成熟した市場や伝統的な垂直市場が持つ不景気に影響されやすいというリスクを軽減できる」。
これに対し、国内外のアナリストらが、同社の経営姿勢を痛烈に批判。ADR(米国預託証書)市場で、前日比54.58%安の大暴落を記録。
サティヤムが計画撤回を発表。
ADR市場の時間外取引でサティヤム株が反発、急落分の半分を回復。
 
■12月17日
インド市場で株価急落
 
金融機関による批判とともに、格付け引下げ発表なども相次ぐ。
 
ラジュ会長のコメント
「当社はこの買収にメリットがあると自信を持っていたが、市場の反応に驚いている。」
 
■12月18日
自社株買いについて、12月29日開催の取締役で検討することを発表
株価上昇
 
ラジュ会長が従業員に向けて下記メールを発信
「われわれはメイタスの買収提案に対する株主たちの激しい反応に驚いている。私にとってさらに残念なことは、当社の企業統治とコンプライアンスに対して疑念を示す勢力があったことだ」「メイタス買収計画は適正な枠組みの範囲内にあり、正しい企業統治手続きを逸脱するものではないことを信じてほしい」。
 
■12月19日〜
インド証券取引委員会による。調査株価は持ち直す。
 
■12月23日
同社の顧客であった世界銀行から8年間の取引禁止の通知を08年9月に受けていた旨が報道される。
世銀広報は「サティヤムに対する不適格企業指定」を事実と認めている。理由は、受発注時の贈収賄。
サティヤム広報はコメントせず。
株価急落 
 
■12月25日
世銀へ発言の撤回要求
取締役1人が辞任
 
■12月28日
29日開催予定の取締役会を1月10日に延期する旨発表。議案は、自社株買いより有効な「戦略的選択肢」の検討、取締役会の再編、など。
市場で「合併」「ラジュ氏退任」など様々な噂が飛び交う
 
■12月29日
創業家の持ち株が追い証発生で売却され保有比率が低下している可能性について発表。
取締役3人が辞任。
 
■12月31日
サティヤム・コンピュータ、資源管理委員会(RCC)が従業員らに対し、下記メールを発信。
「サティヤマイト(サティヤム従業員)が1月2日の取引時間内に各自100株を買えば、その合計は500万株に達し、全株式の約1%になる。そうなれば従業員は、敵対的な企業買収の申し出に対して発言権が持てる」
 
 
■1月2日
 
【問題4】創業者らの持ち分が08年9月末時点の8.27%から5.13%に低下したことを発表。担保されていた創業家の持ち株会社であるSRSRホールディングスが保有するサティヤム株について、融資元が追い証として担保分の株式を売却したためとされる。
 
サティヤム従業員らが31日の非公式勧告に基づき、1000万株取得。→従業員らによる発言権取得
 当日は社員の多くが購入、サティヤムの株価は120ルピーに上昇。資金に余裕のある従業員は多額を投じて多くの株を買ったと見られる。ざっと見積もっても従業員全体で1,000万株を保有するに至ったはずで、従来の持ち分と合わせれば持ち株比率は2%(約1,340万株)に達している可能性もあるという。
 
■1月5日〜
インドの各メディアが、サティヤム経営陣が敵対的買収に備えて合併交渉に入っていると報道、合併相手としてHCLやテック・マヒンドラなどの名前が挙がっているが、株式交換など現金によらない方法が取られるとの観測からHCLが最有力とされている。
 
■経営の「公」と「私」、会社は誰のものか
 ざっと時系列にみても、混沌としておりウラで何が起きているのか推測しにくい。12月後半に突然起きた騒動が「不透明」であることだけはわかる。今回の騒動の問題点は端的にいえば、8%程度の株式保有比率と「経営」と「所有」の一致が希薄でありながら、ラジュ会長がオーナー経営者のように振る舞おうと、まるで同族経営による財閥傘下のグループ再編かのように、ことを起そうとしてしまったことにある。ラジュ家の持ち株会社SRSRホールディングスが株式を保有しているが、決して同じグループではない。動機がどうであれ「経営に『私』が入っている」と市場から強い疑念を持たれる行動といえる。しかも、事がおきている間に持ち株は減少しているのに、だ。
 
 また、創業者が保有する大量の株式が借入の担保になっていること自体も、他の株主、そして市場から見るとおかしい。今回の混乱を受けて、差し入れ有価証券の開示義務に関してインド証券取引委員会(SEBI)が検討しているという。
 
 1月10日の取締役会開催を待たなければわからないことが多いが、既に取締役4人が12月に辞任、9名いた取締役が5名になっていることから異常事態が見て取れる。取締役が辞任するには、それなりの理由があるだろう。法的に解決し難い問題が発生している可能性がある。場合によってはラジュ氏自身、つまりSRSRホールディングスを通してインサイダー取引が成立していることすらありうる。
 
 従業員らが敵対的M&Aに備え株式を取得したという。考えさせられる行動だが、その先に何があるかは不透明だ。創業家以外の株主、従業員、創業家、創業家以外の取締役、取引先、顧客、各ステークホルダーのなかで、この会社が「誰のもの」になっていくのか。事の経緯を見ると各社との合併交渉も難航するかもしれない。その交渉もサティヤム株主にとって不利益なものであればさらに困難なものになる。引続き、同社の動向に対する資本市場、金融規制当局の反応、判断を含めて注視していきたい。
 


筆者
須貝 信一
株式会社インド・ビジネス・センター 取締役
東洋経済『オール投資』で「インドTODAY」連載中。
著書:明石書店『インドを知るための60章』他。
 

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