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あの人 - そして、会社が興された -

松本 光春

第一部 出逢い。

 一緒に事業を興さないかとあの人に誘われたのは、大学二年の夏だった。

 その日、僕らは何人かであの人の家に集まって飲み会をしていた。

 そのメンバーは全員酒好きでよくみんなで飲んでいた。

  あの人の家だけでなく僕らはしばしば示し合わせて、花見をしたり、花火大会をしたり、或いは大学近くの台湾料理の店で食事をしたりもしていたのだが、僕らが集まれば大抵の場合、そこには酒が伴っていた。強制されるでもなく自分のペースで飲めるその集まりは、僕にとって、とても居心地のいいものだったし、他のメンバーも欠席することなく毎回概ね集まっていたところを見ると、恐らく全員同じような気持ちだったのだろう。喋る人はものすごく喋るし、喋らない人は全く喋らないその集まりは、傍から見ると結構奇妙なものだったが、それでも僕らはその事に全く違和感を感じてはいなかった。要するに、話すとか話さないに関係なく僕らはやけに気があったし、みんなで一緒にいることはとても楽しかったのだ。

 幼い頃から、大勢で遊んだり人と一緒にいるよりは、家で本を読んでいることの方が多かった僕にとってそれは珍しいことだった。

 その日もいつものように、したたかに飲んだ。

  ただ酒を飲み、話をしているだけで時間は瞬く間に過ぎていく。

  みんな心地よく酔っていた。

 それぞれが十分に一緒の時間を楽しみ、気がつけば辺りは暗くなっていた。

  みんなの話から外れ、窓から外を見れば、星々が夜空に煌めき出している。

  池袋駅から十分ほどの距離にあるそのあたりは、しかし、駅近辺のざわめきが嘘だと思えるほどに静かなところで、近くにある都電の駅から僕は何度も家へと帰ったものだった。

 いつもと同じように、その日もまた、あの人の家での夜は更けていった。

 楽しい夜だった。

 そのうちに、一人、また一人と人が抜けていく。

 やがて、あと半刻程で日が変わる、という頃には、僕を除いた全員が家に帰っていった。

 僕はその頃、あの人の家に頻繁に遊びに行っていて、泊まる事もしばしばだった。

 僕だけでなく他のメンバーもよく泊まっていたのだが、ある人は次の日仕事だったり、ある人は別の用事があったりと、その日は偶々、みんな時間が取れなかったのだ。

 だから、その日は僕だけがあの人の家に泊まることになったのである。

 みんなが帰った後、僕とあの人は、二人でテレビゲームやらボードゲームやらをしたり、それぞれ部屋に寝転びながら静かに漫画を読んだりしていた。そのボードゲームはあの人がどこかから拾ってきたというインクの剥げかけたホッケーのゲームで、他の仲間があの人の家に泊まったときにも、よくやったものだった。

 あの頃、それが無性に楽しく感じられたのは何故だったのか。

 彼らと一緒にそんな子供っぽい遊びをすることで、僕は、普通の子供が幼い頃手に入れるはずだった時間を取り戻しているかのようだった。

 みんなが帰ってからも僕らは話し続けた。

 気兼ねなく話し、くだらない話で盛り上がっていれば、時間はあっという間に過ぎていった。何を話していたかなど今ではまったく覚えていないのに、僕らはいつも笑いあっていた。たまに話題が尽き、話が途切れてもそれはそれで良かった。話などしなくても、僕はあの人と一緒にいればそれで満足だったのだ。

 みんなが帰ってから、どれくらい経ったのだろう。気がつけば、もう日はとうに変わっていた。周りの家々が夜の闇へと沈むなか、あの人の部屋の明かりだけが辺りに浮かぶ。机の上にはみんなが飲み散らかした酒瓶やグラスが乱雑に片付けられもせず転がっていた。窓際に点った照明が部屋に薄暗い光をさすと、机上のグラスがその光を部屋のあちこちに乱反射する。誰も見ていないテレビでは深夜番組なのか、何人かの若者達が騒ぎあっていた。

 話の種も尽きた頃だったろうか、あの人が不意にこんな話を始めた。

 「一緒に仕事をやってみない?」

 きっとこんな台詞ではなかったと思うのだけれど、もうずいぶん前のことなので正確なことは思い出せない。大体そんな風に話が始まったように思う。

 えっ?と思いあの人の目を見ると、その眼差しが真剣なものに変わっていた。

 部屋の中を沈黙がよぎる。体が引き締まるようだった。

 すぐに答えることはできなかった。その時は当たり障りなく返事をした。酔った頭ではよく理解できなかったということもあるし、降ってわいたような話に戸惑ったのだ。

 仕事のことを告げられた後、僕らの話題はまたくだらないものに戻った。

 或いは、またゲームでもしただろうか。

 けれど、そうやって別の事をしながらも僕はあの人に言われたことをずっと考えていた。

  テレビ放送は既に終わり、ブラウン管には砂状の画面が映り始めていた。

 静かな夜。ただ、時間外のテレビの雑音だけが部屋の中で響き渡っている。

 突然の提案。思いもかけぬ出来事。頭の中を様々な言葉が駆け抜ける。

  気持ちが昂ぶる。体が熱くなっていた。こんなことはかつてなかった。

 が、反面、その時は多分に疑っていたことも事実である。酒に紛れての冗談なのかとも思ったし、冗談ではないにせよ簡単に引き受けたら、取り返しがつかないのではないかとも思った。

  恐怖と不安が全身を包む。

 怖かった。 怯えていた。 しかし、それでも胸は高鳴っていた。

  あの時のことを思い出すと今でも体が熱くなる。

 あの日、あの時、生まれて初めて、僕は心の底から湧き立つ気持ちに出会った。

 あの日、あの時、恐らく僕の人生が変わった。

 あの時の胸の高鳴りを僕は一生忘れない。

 

 とにかく、どんな仕事なのかを聞いてからのことだな。と思う。

 そして、今度は僕からその話を切り出した。

  「さっきの仕事のことですけど、とりあえずどういう感じでやるのか資料を見せてくれませんか。」

  あの人が上の階から資料を持ってくる。

 その資料を見、あの人から話を聞いているうちにこれならいけるかもしれないと思った。

 何より失敗してもリスクが少ないのが良かった。少なくともその時はそう思った。

 たとえそれで失敗しても、ただ、そこまでの努力が無駄になるだけという性質の仕事だった。仕事をするために要るものは、ほとんど僕らの持っているもので足りた。

 僕らは学生だった。だからその頃、僕らには金がなかった。

 もし、あの人との仕事が、失敗すると借金が残るというような仕事だったとしたら、僕がこの提案を受けることはきっとなかったに違いない。

 勇気がないことなのかもしれないが、失敗しても失うものが少ないということはあの人の提案を受けようと思った大きな理由の一つだったといえる。

 僕はそれをやってみようと思った。 それをやってみたいと思った。

 失敗したって元に戻るだけじゃないか。

 会社を興せる機会なんて誰にでも訪れるものではない

 今この機会を逃したら、もう二度とそんな機会は訪れないかもしれない。

 何よりもあの人と一緒にいるのは楽しかった。

 「あんまり人には言わないでね。」

 あの人の言葉で、僕らの行動が始まった。

 あれから今まで、あの人とは長い付き合いになる。

 それから少し眠り、翌朝、あの人と別れた。

 白い雲に抜けるような青空。アスファルトの道の上で空気が揺らぎだしている。

 その日も暑くなりそうだった。

 駅へと歩きながら思いを巡らす。

 突然降ってわいた大きなチャンス。

 やっと動き出せるような気がした。

 いつもと変わらない暑い夏の日の出来事。

 彼女にも半年以上黙っていた。

 二十歳だった。

 

 今こうやって考えてみると、何故そんな話になったのか曖昧なのである。

 何故、当時まだ三ヶ月程度の付き合いだった僕をパートナーに選んでくれたのかも分からない。

 何故、あの時、あの人は僕を誘ってくれたのか、それをあの人に聞いたこともない。

 けれど、分からないけれど、あの日、あの人は僕を誘ってくれ、僕はその誘いを受けた。

 僕にとっては、それで十分だった。

 僕はあの人を尊敬していた。

 

 あの人と最初に会ったのは、その年の五月だった。

  まだ、何になろうとか、将来何をしようとか、そういうことを決めかねていた僕は、とりあえず、という軽い気持ちで教職をとっていた。

 当時、僕は家の近くの塾で講師もしていたし、小学生の頃から教師という職業に憧れは持っていたから、将来の選択肢の一つに教師という職業を入れておこうと考えていたのだ。

 だが一方、その頃僕には彼女がいなかったから、「女の子と知り合う機会も増えるのではないだろうか」などという不純な動機も多分に持っていたように思う。

 僕とあの人を結び付けたのは、その教職の授業の一つだった。

 

 僕は無口な方なので、なかなか人に話しかけられない。

 その日もだから、話しかけてきたのは僕ではなく彼女の方だった。

 後で話を聞いたら、何でも彼女は僕ではなく、前にいた女の子に話しかけたらしいのだが、その女の子は自分が話しかけられていると思わなかったのか、あるいは、一人でいたかったのか、彼女に答えることはなく、僕が代わりに返事をすることになったわけだ。

 当時の僕が、そのように返事をするというのも珍しいことだったといえるのだが…。

 その日、彼女は僕の斜め後ろの席に座っていた。

  「一緒に参加してみませんか?」

 その授業では担当の講師が、生徒に一時間を与え授業をやらせてみる、という企画をしていて、近々開かれるその講義のために授業をする生徒を募集していた。

 教職の授業は教育学部にとどまらず、さまざまな学部の学生が履修しているため、教室には学部の授業より大分多くの人数がいる。

 その大教室の中、大勢の学生達の前で自分達の好きなことを発表しろということだった。

 その日は、募集の最後の日だった。

 それまでもその募集はずっと行われていたのだが、一人ではどうにも行く気にならなかったのだ。

 彼女が声をかけてくれたのは、渡りに船だった。

 「参加する人は、授業が終わった後集まってくれ。」

 授業の中で担当講師が言う。

 僕らは残った。

 待っている間、自己紹介がてら彼女と話をする。

 「学部はどちらなんですか?」

 「あ、ええと理工学部です。」

 「え?ってことは、実験で白衣とか着ちゃうんですか?かっこいいですね。じゃあ将来は、そういう方面に進まれるんですか? 」

 彼女が聞くので 「どうかな。どうなるか分からないけど…。でも実際問題として、大学生でなりたいものが決まっている人なんて少ないんじゃないのかな。」

 僕が応えると

 「私は作家になりたいんです。」

 と彼女は言った。

 「・・・へえ、そうなんだ。」

 会話を続けながら、迷いなくそんなふうに言い切れる彼女をひどく羨ましく思った。

 

 学生達が帰った。 担当講師が残っている人数を数える。

 「二十人ぐらいいるな。五月班と六月班に十人ずつだ。」

 僕と彼女は、相談して五月班に入ることにする。

 その中にあの人もいた。

 お互いに簡単に自己紹介し、連絡先を伝えあう。

 あの人は、次に授業があると言って早々に切り上げていった。

 残った学生達はその講師に連れられ、近くのファーストフードで顔合わせをする

 二部の学生も取れるようにとの配慮からか、それは夕方からの授業だったから、授業が終わり教室から外へと出る頃には、辺りは夜の帳に包まれていた。

 「あいつは切れるから、あいつを頼りにしろ。」

 担当講師が言っていた。 その講師とあの人は以前から知り合いだったようだ。

 気さくな人だなというのが最初の印象だった。

 その時は本当にそんなに頭がいいのか半信半疑だった。

 「五月の末までに授業をできるようにするんだ。できなかったら不可にするぞ。俺が場所を用意してやるからそこで話しあいをするといい。」

 既に五月に入っていた。

 

 次に集まった時、来られたのは五、六人だったと思う。

 その日、僕らは学校前の図書館で待ち合わせをしていたのだが、待ち合わせ時間から一時間ほど僕を含めて二人しか来なくて、二人で一緒に腹を立てていたのを覚えている。

 あの人も僕に声をかけてきた彼女も用事があって来られなかった。

 やがて、ちらほらメンバーが現れる。

 「それじゃあ、大体揃ったみたいですし・・・移動しましょうか?」

 入り口のソファから奥へと進み、僕らは予約していた会議室の席へと移動する。

 やや暑くなりかけた頃の図書館の中には、クーラーを求めて学生達が大勢ひしめいていた。

 雑誌を読んだり、昼寝している人々の群れの中で司法試験を目指す学生の姿も見える。

 「すこし静かにしてもらえませんか?」

 メンバーで少し盛り上がりすぎて、そんな風に怒鳴られたことも覚えている。

 自己紹介もそこそこに話し合いが始まった。

 あの人が一番年上だったので、その日来ていた人で、勝手にあの人をリーダーということにする。

 あの人は、僕より一つ年上。

 僕は浪人していたので、学年は二つ上だった。

 本来、二年向けであるその授業を四年生が取ることは珍しかった。あの人が卒業する少し前に話を聞いたら、その年は九十単位も授業をとっていたらしい。

 多くの大学では、卒業に必要な単位数は四年間で百二十四単位だったから、通常であれば、そんなに多くの授業を取る必要はまったくなかったのだ。

 それを聞いて僕は、ずいぶん無茶をしますねと言って笑った。

 第一、そうやって教職の授業を取りながら、あの人は教育実習には行かなかったのだ。

 恐らく、あの頃、あの人はあの人なりに様々な人との出会いを探していたのだろう。

 後にあの人から聞くことになる話の端々からもそれは窺えた。

 もっとも、よくよく考えてみると、あの人以外のメンバーについても全員教育実習に行ったとはいえ、教職に就いている人間は一人もいないのだが・・・。

 人と人との出会いには、多くの偶然が重なり合うものだ。人は誰でも信じられる人との出会いを捜し求めているが、自分にあった人が見つかる時というのは、何かに導かれているとしか思えないような偶然の重なりであることが多い。そういう多くの偶然を、そしてその中で起きる人間には限られた出会いを、もしかしたら運命というのかもしれない。

 その集まりで話し合ったことを参加していなかった人に伝える段になり、僕はあの人に連絡することになった。

 「ごめん、行けなくて。で、どうなった?」

 電話越しに聞こえるあの人の声。

 「大体こんなことを話したんですけど…。」

 僕は、その日あったことを話した。

 「そうそう、それでグループのリーダーをお願いしたいのですけれど…。」

 「え、ほんとに?」

 いなかったのに悪いなと思いながら僕は、話し合いで決まっていたその事も伝えた。

 あの人は軽く引き受けてくれた。

 その時から、このグループのリーダーはあの人になった。

 電話しながら、やはりすごく話しやすい人だなと思った。

 普段、あまり多くを話すことのなかった僕にとって、そんな風に話せる人に出会うことは少なかったのだ。もっとも、当時も今も僕の方が聞き役であることが多かったが…。

 

 それからも、何回かグループで集まった。

 発表することがなかなか決まらなくて困ったものだ。

 特に発表までの一週間は辛かった。

 徹夜も何度もした。

 用意された部屋で夜を明かすことも度々だった。

 隣では、別のグループの人たちが講師を囲んで夜通し麻雀をしている。

 グループの一人は、疲れたのか眠ってしまった。

 その部屋は田無にある、とある塾の一室。

 板の間の教室の中で、少し小さめの椅子に座りながら、僕らは作業を続けた。

 しんとした教室の中に鳴り響くノートパソコンのキーボードの音。

 日が変わり空が白む頃になれば、作業している面々の顔にも疲れの色が見え始める。

 とはいえ、僕たちはそれを十分過ぎるほどに楽しんでいたのだが・・・。

 明け方には机に突っ伏し、僕らは眠る。

 隣の席ではメンバーの何人かが、何をきっかけにしてか腕相撲をしている。

 近くの木々からは朝の訪れを告げる鳥の囀りが聞こえていた。

 話し合っていく中で、僕は講師の言っていたことが事実であったことを知る。

 あの人は、確かに頭が良かった。

 知識があるというのももちろんだが、何よりも頭の回転が早かった。

 あの人は人を笑わせるのがうまい。くだらないこともよく言っていた。しかし、それはあの人の本性ではなく、あの人の人に対する一つのポーズだったように思う。

 そのメンバーにはもう一人盛り上げ役がいて、彼とあの人が、僕らの集まりのムードメーカーだった。僕を含めた他の連中は二人の掛け合いを聞いて大笑いしていたし、そうやってただ笑っていればいい時間はとても過ごしやすいものだった。

 けれど、そうやって話をしているとあの人の話の端々にその豊富な知識が垣間見られる。

 時々見せる真剣な表情が、普段のあの人の顔は彼の人格の一部でしかないことを示していた。

  二人とも周りにとても気を使う人なのだ。

 それを意識しながらも甘えていられた。

 それがたまらなく心地よかった。

 

 知り合ってから三週間。発表は終わった。

 が、その頃には、僕らのグループのメンバーはとても仲良くなっていた。

 中にはその後会わなくなった人もいるけれど、その授業が前期で終わり、授業で一緒になることが無くなってからも、そのグループの中の何人かは、メールのやり取りをしたり、結構頻繁に会って遊ぶようになった。

 

 みんなで旅行に行ったこともあった。

 「沖縄に三万ちょいで行けるんだけど」

 「いいですねえ。みんなで行きましょうよ。」

 次に会う時には、チケットをとっていた。

 「六人分買ったからあと何人か行く人を探さないとね。」

 そう言って、あの人は笑った。

 あの人には、僕にはない行動力があった。

 僕に声をかけてくれた彼女も含めて六人で、沖縄に行った。

 透き通るような青空がエメラルドグリーンの海に映える。

 写真そのままの沖縄の海は信じられないほどきれいだった。

 夏休みのことだ。

 彼女は彼女になっていた。

 

 いつだったか、自作の映画を見せてもらったこともあった。

 確かその日もあの人の家に泊まったのは、僕だけだったように思う。授業がある時にはそう頻繁には泊まれなかっただろうから、それは夏休みか、ひょっとしたら、もう仕事が始まっていた頃かもしれない。

 「まっちゃんって、確か映画好きなんだよね?」

 不意にあの人が尋ねるので

 「ええ、好きですよ。一年の頃は、映画ばっかり見てましたし・・・。」

 僕が応えると、

 「じゃあ、暇だから映画でも見てみようか。」

 とあの人が言った。

 あの人が引出しからビデオを探し始める。

 ビデオが置いてある引出しの横には、あの人がどこからかもらってきたというファックスとレジスターが、その存在を忘れられたかのように転がっていた。

 あの人の家には、当時そんな風に、どうしてそこにあるのか理解しがたいものがよく置かれてあったのだ。

 あの人がレジスターを手に入れた経緯はもう忘れてしまったが、ファックスの方は、あの人が以前働いていた会社から、古くなったというので貰い受けたもので、その当時は云十万円もした業務用のファックスだったらしい。業務用というだけあって、今のファックスからは想像もできないほど巨大で、あの人はそれを貰い受けてから家まで運ぶのにずいぶん苦労したのだということだ。 もっとも、あの人の家にあったそういった様々なものの中には明らかに使えないものも多かった。このファックスにしても実際には使い物になるものではなくて、後に会社でファックスが必要になった時、せっかくだから使ってみようと二人で数時間奮闘してみたものの、ファックスとしては受けることしかできず、しかも、ファックス用紙はそれ専用のものが必要であり、電話に至ってはつなぐことすらできなかったのを覚えている。

 あの人が、引出しの奥からようやく探し当てたらしいビデオを取り出す。

 「ずいぶん前に僕が作ったやつなんだけどね…。」

 あの人が言うから、

 「そんなこともやってたんですか?」

 僕が尋ねると

 「まあね。昔、映画サークルにいたから・・・。」

 とその頃を思い出すように、あの人が言った。

 あの人は大学にいた頃、実に多くのサークルに属していた。

 「卒業のとき、サークルの人たちにここで祝ってもらったんだ。」

 いつだったか、六本木にあったある店の前で当時のことを語ってくれたこともある。

 それもまたあの人なりの出会い探しの一環だったのだろう。

 映画サークルは確か、あの人が属していたその多くのサークルのうちの一つだったはずだ。

 あの人がデッキにテープを入れた。

 再生ボタンをあの人が押すと、二人きりの部屋の中に機械音が響く。

 ビデオが回り始めた。

 それは人物が全く出てこない、幾つかの街の映像。映像は街の中を駆け抜けていく。街並みが変わるたびに紙に書かれた台詞が現れ、街の映像と台詞が繰り返される。二十分ほどのその映像は、なんとはなしに切ないもので、普段は見ることのないあの人の持つ一面をそれはよく表しているように思った。

  「年を経るにつれて、街並みや人々の見た目は段々と変わっていってしまうけれど、その中でずっと変わらないものがきっとあるんじゃないですかね・・・。」

 僕は考え、呟いた。

 

 仕事のことを持ち出されたのは、その旅行の前後の飲み会だったように思う。

 その辺の記憶も曖昧なのだ。

 仲良くなった教職のメンバーで飲んでいた時だったというのは間違いない。

 仕事に誘われた日は、酔っていたし、また、話を聞いたばかりで頭の整理もついておらず、詳しい内容について触れられる状態ではなかったので、具体的な話は次の時にということになり、一週間と置かずまた会った。

 それから何度かあの人と会っていく中で、僕は少しずつやるべきことを理解していった。

 

 人はその一生を生きるうちに必ず一つは物語を書くことができる、とよく言われる。

 私達の人生の多くは、基本的に地味で単調なものだ。

 だが、生きていくうちには、その人の心に深く刻まれるような幾つかの出来事が起こる。

 一生のうちに起こるその幾つかの出来事を綴るだけで、私達には本が書けるのだと。

 そういった出来事を通して、人は自分が何を求めているのかを知り、自分なりの生き方というものを探っていくのだろう。

 そして、何かを掴めたと信じた人は、様々な方法を用いて、幾つかのものに自分の意志を伝え、残そうとする。

 様々に迷いながらも、そうやって自分の意志を残そうとすることで、人は自身でも気づいていなかった自らの意志を確認することができるのかもしれない。

 教師であれば、それは自分の受け持った子供たちかもしれない。

 職人であれば、それは自分の創り出した"もの"であるのかもしれない。

 人の親であれば、それは自分が生み、育てた我が子であるかもしれない。

 自分の意志を何かに書きつけておくということも、その一つであろう。

 

 私がこれから綴ろうと思う物語は、その例に漏れない。

 今までの人生を振り返ってみると、多くの人の人生が恐らくそうであるように、私自身の人生もまた、その多くは地味で単調なものだった。それは勿論、今も変わらない。

 だが、その中で私も私にとって非常に重要であった幾つかの出来事に出会った。

 そして、その中で私は私なりに自分に相応しい生き方というものを探ってきた。

 感謝し、礼を言わねばならないと常々思っていた人も何人かいる。

 傷つけ、別れることになってしまった人も何人かいる。

 それらは、他の人にとっては大した事件ではないのかもしれない。

 人に興味を抱かせることなどできない出来事なのかもしれない。

 けれど、それでも私はこの物語をどうしても書きたいと思う。

 本当に世話になった人に感謝の気持ちを表す機会はあまりないからだ。

 傷つけた人に、謝る機会もあまりない。

 何よりも、本来なら私自身関わることがなかったであろう世界に、多く関わらせてくれたあの人に対し、感謝の意を表したいと前々からずっと思っていたからだ。

 この物語を書くことで、それが少しでも叶えられたらと思う。

 もし、この物語によって、その感謝の気持ちだけしか伝えることができなかったとしても、私がこの物語を書く意味はきっとあるに違いないと思っている。

 

 あの人と私は、冒頭にあるように出会ってからすぐに仕事仲間になった。

 その為、結果的にこの物語は、あの人が会社を興し今に至るまで、私がどのようにそれに関わってきたかということの軌跡を描くことにもなる。

 だが、それがどれ程大変だったのかということをこの物語で語りたいのではない。

 会社を興す過程で苦労をしたのは、私よりも他ならぬあの人だったし、私が知っている限りでも、あの人が会社を興す上で、或いは、その成長の過程で私が関わらなかった部分は多く、だから、それを書くに相応しい人物もまた、私ではなくあの人のはずだからだ。

 

 では、この物語で私が書き残したいと思うものは何なのか。

 それは私が、曲がりなりにも今まで生きてくる中で見つけてきた、私自身が生きていく上で求めているものの具体的な形、である。

 別な言い方をすれば、あの人を含め、私が今まで出会ったすべての人々と時を過ごすうちに、私自身が生きていく上で何をしようとし、そしてその為に何を諦めようと思うに至ったかという過程を描くということにある。

 

 自分が何をしたいのかなどという質問には、一見誰もが容易に答えられるように思える。

 もしかしたら、ある人は、それを至極簡単に見つけてしまうのかもしれない。

 だが、少なくとも私にとって、それを朧げでも見つけることは決して簡単なことではなかった。

 そして今でも、私はその迷いの中で生きている。

 この物語を書くことで、それが今までより少しでも確かなものになることを願う。

 私は結局、今までの人生の中で、ずっとそれだけを捜し求めてきたのだ。

 思うにそれは、人が生きていく上で必ず背負わねばならない一つの課題なのだろう。

 できるなら、そうやって自分の意志を織り交ぜて綴ったこの物語が、この本を読んでくれる方々の心に少しでも響くものになってほしい。

 その為にも、私はこの物語の中で、今まで自分が何を求めてきたのかを真剣に探ってみたいと思う。

 

 それでは、これから私の稚拙な文章に少しく付き合っていただきたい。 尚、この物語は全て私の個人的な体験に基づいている。

(第二部へ続く)


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