2009年1月の日記

2009.01.01.
あけまし時の不定期連載。
 理解できていると思っていなかったことが、実は身体の中で生きていたと、悟る。
 察すると同時、跳躍した。身をかわす程度の、短い動作だが。跳び去った背後で、なにかが着地する音が聞こえた。
 身を休めるため、地面に空いた窪地にいた――そこから抜け出そうというところだった。当然、周囲はちょっとした崖か、丘のようになっている。誰かがその上から飛び降りてきたのだ。
 こいつは剣を抜きつつ、振り返った。
 そこには男がふたり、同様に剣を携え、こちらを見返している。ひとりかと思ったがふたりだった。同時に飛び降りたのだろう。指揮された動きだ。
 騎士であることは、推測するまでもなかった。装備も服も、王立騎士隊のものだ。金髪碧眼、いかにも騎士らしい、端正な顔立ちの若い男たちだった。
 無駄口はない。一方が、切っ先を突き出してくる。
 反射的にこいつは剣を跳ね上げ、攻撃を弾いた。防がれることをそいつらは予想していただろうか?――それは恐らく、自分のことを何者かと思っているかによるだろう。こいつはいくつかの想像をした。一番あり得そうなのは、魔術士と思われている可能性だ。その次にあるのは、魔術士の密偵か。
(難民だとは――)
 恐らくそれはない。自分は、まずキムラック人には見えないはずだ。そいつらが誰何もせず、最も素速く始末しようとしてきたことからも分かる。
 最初に斬り掛かってきた相手と、その後も数度、刀身を絡ませた。動きにはなんとかついていける。問題は、相手がふたりだということだ。いや……
(それだけのわけないわよね)


2009.01.02.
さっきから猫が自分の髭にくっついた糸くずにひたすらじゃれていて、セルフサービスな感じでオモシロです。時の不定期連載。
 こいつが気づくのと同時、また背後で物音が響いた。
 今度は振り返れないが、先ほどと同じ音だ。恐らくさらにひとりかふたり、騎士が飛び降りてきたのだろう。
 背後から為す術もなく殺される――その恐怖感を背負いながら、騎士の攻撃を防ぎ続ける。既にいくつか手元が狂い、二の腕と肩に浅く、敵の剣を受けていた。
(どうすればいい……?)
 考える時間は残されていない。
 選択肢もそう多くはない。まずは……
 相手の斬り込みに合わせて、鞄を持ち上げた。突き込まれた刃が、中に入っているなにか――不愉快な携行食でもなんでもいいが――に刺さり、引っかかることを祈る。だがどちらにせよ結果を見とどけてもいられなかった。すぐさま背後に向き直る。案の定ひとりの騎士が、同様に斬り掛かってきている。
 こいつは片手で剣を振り上げると、相手の刃を受け流した。金属が擦れて火花が散る。白い光に瞬時、目が眩むのを感じた。
 後ろ手に鞄を手放す。放した手も合わせて、剣を支えた。しっかりと掴んだ柄にかかってくる、敵の武器の重さが次第にすり抜けていく。それが完全に消えてなくなるより先に、決断しなければならない。
(分かったわよ、まったくもう――)
 眼前に迫る刃にも、背後の凶器にも、その持ち主たちにも、そして自分に対しても、心の底からうんざりして、叫びを発した。
 斬り返す。


2009.01.03.
年が明けたのでヘルボーイ気分になっている時の不定期連載。
 水平に剣を構えて、振り切った。
 刃は騎士の胸の正面を薙いだ。まだ力が足りなかった。浅い。深手には至らないが、一撃を受け流されてもともとバランスを崩しかけていた騎士は、さらなる衝撃につまずいて倒れ込んだ。
 終わりではない。
 先ほどの騎士ふたりと、改めて対峙する。ひとりはこいつの鞄から剣を引き抜き、もうひとりも戦列に加わろうと前進した。
(勝ち目は薄い)
 逃げ切れる見込みはもっと薄い。
 この連中は恐らく、以前にずっと後をつけてきていた追っ手だ――と、こいつは気づいた。追跡を続けていたのだ。
(どうする?)
 すぐにも行動しなければ、今ようやく作った隙すらも失ってしまう。
 幸い、そいつらは銃を装備していない。
 銃声が鳴り響いた。
「……!?」
 こいつは、すっかり混乱して瞬きした。
 銃声が二度、そして眼前の騎士が同時に、重なり合うようにして倒れるのが見えた。
 さらにもう一度。その最後の銃声にだけは、こいつは反応して身を竦ませた。なにが起こったのか、ようやく分かってきていた。


2009.01.04.
そういえばチェ気分でもあるんだけど、どうしようかなー時の不定期連載。
 恐る恐る、ゆっくり見やると、倒れていた騎士が動きを止めている。
 三人とも、どこに傷口が開いたのかはよく分からなかった。ただ即死していた。
 見上げると、そいつら騎士たちが飛び降りてきた高所に、黒い人影が立っていた。その手には銃がある。小型拳銃が硝煙をたなびかせていた。
「どうやら引き離せたのではなく、少数の隠密行動に切り換えていたようなんでな」
 そいつは淡々とそう言って、ヘイルストームをポケットに入れた。返すつもりはないらしい。
「本当は、お前が寝ているうちにすべて終わっている予定だったが」
 呆然と、こいつはそいつ、そして死体みっつを見回した。吐き気どころかショックもない。わけが分からず空虚な脳に、なにか意味のある言葉が湧き出るのを待つだけだった。
 ようやく浮かんだものを口にする。
「……わたしを囮に?」
「こっちの役割をしたかったか?」
「せめて説明してから――」
「共謀したかったか?」
 と、そいつは崖から降りてきた。
 騎士たちに対してはなんの思いもないようで、ことさらに注意も払わず、無視するでもない。死体が銃を持っているかどうか、それだけ確認したようだ。
「鞄を拾え。先に進む」
 そう言って、そいつは死体を踏み越えた。


2009.01.05.
花園神社で、だるまみくじを引いてきました。

結果は末吉。果てしなく普通でした。まあそれはいいんですが。
だるまが妙に真剣な顔してるので机の横に置いておきました。時の不定期連載。
 その夜、そいつは脈絡なく言い出した。
「取引をしよう」
 なんのことか分からず、こいつはとりあえず相手の顔を見つめた。
 繰り返される侘びしい休憩、今回も特に変わりはない。
 月の形すら昨日と変わっていないように思える――それは月の明かりを避けて物陰に潜んでいるからだが。
 警戒というよりただ意味を確かめるために、こいつは問い質そうとした。
「それは――」
 そいつは、それをすぐ制止した。
「違う取引だ。俺はお前をアーバンラマまで連れて行ってやる。だがそこで、俺の邪魔はするな」
「……すごく矛盾した取引に聞こえるけど」
「そうか?」
 そいつはとぼけたような言い様をする。素振りというより、他の有り様がないのかもしれないが。
 なんでこんなことを反論しているのか、それこそとんちんかんな思いに駆られて、こいつはうめいた。
「だって本末転倒じゃない。それならそもそも連れて行かなければ――」
 言いかけて理解する。
 そいつは、案内なしでもこいつがアーバンラマまで辿り着くと判断したのだ。
「どうして?」
 訊ねる。


2009.01.06.
平日になってようやく喫茶店に行っても嫌な顔されなくなってホッとしてます時の不定期連載。
 かなり唐突な問いかけだったにもかかわらず、その殺し屋は心でも読んだように答えてきた。
「俺が姿を消しても、先に進むことを選んだ」
(からかってるの?)
 寝不足も手伝って苛立ちを感じるが、まずは気を静めて返答を考える。
「答えは……」
 目を閉じ、そしてまた開いても、浮かんだ返事は変わらなかった。
「ノーよ。わたしはあなたに協力を頼まないで、あなたを利用した上、あなたの目論見を邪魔する」
「理由を聞いても構わないか?」
 と、そいつ。意外ではなかったらしい。
 気の利いた答えも思いつかず、こいつは嘆息した。
「直感的に」
「単に俺が嫌いだからということか」
「多分、そうね」
 多少違う気もするが、多少程度の違いはどうでもいいところなのだろう。それに、実際――本当にほとんど違わないようにも思う。
「それが、俺とあいつの違いか?」
「え?」
「聖域で……」
 そいつは思い出すようにゆっくりと語り出した。
「聖域に与していた殺し屋が、こう言った。俺に殺されることはまったく恐れないと。お前の態度を見ていると、それを思い出す。そして」
 さらに付け加える。
「こうも言っていた。自分を敗北させるのは、俺と同質にして正逆の存在だけだ、と」


2009.01.07.
というわけで、またしばらく小休止です。時の不定期連載。
「その人は……?」
 思い出したのはあいつのことだったが、違う人物の話だというのは分かっていた。そいつの話しぶりから、その人物がどういった結末に至ったかも想像はつく。そいつはそれを口にした。
「あいつが、奴を殺したらしい」
「…………」
「キムラックでも、奴は、死の教師をひとり殺害している」
 そいつはそう言って、肩を竦める動作をした。
「奴が俺と違うというのは、理解しかねる。まさか人数の差ではないだろう」
 皮肉ではなく、本当にただ分からないという口調だ。
(そんなことは……)
 こいつは、声に出さずつぶやいた。分かるわけがないし、言えるはずもない。
 実際に、違いがあるのかどうか――本当にほとんど違わないことだって、やはりあるのだろうから。
「一年間ずっと、どうしてあの人がわたしたちを置いてひとりで行ったか、考えてた」
 つぶやくと、そいつがわずかに顔をしかめるのが見えた。失望の色だ。そいつは、話が逸れたと感じたのだろう。
 だがこいつは構わずに続けた。
「事情は分かってる。あの人は反逆罪に問われてたし、わたしたちを逃亡に付き合わせるわけはないわよね。でも、それがなくてもひとりで行っただろうって思う」
 あの日の情景を思い出して、言葉が途切れる。
 すべてが終わった日でもあり、違うものが始まった日でもある。眠っているディープ・ドラゴンの毛に沿って指を動かし、こいつは続けた。
「変わってしまった自分は、わたしたちといっしょにいられないって、あいつは思ってる。わたしには――そのことだけは、あいつの間違いだって言える。だって、わたしだって変わるもの」
 もはや誰と話していたかも、一瞬、忘れかけていた。
 声にも力が入りすぎていたかもしれない。少々ばつが悪くなって、そいつを見やる。だがそいつもまた話など忘れているように、ぼんやりと遠くを見つめていた。
 そいつがあいつのことを考えているのは、想像できた。