これは自衛のためだと言って殴り続ける。血まみれになった相手が抵抗したと言っては、また馬乗りになって殴る。しまいには、こぶしだけでなくバットやゴルフクラブでも殴り始める。通行人は見守るだけ。警察官は「自衛のためだから仕方がない」と澄ましている--。
空爆に加え地上作戦が始まったガザ(パレスチナ自治区)で起きているのは、そんな出来事ではないか。国連も含めてイスラエルの軍事行動をすぐに止められる国や機関はありそうにない。時に世界の警察官役が期待される米国も、「イスラエルは自国を守る決断をした」(ブッシュ大統領)と同盟国を擁護する。
しかし、イスラエルの軍事行動は人道上、容認できない。昨年末からの攻撃で550人以上のパレスチナ人が死に、救急関係者によると、うち約100人が子供だという。この軍事作戦が、2月のイスラエル総選挙をにらんだ政治的パフォーマンスなら、よけい罪深いと言わざるを得ない。
ガザを実効支配するイスラム原理主義組織のハマスもロケット弾攻撃を続け、イスラエル側でも数人が死んだという。ハマスは攻撃をやめるべきだ。が、すでにおびただしい数に上る死者の増加を防ぐには、何よりもイスラエルが攻撃を自制しなければならない。
フランスのサルコジ大統領の仲介は不調に終わった。アッバス・パレスチナ自治政府議長が同大統領に「イスラエルの侵略の即時・無条件停止」を求めたのに対し、イスラエルのオルメルト首相は「ハマスの攻撃を許容するような妥協案」を突っぱねたという。
一方、ただでさえ物不足のガザでは、飲料水や燃料、医薬品などが不足し、国連の担当者によると「人道危機」が急速に進行している。東京23区の6割ほどの広さしかないガザは人口密度が高く、物資搬入も厳しく規制されている。
もともとガザ住民には逃げ場がないのだ。海を背にした狭い土地(ガザ)が攻撃されれば、多数の市民が巻き添えになるのは目に見えている。イスラエルは、国際的に禁止の動きが広がるクラスター爆弾を使ったとの情報もある。
イスラエルは過去にもガザに侵攻し、06年には隣国レバノンを舞台に大規模な軍事作戦を行った。ウサマ・ビンラディン容疑者が9・11テロの背景に挙げた82年のレバノン侵攻も、イスラエルは自衛のための「平和作戦」と称していた。
しかし、こうした軍事行動がイスラエルの平和と安定に寄与したとは言い難い。周辺諸国では、ガザ攻撃を虐殺と非難するイスラム教徒の抗議行動が広がっている。同盟国の米国はイスラエルを説得して軍事行動をやめさせるべきだ。流血と阿鼻叫喚(あびきょうかん)を放置して20日に退任するのでは、ブッシュ大統領も寝覚めが悪かろう。
毎日新聞 2009年1月7日 東京朝刊