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麻生首相は「われわれのベストの案」と胸を張って見せる。だが、これほど評判の悪い「ベスト」も珍しい。第2次補正予算案に盛り込まれた2兆円の定額給付金のことである。
「その場限りの究極の大愚策。2次補正から切り離し、自治体が自由に使えれば、病院や学校、社会福祉など住民の声が生かされる」。きのうの衆院代表質問で、民主党の鳩山由紀夫幹事長がそう提案した。民主党など野党3党は、2次補正から定額給付金部分を削除する修正案を提出した。
だが、首相はかたくなだ。「国民からは給付を待っているとの声もある。切り離しは考えていない」
給付のために必要な関連法案の成立に参院で野党側が抵抗したとしても、60日ルールを使って衆院再議決で押し通そうという構えらしい。
確かにこの不況だ。首相が言うように、ひとり1万2千円の給付金をもらえばありがたいと思う人は多かろう。
だが、朝日新聞の世論調査では63%が「必要な政策と思わない」と答え、NHKの調査では81%もの人が「景気回復に効果はない」と答えている。
もともと与党の総選挙対策として考え出されたのに、これでは逆に不利にはたらきかねないではないか。
最近、元行革相の渡辺喜美氏が「同じ2兆円を使うならもっとましな使い方がある」と反対の声をあげた。首相が撤回しないなら、自民党を離党するつもりだという。党内には同じような反対論がくすぶっている。
2兆円と言えば、環境省の年間予算のざっと10倍である。愛知県の予算にも匹敵しようという巨額だ。
財政難の中で経済危機が降りかかり、お金はいくらあっても足りない。たとえば2兆円を各自治体に配り、失業者ら困っている人々の生活や再就職の支援に使ってはどうか。産科医不足や救急医療の整備、介護など社会福祉へのてこ入れといった、本当に必要とされている分野になぜ投入しようとしないのだろう。
巨額の税金を使うなら「首相のベスト」ではなく、「国民にとってベスト」の使い方をしてもらわねば困る。
給付金を主導した公明党も、これでいいのか。そもそもガソリンや食料品が高騰していた昨夏、家計への支援策として考えた構想だった。その後、金融危機で状況は一変している。
いま急ぐべきは社会の安全網の強化である。とりわけ福祉を重視してきた公明党なのだから、ここは方針転換をためらうべきではあるまい。
状況の変化に機敏に対応し、大胆にかじを切る。危機の時代の指導者に求められる資質だ。首相は野党の提案に歩み寄り、定額給付金を削除すべきだ。2次補正の成立も早まる。君子は豹変(ひょうへん)す、と言うではないか。
世界一の長寿国、日本の平均寿命はますます延びている。そうなると老後の暮らし方も変わらざるを得ない。
そのひとつが住まい方だ。子ども世帯との同居から、核家族化が進んだうえ親世代も同居を希望しないようになった。高齢者だけの世帯は今後増える一方と予測されている。
そんな高齢者世帯で、年をとって体がきかなくなったら、そして連れ合いが先に逝ったら、このまま同じ所に住み続けられるのだろうか。こころは不安に満ちている。
賃貸アパートに住んでいる人は、年金暮らしのなかで家賃の支払いが一層負担になるだろう。
持ち家の人でも、郊外や地方ではすっかり車社会になっていて、不便を感じることがあるかもしれない。
社会学者の上野千鶴子さんが書いた「おひとりさまの老後」が最近、ベストセラーになったのも、こんな不安が背景にあるからかもしれない。
住宅政策担当の国土交通省は、昨年10月、社会資本整備審議会に高齢者の住宅政策のあり方を諮問した。
これまでの住まいと施設の中間にある高齢者住宅への関心が、ようやく高まってきたといえそうだ。
高齢者住宅のポイントは見守りや生活支援にある。高齢者だけでは、ちょっとしたことで日々の暮らしが立ちゆかなくなることも多くなるからだ。
例えば電球が切れても取り換えられない。段差に足をとられて転び、骨折して入院などということもある。最悪の場合、孤独死もあるかもしれない。
生活の自立ができていて介護はまだ必要ではない人に、安全と安心を保障するのが高齢者住宅といえるだろう。 実は高齢者住宅は、20年余り前から試行されている。
公営住宅の「シルバーハウジング」がそれだ。英国の高齢者住宅がお手本だった。バリアフリーの安全な住まいというハード面は住宅行政が、生活支援員の配置による安心というソフト面は福祉行政が提供する。行政の壁を超えた画期的な施策だった。
しかし、その後の景気の低迷などで戸数は伸びず、現在、全国でわずか2万2千戸余りしかない。
その後、建設費や家賃の補助がある高齢者向け優良賃貸住宅や高齢者居住法など、法律や制度の整備は進んできた。だが、多くの利用者が望む安くて便利な立地の住まいは数が少ない。
安全、安心の高齢者住宅に住むことで、自立した生活が維持できる。介護費用の抑制につながり、国の財政に寄与することにもなるだろう。
住まいは暮らしの基本である。
未曽有の長寿国での高齢者住宅に、お手本はない。これまでの蓄積を検証して知恵を集め、独自のあり方をつくり出していこう。