「うーん、やっぱり『気』だな。やる気、活気、元気の『気』だ」
麻生太郎首相は昨年暮れ、「1年を振り返り漢字一文字で表すとしたら」と記者に問われ、こう答えた。好きな言葉のようだ。経済危機の大波で不安に揺れる世相に、活気や元気を呼び戻したい思いも込めたのだろう。
首相は政策目標を短期的には景気対策と唱え、経済を元気づけようとしている。同時に中期的には財政再建とも強調する。「大胆な財政出動は財政責任のあり方を示すからこそ可能だ」との考えからだ。財政責任とは、首相がこだわる消費税の増税を意味する。
この不況下に増税を言うとは「気がどうかしている」という声もある。しかし、ここは冷静に考えたい。
小泉政権以来、歴代の首相は国民に痛みを求める負担増の議論から逃げ続けた。その結果、年金、医療、介護を柱とする社会保障制度は、あちこちで行き詰まっている。政治がこの現実から目をそらしている限り、国民の将来への不安は払拭(ふっしょく)できない。
麻生首相は、逃げずに正直に社会保障の安心強化のため、消費税負担増の準備を進めると断言した。気合を込めて「これが責任政党の矜持(きょうじ)だ」とも語った。その意気や良し、である。
だが、問題はどう実現するかだ。
●行革と無駄排除が前提
まずは景気の回復である。急激に悪化する雇用不安を抑え、経済を再生させる。それでも当分は税収減を覚悟せねばならないだろう。進まぬ行政改革の断行と無駄遣いの徹底的な排除による歳出削減の努力も必須だ。これ抜きに国民に負担増は求められない。
たとえ景気が回復して税収が伸びたとしても、国と地方を合わせ800兆円という、気が遠くなるほどの借金があることも忘れてはならない。
これが消費税増税を議論する大前提だ。しかし、増税は財政再建の側面からのみ語るべきではない。
社会保障制度は安心を支える最後のよりどころだ。国民生活を守る安全網が痛んでいる以上、再構築せねばならない。その維持に必要な最低限の歳出増は、認める必要があるからだ。
社会保障の劣化の主因は2つある。1つは財源不足の問題だが、もう1つは制度への信頼感の問題だ。
社会保険庁の怠慢による宙に浮いた年金問題や、組織的な厚生年金の記録改ざんは年金不信を増幅した。被害者を1人残らず救済するのが政府の責任だ。これが信頼回復の土台となる。
医療や介護現場も、救急や産科などの医師不足、介護の担い手不足から、国民が安心して治療やケアを受けられず、信頼の危機にひんしている。
設備はあるのに医師不足で機能を発揮できない。介護従事者の働く意欲は高いのに低賃金のため職場を去らざるを得ない。こんな現場の矛盾は、高齢社会の国民にとって大きな損失だ。
いずれも、社会保障費を抑制するため診療報酬や介護報酬を引き下げたツケである。抑制政策は既に破たんしており、やめるべきだ。介護報酬は4月から3%アップされるが、確実に待遇改善につなげてもらいたい。
基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げる財源にしても、結局は「埋蔵金」である特別会計の積立金を充て、2年間をしのぐことにした。
問題の根幹は、社会保障の安定財源の確保が遅れたことにある。頼れる安定財源は消費税しか見当たらない。増税する場合の消費税は、国民の安心を担う原動力と位置づけるべきだ。
●将来像と選択肢を示せ
それには、政府として社会保障のあるべき将来像と必要な費用を示し、負担と給付の関係を明確にする。いつまでにどうするのか、道筋と選択肢を示し、国民の納得を得ねばならない。
政府は昨年末に決めた税制抜本改革の「中期プログラム」で、消費税増税の時期を2011年度と明記した。
増税後の消費税収は全額、社会保障給付と少子化対策費に充てるとし、社会保障目的税化の方向を示した。プログラムには社会保障の機能強化の工程表も掲げているが、説明が全く足りない。消費税率にも触れていない。
政府の社会保障国民会議の最終報告は、15年度に消費税換算で新たに3.3-3.5%の財源が必要になるとした。税制抜本改革で検討する減税分も上乗せすれば税率は10%になろう。
首相と与謝野馨経済財政担当相は就任前、月刊誌で「消費税を10%にして社会保障目的税とする」と共同提言した。段階的に10%に引き上げたいのが本心だろう。ならば早めに提示し、国民に根気強く理解を求めるべきだ。
一方、民主党はまず税金の無駄遣い根絶を、と主張する。消費税は社会保障目的税化し、引き上げる場合は総選挙で国民に是非を問う姿勢だが、増税時期や引き上げ幅は明示していない。
今年は必ず総選挙がある。政権を争う自民・公明の与党と民主党は、消費税の改革案を政権公約に掲げ、どちらが持続可能な社会保障に本気なのか、国民の審判を仰いでもらいたい。
当然ながら、麻生首相の「やる気」と「矜持」も試される。
=2009/01/06付 西日本新聞朝刊=