現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 医療・健康
  4. あたたかい医療〜リレーエッセー
  5. 記事

専門家が連携、納得できる医療提供を

井沢知子・京都大学医学部付属病院看護師

2009年1月5日

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 このエントリをYahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真

 数年前にアメリカにある有名ながんセンターを訪れた時のことです。現地では、多職種で患者を診ることが至極当たり前のこととして行われていることにまず驚かされました。さまざまな職種で構成された医療チーム、自立して活躍する看護師や臨床薬剤師、徹底的なセルフケア支援を受けて前向きにがん治療を受けるタフな患者さん、贅沢(ぜいたく)なほど充実したアメニティー(快適な環境)など、すべての光景に圧倒されました。

 特に印象に残っていることは、外来診察での患者と医師とのコミュニケーション場面です。診察室は、まず患者が待機しており、そこに医師が現れるというスタイルでした。お互いに診察室に集まり診療を受け、行うというもので、医師の診察室に患者が入っていくという日本の環境とは違う雰囲気があり、やや対等な印象をもちました。やはり文化の違いが大きいのでしょうが、米国の患者さんはずうずうしいと思うほどに医師や看護師とコミュニケーションを積極的にとられています。アメリカは多文化国家なので、様々な患者さんがいるのでしょうが、すくなくとも「医療者に察してほしい」と奥ゆかしく黙っている姿はありませんでした。

 そして、もう一つ目に留まったのが家族の姿でした。自宅で患者さんに使用する点滴の方法や消毒の仕方、その他抗がん剤を受ける前の日常生活の注意点などに関する教育セッションが、看護師や薬剤師によって当然のように行われていました。子供や姉妹、友人など患者だけでなく、徹底的に家族を支援するシステムが見事に整っており、日米の差異を痛感させられました。

■多くの職種の人たちが生き生きと

 そのほかに印象的だったのは、医師以外の職種の働きです。医師とまではいかないにせよ現地の看護師や薬剤師は、日本よりもかなりの裁量を持たされていました。診察室での患者さんの問診や薬の処方を行い、患者さんの信頼を獲得していました。医師以外の職種が活躍することで、患者さんの満足感や医師の負担の軽減につながると考えられており、専門性の高いチームで医療を行うことのお手本を知るよい機会となりました。

 日本ではどうでしょうか。これまでは医師主導の医療が当たり前でした。医師の診断、治療技術を頼りに患者さんは病院の門をたたきます。それはもちろん今も変わりはありません。

 しかし、日本の医師は多忙を極めているし、自宅での療養方法や心のケア、経済的な心配ごと、いろいろな悩みを抱える患者さんはそのすべてを主治医に相談することはないでしょう。様々な心配ことに対応できる専門の医療職が身近にいないため、患者さんやご家族は路頭に迷ってしまうのです。

■京都大病院のがんサポートチーム

 私が勤めている京都大学医学部付属病院には、がん患者さんやご家族に、路頭に迷うことなく医療を受けていただくこと、がんが進行してきた段階の痛みや吐き気、不安感などいろいろな症状を上手に緩和し、生活できることを目的として、主治医や病棟の看護師とは違う専門家チームが組織横断的に活動しています。このチームはがんサポートチームと呼び、2008年1月から、入院中のがん患者さんとそのご家族を対象に活動を始めました。これは、がん医療に携わる様々な専門職でチームを構成し、入院中のあらゆる時期の患者さんやご家族の支援を行うというものです。このチームは、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床心理士、理学療法士などから構成されています。病棟主治医から依頼があれば、入院する患者さんやご家族に対して、チームの医師、看護師がかじ取りをしながら、適宜チーム内の多職種が介入していくというシステムを取っています。

 安部さんは、大腸がんで継続的に抗がん剤治療を受けていましたが、食べられなくなって入院されてきました。疲労感も強くなり、食べることが生きがいだった安部さんは、「食べられなくなったら終わり」と感じており、辛(つら)い日々を送っていました。何か手立てがないか、と病棟主治医からがんサポートチームに依頼がありました。サポートチームの医師に少し食欲が増進するような薬剤の提案をしてもらうと共に、チームの栄養士には食べやすい食事の形態や内容を提案してもらいました。安倍さんは、少しずつですが、だるさや食欲不振が改善されてきました。

 2008年1月に始めたがんサポートチームは、12月末までで300件の依頼を受けています。それだけがん患者さんとご家族の苦悩が多様化、複雑化し、病棟主治医や看護師だけでは十分に支援が出来ない状況が多数見られるという現状があるのです。そして、病棟主治医や看護師にとっても、専門家チームが入ることで、自分たちが抱える負担感が軽減したり、患者さんの満足度が上がったりすることのメリットを感じているのだろうと思います。

■日本のチーム医療、試行錯誤

 日本では、アメリカのように高い専門性をもつ職種が多数存在するわけではないし、システムが十分に整っているわけではありません。しかし、がんサポートチームのように、複数の職種が協力して患者さんやご家族を支援するという姿勢は各地で少しずつ浸透してきているのではと思います。他職種と協働しながらのチームアプローチは、それぞれの状況や意見の相違などがぶつかり合うこともあり、決して容易なことではなく、試行錯誤の状態であることも事実です。しかし、すべてを一人の医師が担う医療よりも、患者さんの満足度は違うのではないでしょうか。

 医療の最終ゴールは、患者さんやご家族が納得できる満足度の高い医療を提供することですが、それには、あらゆる専門家がつながりあって支援するという姿勢が医療者側に求められると思います。

     ◇

 井沢 知子(いざわ・ともこ)京都大学医学部付属病院看護部に在籍するがん看護専門看護師。京都府立医大付属看護専門学校を卒業して看護師に。その後、同志社大文学部英文科に学び、兵庫県立看護大大学院看護学研究科修了(専門看護師コース)、米国リンパ浮腫セラピストインテンシブコース修了。がん医療におけるチーム医療を掲げるMDアンダーソンがんセンターにも短期留学した。

ご意見・ご感想を

 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。最初のテーマは「コミュニケーション」。医療者と患者側が心を通わせる道を、体験を通して考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内

病院検索

症状チェック

powered by cocokarada

全身的な症状 耳・鼻・のど 皮膚 こころ・意識 首と肩・背中や腰 排便・肛門 排尿 頭と顔 目 口内や舌・歯 胸部 腹部 女性性器 男性性器 手足

総合医療月刊誌「メディカル朝日」