◎舳倉島からの警告 ふるさとで知る地球の危機
いま、私たちのまわりで進む地球規模の環境変化を教えるシグナルが、能登沖に浮かぶ
舳倉島と七ツ島から届けられた。
昨年、両島一帯で、計三回に及ぶ現地調査を実施した本社の自然環境調査団は、自然科
学から考古学に至るまで、多岐にわたる成果を持ち帰った。ダイナミックな地球変動の痕跡として、約二千万年前とも推定される樹木化石が発見され、動植物の楽園であることをあらためて裏付ける野鳥や昆虫の希少種が多数確認された。
しかし、何よりも衝撃的だったのは、同じ日に計測した金沢や小松で確認されなかった
酸性雨が、現地から採取されたことであろう。工場のない舳倉島に降る酸性雨の主要因は、中国大陸から偏西風に乗って飛来した大気汚染物質であることは疑いない。
大変動の兆しは、繁栄の先進地ではなく、しばしば遠く離れた辺境の地から発せられる
という。本社調査団によって、日本海上の「点」のような孤島群が、国境なき汚染の最前線であることが裏付けられた。それとともに、島を越えて日本列島に向かう汚染物質の最初の飛着地である北陸が、見えない脅威にさらされていることを、舳倉島は静かに警告していたのである。
地球温暖化のスピードは緩まず、このまま進めば「今世紀中にも南極の氷が解け、海水
面は60センチ近く上昇する」との不吉な未来の風景が、国際的な学術機関の報告書に盛り込まれている。事の重大さは理解できるにしても、四季の自然に恵まれた北陸に住む私たちにとっては、どこか別世界のSF物語のように、切迫感が希薄なことも実感ではなかっただろうか。
しかし、昨年、北陸は、近年にないほどの自然の猛威にさらされた。七月に金沢市を襲
った集中豪雨で浅野川が五十五年ぶりにはんらんし、広範囲の地域が浸水や土砂災害に見舞われた。富山湾では二月、「寄り回り波」と呼ばれる七十五年に一度の高波が入善漁港海岸に押し寄せ、巻き込むように沿岸部をえぐった。
温暖化との関係は不明だが、少なくとも私たちに対して、舳倉島からのシグナルと同様
に、自然からの警告を受け止める鋭敏なアンテナを持つようにと、促しているように思える。
今から四半世紀ほど前、舳倉島の生活ぶりに密着取材した本社企画があった。その中に
、島の石を紹介した記述がある。島には、村じゅう総出で海中から石を拾い上げる習慣があった。それは道路の石敷きの舗装の材料となり、神社の参道にも敷き詰められた。祭りの時には、その参道の石を一つ一つどけて草をむしり、はだしでも、みこしが担げるように、再び平らに敷き詰めたのである。
そこには、物資の供給が限られている孤島で、石一つをも無駄にしない、強じんな環境
との共生の知恵があるようにも思える。舳倉島とは、そんな心根が宿る島なのだろう。
今は冬のさなかで、横殴りの潮風によって海水が運ばれ、窓ガラスに塩の柱ができるこ
ともある。そんな過酷な自然だが、やがて穏やかな春が来れば、本社調査団が新たな発見を求めて、再び現地に赴く予定である。ふるさとの環境を知る「最先端」の地とも言える孤島から送られる、地球のメッセージに耳を澄ませたい。
今年は、ふるさとの自然環境を考える上で、またとないシンボルとも言えるトキが「里
帰り」する見通しだ。いしかわ動物園でスタートする分散飼育が進めば、本州最後の生息地である石川の空にトキが羽ばたく期待が高まる。
その実現は、いまだ夢に近く、飼育の現場も当面非公開だ。しかし、この地でトキの鼓
動を感ずることは、かつて能登のトキが、人による森林伐採や狩猟、農薬公害で死滅に至ったことを思い起こさせ、県民の間に環境保全への機運を高めるだろう。
石川県では、二〇一〇年の生物多様性条約締約国会議(COP10)の関連会議誘致に
向けて、多種多様な動植物や魚介類が生息する里山・里海保全の取り組みが本格化する。足元の環境に目を向ける意味でも、舳倉島・七ツ島の調査の成果を生かしていきたい。