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【社説】

年のはじめに考える オバマ時代と東欧革命

2009年1月5日

 オバマ米新政権がスタートします。少し回り道して今年二十年を迎える東欧革命を振り返ると、「オバマ時代」の歴史的課題が浮かび上がってきます。

 「東欧革命」といっても、今の若い人にはピンと来ないかもしれません。海外旅行慣れした世代、昨今の円高も手伝って東欧のイメージといえば、多少珍しい海外ツアーの候補地でしょうか。

 宗教改革に殉じたヤン・フス像が立つプラハ旧市街や、ナポレオンが一時略奪したカドリガ(四頭立て馬車像)を戴(いただ)くベルリンのブランデンブルク門には、今日もガイドブックを手にした日本人ツアー客の姿があることでしょう。

◆制御なき時代の加速度

 一九八九年の冬、東欧各地は紛れもない革命の地でした。凍(い)てついた寒気と吹雪の中を何万、何十万の人の波が押し寄せ、弾圧の恐怖をはねのけて共産政権を次々突き崩したのです。国が潰(つい)え、国が興るたびに起きた冬空をつんざく歓喜のどよめきは、今も耳の底に残っています。ベルリンの壁の崩壊はその象徴です。

 昨年、まだ民主党候補だったオバマ次期大統領は、初外遊の主要演説舞台としてそのベルリンを選びました。

 二十万人市民を前に、オバマ氏は、旧東独に飛び地となって残されたベルリンが「自由の灯火」を守り続けた勇気を称(たた)えるとともに、壁がなくなったが故に生じた「新時代の危機の潮流」に警告を発しました。その内容は多岐にわたりますが、この二十日行われる就任演説の萌芽(ほうが)をなすとも思われる指摘が二つ含まれています。

 一つは、人間の制御を離れたかのように疾走を始めた時代の加速度です。冷戦秩序が崩壊した後、国際社会は世界史級の出来事に津波のように襲われました。

◆環境戦略の劇的な転換

 湾岸戦争、旧ソ連崩壊、ユーゴスラビアに始まる民族紛争、イスラム過激派の台頭。そして、あの米中枢同時テロです。国家を超える世界同時性と仮想現実の広がりを前に、国際社会の新秩序づくりの取り組みは後手後手でした。

 九・一一後、ブッシュ政権が過剰なまでの単独主義に転じたのは、唯一の超大国と化したアメリカが、米国型民主主義、市場原理主義という自国価値観の下で時代の手綱を取り戻す試みだったといえます。

 その評価は歴史に委ねるほかありません。国内での第二のテロを防止した点を成果としてあげる見方もありますが、世界へテロが拡散している事実はどう見るべきでしょうか。市場原理主義の果てに未曾有の金融危機がもたらされた現実をどう受け止めるべきでしょうか。

 共産主義体制、社会主義経済が内部崩壊したように、アメリカ型の一極主義、市場原理主義も自壊に瀕(ひん)している。そんな行方の定まらない時代の構図が浮かびます。

 もう一つは、地球環境への切迫感です。

 「こうして話している間も、ボストンの自動車、北京の工場が北極の氷を溶かし、大西洋の海岸線を縮めているのです」。こう訴えるオバマ氏は、環境政策を、緊急経済対策、外交・安保政策と一体のテーマと位置付けています。

 現政権との違いを示す上で象徴的なのが、チュー次期エネルギー長官はじめ環境、科学担当閣僚を発表した際の記者会見でした。

 イノベーションと政治的意思の連携で石油依存体質からの脱却戦略を描いた際、オバマ氏は最先端の科学的知見を重視していく考えを表明し、「仮にそれが不都合なものであっても」と強調しました。京都議定書を離脱し、政府の温暖化報告書の改竄(かいざん)さえ図ったとされるブッシュ政権の手法との決別を印象づける発言でした。

 軍事力というハードパワーだけに頼る政治から、アメリカの多様なソフトパワーを一つの連環として生かす政治へ。劇的な転換が予想されます。

 東欧革命の指導者、チェコのハベル元大統領は、革命直後の九〇年に「自由を前にした不安」と題した講演を行い、次のように述べました。「あり余る自由を前に今何をなすべきか、正直定かではありません。韻文の世界が終了し、散文の世界が始まるのです。祝祭が終わり日常が始まるのです」

◆「今、この時」の緊急性

 「熱狂はすぐに冷める」という東欧革命の手痛い教訓を察してでしょうか、ベルリンの演説でオバマ氏は繰り返し「今、この時」の緊急性を指摘し、「ベルリン市民、そして世界市民」に、ともに行動するよう訴えました。

 国が、組織が、個人が、その問いかけにどう応じてゆくのか。世界がその知恵を試される一年となります。

 

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