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【社会】

<日本の選択点>医療格差 不人気科どう人材確保

2009年1月5日 07時28分

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 「それでも私は医者になりたい」

 都内に住む中原のり子さんは、十年前、当時高三だった長女・智子さんからこう告げられた時のことを忘れられない。

 中原さんの夫・利郎さんは小児科の勤務医をしていたが、激務で心身がむしばまれ、病院の屋上から飛び降りた。四十四歳だった。

 遺書には「このままでは日本の医療は破たんする。私には医師を続ける気力も体力もない」とつづられていた。遺書を見た直後、智子さんが口にしたのが冒頭の言葉。夫の苦痛を娘も味わうのだろうか。中原さんは「賛成はできない。でも応援してあげる」とだけ答えた。

 勤務医、特に外科、産婦人科、小児科の労働環境は劣悪だ。

 その原因の一つに、二〇〇四年に導入された新たな臨床研修制度がある。新制度は、二年間の研修期間中に数カ月単位で各科を巡回させることを必須にした。以前は卒業した大学病院に残り、一つの科目だけ研修する新人医師が多かっただけに、医師の科目選択の自由は広がった。

 その半面、医師の偏在も深刻になった。選択肢が広がれば、人気のある科目、地域に医師が集中するのは当然。結局、地方病院の勤務医や、外科、小児科、産婦人科の医師が減った。産婦人科は特に深刻で「放置したら十年後には壊滅する」(海野信也北里大教授)という声もある。

 この事態を受け、厚生労働省は昨年、有識者による検討会を設置。新制度見直しに着手した。しかし見直しは医師の職業選択の自由を制限することになりかねない。検討会の議論は「新制度を凍結しないと医療は守れない」「新制度で臨床能力が高まった」と賛否両論ある。

 新制度を見直さなくても不人気科目の医師の給与引き上げなど、待遇を改善すれば偏在は是正できるかもしれない。そもそも医療の格差は新制度導入前からあった。増大させた一因ではあるが、決定的要因ではない。待遇改善の方が、問題の本質的解決につながる。ただこの道は、医療費増を招き、新たな国民負担が発生することになりかねない。

 新制度を見直すか。待遇改善か。

 「医師は犠牲の精神でやってきたが、善意だけではやっていけなくなっている」

 中原さんは夫の遺影の前で訴える。一刻も早い結論が求められる選択点だ。

 智子さんは二十六歳になった。今は神奈川県横須賀市の病院で勤務医をしている。比較的恵まれた勤務体制だというが、それでも小児科勤務医の環境は「十年前と変わっていない」という。

(東京新聞)

 

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