「今日はどうしたの」
「先生、体にじんましんができちゃって」
四万温泉(中之条町)の入り口近くに立つ「四万へき地診療所」。約600人が暮らす集落唯一の医療機関だ。高橋美由規(みゆき)医師(35)が住み込みで働き始めてもう4年が過ぎた。
診療所には毎日20人ほどがやって来る。ほとんどが高齢者だ。風邪を引いたり、腰を痛めたり。話し相手がほしくて、30分以上歩いて診療所を訪ねる人もいる。近くに住む宮島さち子さん(85)は「何でも親切に聞いてくれる。ずっといてほしいやね」。
厚生労働省は半径4キロ以内にへき地診療所以外の医療施設がなく、最寄りまで30分以上かかる地区を「へき地」と呼ぶ。へき地診療所の多くは自治医科大学(栃木県下野市)の卒業生が義務として赴任している。桐生市出身の高橋医師もその一人だった。
縁もゆかりもない四万に着任したのは04年6月。最初は患者のお年寄りたちの気の短さに戸惑いもあったが、人情は厚かった。地区の祭りに呼ばれ、八木節を一緒に踊るようになり、気付けば任期いっぱいの05年末。「先生、ここにいてよ」。引き留める声に、四万に残ることを決めた。
へき地では、医師の心身が休まる時間はない。急患は深夜3時でも処置し、都市部の大病院に送るかどうか判断を迫られる。責任は重い。ほとんどの医師は義務年限を終えると、都市の大病院などに移って行く。
高橋医師が残った最大の理由は地域への愛着だ。「自分が診た子供が大きくなり、おじさん、おばさんはお年寄りになる。できる限りここにいて、それを見届けたかった」
県内のへき地診療所は9カ所。その多くは、高橋医師のような若い医師が、ぎりぎりのところで支えている。へき地ならではの課題は多い。設備は限られ、救急患者の搬送には車で最低1時間かかる。急用で診療所を空けると医師は一人もいなくなってしまう。
へき地診療所を支えるべき地域の中核病院も医師不足で機能低下が目立ち始めた。どこまで耐えられるか。高橋医師は言う。「総合医を目指す人は増えているのに、へき地で働きたいという医師は少ない。10年後を考えると、不安になる」=つづく
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医師の偏在が深刻化している。都市への集中や専門医志向が進み、山間地の医療水準は低迷が続く。そんな「医療過疎」の現場を追った。
毎日新聞 2009年1月4日 地方版