COLUMN-〔インサイト〕世界的金融不安にのしかかるデフレの影、出口見えず=信州大 真壁氏
足元の経済や金融市場の動向は一段と混迷を深めており、依然として、解決に向けた出口が見えない状況が続いている。金融危機を乗り越えるためには、まず、金融機関等が抱える不良資産を処理することが出発点になる。それは、1990年代以降のわが国の経験から考えても明らかだ。
金融機関が、バランスシートの中に隠れている不良資産を開示し、市場参加者の目からも見えるようにするのである。不良資産の処理必要額が分かれば、政府が公的資金を使って、不良資産処理を促進することができる。
それと同時に、政府は、金融機関のき損した資本を公的資金の注入によって補てんする。そのプロセスが進むと、不良資産に関する疑心暗鬼が解消し、金融市場が少しずつ安定を取り戻すことが可能になる。
しかし、現在の経済・金融の状況を見ると、不良資産処理のプロセスはまだ進んでいない。今のところ、政府が投入を決めた公的資金は少額すぎて、金融機関が抱える不良資産を処理するには足りない。金融危機の火元である米国では、まだ、国民は金融機関救済のために十分な公的資金の投入を容認するに至っていない。現在は、危機克服までの道程の半分程度と考えられる。
特に危機克服のプロセスを進めるために、以下の3つの手ごわい障害がある。危機克服のプロセスと、これらの障害を同時に相手にすることは至難の業だ。ただ、このハードルを飛び越さなければ、危機を乗り越えることはできない。
<デット・デフレ懸念>
デット・デフレとは、20世紀最高の経済学者の1人といわれたアービング・フィッシャーの言葉だ。企業などが借り入れによって資金調達を行った後、デフレの進行で貨幣価値が上昇し、実質ベースの返済負担が増加することを意味する。特に景気が後退する局面では、返済負担増加の重荷がずっしりと企業にのしかかり、結果的に、経済活動が大幅に低下することになる可能性が高い。
11月中旬、米国労働省が発表した10月消費者物価指数は前月対比マイナス1.0%と、1947年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。この背景には、景気減速によって自動車などの耐久消費財に対する需要が減退したことに加えて、原油や一部穀物などの価格が急落したことがある。エネルギーや食料品などの変動の大きな要因を除いたコア部分の指数も同0.1%下落しており、1982年12月以来、約26年ぶりの落ち込みとなった。この指数を見る限り、米国で、デフレ圧力が顕在化していることがわかる。こうした傾向は、徐々に世界経済に伝播(でんぱ)することが予想される。
デフレの進行は、「借金大国」である米国には大きな痛手になるはずだ。民間企業だけでなく、これまで借り入れによって過剰な消費を行ってきた家計部門への打撃も避けられない。足元で労働市場の悪化が顕在化していることを考えると、デフレ傾向は、今年のクリスマスセールに大きなマイナス要因として働くことも懸念される。
クリスマス商戦で消費が伸びないと、米国経済の後退は一段と鮮明化する。それが現実味を帯びてくると、企業業績は一層落ち込むことになる。すでにクリスマス商戦の動向が業績に大きな影響を与える宝飾品業界では、ティファニー(TIF.N: 株価, 企業情報, レポート)が通期業績予想を引き下げている。先行きの不透明感が強い。
また、消費が伸び悩むようだと、大手自動車メーカーや金融機関の経営状況は、今後、さらに厳しさを増すことになる。世界経済のけん引役である米国がデフレ・スパイラルの中に落ち込むと、それは新興国へも深刻な影響を及ぼす。新興国経済にも下押し圧力がかかり、エネルギー、素材への需要はもとより、株式や為替などの世界の金融市場は一段と不安定な状況になることも懸念される。
<金融市場機能の一段の低下>
9月15日のリーマン破たん以降、世界の銀行間の資金貸借市場では、貸出先のカウンターパーティーリスクに対する警戒感が急激に高まり、取引がほとんど成立しない状況に陥った。
また、サブプライム問題の表面化をきっかけに、RMBS(住宅ローン担保証券)などの証券化商品の市場は開店休業の状態で、投資家は保有する証券化商品を売却することができない状況になっている。
さらに事業会社が発行するコマーシャルペーパー市場、社債市場などのクレジット市場において、投資家の信用リスクに対する忌避感は一向に低下の兆しが見えず、これらの市場の機能はほとんど回復していない。
FRBが政策金利であるFFレートを昨年夏以降積極的に引き下げ、いまや歴史的な低水準の1.0%となっている状況を考えれば、銀行間の資金貸借市場の機能不全は深刻と言わざるを得ない。
FRBをはじめとする各国中銀が、積極的に政策金利引き下げを実施している中、金融機関の貸し渋りや融資基準のさらなる厳格化、融資の早期回収、カウンターパーティーリスクの高止まりによって、クレジット市場は一段と深刻な状況に陥る可能性が高い。それが現実になると、金融市場の悪化が実体経済にマイナスの影響を与え、実体経済の後退が金融市場の悪化を加速する“負の連鎖”が発生することも懸念される。
<政策当局の対応の遅れ>
機能低下が顕著な金融市場を再生させることを狙って、各国政府および中銀は、金融安定化法案を初めとする巨額の政策救済措置を発表している。ただ、こうした政策と市場が望む対応には、対策の内容と実施のタイミングについて断層がある。
基本的に、不良資産処理の方法には主に2つの対処がある。1つは、不良資産を箱に入れてフタをする方法だ。もう1つは、不良資産を取り出して、償却してしまう方法である。現在の各国の政策当局の対応は、主に前者のスタイルである。応急策として、フタをして隠しているのである。それでは、価値が大きく下落している不良資産を売却しようとしても、買い手は見つからないだろう。それでは、問題の本質的な解決にはならない。
市場が求めているのは、不良資産を金融機関のバランスシートから除去して、金融機関が抱える問題の元を取り除くことだ。それを実行しない限り、金融機関が抱える問題を解決することはできない。金融危機の大元を断ち切る必要があるのだ。市場はそうした対策の実施を求めて、金融市場に揺さぶりをかけているとも考えられる。こうして金融市場の機能回復が遅々として進まない間にも、企業の資金繰りが厳しくなり、倒産件数も増加傾向をたどっている。
今回の金融危機は、経済のグローバル化の進展と金融商品の世界的な拡散によって、先進国、新興国を問わずに世界的な規模で発生している。その意味では、今回の危機は未曾有の規模というだけではなく、先進国中心の世界経済システムから、新興国の工業化の進展と消費拡大によるグローバル経済へのパラダイムシフトともいえる。そうした状況下、「100年に1度の金融危機」を沈静化するためには、主要国の迅速で有効な政策実施が不可欠になると同時に、各国が協調体制を構築することも忘れてはならない。
真壁昭夫 信州大学・経済学部教授
(12日 東京)
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