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経済のグローバル化に背を向けて保護主義へ向かうのか、それを許さずあくまでも自由貿易を守るのか。今年は世界経済にとって、重い選択を迫られる試練の年となりそうだ。
昨秋から世界は金融危機に見舞われ、同時不況が深まりつつある。この衝撃をやわらげようと、世界中で保護主義的な動きが出ている。その象徴が自動車をめぐる各国の対応である。
米政府は先月、経営危機に陥っているゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーに対し、約1兆5千億円のつなぎ融資を決めた。欧州連合(EU)や英国、スウェーデン、中国などでも、政府が自動車産業への支援を始めた。ロシアは自動車産業を守るため今月から関税を引き上げる。
多くの雇用を抱える自動車産業を不況のさなかにつぶすことはできない。各国がそう考えてもやむを得ない面はある。ただそこには、長い目でみればもっと大きな問題を生む要素があることも忘れてはならない。
自動車メーカーへの金融支援は輸出競争力を増すだろうから、輸出補助金のようなものといえる。輸出攻勢を受ける側の国も、国内メーカーへの補助や関税引き上げといった対抗策に走りやすい。その応酬が、やがて保護主義のうねりと化しかねないのだ。
1929年に米国で始まった大恐慌がまさにそうだった。大量の失業に苦しむ米国が国内産業保護のために関税を引き上げると、それが欧州各国や周辺国へも飛び火した。
この連鎖により、結局はどの国も長く深刻な不況へ突入し、世界大戦へとつながる暗い時代の幕開けとなった。「勝ち組」は生まれなかった。この失敗を繰り返し、内に引きこもった世界経済にしてはならない。
世界景気の回復に数年はかかる。保護主義の台頭を食い止めるには、何より首脳たちの強い意思が必要だ。昨年11月の金融サミットで、多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)を年末までに大枠合意する、と公約したまでは良かった。だが合意に失敗し、交渉の先行きには悲観論が広がっている。
日本はラウンドの早期再開を米欧や中国、インドなどに強く働きかけるべきだ。資源に乏しく人口減少社会となった日本は、今後も貿易立国の道を歩まざるを得ない。自由貿易を守ることは国際貢献であり国益でもある。
ただ、150もの国が参加するラウンドの合意には時間がかかるだろう。まずは自由貿易協定の理想的なモデルを実現させる努力をしてはどうか。
米国が提唱するアジア太平洋経済協力会議(APEC)の自由貿易圏は候補の一つだろう。足がかりに、米国やシンガポール、ニュージーランドなどが検討している経済連携協定に、日本も参加する方向で交渉すべきだ。
ハローワークの臨時窓口に昨年末、職を求める人々が殺到した。明日の生活の糧を得るためにはどんな仕事でもかまわない。そんな切迫した気持ちの人が多かったに違いない。
しかしより将来を考えて、失業を機に新しい職業能力を身につけ、新たな道に進む。そんな選択肢がもっと広がらないものだろうか。
欧州諸国は近年、職業訓練を雇用政策の軸にすえている。失業手当への依存を減らす一方で、雇用拡大につながる良質な人材を育てるためだ。
雇用保険による失業手当が、綱から落ちてきた人を受け止めるセーフティーネットなのに対して、職業訓練は、落ちてきた人が再び綱に跳び上がるためのトランポリンと言えようか。
ところが日本では、雇用の安全網が大きく破れ、トランポリン役の職業訓練も十分には機能していない。
日本の製造業の現場では、企業内でものづくりの技術が受け継がれてきた。だが企業内の訓練から派遣労働者ははずされている。サービス産業で働く非正規労働者は単純労働がほとんどで、十分な技術は身につかない。
一方、公的な職業訓練を受ける人は毎年15万人前後いる。金型製作や溶接、住宅リフォーム、簿記などのほか、最近は介護サービスを学ぶコースも設けられている。国や自治体の自前の施設での訓練は3割で、最近は民間への委託訓練が増えている。
問題は訓練期間中の生活だ。非正規労働者は1700万人にのぼり、全労働者の3分の1に増えたが、その過半数が雇用保険に加入できていない。だから職業訓練を始めたその日から生活資金を心配しなければならない。
非正規労働者らの多くは、職業能力を向上させることもできず、心の不安を抱えたまま職を転々とせざるをえない。これでは将来にわたって、日本経済の潜在力を奪ってしまう。
この難局を乗り越え、社会が安心を取り戻すためには、雇用のネットの破れ目を繕うとともに、希望者全員が職業訓練を受けられる態勢を整えねばならない。
雇用保険に非正規労働者が入りやすくする。職業訓練の枠を大幅に広げる。訓練中に十分な生活資金が得られるようにする。政府はそうした雇用対策を確実に実現してもらいたい。
豪華な保養施設を次々に造り、批判を浴びた独立行政法人「雇用・能力開発機構」について、政府は他の独法に統合し、今後はものづくり技術の職業訓練に専念させることを決めた。
あれだけの無駄遣いを続けた組織である。国と都道府県との業務の重複を減らしつつ、引き続き改革が必要だ。
資源のない日本は人材立国をめざすしかない。この不況が次への大きなステップとなるようにしたい。