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横浜・寿診療所30周年/女性医師、住民の健康を支え続ける
- 社会
- 2009/01/02
「のどが少し赤いね」-。赤ぶちメガネをかけた医師、佐伯輝子さん(79)は、患者を安心させる柔らかい声で語り掛ける。二〇〇九年に設立から三十年を迎える横浜市中区・寿地区の診療所で、当初から医療に携わってきた。かつては血気盛んな日雇い労働者のまち。危ない目に遭ったこともあったというが、「素直な人が多い。裸の心を持つ人と接することができた」。患者と築いた信頼関係が、長く続けることができた原動力だという。
診療所が入る寿町総合労働福祉会館は、地域住民から長年の陳情が実り、一九七四年に建てられた。だが、肝心の医師が見つからず、診療所をすぐには開所できなかった。
会館完成から五年後、市と市医師会が佐伯さんに診療所勤務を要請した。当時は日雇い労働者が集まり、けんかや事件などが絶えなかった。同じ医師の夫(82)は大反対した。
だが、当時、私立大の歯学部生だった長女と私立大医学部に合格したばかりの長男が肩を押した。「何で断るの? 周りの人が今までのママを見てできると思ったから頼むんだよ」。この一言で、夫も「君、やってみたら」と一転。家族に理解され、引き受けた。
週三回、午後だけの診療から始まったが、患者が増えだして少しずつ診療時間を増やした。医師やスタッフも増員し、現在の診療は週五回の午前と午後。いまの患者はほとんどが生活保護受給者だが、社会保険未加入の上に治療費を持ち合わせていない年金生活などの患者には医療費を貸し付けて診療している。
かつて興奮した患者に首を絞められたこともあった。だが、医療者として患者を見捨てぬ姿勢が心に通じないわけがない。一人暮らしの男性が多い寿地区では生活相談も多く、「母親のような存在」になった。
患者とのほほ笑ましいやり取りも。「先生にうつしたら大変だから、おれの足に触るな」と気遣う水虫に悩む患者がいたり、先生がダイエットで短期間に二十キロ減量したときは、心配した患者が「元気になって」とスイカやメロンを持ってきてくれた。
当初はけんかなどによるけが人や結核患者が多かったが、高齢化が進むにつれ糖尿病や認知症などの患者が増えているという。自身も「ここ数年は加齢を感じる。辞めないで続けることも大事だけれど引きどきも大事」。だが、「先生、きょうは元気そうな顔してる」「先生を見ていると元気になるよ」という患者の言葉を聞くと、「もうちょっと頑張らなくちゃ」。白衣を脱ぐ日は、まだ当分先になりそうだ。
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