◎ふるさとから挑戦 今こそ明日への種を蒔かん
果物というより、宝石そのものに見えた。「ルビー」の名にふさわしい深紅の輝き。ガ
ラスケースのなかで、ピンポン玉ほどもある粒が妍(けん)を競い、ツンと澄ましている。昨年夏、金沢市内のデパートの地下食品売り場で、石川県産の新品種ブドウ「ルビーロマン」を初めて見た印象は強烈だった。
ものが売れない時代である。不況のまっただ中で迎えた二〇〇九年も、消費の低迷は続
くだろう。そのなかで、高値でも飛ぶように売れた「ルビーロマン」は、一つの希望である。沈滞ムードの漂う北陸にも、そんな希望の星はまだあるのではないか。私たちは、新連載「ふるさとから挑戦」で、果敢に夢に挑み、明日への道を切り開いた群像に光を当て、思いのたけを聴いてみたいと思う。本紙の47面に掲載した「ルビーの輝き」はその第一話である。
物語の詳細は連載に譲るとして、一点だけ指摘しておきたい。ルビーロマンの開発が始
まったのは、バブル崩壊後の不況が深刻化し、企業倒産が急増した一九九五年のことである。石川県農業総合研究センター砂丘地農業試験場に、大粒ブドウから採取した四百粒の種が蒔(ま)かれた。この中の一粒が奇跡のドラマを生むのである。
リーマン・ショック以降の世界同時不況の嵐は、北陸の企業を直撃した。特に製造業は
輸出減と円高の追い打ちを受け、総崩れの状況である。バブル崩壊後の長期不況を生き延びた百戦錬磨の経営者たちですら、未曾有(みぞう)の不況に立ちすくんでいるように見える。
不況下で、新たな投資をするのは勇気がいる。手持ち資金を減らさぬよう企業防衛に撤
する方が安全だからである。だが、個々の企業が投資をやめ、安全を最優先させれば、各企業にとっては正しい選択でも、地域経済全体では総需要が減り、不況を加速させる。「合成の誤謬(ごびゅう)」を避けるために、今こそ歯をくいしばって需要の喚起に力を入れたい。不況のときほど勇気を持って、明日のために種を蒔いてほしいと思うのである。
松下電器グループ(現パナソニック)の創業者・故松下幸之助氏は、「不況またよし」
と言った。不況で経営難に陥ると、好況時には気づかなかったり、気になっていても、ついつい手つかずにしていた課題がはっきりと見えてくる。改善、改革の必要性が痛感され、危機感のなかで人材も育つ。だから「不況は改善、発展への好機」と言うのである。
金融工学の名の下で、わずかな資本を何倍にも膨らませ、巨万の富を荒稼ぎする欧米流
の錬金術が破たんした今、企業経営の原点を見つめ直さねばならない。日本の古き良き時代に経営の神様と称された松下氏の言葉は、こんな時だからこそ新鮮に響く。
吹きすさぶ不況の嵐を、ただやり過ごすのではなく、一歩前に踏み出す勇気を持ちたい
。本業が難しいなら、地域への投資でもいい。昨年は多くの企業が「企業市民」の取り組みに積極的に参加した。地域活動を応援し、自らも参加する。内向きになり過ぎず、意識的に外に向けて声を出していかないと、地域全体がしぼんでしまいかねない。
景気が悪いと言っても、頑張っている企業もある。富山県の医薬品業界は後発医薬品の
生産が増加し、売り上げは順調という。輸出関連企業が円高に苦しむ一方、原油価格や穀物価格の下落で恩恵を受けている企業も多いはずだ。そうした企業は、なかなか表に出たがらないが、「企業市民」の活動を通じて地域に貢献してはどうだろう。企業の知名度を上げ、優秀な人材を得る好機ではないか。
不況になると、家計も生活防衛に走りがちだ。やむを得ない面もあるが、節約一辺倒で
は、国内総生産(GDP)の六割近くを占める個人消費は縮小するばかりである。企業だけでなく、私たち個人も、自分や家族のために一粒の種を蒔いてはどうか。趣味や教養を身に付けるための講座に通ったり、スポーツクラブで体を鍛えたり、ボランティア活動を始めるなど、生活に彩りを添え、心を豊かにする「投資」である。コンサートや美術展に積極的に通うのもいい。教養を身に付け、強い心と体を養って、多難な年を乗り切っていきたいと思う。