(私の視点)原子力発電 核兵器生まぬトリウム炉検討を 亀井敬史

 地球温暖化対策として原子力を見直す機運が、世界的に高まっている。だが、安全性や放射性廃棄物の処分、核拡散の懸念はぬぐいきれない。これらを包括的に解決する方法として、トリウムを用いた原子力に注目したい。

 トリウムは天然に得られる元素で、原子力の燃料となる。ウランより軽く、核燃料にしてもプルトニウムがほとんど生まれず、核拡散の恐れはほぼない。豪州やインド、中国などにも広く分布し、資源量はウランの4倍以上とみられる。

 豪州のマイケル・ジェフリー総督は今年5月、「持続可能なエネルギー源としてトリウム利用を考えるべきだ。トリウムは核兵器物質を生まないからだ」と述べた。トリウム利用は10月にドイツで開かれた気候変動の専門家会議でも議論され、昨年12月の日中印温暖化専門家会議の声明文にも明記されている。

 トリウムを使う場合、「溶融塩炉」が最適といわれる。溶融塩とは塩化ナトリウムのような塩類が高温で液体になったものだ。この中にトリウム燃料を溶かしてエネルギーを取り出す。

 水を使って熱を取り出す既存の原発に比べ、溶融塩は高温でも圧力が低く、安全性が高い。燃料棒を使わないため、頻繁に発電を止めて燃料交換する必要もない。高レベル放射性廃棄物の主な構成要素となる超ウラン元素も生じない。廃棄物の負担を量・質の両面で低減できる。

 米国では50〜70年代に溶融塩炉が研究され、実験炉も4年間無事故で運転した。だが、当時の冷戦下では核兵器の材料としてのウランやプルトニウムを作り出す目的が大きく、トリウムは政治的に選ばれなかった。

 冷戦が終結し、温暖化という世界的課題を前にした今、溶融塩炉が再び脚光を浴び始めた。10月に米民主党のリード上院議員らが、2億5千万ドルのトリウム燃料研究開発費支出法案を提出した。チェコでも13年から溶融塩実験炉の建設計画がある。

 日本でも、米国の研究をもとに古川和男博士(元東海大教授)らがトリウム利用構想を提案してきた。しかし国内での本格的な研究開発は、ウラン・プルトニウム路線に集中し、まったく進んでいない。長期的には太陽光などの非発熱型エネルギーが主軸になるべきだが、それまでの過渡期には原子力が必要だ。トリウムは放射性物質なので、取り扱いや廃棄物の安全性を確かめる必要がある。実用炉として高温格納容器の開発やシステムの実証も必要だ。それでも主役を担いうると考える。

 トリウムは、希土類採取の残渣(ざんさ)として世界に数十万トンの在庫がある。今の原子力と同じ規模(4億キロワット)を溶融塩炉で今世紀末まで動かせる量だ。

 トリウム技術を日本が確立してエネルギー需給が逼迫(ひっぱく)する途上国に提供すれば、温暖化対策上も有益だ。わが国もトリウム利用を本気で考えるべきだ。

 (かめいたかし 京都大助教<エネルギー設計・評価>)

(2008年11月28日朝刊)