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社説 危機と政府(1)賢く時に大胆に、でも基本は市場信ぜよ(1/1)

 米国から世界に広がった金融・経済危機は、経済活動への政府のかかわり方を根本から問い直している。

 米金融危機の一因に監督や規制の甘さがあったのは否めない。そして今は金融混乱の収拾や景気・雇用対策で政府の役割が期待されている。しかし資本主義の活力をいかすには国の介入は少ない方がよい。特に日本はまだ規制が多すぎる。

役割の再定義が必要

 どんなときに、どの程度の関与が望ましいのか。「小さな政府」から「大きな政府」へ振り子がふれるなかで政府の役割の再定義が必要だ。

 サッチャー元英首相、レーガン元米大統領らが1980年代に進めた規制緩和や民営化などの改革は競争力を強め、90年代を中心とした米欧の長期好況の基を築いた。

 市場を信頼し自由競争を重んじるこの保守主義の政策が金融危機を招いたとする見方もあるが、必ずしも正しくない。保守主義は「何でもご自由に」ではないからだ。問題は米欧の金融当局が、この政策思想を適切に運営しなかった点にある。

 所得も蓄えもないような人にまで住宅ローンを貸し、その債権を証券にして売る。そんな詐欺まがいの取引を見逃したのは金融当局のミス。金融危機の再来を防ぐため規制や監督の強化はぜひ必要である。

 一方、金融・経済の危機を受けて各国が取り始めた財政・金融政策は「大胆に、しかし一時的に」が大原則だ。30年代の大恐慌の後、ケインズが提唱したのは、景気の落ち込みをなだらかにする短期的な政策である。ノーベル経済学賞を受賞したJ・ブキャナン氏は、このケインズ的な財政政策は民主主義の政治過程のなかで財政を悪化させる傾向があると指摘した。国と地方の長期債務が国内総生産の1.5倍に膨らんだ日本はその典型である。

 昨今のように、市場経済の心臓部である金融部門が傷み、景気や雇用が落ち込むときには、大胆な財政活用も必要である。だが、そうした政策をダラダラと続けないためには、次の景気回復を引き寄せるような戦略的なカネの使い方が大事だ。

 例えば大都市部の空港や主要港湾の整備、環境対策車や太陽電池の開発・普及促進などは、経済の競争力を強めるのに意味がある。特に環境関連は地球温暖化阻止に役立つだけでなく、日本の技術力をいかし次の景気回復のリード役にできるので税金の使い道として有効である。

 雇用対策では必要性が高い分野の公共事業を含む当面の失業者救済とともに、職業訓練を通じて技術や知識を高め、次の職探しに役立ててもらう方策も大切である。

 また当面の危機克服策を、経済がどうなったときにやめるかという「撤退のメド」を決めておくのも過剰な介入を防ぐのに有用である。

 この時期にもう1つ重要なのは政府が保護主義に傾かないことだ。米国の自動車救済融資はやむを得ないが、欧州などの多くの国がマネし始めたのも事実。世界貿易機関(WTO)の協定にも触れるこの種の措置は、保護主義の連鎖を起こし貿易を縮小させかねない。WTOの多角的貿易交渉の大筋合意は年越しとなり農産物市場の開放問題を抱える日本政府はホッとしているが、そんな場合ではない。保護主義の広がりを抑えるため、貿易立国の日本こそ交渉の先頭に立つべきである。

役人の便乗を許すな

 経済危機が深まり政府への期待が高まるのに乗じて、規制や権限を強めようという動きが中央官庁や地方自治体の間で活発になっているのも憂慮すべき事態である。

 厚生労働省はインターネットによる医薬品の販売を規制する方針だ。離島や中山間地に住む人などに便利なこの販売を規制する理由がどこにあるのか。ドラッグストアなどを守るためだとしたら本末転倒だ。

 国土交通省が検討するタクシー業界への参入規制復活も弊害が多い。不況下でこの業界が雇用の場を提供している事実を軽視してはならない。地方自治体では、低価格で髪を刈るだけの店に洗髪設備を義務づける動きもある。既存の理髪店の保護が狙いとしか受け取れない。

 小泉政権の下で郵政事業の民営化などに踏み出したものの、医療、農業、教育、運輸など成長につながる多くの分野で、民間の力をいかすための改革が足踏みしている。この歩みはさらに遅れるのだろうか。

 賢くて強く、社会的弱者を守れる政府は必要だが、企業の活力をそぐお節介な政府や、国を借金漬けにする放漫な政府は要らない。経済の面では、市場経済がうまく回るような環境づくりを過不足なく進めるのが本来の役割だ。「大きな政府」待望論が強い今、あえて強調したい。

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