昨年11月28日、インド・ムンバイの撮影スタジオは出番を待つ俳優やダンサーでにぎわっていた。前日までに170人余りの死者を出したテロは、まだ鎮圧されていない。それでも、インド映画の中心地は、撮影を続けていた。
「仕事を休むと、テロリストに負けたことになるからね」と語るアクシャイ・クマール氏(41)は、インドを代表するスター俳優の一人。ヒンディー語の歌と軽快な音楽に乗って踊り出すと、周囲のダンサーが後に続き、ダンスの輪が広がる。
■製作本数、世界一
インド映画の活力を表すのは、世界一の製作本数だ。いまは年に千本以上。米国の公開本数の約2倍を誇る。
インドで話される20以上の言語でつくられた映画が、国内市場をほぼ独占。国民の識字率が低く字幕映画が敬遠される事情もあり、ハリウッド映画も寄せ付けない。ムンバイの旧名ボンベイにちなんだ「ボリウッド」の名は、いまや世界で通じる。
膨大な本数を撮り続けてきた歴史は、ムンバイに映画産業の「厚み」として蓄えられている。監督、俳優はもちろん、裏方に至るまでの豊富な人材。親子で3代続くプロデューサーも珍しくない。
米国や日本でこそ、インド映画はまだ「傍流」扱いだが、旧宗主国の英国、中東やアフリカ諸国では、広く親しまれている。興行収入は低くても、観客動員では世界規模の大ヒットも珍しくない。
世界市場への神通力を失い始めたハリウッド資本も、ボリウッドに歩み寄る。
ワーナー・ブラザースが今月16日にインドと米国で同時公開する「チャンドニ・チョーク・トゥ・チャイナ」。主演はクマール氏で、監督もインド人のニキル・アドバーニー氏(37)を起用。「歌やダンスをどう盛り込むかは、インドに暮らし、インド映画を長年見ていなければわからない」(アドバーニー氏)。一方で、ハリウッド映画ばりに、中国の万里の長城でのロケも敢行。日本を含め30カ国で公開していく方針だ。