「祖父や父と舞台が一緒の時は、祖父と一緒に歌舞伎座の楽屋に入っていました。ずいぶん怒られた思い出もあります。なにより僕は祖父と父を早くに亡くしているので、一緒に舞台に立ったのは歌舞伎座と国立劇場だけ。ですから歌舞伎座は思い入れの深い劇場です」
今月、さよなら公演の幕を開けた歌舞伎座。松緑さんは昼の部の『祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)』、夜の部の『壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』にご出演中です(初日は3日)。松緑さんにとって劇場とはどんな場所なのでしょうか。
「長い時間を過ごす場所だけにいろいろな思いがありますが、言葉として一番言い表しやすいのは『仕事場』になるでしょうか。ちょっとコンディションが悪い日でも楽屋口に一歩足を踏み入れた瞬間、ビシっと気持ちが引き締まる。自分の体調がどうであろうが何も考えないで仕事に徹する気持ちになります」
現代劇にご出演する機会も増え、様々な劇場の舞台に立つ松緑さん。大きくても小さくても、劇場それぞれが持つ空気やその意味をいつも独自の視点で考えているそうです。そんな松緑さんが一番好きな劇場とは。
「歌舞伎座。と、言いたいところなのですが、空間ということに特定すると今の僕としては名古屋の御園座が演じていて気持ちのいい劇場ですね。世話物をする時などは、舞台の大きさがちょうどいいんです。貧乏長屋の場面が世話物はよく出てくるでしょ?ああ、きっとこのくらいだったのかなと実感しやすい広さなんです」
特に歌舞伎は、俳優の演技をより際立たせるために劇場の存在が重要だと言います。
「舞踊なら歌舞伎座がいいなと思いますね。全国の劇場の中でもあのスケール感は群を抜いて迫力があります。踊っていて本当に楽しいし、気持ちが高揚するんです。しかもお客さんがあの広い空間の中で俳優ひとりにじーっと注目してくださるあの感じ。緊張感があっていいんですよ」
公演中は、初日から千穐楽まで毎日、1日の大半を楽屋で過ごします。快適に過ごす工夫はあるのでしょうか。
「自分の家よりも楽屋にいる時間が長いのでリラックスできる環境作りは欠かせません。例えば僕は音楽が好きなので、お気に入りのアーティストのCDを軽量のディスクに落として持ってきて、専用のスピーカーで聞いています。実は僕、アナログ人間なんですよ。最近音楽は手軽にダウンロードすることもできますが、やっぱりショップに行って自分で選んでCDを買うのが好きなんです。歌詞もちゃんと読みたいのでジャケットも必要。日常生活の中に手触り感が欲しいんですよね。アウトドア派というわけではありませんが、休日もぶらりと外に出て、いろいろなものを見たり買物をするのがストレス解消法です」