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【社説】

危機を転機にしたい 大晦日に考える

2008年12月31日

 大変な一年でした。無差別殺傷事件の多発、食品不安の連鎖に世界経済危機が続きました。でも危機の時こそ新たな社会づくりの好機ではありませんか。

 高校や大学の奨学金を希望する生徒が増加する一方です。病気や災害、事故、自殺などで親を失った遺児を支援するあしなが育英会(東京)によると、十年前に千五百人足らずだった新規出願者は今年になって二倍に達しました。

 これに伴って、奨学金の貸与額も増えるばかりです。この十年間の増加額は約十億円にもなっています。育英会の職員は言います。

 「奨学金の原資となる皆さんからの寄付金は減っていないが、希望者の急増に追いつけません」

 社会的弱者にしわ寄せ

 背景には親の収入の減少があります。十年前の遺児の母親の年間勤労所得は約二百万円で、一般サラリーマン家庭のそれの43%だったのが、一昨年では百三十七万円(32%)にまで激減しています。

 この結果、遺児母子家庭の四世帯に一世帯の遺児が進学をあきらめるなどの進路変更を余儀なくされています。

 一方で、米国発の金融危機に始まる世界同時不況で派遣労働者や期間従業員の解雇が相次ぎ、社会問題化しています。「派遣切り」です。教育費に困窮する遺児に限らず、社会的弱者が経済危機の直撃を受けているのです。

 そんな中で、唖然(あぜん)とした二つの新聞記事があります。

 一つは、米国で公的資金による資本注入を受ける金融機関の経営陣が昨年、一人当たり平均して約二百六十万ドル(約二億三千万円)の報酬を受け取ったと報じられたものです。最高額は証券大手メリルリンチの最高経営責任者の七十四億円です。あしなが育英会なら彼一人の報酬で二万人近い生徒の一年間の奨学金がまかなえます。

 「不義にして富まず」

 もう一つは、トヨタ自動車やキヤノンなど日本を代表する大手製造業十六社が計四万人の人員削減を進める一方で、利益から税金や配当金などを引いた内部留保の合計額が三十三兆六千億円にも積み上がったとの記事です。

 そんなに余裕があるなら、なぜ従業員の雇用確保に使えないのでしょうか。従業員の生活安定を図るのは企業市民の責務です。人間は機械でもなければコストでもありません。切れば赤い血が噴き出ます。企業も人間の集まりです。

 人間を尊敬する経営、人間の集団としてのモラール(士気)を高め、経営の効率性を上昇させていくことこそが、企業人の使命ではありませんか。「不義にして富まず」。ある老舗の社訓です。

 ところが、市場原理による新自由主義の舞台は不義と欲望が支配したようです。米国の低所得者向けのサブプライムローン問題は、証券化と格付けにより、あくなき利益追求の巨大マネーゲームと化し、金融と消費の世界的な大混乱を引き起こしてしまいました。

 日本も例外ではありません。小泉政権時代に始まる市場競争原理が新貧困層を生み、勝ち組と負け組の格差をつくり出し、現代社会に大きな歪(ゆが)みをもたらしたのです。振り返れば、今年の大ニュースにも通底するものがあります。

 大分県教委では教員採用や昇進を売買する汚職事件が起き、金もうけのための食品偽装事件も相変わらず多発しました。東京・秋葉原の無差別殺傷事件も、人間をコストとみる風潮が影を落としているとの指摘があります。妊婦死亡など医療崩壊も顕在化しました。これも医療費の削減や、産科、小児科医師の不足をもたらした規制緩和が背景にありそうです。

 こうした危機の出現は、経済功利主義にもう終止符を打ち、人間中心主義にかじを切る転機だと教えているのではありませんか。

 国の針路を考えるのは政治の役割です。でも、麻生太郎首相が支持率の低迷にあえいでいるのは、日本の将来像を明確に提示し得ないことへの批判の表れです。

 一つ提案があります。評判の悪い総額二兆円の定額給付金について、個人が自由に使える仕組みの構築です。

 自分のために使ってもよし、あしなが育英会など教育や医療、福祉の団体や施設に寄付してもよし。地域の清掃やイベントの費用にしてもかまいません。多様な使途メニューを示すのです。

 命に付く名前を「心」

 ばらまきのお金を生かしたいのです。昔の「講」のような相互扶助組織や、ボランティア団体の創設に役立ててもいいでしょう。

 中島みゆきさんに「命の別名」という曲があります。「命に付く名前を『心』と呼ぶ/名もなき君にも/名もなき僕にも」

 人の命や「心」が随分と粗末にされた一年でした。来年こそ大切にされるよう変化を望みます。

 

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