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とある飛空士への追憶 感想

とある飛空士への追憶、を読みました。評判に違わぬ名作でした。
以下、書き手の立場から見たこの作品の素晴らしさを分析してみたいと思います。

本書は、身分違いのファナとシャルルが二人っきりでたびをする間に恋に落ちる、というお話です。これを無理なく実現するために非常に多くの設定上の工夫がされています。


大瀑布:
ファナを密かにレヴァームに送り届ける最良の方法がシャルルと二人っきりの飛行になるためには、船で海を渡れない、という設定がどうしても必要でした。潜水艦の存在について何も触れられていませんが、まともなレーダーが無い時代なら、夜、無灯火で海上航行することで、ファナをレヴァームに密かに送り届けることは難しくなく、これがもっとも安全な方法だったはずです。その可能性を潰すために、作者は大瀑布を考えました。
もっとも、航法士を乗せれば夜間飛行が可能なら、やや大型の着水可能な飛空機で夜間飛行に限って無灯火で飛べばもっと安全にファナをレヴァームに送り届けられたでしょうね。しかし、普通そこまで考えて読むひとはいないでしょうから、大瀑布があって船では往来できないという設定は、物語を成立させるに十分な有効なアイディアだったと思います。

水素電池:
飛空機で飛ぶとなると、燃料補給が問題になります。ただ、途中で補給などすると二人っきりという設定にひびが入ります。これを避けるために作者は、海水で発電できるシステムを考案しました。この結果、旅の間中、二人っきり、という状況を説得力を持ってつくることができました。
更に、夜は充電するという設定が、夜ごとのファナとシャルルの交流の時間をつくり、物語をぐっと面白くしました。やはり、若い男女が夜、二人っきりという状況ほど、どきどきする状況設定はありえませんからね。よってこの水素電池も大変有効なアイディアだったと思います。

信仰:
しかし、シャルルとファナを二人っきりで飛ばす、という決断を上層部が下すには、大きな問題が有ります。若く健康な男女が二人っきりですごして何も起きないという保証があるか? この問題を解決するためにシャルルは婚前交渉を罪悪と見る宗教の敬虔な教徒、と設定されています。これもいいアイディアでした。ただ、シャルルと宗教の関係は、冒頭で一度触れられただけで、その後はまったく出てきません。想像するに、この設定は最初からあったわけではなく、上層部の決断を無理無くするためにあとから付け加えられた設定では無いかと想像します。


以上で、物語の大枠を維持するアイディアは完成しました。実にうまい設定であったと思います。


物語のもうひとつの魅力としてあげられるのが空戦ですが、作者はこれを現実の戦闘をモデル化することでうまく、リアリティを持って描写することに成功しています。この戦争が「太平洋戦争」をモデルにしているのはまちがいないでしょうね。天ツ上は大日本帝国、レヴァームはアメリカ合衆国、でしょう。どの読者にもそれが分かるように描くことで、作者は余計な設定を付加せずに、読者の頭の中にリアルな世界を構築することに成功しています。これは、とかく、リアルな世界を描こうとすると説明が長くなってしまう架空の世界を舞台にした物語の欠点をうまく補うやりかただと思います。読者が現実をモデルにして脳内補間することを容易にするからです。

真電:
格闘戦に優れているところ、航続距離がながいところ、飛空戦艦から発着することなどから考えて、これが旧日本海軍の零式戦闘機をモデルとした機体であることは間違いなさそうです。これにより、作者がくどくど説明しなくても読者はリアルな空中戦を思い浮かべることが出来ます。

第八特務艦隊:
戦闘機の編隊にあっさりやられたらしいこの艦隊は、おそらく、戦艦大和をモチーフにしているのでしょうね。大戦艦に固執して空戦時代を見誤って一度も戦うこと無く撃沈されたこの戦艦を。

暗号:
旧日本軍の暗号がアメリカに解読されていたのは有名ですが、本書では攻守ところを代えて、レヴァーム側の暗号が解読されているという設定になっています。しかし、いずれにせよ、暗号が解読されて要人の動向が知れ、襲撃される、というモチーフは山本五十六撃墜のエピソードを彷彿とさせます。


もっと他にもあるのかもしれませんが、この作品では、二大要素である「身分違いの恋」と「手に汗握る空中戦」を読者が無理なく楽しめるように、いろいろな工夫がなされていて非常に読者にやさしい優れたエンターテインメントになっていることがわかりますね。さすがと思いました。

最後に、前の日記でこういうのが読みたければ一般エンタメでいいのでは、と書きましたが、読み終わってみると、やっぱり、シャルルとファナのキャラ設定が典型的なラノベになっているので、これはやっぱりラノベの名作だなと思い直しました。一般エンタメなら、シャルルはもっと擦れた、男臭いキャラになったのじゃ無いでしょうか? シャルルはどうみても童貞としか思えない反応をたびたび見せていますが、この経歴の男性が、いまだに女性経験無しというキャラ設定は、一般エンタメでは不自然過ぎて成立しないと思います。同時に、ファナも一般エンタメなら、もっとお高くとまったやな女に設定しておいて、それが男らしいシャルルに触れて恋に落ち、人間性を取り戻す、という話になりがちだったでしょうが、本作のファナは、隠されてはいるものの、素晴らしい人間性を最初から保持しているわけで、クラリス、ラナ、に象徴されるようなジブリ作品ヒロインの系譜をしっかり受け継いでいて、その意味でも一般エンタメとは一線を画しているように思いました。

とにかく、何もかもよくできたライトノベルだったと思います。いつかこんな素晴らしい作品が自分でも書けるような作家になりたいと心から思いました。

追記:
AMAZONでプッシュされているようですね。さすが!

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Author:一の倉裕一
一の倉裕一の日記です。
第4回エッジdeデュアル新人賞受賞
2009年8月28日に受賞作「空と海の間」を改稿、改題した

ブルースカイ・シンドローム
でデビューを果たしました。
今後ともよろしく。

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