その時期が注目されている衆議院の解散・総選挙にあって、最大の争点と考えられるのが医療政策。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。 九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授 信友 浩一氏 第8回にご登場いただくのは、九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授の信友浩一氏。全国でも数少ない医療政策や医療マネジメントの専門大学院で数多くの人材を輩出してきただけでなく、全国各地の自治体の政策や医療機関の経営戦略立案などを多数手がけておられます。 インタビューは、下記質問項目に沿って行われました。 <質問項目> 1.医療政策における重要課題、そして課題解決の方法などについてお聞かせください。 2.医療政策課題にまつわる5つのキーワードを教えてください。 3.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 4.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 1.医療政策における重要課題、そして課題解決の方法などについてお聞かせください。 議論の大きな枠組みを考えよ 政策を論議するときに、前提、あるいは議論の枠組みがないので、さまざまな関係者が、みな自分にとって都合のいい話ばかりをしているような印象がある。たとえば、医療崩壊は医師が足りないから、つまり量の問題だと言う。そういう発想自体が、「私は、今のままでいい」ということにつながりかねず、思考停止を招くのではないか。量が増えたとしてもシステムを変えなければ、単に医学部の教授が喜ぶだけ。将棋の駒が増えるだけで、結局、何も変わらない。 国と地方の役割分担 医療という生活にきわめて密着した公共サービスの枠組みには、国が担う部分と地方・現場が担う部分との2つがある。医療は、医師がいなければ成立しない。したがって、医療に関して国が担う部分は、医師の質を保障するための医学部教育と国家試験。そして、量のコントロール。これらは、本来的に国が担うことだ。 地方・現場が担うことは、住民にとって納得のいく医療提供を受けられるよう、政策を総合的に調整することだろう。 2.医療政策課題にまつわる5つのキーワードを教えてください。 ①医師は応召義務を果たしていない 医療問題にまつわるひとつ目のキーワードは、医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ。 東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。「施設完結型医療」を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない。 「いまあるもの」で何とかするのが医療だ 求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。 我々はエコーの検査、超音波による検査機器がないからといって、診断をさぼったりはしない。あるいは、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。 少なくても、私たちの世代、団塊の世代までは、そんなことはなかったと記憶ししている。何々がないからできませんなどと言ったら、上司からこっぴどく怒られた。「患者を見殺しにするのか!」と。そう叱咤する指導者もいなくなったのだろう。たぶん我々の10歳年下からの世代から、そういう習慣ができ上がっていった。そんな気がしている。 ②医師は被害者意識を捨てよ 2つ目のキーワードは、被害者意識。こんなものがあったら絶対新しいものは生まれないし、元気になれない。阪神大震災があったときに、東部地区の灘や西灘ではすぐに自警団を組んで、ゴミを勝手に捨てるな、変なやつが来たら追い出せ――そんな自発的なコントロールがすぐにできたという。おそらく彼らに、被害者だとの意識がなかったからだ。たとえ、被災者ではあったとしても。 ところが、被害者意識を持っていた地域では、「いつゴミを取りに来るんだ」、「俺たちは被害者だ」――と訴えるばかりで、何も進まなかった。被災者ではなく、被害者だと言う。行政は何もしてくれないと言い、いまだもって自立できていない。被害者意識だけしかないから立ち直れないのだ。 医師も同じ。「私は悪くない。制度が悪い。被害者だ」――だからうまくいかない。「私たちは自らこれを変える。だから行政はこうしてくれ」というのが、本来のプロ集団でありネットワークであろう。 昨日、経営がうまくいっていない病院で、勤務医との間に次のようなやり取りがあった。「なぜ、君らの病院はうまくいかないんだ。時代にも適応していないし、必要な診療科のスクラップ・アンド・ビルドもできていないのは、なぜか?」、「院長が悪い」、「わかった。お前たちは悪くないというんだな。じゃあ院長をいかに辞めさせたらいいか、クーデターの起こし方を私が教えてやろう」、「結構ですよ」。これが典型的な例だろう。自分たちに当事者意識がまったくない。 発想を変えれば良い。誰が悪いかという犯人探しをしても意味はないのだ。発想を変えられないのに、発想を変えられる人の邪魔をするなと言いたい。発想を変えれば、世の中も変わる。 ヒエラルキーの中で育った医師は、二言目には「教授が」、「院長が」と言う。自分で考える癖をつけてこなかったせいだろう。 先ほども触れたが、当事者意識がないのは、医師だけではない。東京大学医療政策人材養成講座のグループが47都道府県知事に「救急医療体制はあなたの問題だと思いますか」というアンケートをしたら、「YES」回答をしたのは、たった2人の知事だけ。ほとんどの知事が、それは国の問題・担当部局だと答えたそうだ。 まず、知事に当事者意識がないことが、地域での最大の問題。私がお手伝いをしている地域の方々は、どなたも当事者意識を持っている。三重県のある院長は、市長や医師会長といっしょになって自ら100ヵ所くらいでタウンミーティングを行っていると聞く。要は、地域の問題についは、知事や市長などトップ自らが当事者意識を持って解決しようとしなければ何も始まらないのだ。 ③数値と事実で議論を 3つ目は、フィギュア・アンド・ファクト、つまり数値と事実。何をどうしたらいいかを、データと事実のみで議論する。覚えやすいようにFFとでも呼ぶといいかもしれない。「足りない」などの感覚値ではなくて、そこにある医療資源をどのようにシステム化したらいいか、ネットワーク化したらいいかを、数値にもとづいて考えるべきだ。 三重県に例をとれば、ある県立病院の院長さんは、大学から脳神経外科医が引き揚げられたので、お隣りの伊勢市の病院の脳神経外科に患者を送っている。産婦人科も引き揚げられると、今度は同院の先生に来てもらった。つまり、その病院にとっての脳外科や産婦人科の医療は、伊勢まで含めた地域完結型医療となったのである。さらに、去年の夏には、中学生と高校生で医学部・歯学部・薬学部・看護学部等に行きたい者・行って入る者140名を集めて「サマー・メディカルスクール」という取り組みをし、そこで院長さんは、故郷で役に立ちたいという若者がまだまだいることを実感したと話していた。 重要なのは、地域の人による地域振興の気持ち。地域振興は地域の者が考えて、支えるしかないし、支えるべき。人間もいるし、情報交換もできる。そういう動きをつくるために首長には、話し合いの場、交わる場を設けていただきたい。 ある市長からも医師不足で困っていると相談を受け、対策に乗り出した。その市の場合は、まず、責任診療地区を設けた。マーケット調査をし、互いの病院が不足している診療科を補完し合うようにしたのだ。また、基幹病院である5つの病院国立、済生会、市立、社会保険病院と市民病院の院長に集まってもらい、診療科の再編成を行った。各病院には非常勤の雇用をやめ、常勤医で担える科のみを存続させ、存続できない科は、他の基幹病院にまわすことにしていただいた。 また、院長が派遣元の大学と交渉し、4人か5人はその大学の派遣でない医師を受け入れられる枠づくりをした。 数値と事実をもとに、適切なネットワークをつくれば、医師不足の問題もなんとかなるものだ。 ④医師も弁護士型の専門家集団にすべき そして4つ目は、臨床医のコントロール。今、医師は、その身分を生涯にわたって保証されている。一方で、目の前の患者及びコミュニティに対して適切に医療を行える感性や経験、そしてモラルがあるかなどは問われてはいない。 よく比較されるが、弁護士は司法試験という国家試験を通ったあと、自由にどこででも弁護士業務ができるかと言えば、できない。司法試験に合格したら司法研修所で共通の研修プログラムを受け、修了して、さらに47都道府県の弁護士会という業務統制型の専門職集団に所属することで、初めて弁護士実務ができる。 医師は、医師国家試験を通ったあと、共通の研修プログラムもなければ、どこかに所属しないと実務ができないという専門職集団に属す必要もなく、いわば野放図。この状況は、いかがなものだろうか。医師法を改正して、弁護士会と同じように業務統制型の専門職集団に属すよう義務づければ、医師のクオリティコントロールも、配分コントロールもできるようになるのではないだろうか。 ⑤「医療理念法」を 5つ目は、医療理念法。そもそも医療とは何かという医療の理念法が、我が国にはない。「ああ、がんが話題になったからがん対策基本法をつくろう」、「自殺が多い?取り組みましょう」、「予防接種、ああ、そうしましょう」。私は、医療はなんぞやとの理念を明確にしなければならないと思う。そのうえで、医療提供のためのコストとリスクとベネフィット──コストは医療提供側、プロバイダーが負わないといけないリスクもある。同時に、患者さんが負わないといけないリスクもある。ベネフィットも、個人的なベネフィットと社会的なベネフィットがある――の配分をどうするかを決めるべきだ。 国がやるべきことは、医療理念法をつくることだろう。隣の韓国や台湾では口腔ケアの理念法ができたらしい。日本は近隣のアジア諸国よりも取り組みが遅れている。 国会や政党の法制審議能力を増強せよ 国会で法制審議にあたるスタッフが、きわめて少ない。政党も同様。だから議員立法をつくる力が弱いし、政府が出してきた政策の検証をする力もほぼない。 まずは、国会で法制審査をする人間を少なくとも今の10倍に増やすことが必要だと考える。政策を検証する内閣法制局に相当するような新たな組織を構築するのだ。そうすれば、その人間は議員の要請に応じて、国会、あるいは行政から出てきた基本データを検証し、政策の検証能力を高められるだろう。初めて政府には確かな政策の起案権が与えられ、国会に同意権を認められる。政策立案、政策評価ともに質が上がり、国が健全になっていくと思う。 3.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 1970年代、高度経済成長が終わるまで、道路などのインフラをはじめ、数え切れないほどの公共サービスを行ってきた。低経済成長になった今、その公共サービスを誰の負担でやればいいのか。本来であれば、政治も政策も1970年代後半に大転換が必要だったのだ。 それまでの高度経済成長期の政治及び政策は、利益配分型の政治政策だった。税収増を誰がどういう理屈で分けていくか――。それが、1970年代の後半からコスト配分型の政治、そして政策に転換しなければならなくなった。しかし、政治家はコストを選挙民に負わせようとせず、子どもや孫に払わせようと決めた。 そういう政策選択をした当時の選挙民は、今の50代以上。自分の利益を子どもや孫に払わせるなどという厚かましい選択をしてきたのだから、すみませんと謝罪し、腹をくくって相続税なりで返済する決断をすべきだろう。それを消費税アップで自分たちが引き起こした財政難を補おうとは卑怯としか言いようがない。政治家も国民も己のしてきたことを反省してほしい。 4.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。 今、私が医療に関してできることは、とにかく知事に当事者意識を持ってもらい、周囲で活動を支援していくこと。医療を変えた、そんな地域を増やすこと。医師不足に関しても、どうにかなるのだとわかってくれば、日本全体が変わっていくだろう。まずは、現場主導で変わっている地域の存在を、どんどん紹介していきたいと思っている。 130年、ないしは戦後50年の医療を大転換するのはたいへんだが、5年ぐらいで一挙にやっていかないといけない。自民党は道州制を10年以内に敷くと言っているので、遅くとも10年以内にはすべきだろう。 明日からできること、5年間でやること、10年以内にやること――整理していけば、誰が何をしないといけないかも見えてくる。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 「他人を信じなさい」 これは主に医師に対するメッセージである。とにかく自分以外の他人を信じない――日本の医師の、最大の欠点だろう。かつて国鉄にいたとき、組織マネジメントのタブーとして「上位の者は下位の者の業務を代行してはいけない」というものがあった。駅長が助役の代わりをしたら、助役はいつまでも困ったら駅長に頼ってしまう。だから人を育てる、組織を育てるときには、上の者は下位の者の業務を代行してはいけない。手を出さないよう辛抱することが大事だ。 でも、医師は違う。できなかったら「どけっ」と言ってすぐ自分が手術してしまう。看護士が失敗すると「なんだ」と叱って、やはり自分でやってしまう。それで、医師はますます忙しくなる。人と組織を育てる発想がないから、他人を信じる力が医師にないから、自分が忙しくなってしまうのだ。 小学校、中学校、高校、大学と、周囲から「できる、できる」と言われて育ち、自分はできるという全能感を持ったまま現場に出る。だから、他人の力を借りるとか、自分の弱いところを出して助けてくれなどと言えない。人間の弱さへの共感もない。幅広い人間性に欠ける傾向にあるのだろう。 違う言葉で言えば、人間の弱いところ、不安だとか恐怖感、甘えを、医師はそのまま受け入れることができない。結局、「私がもっとやらないといけない」となってしまう。 もうひとつ例を挙げれば、「チーム医療」。「チーム医療だから私の言うことを聞け」と言う教授をよく見る。こういう医師は、チーム医療を野球からイメージしている。自分はチームの監督だから「私の言うことをきけ」とやる。そして、ファーストにはファーストの役割だけ果たせ、決してショートの役割などしなくていいと役割を限定してしまう。 ところが、たぶんチーム医療の本来の意味は、ラグビーのイメージだ。監督は観客席にいて戦いぶりを見る。フィールドにいる者に一応役割はあるけれども、要は自分で考えて、今の場の雰囲気を読んでプレイをする。場を読み自分のポジショニングを考えながら点を取りに行く、トライする。これが本来のチームだろう。医師の場合なら、今、それぞれが何をしないといけないかを読み取って医療をする。これが本来のチーム医療だ。しかし、日本の医師は、これができない。ラグビーをイメージしたチーム医療をすれば、今の少ない数の医師でも、医療はまだ十分にやれるに違いない。 ■略歴■ 信友 浩一 九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授 1971年九州大学医学部卒。九州大学医学部助手。78年医学博士。80年ハーバード大学大学院(公衆衛生学)卒業。82年国鉄中央保健管理所主任医長、88年厚生省を経て96年九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授。01年から04年まで九州大学医学部附属病院副病院長兼任。
その時期が注目されている衆議院の解散・総選挙にあって、最大の争点と考えられるのが医療政策。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。
第7回にご登場いただくのは、東京大学大学院経済学研究科教授の吉川洋氏。今年11月に出された社会保障国民会議の最終報告が各界で大きな話題となりましたが、吉川氏はその会議の座長でもあります。 インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われています。 <質問項目> 1.医療政策における重要課題は? 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。 4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 1.医療政策における重要課題は? 医療(入院)と介護の関係の整理 日本の医療・介護体制を長期的な視点から見ると、医療――とりわけ入院――と介護との連携に課題がある。11月4日に発表した社会保障国民会議の「最終報告」では、こうした観点から、高齢化の影響に加えて、医療・介護サービスにつきあるべき効率的な提供体制が実現したケースを前提にして、シミュレーションを行った。あるべき効率的な提供体制とは、病院はあくまで急性期の治療に専念する場所とし、高齢者の中長期的なケアはできる限り病院の外で行う「介護」として捉えるものである。 地域における医療連携の推進 私は社会保障国民会議座長という立場上、医療関係者から医療現場の現状について話をうかがう機会が多い。医師との会話、とりわけ勤務医の方の経験談を通して、医療施設と地域の連携をより良くするための取り組みが必要だと実感している。もちろん、そこには病院と診療所の連携も含まれる。 最近、東京都内で妊婦のたらい回しという不幸な事故が起きた。これを受けて東京都知事が、開業医に病院産科のサポートを要請するにいたったのは、病院と診療所の連携の必要性を表す象徴的な例だと思う。 日本で医療連携が進まないのは、通常の病院へのアクセスが良すぎる点に一因があると言う識者もいる。‘アクセスフリー’のしわ寄せが、いざというときの受け入れ体制を脆弱にしているのかもしれない。医療施設と地域の連携、病院と診療所の連携。それらの推進は、診療報酬体系とセットで考えることが有効だろう。 医療と患者の関係の再構築 「医療と患者の関係」の再構築は、社会保障国民会議座長の立場としてではなくわたくしの純粋な個人的意見だ。私は、医師、医療者と患者の関係が、今、危うい状況にあると感じ、憂えている者のひとりだ。 モンスターペイシェント、そして、その背景に見え隠れする医療訴訟の問題が、多くの医師の頭を悩ませていると聞く。友人の医師から、自分が勤務する病院の夜間救急に搬入されてくる患者の4割が単なる「酔っぱらい」だと聞いて驚くと同時に、現場の医師たちの苦労に胸が痛んだ。 何か事が起きたときに、医療事故か医療過誤かを判定する医療事故調査委員会の設立が検討されている。法整備も含めて医療提供者と患者の関係を確立することが望まれる。医師も人間、当然エラーはありうる。罰せられるべき悪質なケースもあると思うが、そうでない多くのケースで医師が必要以上に悩み苛まれるのであれば、それは結局「医療崩壊」を通して患者に返ってくる。 いずれにしろ、社会全体が、医療関係者に感謝する気持ちを持たなければ、医療の諸問題の解決は始まらない。医師がしっかりとした仕事を成し遂げたなら、患者は「ありがとう」と言うべきであるし、言える環境であってほしい。もちろん、医療提供側の情報開示が十分でなかったなど、国民の信頼を少しずつ失ってきた経緯はある。 しかし、だからこそ急ぎ両者の関係を整理して再構築しなければ、取り返しのつかない事態になる。医師が安心して働ける、そして国民が安心して医療を受けられるルールづくりが必要だ。 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 医療保険 + 税金 医療に関する財源は、基本的に公的な医療保険とすべきと思う。ただ、現実論として、保険料の引き上げを青天井と考えるのは、無理がある。最近も大手企業の組合健保が解散し、政管健保に移管される事例が報告されている。まさに保険料引き上げに対する、わかりやすい「NO」の姿勢の表れと言えるだろう。このような動きは、今後、ますます広がる可能性もある。 保険料引き上げで充当できない分は、税金を投入するしかない。相当な額になるとは思うが、とにかく公費、税金を投入するかたちで、医療保険、介護保険を支える以外に手段はない。 3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。 政策議論における交通整理 私たち経済学者の役割は、医療政策の議論における交通整理に尽きるだろう。 政策決定とは、突き詰めれば価値判断だ。最終的には、国民の価値観に沿って判断され、決定されるべきだと思う。問題は、その途上で議論が錯綜すること。少なくとも誤解にもとづいた百家争鳴は、国民の益とはならない。したがって私たち学者は、その交通整理に力を注ぐべきと思っている。 4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 国民への正しくわかりやすい情報の提供 テーマがなんであれ、何がしかの判断を下すには正しい情報が必要だ。特に医療は複雑であり、問題を理解し、解決策を見出すには正確な情報が必須と言える。 国民は、社会保障の専門家ではない。自身や家族が病気になって初めて医療について何かを感じ考えるもの。より分かりやすい情報が与えられなければ、医療政策について確かな理解のもとに賛成、反対の意思表明をすることは無理だ。 日本医療政策機構のような組織には、わかりやすく正確な情報を国民に提供する部分を担ってもらいたい。国民に正しい状況と情報を知らせ、日本の医療政策を正しい方向に導いていってほしいと考える。 例えば常々残念に思うことのひとつに、高額療養費制度の認知度がきわめて低いことがある。これは、医療保険における自己負担額の月々の上限を定めた制度で、スタンダードなケースでは、上限は8万円+アルファ。具体例を挙げれば、たとえば1ヵ月の入院で150万円要した場合、3割負担の計算では45万円が自己負担となるが、高額療養費制度が適用されれば10万円ですむ。 私は、日本の医療保険は3割負担ではなく高額療養費制度が担っているとさえ考えている。しかし、この制度はあまりにも知られていない。しかも、昨年まで患者からの申告なしでは適用されなかった。昨年から条件付きだが申告なしでも適用されるようになったが、未だに、支払いが1医療機関で発生した場合のみ、医療機関での支払い時に高額療養費制度が適用され「月限上限」以上支払わなくてもすむ。複数の医療機関での支払いの月額総額を管理・計算するシステムがないからだという。したがって、多くの患者が自ら計算して申告しなければ制度を使うことができないままだ。 優れた制度であっても、国民が知らなければないのと同じ。医療政策機構には、高額療養費制度も含め医療において知るべき情報を国民に広く提供することを期待している。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を 私は、公的医療保険、さらに言えば社会保障は原理的には自動車保険と同じだと思っている。自動車保険に入るときには、保険でカバーされる範囲と保険料の額を比較しつつ、自分にもっとも適当だと判断される内容で契約を結ぶ。医療保険も基本は同じ。負担と給付されるサービスを比較してバランスのいいところで保険料を決める。違いは、各自がバラバラに契約するのではなく、社会保険として国民全体で契約する点だ。 要するに、今、必要なのは、国民がみんなで医療保険がカバーする範囲と負担額を比較して徹底的に議論することだ。 あくまで私見だが、医療保険は、公費や税を投入しても、必ずしもお金が潤沢というわけにはいかないのではないかと思っている。そうした状況に備える意味でも、公的医療の範囲と負担について国民的な議論を深めておくことが必要だ。 ■略歴 1974年東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院に進学(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学、大阪大学を経て、現在東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授、内閣府経済財政諮問会議民間議員。専攻はマクロ経済学。主な著書に,『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、1984年、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞)、『日本経済とマクロ経済学』(東洋経済新報社、1992年、エコノミスト賞)、『ケインズ』(ちくま新書、1995年)、『高度成長』(読売新聞社、1997年)、『転換期の日本経済』(岩波書店、1999年、読売・吉野作造賞)、『現代マクロ経済学』(創文社、2000年)、『マクロ経済学 第2版』(2001年、岩波書店)『構造改革と日本経済』(2003年、岩波書店)など。
衆議院の解散・総選挙の最大の争点になると予想される、医療や年金など社会保障の問題。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。
マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン ルードヴィヒ・カンツラ氏 第6回にご登場いただくのは、経営コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーでヘルスケア分野のエキスパートとして活躍されているルードヴィヒ・カンツラ氏。 カンツラ氏が所属するマッキンゼーは、世界各国の医療制度改革プロジェクトを数多く支えてきており、最近では日本の医療制度改革の一貫として、国際比較分析と課題整理を進められています。 カンツラ氏はこれらのプロジェクトのリーダーの1人として活躍されております。 インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われました。 <質問項目> 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 3.課題解決のため、課題解決のために自身が行っている、あるいは行おうとしていることは? 4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードは? 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 医療の質の向上 日本には設備の充実した医療機関が数多くあり、誰もがそうした医療機関や高名な医師の診察を受けられるだけのアクセスの良さがある。この点は、医療機関受診のために長期間待たなければいけない他の国と比較すると対照的だ。 しかしながら、アクセスの良さのせいで、一見質の高い医療を受けられているようにも見えるが、残念ながら、総評として、国民が享受している医療の質は高いとは言い難いという印象を持っている。 日本の医療が、必ずしもスタンダードレベルに達していない原因のひとつは、医師が継続して勉強することに対する評価システムが確立されていないこと。 ひとたび国家資格を取得した後、資格審査も免許更新もないのでは、最新の医療技術や知識の獲得は医師個人の努力に任される。したがって、知識不足の医師も少なくない。医師の資格審査や技量認定に関しては、厳正なるチェック体制が必要だと思う。 もうひとつの原因は、皮肉なことにアクセスの良さに起因しているようだ。アクセスが良いせいで、「ドクターショッピング」なる現象が起こっている。患者が主導権を握り、気に入らなければ、すぐに別の医師にかかってしまうのだ。それは国民にとってある意味、都合はいいが、医師が「患者に嫌われたら経済的に困る」と考えた場合は、きわめて大きな問題となる。 また、日本では、専門医や他の医療機関などに患者を紹介すると、患者を失うことにつながりえるため、なんとか自分のところで医療を完結させようと考える。こうした点も、提供される医療の質のばらつきにつながっているだろう。 医療の透明化(データの収集、公開と分析) 日本の医療には、透明性が足りないと感じる。まず、行政の医療に関する情報の公開が不足している。社会に向けて情報が公開されれば、医療制度の方向性について国民がもっと考えるようになるはずだ。 透明化されるべき、もう一つの重要な点として、私は病院間や医師間の情報の透明化について述べたい。 病院オーナーは常に周辺医療機関の医療設備や、現在の最先端の医療技術や治療方法についてリサーチし、遅れをとっているとわかれば、これらの改善に取り組む。制度や規制による罰則やインセンティブなどなくとも、皆当たり前のようにそのような姿勢を持ち合わせている。日本の病院オーナーが、それをしようにも、自分の病院と他と比較できるだけのデータがない。病院に関する情報も口コミが主で、これは医療の質に影響する大問題だろう。 また、医師の間でも自分が全体の中のどこにいるのか、自分の診療レベルが高いのか低いのかそれを判定する方法がない。何らかのデータベースとベンチマークの発想があってもよいだろう。DPC(診断群分類包括評価)が導入され、ようやく急性期病院のデータが集まるようにはなった。しかし、透明化については改善の余地があるのではないだろうか。データをそのまま羅列して公開するだけでは、データから何が読み取れるかは一部の専門家にしかわからない。DPCデータが、医師や国民の意識変革のためではなく、入院期間の短縮や病床削減を推し進めるための材料として使われるにとどまっている。 今、問題視されている救急医療体制についても、透明化された医療圏データをもとに、必要とされる救急医療体制を敷き、バックアップの体制が築かれれば、いまの状態を脱せられるだろう。これは、地域による医療格差の問題でも同様。全国からデータが集まっていれば、全国平均に対してどの地域のどの部分に、どれほどの格差が生じているのかがわかり、具体的な対策も講じられるだろう。 医師不足の解消 医師数の不足に関しては、文部科学省によって医学部定員枠の拡大などが行われた。しかし、それだけでは問題の解決には程遠い。私は、さらに2つの策を講じなければ、医師不足の解消はおぼつかないと考える。 ひとつは、医療や医師への依存度を下げる試みだ。医学部定員枠拡大の成果を見るには、少なくとも10年は要する。その間手をこまねいているわけにはいかない。 日本の国民は海外の国民にくらべて、はるかに頻繁に医師の診察を受けている。いったん入院となれば、在院日数も飛び抜けて長い。それらを是正すれば医師にかかる負担は軽くなり、医師の不足感は和らぐだろう。これら受診頻度と入院日数などの課題に取り組まなければ、将来的に医師の供給が増えても、結局は不足感は解消しない。 もうひとつは、専門医数のセントラルコントロール。日本の医師不足の大きな要因は、医療のニーズと専門医の供給の間にある大きなギャップだ。ニーズに対して医師の供給が少ない診療科に人材を送り込み、足りている診療科は絞る。需給をマッチさせるようにコントロールするシステムが必要ではないだろうか。 同様のコントロールは、地域間の医療供給量を均一にするためにも、必要だろう。 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 医療制度の在り方についての議論、選択。その後、財源についての議論、選択 日本の財政状況から将来の医療費の不足を推測すると、今、できること、可能なことは、すべて即時に実行しなければならないのは明白である。しかしながら、慌ててはいけない。今後、日本がどのような医療制度を築くかについての議論を行い、何を選択するのかを明らかにすることを優先させるべきだ。 現行の平等性の高いシステムは、残念ながら破綻の危機にある。それをこのまま立て直そうとする場合と、異なったシステムに変える場合とでは、当然ながら、必要な財源はかなり違ってくる。 財源をどこから取るのか。たとえば、すべてを税金でまかなうイギリスと、すべてを保険料でまかなうドイツでは、当然ながら大きく異なる。 医療費の公的負担と個人負担のバランスをどうするのか、国民的議論を経て、早急に決定すべきと考える。 なお、たばこ税増税については、検討の余地はあるだろう。ただ、たばこ税に国民の健康増進の効果も期待されているようだが、それに関してはどうだろうか。たばこ税増税が喫煙率を下げると考えるのは、少々短絡的だろうか。たばこ税の低い国で喫煙率が高いとは限らない。 私は、喫煙率は税制度よりもむしろ、社会の嫌煙感によって抑制されると考える。政府が喫煙率の低減を望むなら、増税よりも健康教育に力を注ぐほうが効果的だろう。政府による教育や啓蒙が不足していると思う。これは、たばこ対策のみならず、さまざまな分野に共通している。 3.挙げられたような課題を解決するために自身が行っている、あるいは行おうとしていることは? 議論のたたき台としての資料提示 現在、私たちは、日本の医療制度の課題、問題点を探り、解決策を模索する「Japan Health System Project」に取り組んでいる。数多くの海外の制度や事例を分析し、国内外の専門家の協力も仰ぎながら実施している本プロジェクトを通じ、日本の医療制度を考えるにあたっての有意義な資料を提示できれば本望だ。 医療制度の問題は、視点を国内だけにとどめていてはなかなか解決には至らない。私たちの提示する案や意見も参考にしていただき、有意義な議論が展開されることを願う。 ちなみに、現在、日本国内にある議論には2つ大きな疑問を感じている。 一点目は、議論のテーマがあまりに各論に偏っている点。いきなり医師不足や混合診療の是非について議論を白熱させても、全体像に関するコンセンサスが不在では、議論もかみあわない。要は、議論の順番の問題である。全体像に関する議論と合意があって後、さまざまな各論があるべきだ。 二点目は、個人が個人の主張ばかりをしているように見える点。関係者個々は、非常によく勉強されており、問題を高いレベルで理解されているのに、意見は各々の立場を守るほうに向く傾向があり、譲歩もない。協力する、コラボレートするという思考なしでは、いつまでたっても意見と意見が平行線のままではないだろうか。 4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 日本医療政策機構が、医療問題に関する国民への啓発活動を担っている点に関しては、高く評価し、今後に大きな期待を寄せている。 日本の医療制度の課題に対して、国民が当事者意識をもって全体で解決していく流れを促進していただく役割を期待したい。 また、啓発にとどまることなく、積極的に具体的政策の提言を行い、実現のための力を生み出せる組織になることを期待したい。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードは? Transparency(透明化) データを裏づけとした論拠がない状態で政策を話し合っても、議論のための議論に終始するのが落ちだろう。全国的なシステム構築をめざすなら、現状認識、将来展望、目標設定などを信頼に足るデータのもとに行い、大きなコンセンサスを形成することがよいだろう。実際に、先駆的試みをしている国では、そのような取り組みを行っている。日本においても、医療セクターにおける情報の透明化を、先進国標準レベルまで引き上げる必要がある。 また、日本の医療制度についてオーナシップをもった人物、機関、団体がどこなのかが明確ではないという課題もある。責任と決定権の不明瞭さは、リーダーシップの欠如につながり、制度改革の足かせになる。この点についても、改善が必要だろう。 日本は、変革に関してかなり大きなポテンシャルを持った国だ。課題解決に向けて、その道は簡単ではないだろうが、その道を進むことで、可能性を開花させることを願ってやまない。 ■プロフィール■ ドイツに生まれる。高校卒業後、ドイツにて救命救急士として2年間勤務。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒。その後、オックスフォード大学にて経済学修士・博士号取得。1995年より日本在住。2年間、日本銀行金融研究所に客員研究員として所属。その後、多国籍メーカー企業に入社し日本部門営業部長として勤務。2001年マッキンゼー入社。アジア諸国(主に日本)でのヘルスケア分野を主に担当。ハイテク分野も一部担当。事業成長、既存製品の売上拡大、新製品発売、営業・マーケティング・研究開発部門の強化、日本官公庁プロジェクトなどに従事。日本をヘルスケアリーディング国に推し進めることを目指している。 ■関連報告書■ Addressing Japan’s health care cost challenge Full report: The challenge of funding Japan’s future health care needs The Challenge of Reforming Japan's Health System ※カンツラ氏がご講演されるシンポジウムのご案内を掲載いたします。詳細は下記までお問い合わせください。 病院可視化ネットワーク第6回ワークショップ 『病院マネジメントの可視化―医療の質の向上と効率化の同時達成を目指して―』 日時:H20年12月7日(日) 時間:10:00-16:40 (受付9:30より) 会場:六本木アカデミーヒルズ 49Fタワーホール 参加費:無料(先着300名様) お申し込み受付は事前登録が必要で先着順となります。 主催:東京医科歯科大学大学院医療経済学分野 併催:日本医療・病院管理学会第270回例会 <連絡・お問い合わせ先> 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 医療経済学分野 (担当:宇野) 電話:03-5803-5931 「医療政策―新政権への緊急提言」第5回目は、 テルモ株式会社代表取締役会長である和地孝氏の登場です。 インタビューは、下記のような共通の質問項目に沿って行われています。 <質問項目> 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか? 4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 医療と教育は国家の品格。哲学をもって臨め。 まずはじめに、今日私がお話しするのは「新政権への緊急提言」という政治や政策、ましてやマニフェストといった話ではなく、医療全体をどう高めるかというもっと大きな見地にたった話であることをご理解いただきたい。 教育と医療は、国民の公共財であり、国の根幹を左右するものであると同時に、ひとたび崩壊となれば立て直しには確実に10年単位の時間を要するだろう。つまり両者における課題は、他に関する課題とはまったく性質の異なるものと考えるべきで、「財源の確保ができないからやらない」、あるいは「資金的な問題で課題解決への着手を先送りにせざるをえない」などという姿勢で臨むなどあってはならない。人の幸福に影響する教育や医療に対しては、哲学を持って臨まなければならないのである。 残念ながら我が国は今、品格を保てるか否かの淵に立っているのではないだろうか。「ヒポクラテスの誓い」を必読しろとまでは申し上げないが、医療政策にたずさわる諸氏には、ぜひ医療にまつわる哲学への造詣と認識を深めてもらいたいと思う。 「高齢者=病人」ではない 日本の医療にまつわる問題のひとつは、たとえば「高齢者=病人」との認識。その認識がベースとなり、「高齢化が進む」、「病人が増える」、「お金がかかる」――「だから、医療費が増える」との論法ができあがっている。こうした論理展開に疑問を発する声が少ないのには正直、驚きを隠せない。私は、「高齢者=病人」には大いに疑問を感じているし、政策担当者と医療の現場に身を置く方々には、発想の転換を呼びかけたい気持ちだ。 たぶん日本は、世界的に見て、かなり高齢者の寝たきり比率が高いだろう。背景に「畳の文化」があるせいかもしれないが、日本では、老人を、病人を、すぐに寝かせてしまう。この発想転換するだけでも、先に挙げたような納得し難い論理展開から脱却できると思うのだが、いかがだろうか。すぐに「寝かせて」しまう慣習や認識が寝たきり老人を大量に輩出している。言葉は悪いが、重篤患者の大量生産が行われているとも言える。 スウェーデンなどでは、寝たきりの患者を増やさないよう患者は極力ベッドから出るような手が打たれており、そのために車椅子が重用されていると聞く。日本は、高齢者の扱いについて、まだまだ他国に見習うべき点が多いと感じる。 ちなみに、最近は、「医療はコストと考えるべきではない。むしろ産業として発展させる視点が必要だ」との意見が、国会議員の中からも出始めている。これもまさに発想の転換だろう。医療に関して多くの「発想の転換」から始まる議論に期待したい。 予算配分を大枠から議論する 医療費を各論として語る前に、国家予算の大枠の中で医療費、社会保障費の配分がいかにあるべきかという議論が必要だ。「医療予算はこれしか出せない」「将来的にはこれだけ削っていかねばならぬ」との論がどちらも既定路線かのように受け止められているが、社会保障全体への大きな配分に対する議論なくして、各論としての医療費だけが決まっているような現状には大いに疑問を感じる。 先進国の「社会保障費+公共事業費」の対GDP費は、約15%とほぼ同様の数値。日本もその中に入るが、医療費だけを見ると約8%で先進国内最下位となる。この点はきちんと議論すべきだし、繰り返しになるが「国家の品格」の問題だ。 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 消費税(生活必需品へ配慮した税率アップ) 財源確保については、まずは支出の無駄をなくすのは当然。しかしそれだけでは医療の財源確保は無理。残念ながら増税から捻出する以外に方法はない。いまの財政赤字の規模からしても、その対象は消費税だろう。ただし、他の先進国同様、生活必需品への税率は抑える配慮が絶対に必要だ。生活必需品への配慮を前提にした消費税増税を議論すべきときだと思う。 ちなみに、たばこ税の増税は、喫煙者が減り、国民の健康に寄与するであろうから賛成だ。 3.このような課題を解決するため、和地さん自身が行っている、あるいは行おうとしていることはありますか? 医療機器技術開発への努力 私たち医療機器業界には、医療の質向上と医療のコスト低減への貢献、いうなれば「人に優しい医療」の実現が使命として課せられていると考えている。たとえば、心筋梗塞の治療に使われるカテーテルは、以前は足の動脈から入れていたが、腕から入れられるようにしたことで、治療における侵襲を低減すると同時に、手術費用や入院費の減少にもつながった。 日本人は、ものづくりが得意だ。工業界を広く見わたせば、世界的な要素技術を有する企業も数多い。行政、企業、大学の連携をより活発化させれば、医療機器を通じた医療、あるいは医療政策への貢献はさらに大きなものになると確信している。 先の10月24日、甘利明行政改革担当相が、規制改革会議に医療機器の臨床研究用承認制度(日本版「IDE制度」)の創設などを規制改革テーマとして提案した。臨床研究用承認制度とは、薬事法で承認される前の開発段階にある医療機器の有用性を臨床で確かめられるようにするというもの。国内の医療機器産業の機器開発支援が目的だと聞く。同承認制度の創設提案は、行政にも医療機器が医療やその政策に及ぼす影響が大きいとの認識が芽生えた証とも言え、喜ばしく思っている。 ちなみに医療機器には、大きくわけて診断機器と治療機器がある。特に後者は使用中に患者が命を落とす場合もあるという点で特にリスクが高いとされている。実は、医療機器メーカーが要素技術における連携等を専門技術会社に要請した折に、その治療機器の抱えるリスクが障壁になるケースがある。これは、日本独特の現象だ。 連携を辞退する専門技術会社には、「人の命にまつわることにかかわって、世の非難を浴びる事態は避けたい」とのメンタリティがある。あえて言うなら、欧米の「チャレンジして失敗しても評価する文化」と「人に迷惑をかけてはいけない文化」の違いなのだろう。ただ、これでは医療機器の技術開発はなかなか進まない。そろそろ国民の皆さんにはメンタリティを変え、長い目で医療機器の果たす貢献度を考えるようにしていただきたい。 4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 本質的で開かれた議論の場を 医療にまつわる問題においては、上澄みが喧伝されて本質が見すごされている事象が多すぎる。新聞には「産科や小児科の医師が不足」とは載っているが、なぜそうなっているのかが書かれていない。たとえば、若い医師が訴訟を怖れて産科や小児科を敬遠しているという基本的な事実や本質が書かれていないのである。それに関しては、いささか既存のマスコミには期待できないというのが私の感想だ。 そこで、日本医療政策機構のような中立的なシンクタンクには大いに期待している。ときには政府に対して、ときにはマスコミに対して、そして国民に対して、勇気を持って本質論を投げかける役割を果たしていただきたい。医療の議論では、本質が本音で語られる場があまりに少ない。 2008年はじめの医療政策サミット(註:日本医療政策機構主催)のときに、私は「後期高齢者医療制度」という名前は良くないよ、と指摘したはずだ。あの時に参加していた政府の方もすでにその名称を非常に気にされていた。あの時変えていれば、あれほど後期高齢者医療制度が問題になることはなかったかもしれない。そういう「言いにくいことも言う」という鋭い議論や場を提供してほしいと切に願う。本質の議論を提供しなければ、日本は劣化する。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 教育と医療は国家の品格 国が衰え、経済的に、政治的に二流、三流国になり下がることを望む国民はいないだろう。それぞれにおいて一流の国であるための努力はあってしかるべきだが、同時に、国家の品格についての思考も止めてほしくはない。 日本はすごく良い国だ。私は57カ国回っているが、日本が一番だ。国境を他国と接していない、水道水をそのまま飲める、川の水が澄んでいる等の環境の中で培われた高度の精神文化と美意識がある。こんなに良い国だが、日本人が劣化しているように思う。これを支えるのが、教育と医療だ。 冒頭で述べたように、教育と医療は他の問題とは質を異にし、国家の品格を問われる課題である。そこには哲学が求められるのだ。 ■略歴 和地 孝 テルモ株式会社代表取締役会長 1935年生まれ。1959年横浜国立大学経済学部卒業後、同年株式会社富士銀行入行。1988年取締役業務企画部長となる。1989年テルモ株式会社入社、常務取締役、専務取締役を経て、1994年代表取締役副社長、1995年代表取締役社長に就任。2004年より現職。公職として、社団法人日本経済団体連合会常任理事、日本医療機器産業連合会会長なども務める。2004年度ミッション経営大賞(ミッション経営研究会)、同年度財界経営者賞(財界研究所)を受賞、2008年秋 旭日中綬章。著書に『人を大切にして人を動かす』(2004年 東洋経済新報社)、『人の心を動かす人になれ』(2006年 三笠書房)。 1990年代はじめに経営危機に陥ったテルモを、「人はコストではなく資産である」との経営哲学の下、「人を軸とした経営」を実践し、今日の姿に建て直した。 「医療政策―新政権への緊急提言」の第4回目は、ニューヨーク州ロチェスター大学医学部地域・予防医学科助教授/兪 炳匡(ゆう・へいきょう)氏のご登場です。つい先日、オバマ氏が大統領選挙で圧勝し、共和党から民主党への政権交代が起きたアメリカ。在米の兪氏からは、大統領選直前の10月末にお話しをおうかがいしました。 インタビューは下記のような共通の質問項目に沿って行われています。 <質問項目> 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか? 4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 --------------- まずはじめに、アメリカでの政権交代により、医療政策にはどんな影響があるでしょうか。 医療関連予算が拡大される 現時点では何とも言えないものの(インタビューは現地時間の10月30日に実施)、米国では政権交代に伴い、予算配分の重点項目が大幅に変わる。過去の民主党政権時の予算編成から、オバマ政権下でも、相対的に国防関連予算の比重が小さくなり、医療、教育関連分野の予算比重が大きくなると予想される。オバマ氏の支持者には中・低所得者層が多いことは、オバマ氏が中・低所得者向けの減税を公約に掲げていることからも明らかである。 更にこの層、とりわけ未成年の医療保険加入率を引き上げるため、税制上の優遇策を含めた政策を提案している。しかし、強制加入を伴う国民皆医療保険制度については、支持層の中産階級以上のかなり多くの人がアレルギーを持っている。それ故、そこまで踏み込んだ制度改革にはいたらないのではないか。皆医療保険制度導入を最後に試みたのはビル・クリントン前大統領だが、彼があまりにも見事な失敗をしたので、今後世論が十分な支持を示さない限り、皆医療保険導入のような大きな政治的リスクを取る可能性は低いと推測する。 1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は? 大きく言えば、3つ。まず、中期政策の数値目標の明確化、残りの2つは、民間「非」営利団体(Non Profit Organization(NPO))の役割を政策評価と医療機関の経営という2つの分野で強化することがあげられる。 中期的な政策目標を数値で具体的に示す まず、重要なのは中期政策計画の透明化である。あらゆる政策分野全般に言えることだが、医療政策にも3~5年のスパンでの中期的な目標設定があってしかるべきであって、中期的なゴールが示されなければ、その途上において政策の方向性が正しいか否かの評価は困難だ。そればかりか誤っていた場合の方向転換もままならない。 最も分かり易い例としては、「公的な医療費支出を3年から5年の間にここ(X%)まで引き上げる、ないし、主要先進国7カ国(G7)の中で中位を目指す」でもいいし、逆に「5年間でここ(X%)まで引き下げる、G7諸国中の最下位を日本の『指定席』として死守する(笑)」でもいい。とにかく、中期的な医療費の大枠や、目標実現のために途上で達成しておくべき数値目標を具体的に示してほしいと思う。近年、日本の首相が短期間で変わり政権が安定していないので、この課題の提案は、ひとりの首相のもとでの政権が少なくとも3~5年続くという希望的前提の上であるが。 一国の望ましい総医療費の水準に関しては、自著「『改革』のための医療経済学」の中でも書いているが、経済学の現状では、このような価値観の関わる大きな政策上の問題に明確な答えを出すことは不可能であり、今後も期待すべきではない。なぜなら百歩譲って、国民の価値観を正確に測れたとしても、「最適な総医療費レベル」を実証的に示すことは技術的に非常に困難であるからだ。現実的には、政治家が頻回に多くの国民の声に耳を傾け、増減の判断を下すべきだろう。 政策評価分野でのNPOの役割強化 政策決定過程を透明化する一案として、政策を政府以外の民間「非」営利団体(NPO)である大学ないしシンクタンクが、客観的・第三者的に評価する仕組みを制度化するべきである。こうした提案をすると必ず「資金はどうするのか?」と聞かれるが、先例はある。米国のジョンソン大統領は、政策事業費の1%を評価のために強制的に支出するよう義務づけた。こうすれば、追加の財源確保は必要ない。 以前、日本のある官僚の方に事業評価に予算の一部を義務付ける話をしたところ、「既にやっている」とあっさり答えられた。しかし、よく聞いてみると、それは純粋な「第三者」評価ではなく、身内による内部評価であるか、身内の延長のような外部の第三者に委託しているケースが少なくない。このような身内評価では、評価が甘くなることは想像に難くない。こうした現状では、NPOでの政策評価が今後制度として定着する方向に進むのかはなはだ疑問だ。 米国は政策評価をする人材の質が高い一方で、その数が時に多すぎる気もするが(笑)、せめて英国ぐらいは人材を育成していくべきだろう。医療費を増やしても学術的に厳密な評価を行わずに、例外かも知れない個々の失敗したケースのみがマスコミに大きく取り上げられ、漠然とした医療に対する不満が大きくなれば、今度は反動で医療費を大幅に減らそうとなる――このような根拠の乏しい政策転換を避けるためにも、政策転換の過程・根拠を明らかにできるNPOによる第三者評価の制度化は急務と言える。 NPOである医療機関の財源と経営監査を強化 欧米では、大規模な病院や大学病院の多くは民間『非』営利団体(NPO)であり寄附や税制で優遇されている一方で外部監査などの経営に対するガバナンスは非常に厳しい。日本の場合は、法律上は民間病院も含めて非営利団体(NPO)とされているものの、実態は曖昧だ。地域の中核病院は公的な性格・役割が大きいため、NPOとしての経営監査を強化すると同時に、財源も強化すべきと考える。 財源案を2つ挙げると、(i)国に払う税金10万円までをNPO(医療機関)に寄付できるような税額控除の仕組みを制度化すれば、数千億円規模の財源が医療機関や先にも述べた政策評価を行うNPOに集まるとの試算もある。単純な比較はできないが、日本の寄付額は7000億円(2002年)、人口が日本の約半分である英国では2兆円(2004年)、日本の人口の約2倍強の米国で24兆円(2002年)という数字を比較すると、日本において寄付金を更に支援する制度の設立が望ましいと考える。(ii)パーセント法 (注:納税者が所得税のうち1-2%を、自らが選択したNPO・公益機関に提供できる仕組み) が欧州や韓国で始まっている。 これらの財源案に共通しているのは、住民の主体性が求められる点である。自分の支払う税金の使い道を、住民が主体的に医療であれ、何であれ決定することは、納税者にとっての負担と受益の関係を透明化することにも役立つ。地域住民からの寄附を通じた経営参画を促すのも一案だ。医療機関の経営も安定するうえ、住民の関心も高まるだろう。 2.課題解決を実現するための財源確保の方法は? 食品、衣料などの生活必需品を除き消費税を引き上げる 「中期的な政策目標を数値で具体的に示す」、「政策評価分野でのNPOの役割強化」、「NPOである医療機関の財源と経営監査を強化」と3つ挙げた課題の中で、解決に財源を示さなかった1番目の「財源確保の方法」として私が考えるのは、消費税の引き上げだ。ただし、絶対的な前提条件として食品や衣料は対象外にする。私が知る限り、主要な先進国でこれら生活必需品に消費税をかけている国は、極めて少ない。生活必需品と、いわゆる贅沢品が同じ税率だと、結果的には中・低所得の人たちの負担が大きくなるからだ。 生活必需品の消費税を引き下げるかわりに、贅沢品など、それ以外の物品については消費税を上げる、または、所得税率を下げ、中・低所得の人たちの税率はさらに低くした上で消費税を上げる――こうした組み合わせの方法を用いれば、消費税を引き上げても社会全体、とりわけ社会的弱者に与えるダメージが少なくて済むのではないだろうか。少なくとも食品や衣料に10%や20%の消費税をかけようとする案は私には理解に苦しむし、国民の支持も得にくいのではないか。拙著でも述べたように、長期的には総医療費を上げる可能性があるもの、たばこ税の税率は更に引き上げてもいいと思う。 3.このような課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせいただけますでしょうか? 書籍、寄稿文、講演を通じた啓発活動 以前、「『改革』のための医療経済学」という本を出版し、大きな反響をいただいた。これからも、書籍、寄稿文、講演などを通じ、医療経済について発信をつづけ、多くの方々を啓発していきたいと考えている。 私が現在米国で主に行っている研究は、パンデミック(大規模な感染)が起こった場合の政府や医療機関等の対応についての経済分析である。政策目標に応じて政府及び医療機関等が取るべき選択肢の優先順位を決められる、経済学的視点を含む数学シミュレーションモデルの作成を行っている。鳥インフルエンザが変異してパンデミックが起こるのは、公衆衛生関係者の間ではもはや時間の問題と言われており、対応策は出現阻止ではなく出現した後の被害をどれだけ小さくできるかに移っている。しかし、その対策の経済学的視点を含むシミュレーション分析についてはまだ本格的に行われていない。パンデミックは一見非日常的なものだと思われがちだが、実は経済や暮らしに大きな影響をもたらす可能性がある問題だ。このような広義の予防医学、医療経済学の研究を通じて医療に貢献していきたい。 ちなみに、私が勤務するロチェスター大学は、感染症・インフルエンザ研究では、世界でもトップレベルの研究者が揃っており、鳥インフルエンザのワクチンを世界で最初に開発した研究グループ、ワクチンの開発を分子レベルの数学シミュレーションモデルに基づいて行う研究グループ、パンデミックの出現をモニターする研究グループ、ワクチンをいかに医療機関を通じて効果的に提供するかを研究するグループ等が、1件あたり少なくとも数千万円の単位から10億円単位の研究助成金を獲得している。米国は、日本と比較すると研究助成金の機会も額も桁外れに大きい。 4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。 超党派の立場で政策インフラ整備に寄与を 日本医療政策機構のウェブサイトでは、各政党の医療政策責任者の方にインタビューをした記事を掲載しているが、さらに踏み込んだコンテンツも企画してはいかがだろうか。 例えば、各党のマニフェストを並べ、何かの指標を設けて、順位付けをした結果を公開するのも一案だ。厚労省の政策の一部でも、科学的根拠の確かさでランキングして公開すれば、かなりの反響があるはずだ。医療政策への関心が高まるだろう。各政党や厚労省がランキングを気にするようになれば、政策改善を促す機能を果たすことにもなろう。これらは一例だが、今後も超党派の立場だからこそできるインパクトのある活動を期待したい。 5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。 「透明化」 質問1の「医療政策における3つの重要課題」を統括すると、「透明化」というひとつのキーワードでまとめられる。私の提案が目指しているのは中期的な政策目標の透明化、NPOの役割強化を通じた政策決定過程の透明化、医療機関の財源と経営の透明化、住民にとっての負担と受益の透明化である。 日本では今、総選挙が近いと言われているが、各政党が中期的医療政策の目標を明らかにしてくれれば、投票する際に大いに参考になるだろう。そして政府には、政策が何を根拠に、どういう過程を経て決定されたか、国民に対して説明する責任、アカウンタビリティがある。この際の説明「資料」の一部を政府外部のNPO(大学、シンクタンク)で作成するよう制度化すべきである。また、日本では、医者が儲けすぎだという批判が根強いが、医療機関の経営を透明化すれば、このような根拠の曖昧な批判も減るのではないか。 ■略歴■ 兪 炳匡 1967年大阪府に生まれる。1993年北海道大学医学部卒業。1993~95年国立大阪病院で臨床研修。1997年ハーバード大学にて修士号(医療政策・管理学)取得。2002年ジョンズ・ホプキンス大学にて博士号(PhD、医療経済学)取得。2002~04年スタンフォード大学医療政策センター研究員として高齢者介護制度の国際比較研究に従事(2004年以降非常勤研究員)。2004~06年米国厚生省疾病・管理予防センター(CDC)エコノミストとして遺伝子スクリーニングを含めた予防医療の経済評価に従事。現在はニューヨーク州ロチェスター大学医学部地域・予防医学科助教授として、医療経済学の研究(特にインフルエンザ予防接種の経済評価)・教育に従事。関心領域は、高齢化が医療制度に与える影響の国際比較、予防医療(特に予防接種・スクリーニング)の経済評価(本略歴は「『改革』のための医療経済学」に掲載されていたものです) ■関連記事■ ■兪 炳匡 著「医療白書2007年度版 第1部(2):医療経済学は医療資源配分の改善などで医療改革に貢献できる」 ■第8回日本医療政策機構 定例朝食会 兪先生ご講演「『改革』のための医療経済学」
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