私は給料が安いから逃散を企てたわけではありませんでした。給料は日雇い扱いで日給7000円ほど。残業手当や当直手当などはもちろんなく、手取りで月給10万ちょっとでしたが、その額が第一の理由では決してありませんでした。ただ単に本当に仕事を続けることができなくなってしまい、逃げることを企てたのでした。
この状況は、現在でも変わっていないと思います。逃げ出した大多数の医師たちが求めていたものは金銭ではなく、仕事を続けられる環境だけだったのではないのでしょうか?
医療現場には、徹夜当直明けで倒れこむように昼寝をしている医師がいます。10年前ならば、回りが見て見ぬふりをしてくれました。しかしながら、度重なる診療報酬減額で疲弊した現在の医療現場には、そんな余裕はありません。
現在の医療現場は、医師たちが倒れるのは時間の問題という中で、チキンレースを続けているように思えてなりません。40代で心筋梗塞にかかり急死する先生や、50代で脳卒中にかかり社会復帰できなくなる先生、そして過酷な勤務のストレスの中、自ら命を絶ってしまう先生の姿を、私はこれ以上見たくはありません。せめて救急当直明けには休みが取れるような勤務体制にする時期が来ているのではないでしょうか?
乾いたぞうきんをもっと絞るのか
医療改革が唱えられ、改革を実現するための様々な試みが行われています。しかし、医師不足を解決するためには、上で挙げた(その3)の視点での改革が最優先されるべきです。しかし、実際はそうはなっていないように思えてなりません。
東京都は“妊婦たらい回し問題”解決のための特命プロジェクトチームを発足させると発表しました。そのリーダーを務める猪瀬直樹東京都副知事は、週刊文春(11月19日発売)の中で、インタビューに答えてこう発言しています。
(たらい回し問題は)「(東京都はたくさんある病院の)限られたカバンの容量を最大限活用できていないからなのです。(中略)もっと上手な入れ方を考えるべき、というのが私の基本的スタンスです。(中略)単純な現象だと考えています」
カバンへの物の詰め込み方を整頓すれば大丈夫、ということですよね…医療現場の疲弊ぶりを分かってくれていないと言うか、なんと言うか、「乾いたぞうきんをもっと絞るだけでいいんです、簡単ですよ」と言っているようにしか聞こえません。
また、東京都は11月27日に都立墨東病院の産科を2人当直にすると発表しましたが、産科医を増やしたわけではなく、常勤医に月8回の当直を行わせるという内容でした。この労働条件だと、新しい医師の募集に応募がある可能性は低いと思われますし、もし誰か1人でも常勤医が倒れたら、それで勤務体制は崩壊してしまいます。
これらは、解決策(その1)の「逃げないでもっともっと限界まで働け」という視点の延長上の発想です。決して(その3)の発想ではありません。
絶対的な医師不足が問題なのではない
医師不足と言われている中で「当直明けの代休を取れる体制にせよ」などと発言するのは、非常識だと思われるかもしれません。確かに病院にとっては今の倍以上の人員が必要となるわけです。実現不可能な常軌を逸した提言と言われても仕方がないのかもしれません。
しかし、医師の計画配置(国が医師の勤務先や診療科目を制限したり、開業医の数を制限したりするという制度)が議論されていますが、その背景にある問題は、医師の絶対数が不足していることではありません。医師の偏在、つまり勤務条件の過酷な診療科目や職場から、医師が続々と逃散しているという現実があるのです。
逆説的なようですが、人員を揃えて医師の勤務条件を整えること、具体的には、当直明けだけでも休みを取れるようにすることこそが、究極の医師不足解決なのではないかと私は思います。
もちろん困難なことは分かっています。でも、医師の絶対数が足りない地方であっても当番制の整備など、できることはあるはずです。まだまだ数える程しかありませんが、当直明けの休みを認めたことで医師不足が解決したという病院も、実際にあるのですから。
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