ルーキー達の苦悩

世界のバスケットボール人口45千万人全員がNBAプレイヤーになることを目指すならば、60人という枠を45千万人で争うことになる。

毎年6月にニューヨークで開催されるNBAドラフトでは、30チームが2名ずつ新人を指名し、将来のスターを発掘する。しかし計60人のルーキーのうちNBAでしっかりと生き残っていくことが出来るのは、一部に過ぎない。しかも、その中で輝かしい活躍をしようものなら、ごく一部しか残らない。

その厳しい現実を、昨年のNBAドラフト2006ははっきりと示している。

生き残れない2巡目

ルーキー達には、やはり辛い現実が待っていた。NBAドラフト2006でも60名が指名されていったが、既に「NBAプレイヤー」でなくなったのは、19名にも昇る。

19名のうち、一巡目で指名された選手の人数は3人である。そのうち2人がNBAの下部リーグであるNBAディベロップメントリーグ(通称:Dリーグ)へ降格となった。1名はヨーロッパへ行った。この他にも一度落とされて、再度戻ってきたという経験を持つクリーブランド・キャバリアーズのシャノン・ブラウンやロサンジェルス・レイカーズのジョーダン・ファーマーらもいる。最も驚いてしまうのは、全体「9位」指名のパトリック・オブライアントでさえも、Dリーグへ落とされた経験を持つということである。つまり、トップテンで指名されていても、選手のキャリアは一切保証されないのだ。

2巡目指名の選手は、更に悲しい結末を送っている。2巡目指名30人中、過半数を超える16人がNBAには残っていない。2巡目では、シーズン開始までに契約に至らなかったというケースも出てくる。更には、現在世界のどこでプレイしているのか、あるいは他の道へ進んだのかさえ分からない選手も出てきてしまう。

実は、ドラフトで最初からNBA行きのチケットがもらえる選手は数えるほどしかおらず、多くは集合場所を教えられるだけなのだ。NBA挑戦のチャンスはもらえるものの、常に「消え去っていく」というリスクと恐怖が備わっている。

 

今年のルーキーに学ぶ

では、NBAドラフト2007ではどうなるのだろうか。2006年の「当落選上」だった9位指名、ジョアキム・ノアを見ながら考えてみよう。

ノアのNCAAでの成績は素晴らしいものだ。06-07シーズンには平均12.0得点、8.4リバウンドを記録し、2006年と2007年のNCAAトーナメントでは、フロリダ大の中心選手として活躍し、15年ぶりとなる2連覇を果たした。昨年のトーナメントでは、NCAAのMVPであるMOPにも選出された。PFCもこなすノアには、クリス・ボッシュのようにはならないまでも、ディフェンスで多くの貢献をして、ドリュー・グッデンのような「使える選手」になることをチームは求めているに違いない。

ただし、「キャリアは保証されていない」ということを忘れてはならない。2002年のMOP、ホワン・ディクソンが所属チームを転々としているように、肩書きがNBAでのフリーパスでは決して無い。どんな時でも常に「実力」で判断されるのである。ノアは確かに今年の選手の中では、有望な域に入るかもしれないが、そうだとしても、シカゴ・ブルズがノアを使えるだけの余裕を作り出せるかは分からない。チーム内に同じポジションのライバルがたくさんいるのだ。持ち前のリバウンド力は、ベン・ウォーレスが持っている。身体能力は、タイラス・トーマスの方が格段に上である。経験の面では、ベテランのPJブラウン(現在フリーエージェント)やジョー・スミスに及ぶわけがない。その中でも出場機会を獲得して、試合で「結果」を残さなければならない。だからこそ、9位指名を受けたとしても、大学で名誉を持っていようとも、Dリーグへの降格は十分考えられるのである。

このようにして、ルーキー達がNBAの現実に直面し、一人ひとり去っていってしまう。それでも今年も例年通り解雇・降格の連続で、「所在不明」の選手が出続けることに変わりない世界なのだ。

「世界最高峰」という苦しさ

世界最高峰のバスケットボールリーグに華々しくデビューしているかのように見える60人にとって、ドラフトとはゴールでも何でもない。スタートラインに立てるかさえ分からないものなのだ。

グレッグ・オーデンやケビン・デュラントの入団と同時に、チームの核を放出して、即時に改革を行うなど、本当に異例中の異例のことである。2巡目指名の選手だけでなく、カレッジで成績を収めたジョアキム・ノアのような選手でさえも、血生臭い厳しい世界を経験することになる。ルーキーはその茨の道に足を踏み入れたのだ。

技術も才能も一級品のスーパースターの周りでは、フラッシュもライトも輝きを放っている。その後ろには、その領域を目指すルーキー達がいる。光があれば必ず陰が生じる。しかし、それがルーキー達の直面するプロの世界であり、それこそがNBAなのだ。(志賀優一)