突然の訪問だった。青年のアビスパへの思いに心を打たれた。
2006年冬、福岡県筑紫野市にある、めんつゆ・だし製造販売業「味の兵四郎」の野見山正秋社長(57)は、初対面の彼を、いっぺんに好きになった。
■進んで裏方に
青年の名は、塚本秀樹(35)。アビスパでゴールキーパーとして活躍した。長崎県立国見高、明治大を経てクラブがJリーグに参戦する1996年に入団した生え抜き選手。現役を引退した直後、野見山社長の元を訪れ、恐縮しながら、しかし、はっきりと言った。
「引退しても、アビスパのために何かしたいと思っています。支援していただけませんか」
華々しい現役生活を終え、戸惑いも見せず、泥くさい裏方の仕事を進んでやる塚本さんに、野見山社長は「熱い思い」を感じた。
塚本さんはいま、アビスパU-18のコーチを務める。味の兵四郎は毎年、100万円をクラブに納め、クラブの最優秀選手への賞品や来場者へのプレゼントに自社製品を提供している。
「ヤフードームに広告を出した方が効果は上がるんじゃないか」
クラブがJ2転落後から会社の取締役会で度々、支援打ち切りが話題に上る。だが野見山社長に、その気はない。「苦しいときだからこそ支えたい」
クラブの人たちに心からの思いがあれば、それは通じるものなのだ。
■ぶれない経営
九州最大の民間シンクタンク、九州経済調査協会(福岡市)の八尋和郎・情報研究部長(46)は、ホームの試合にはいつも足を運ぶ熱心なサポーター。
07年初め、仕事でJリーグクラブの経営状況を調べた。特に印象に残ったのが、J1のガンバ大阪だった。今月、クラブ世界一を決めるクラブ・ワールドカップで3位に入った強豪クラブだ。
1990年代、成績が低迷していたガンバを立て直したのは、大株主のパナソニックから派遣された、ある幹部といわれる。取材した八尋部長は、ガンバの経営の特長を「ぶれない経営」と評する。その幹部は2000年、向こう5年間の中期経営計画を策定。クラブの本拠を大阪府北部(人口約300万人)から吹田、茨木、高槻、豊中4市(同約135万人)に絞り込み、地元の焼き肉店や整骨院といった小口の支援を取り付けるなど、独自の経営強化を続けている。クラブに冷徹な戦略と、強い意志があれば展望は開けるものなのだ。
■機会を逃すな
アビスパの経営は、恵まれていないわけではない。08年度の収支をみると、運営費(約11億円)の3割は、福岡の地場大手でつくる7社会がチケット購入や広告費として負担。さらに福岡市が、市民を試合観戦に招待するなどして2億2500万円を支援。大口の支援の土台がありながら、迷走しているのは、すそ野の広がりに極端に欠けるからだ。
クラブがまず、熱意に裏打ちされた経営の旗印を掲げなければならない。ピンチをチャンスに変える機会は、逃せば二度と巡ってこない。 (この連載は運動部・田中耕、経済部・一瀬文秀、曽山茂志、黒石規之、地域報道センター・川原隆洋が担当しました)
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=2008/12/28付 西日本新聞朝刊=