「地上波民放」をトヨタが恫喝

ファクタ2008年12月29日(月)09:00

「けなしたらスポンサーを降りるぞ!」。低劣な番組に若者と広告主がそっぽを向く。

地上波民間放送が惨憺たる有り様だ。東京のキー5局、大阪の準キー5局が11月に発表した2008年度中間決算。「赤字」と「減益」がずらりと並んだ。日本テレビ放送網(NTV)が半期ベースで37年ぶりの赤字転落。テレビ東京も中間決算の公表を始めた02年以来、初の赤字。視聴率トップのフジ・メディア・ホールディングスは、番組制作費の60億円圧縮、通信販売の伸長で黒字を維持したものの、前年同期より46%も減益となった。テレビ朝日も利益が半減。東京放送(TBS)は32%減益と最も「傷」が浅いが、これは東京・赤坂の本社周辺再開発「赤坂サカス」など放送外収益が寄与したもので、本業の放送収入は不振だ。

大阪は文字通り総崩れ。番組と番組の合間に流す「スポットCM」を中心に広告収入が激減し、テレビ大阪を除く4局が赤字に転落。テレビ大阪もイベント運営子会社が好調だったにすぎず、本業の儲けを示す単独決算は2期連続の赤字だ。

地上波民放の経営悪化は広告不況のせいばかりではない。芸能人に依存する安直な番組が、視聴者とスポンサー双方に愛想を尽かされたのだ。

「北京五輪」でもNHK圧勝

地上波民放のビジネスモデルは、局が制作したい番組をスポンサー企業に提案し、これを了承した企業から制作料・電波料をもらって番組を制作・放送し、消費者たる視聴者に支持される(つまり、より多くの人に視聴される)結果、スポンサーの商品・サービスが売れたり、企業イメージが高まったりすることで成立する。ところが、ここに来て地上波民放の存立基盤ともいうべき良質な番組づくりと視聴者・スポンサー双方の支持が音を立てて崩れている。まともな視聴者が落胆し、スポンサーが首を傾げるような低劣安直な番組があまりにも多いためだ。

08年8月の北京オリンピック中継は、その典型だった。地上波ではNHKが約200時間、民放5局も計170時間の中継を行ったが、結果はNHKの圧勝に終わった。平均世帯視聴率(関東、ビデオリサーチ調べ、以下同)の首位は、NHKの「ソフトボール決勝」(30.6%)。2位には「陸上女子マラソン」(28.1%)で日テレが食いこんだものの、NHKがベスト10のうち九つを占めた。

NHKは勝因について「競技を過不足なく伝えたまで」(報道局幹部)と語る。要は「スタジオでのトークよりも世界の一流選手たちの躍動と日本選手の奮闘ぶりを生々しく伝えるというスポーツ中継の基本に徹したに過ぎない。裏返すと、地上波民放の心得違いが浮き彫りになる。SMAPの中居正広(TBS)、水泳金メダリストの岩崎恭子(同)、元プロテニス選手の松岡修造(テレ朝)、元ヤクルト監督の古田敦也(フジ)、元フィギュアスケート金メダリストの荒川静香(テレ東)などの有名人の解説やスタジオでのトークを織り込み、バラエティー番組風に派手に盛り上げる作戦だったが、視聴者は食いつかなかった。誰もが芸能人や門外漢のスポーツ選手の怪しげな分析や空虚な激励よりも、世界のトップ選手たちの生の競技風景を見たかったのだ。

この傾向は北京五輪に限らない。今年度上期(4〜9月)のゴールデンタイム(午後7〜10時)の平均視聴率でも、NHK(13.6%)が初めて全地上波民放を上回った。2位のフジテレビは13.2%。日本放送史に残る「快挙」である。「ニュース7」が安定した視聴率を稼ぐほか、大河ドラマ「篤姫」も20%台半ばと好調だった。ある在京キー局首脳は「我々民放は視聴者ニーズの変化に鈍感になっている」と反省するが、視聴者は低劣番組に飽き飽きしており、もう手遅れではないか。

致命的なのは団塊世代だけでなく、若年層の関心もNHKに向かい始めていることだ。インターネットには若者の感想が飛び交う。「民放は見るものがない。じゃあとNHKを見てみると、結構面白い」「タレントの出番を今の半分に減らして、その分のギャラを良質な番組づくりに使えば視聴率は上がるはず」と辛辣きわまりない。さらに、NHKと地上波民放の視聴率逆転についても「NHKの視聴率は横ばい。民放が落ちただけ」と一刀両断だ。

「無料CM追加」が上陸か

CMを提供するスポンサー企業も地上波民放の体たらくに業を煮やし、実力行使を始めた。我が国最大のスポンサー、トヨタ自動車の奥田碩相談役は11月12日、首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の席上、厚労省に関する批判報道について、「あれだけ厚労省が叩かれるのは異常。私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。 スポンサー引くとか」と発言した。

さらに「大企業はああいう番組のテレビに(CMを)出さない。ああいう番組のスポンサーはいわゆる地方の中小(企業)」と話した。 他の委員が「けなしたらスポンサーを降りるというのは言いすぎだ」と諌めると、奥田氏は「現実にそれは起こっている」と述べ、番組への不満を理由に企業が提供を降りる実力行使に出ている事実を明らかにした。

トヨタは広告の「費用対効果」にもメスを入れ始めた。米3大ネットワークの一角、NBCと新しいCM契約を結び、番組が視聴者の関心を引きつけられなかった場合、局に無料で追加CMを放送させることにした。スポンサー企業にとって極めて有利な契約だ。トヨタ幹部は「テレビCMは本当に効果があるのか、見極める必要がある」と言い切る。これまでテレビCMは効果が十分に実証されないまま制作、提供されてきたが、今後は我が国でも費用対効果のチェックが厳しくなるだろう。「CM投下額ナンバーワンのトヨタが動けば雪崩が起きる」(日用品メーカー幹部)。広告収入が激減するなか、米国流の「無料CM追加」措置が日本に上陸すれば、地上波民放は大打撃を受ける。

博報堂系シンクタンクがまとめた「2008年メディア定点調査」によると、1日あたりのメディア接触時間自体が減少している。このうちテレビの占める割合は今かろうじて5割。早晩5割を切るだろう。なかでもテレビCMが購買行動に結びつきやすい、スポンサー企業にとって狙い目の「F1層」(20〜34歳の女性)のインターネット、携帯へのシフトが著しい。これが広告収入激減の根底にある。ターゲット層がろくに見ていない番組にCMを出し続けるほど企業は甘くない。

CMをスキップ(飛ばし)できるHDD内蔵型ビデオの急速な普及も強烈な逆風だ。視聴者のCMスキップ率は05年時点で64.3%(野村総合研究所調べ)。現在では70〜80%に達しているようだ。ソニー幹部は「うちの大学生の子供はどんなに時間があってもテレビは生で見ず、HDDでCMを飛ばしてから見る」と頭を抱える。若者にとってCMはもはや「邪魔者」。CM飛ばしによるスポンサー企業の損害額は、05年時点で年間540億円、現在では700億円に達した模様だ。ネット先進国の米国ではNBC、ABCなど5大ネットワークの視聴者の平均年齢は「50歳」になっている。日本の地上波民放の明日の姿だ。

気がつけば若者に見放され、カネを使わない「F3層」(50歳以上の女性)、「M3層」(50歳以上の男性)しか見ない地上波民放。NHKには視聴料という収入源があるが、民放の命綱であるスポンサーはF3、M3相手の番組に財布をはたく道理がない。低劣で安直な番組に胡坐をかき、若者と広告主に見捨てられた地上波民放はさまようばかりだ。

(月刊『FACTA』2009年1月号)

このコラムのバックナンバー

総合情報誌・FACTAのご案内
FACTAは一歩先を行くビジネス情報を中心に、国内外の政治、経済、社会の読みごたえのある記事で構成された会員制月刊誌です。ジャーナリズムの真髄であるスクープや調査報道も満載です。

FACTA online / 最新号の目次 / 編集長ブログ / 購読のお申し込み

  • ソーシャルブックマークに追加:
  • gooブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに追加
  • はてなブックマークに追加
  • Buzzurlに追加
  • livedoorクリップに追加
  • FC2ブックマークに追加
  • newsingに追加
  • イザ!に追加
  • deliciousに追加
この記事について ブログを書く

過去1時間で最も読まれたビジネスニュース

ニュースキーワード


注目のトップニュース
オバマ氏が初めて差別語った演説
泣きながら立つ長女、車が庭に…
民主、政権なら「身体検査必要」
驚安「メガ・ドンキ」が5倍増へ
中国が初の空母建造へ、来年着手
紅白が最後 ポニョ3人が突然解散
沢尻エリカ逆質問「誰に聞いた」
注目のビジネスニュース
ローソン 電気自動車150台導入へ
GM金融会社に5400億円、米財務省
世界経済 回復に必要な3つの課題
東証、年間下落率42%で過去最大
驚安「メガ・ドンキ」が5倍増へ
「変人たれ」世界の山ちゃん理念
株価 (11:00 12/30 現在)
日経平均
8,859.56 ▲ +112.39
日経300
175.00 ▲ +0.96
TOPIX
859.24 ▲ +4.47
フィナンシャル・タイムズ
gooニュース翻訳
フィナンシャル・タイムズ記事の一覧


最新記事
FTが選ぶ今年の人=バラク・オバマ
次期大統領に弱点はあるのか



年末限定の予言者の皆さんへ、夜空を見上げても未来は見えない


フィナンシャル・タイムズを読んで世界を見よう
 
写真ギャラリー
写真ギャラリー
どうなる世界経済
どうなる生活
今週のトピックス
gooランキング
goo スポーツ:NumberWeb
データで日本グランプリを振り返る。今こそモータースポーツ
おすすめ動画 - gooブロードバンドナビ
5分でわかる証券基礎講座証券ビギナーでも証券投資の基礎知識を分かり易く解説
世界は今-JETRO Global Eye世界の新しい経済・産業の動きや貿易・投資などの国際情報
旬の旅行情報 - goo旅行
厳選!温泉宿・温泉ツアーガイド
おすすめコンテンツ
gooトップ
総額734万円分の旅行券が当たる
goo旅行
国内旅行のクチコミ情報をチェック
goo住宅・不動産
気になるあの路線・駅の家賃相場は
goo天気
生まれた日の天気・気温を見てみよう
goo自動車&バイク
新車ニュース&コンパニオン画像
gooダイエット
痩せる方法100種類
goo求人&転職
起業家インタビュー好評連載中
goo進学&資格
三日坊主も安心!まずは体験講座
gooヘルスケア
家庭の医学 病気検索
gooのお知らせ
キッズgooお正月特集キッズgoo親子で楽しもう、“お正月”特集
スキー特集goo地域気になるスキー場の積雪量は?“全国スキー場・ゲレンデ情報ガイド”