お正月を故郷で過ごす人たちの帰省ラッシュが始まっている。実家の家族や友人たちが、久しぶりの再会を心待ちにしていることだろう。
福井の国学者で幕末歌人の橘曙覧(たちばなのあけみ)にこんな歌があるのを思い出した。「たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時」「たのしみはとぼしきままに人集め酒飲め物を食へといふ時」。
貧しいながらも家族や友人と食卓を囲むことに勝るものはない。曙覧は「たのしみは」で始まり「時」で終わる歌を五十二首詠み、「独楽吟」と名付けた。
「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」。一九九四年に訪米された天皇皇后両陛下の歓迎式典で当時のクリントン米大統領が英訳を引用したのをきっかけに、福井市に曙覧記念文学館が誕生した。
作家の新井満さんは、独楽吟に自由訳をつけた「楽しみは」(講談社)を先ごろ出版した。腹が立ったり苦しいときや悲しいときには必ず読み返すという。藩主の仕官の誘いをあえて断り清貧な生活を貫いた曙覧を「幸せ探しの達人」と呼んでいる。
「たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時」。つつましい暮らしの中で見つけた喜びをこれほど素直に歌った人はいない。年末年始の休みに味わってみてはどうだろう。