ふくだ
12/23(火) 14:21 IP:60.56.141.204 削除依頼 *
ピンク色の桜の花を、中から見つめ、その綺麗さにちょっとだけニヤける。 がたんがたん、と言う音と揺れを感じながら、目を閉じた。
「隆平、起きろー。いつまでも寝てたら、置いてくでー」 「分かってるよ……」
俺が目を開けると、姉貴は既に、おニューの春物のコートを着て立っていた。 手には土産物屋で買ったらしい、“点々”と書かれた紙袋が提げられている。 (“点々”とは、一口ギョウザの専門店だ)
俺はゆっくりと伸びをしてから、自分の上着を掴み、スポーツバッグを斜めにかけた。 姉貴に促されて、忘れ物が無いかチェック(切符とかいろいろ忘れるから)して、 何も無い事を確認すると、扉の方へと歩みを進めた。
『東京―東京―、御降りの方は――――――』
車掌の声のあと、気の抜けたような音とともに扉が開いた。 その瞬間、まだ冷たい風が肌で感じられた。 姉貴と俺は一瞬首をすくめて、新幹線から降りた。
「うわー……まだ寒いなっ、隆平、あんたちゃんと上着ときや」 「わかってるって、俺、そんな子どもちゃうし」
ぶーぶー言いながら、俺は一度、かばんを地面に置いて、ジャケットを着た。
改札を出ると、人が行き交う場所に出て、二人で少しの間見とれていた。 大阪も人は多いが、さすがは東京。雰囲気がやはり違うように感じた。
NO.1 ふくだ
12/23(火) 14:21 IP:60.56.141.204 削除依頼 「うっひゃー!やっば!ビルばっかやん!さすが東京!」 「隆平、ちょっとやめて、恥ずかしいから」
バスに揺られながら、窓の外を眺めてはしゃぐ俺に、小声で諭した姉貴。 どうやら周りが気になるようで、きょろきょろと他の乗客の顔色を窺っていた。 幸い、夕方だったが、人もあまり居ず、その人たちも音楽を聴いていたり、 寝ていたりと、俺のはしゃぎっぷりには気付いていないようだった。
「まさか憧れてた東京で住めるとはねー……うちらだけやけど」
乗客の様子を確認した姉貴は、俺と同じように窓の外を眺めながら、そう言った。 俺は、そーやな、と少し気の抜けた返事をして、眠くもないのに目を瞑った。
俺は、姉貴を含めて四人家族だった。 コテコテの関西人な親父とお袋は、常に明るく、俺らを包み込むように育ててくれた。
だが、そんな両親は一年前のある日、不慮の事故で俺らを置いて死んでしまった。
当時高三の姉貴と、高一の俺はまだ未成年のため、二人では暮らすことができず、 姉貴が大学に上がる今年、親戚を訪ねて東京に行く事になった。
「あ、隆平、初子おばちゃんや!」
バスから降りると、姉貴はバス停の近くのベンチに座っていた、女性に駆け寄った。 初子おばちゃん。お袋の妹。俺ら二人を引き取ってくれた人。
おばちゃんは優しい笑顔を見せて、立ち上がった。
「遥ちゃん、隆平君、大きくなったねー!じゃ、行こっか」
姉貴はおばちゃんの横に並んで、歩き始めた。 俺もその数歩うしろから、周りの景色を楽しみながら足を進めた。
NO.2 ふくだ
12/23(火) 14:22 IP:60.56.141.204 削除依頼 「もう、すっかり東京の人なんやね、おばちゃん」 「そんなことないわー!二人が来てくれたから、大阪のおばちゃんに戻るわ!」
楽しそうな会話が前から聞こえてくる。姉貴も嬉しそうだ。
それもそのはず、俺たちは、初子おばちゃんが五年前に東京に嫁いで以来、 まったく会っていなかった。 もちろん、親父たちの葬式には顔を出してくれていたが、喋る余裕もなかった。 だから今回が、本当の五年ぶりの再会ってことになる。
俺らもだけど、おばちゃんもまったく変わってないところに安心した。
「ここ、おばちゃんのお家。今日から二人のお家にもなるんやな」
視界に入ってきたその家は、なかなかのものだった。 築五年らしい外観はやはりまだまだ綺麗で、 おばちゃんの趣味のガーデニングが活かせる、広い庭が目の前に広がっていた。
「ほらほら、早く入って!重たいやろうし、荷物も置きやー」
家の中からおばちゃんの声が聞こえる。 また、アホみたいに見とれてしまっていたようだった。 俺は慌てて、玄関へと向かった。
「おじゃまします」 「違うでしょ、隆平君。ここは二人の家やの。帰ってきたら言うことは?」 「……ただいま」
おかえり、と、おばちゃんは優しく微笑んで頷いた。 “ただいま”“おかえり”のやり取りが、こんなにも心地良いなんて思わんかった。 親父たちが死んでから、姉貴とこういうやり取りは、全然しなくなった。 たぶん、幸せだったあの頃を思い出してしまうからだろう。
それでも、久しぶりに耳にした“おかえり”は、めちゃくちゃ嬉しかった。
NO.3 ふくだ
12/23(火) 14:36 IP:60.56.141.204 削除依頼 「なぁ!ちょっと周りぐるって一周してきてもええかな?」
急に思い付いたことを、すぐに実行したがるのが俺の性分だった。 荷物を置いて間もないのに、あわただしい俺のわがままにも、 おばちゃんは笑いながら“行っておいで”と言ってくれた。 その言葉を聞いて、俺は携帯片手に家を出た。
「へぇー……ほんまにここ東京なんや」
携帯のナビを眺めながら、ゆっくりと歩く。 俺は、見知らぬ町をこの機械だけを頼って、探検するのが好きだった。 ナビは確実にこの場所を“東京”と表示していた。
しばらく歩いていると、公園を見かけたので、立ち寄ってみることにした。 すべり台と、ブランコが二台と、水飲み場があるだけの小さな公園。 子どもたちは遊びに来ていないみたいで、俺は近くのベンチに腰掛けた。 ちょうど夕陽が沈みだした頃で、それを眺めているうちに、変な感覚に陥った。
「……ここでやっていけるかなぁ」
なんて、性に合わないネガティブなことを呟く。 どうしたんや隆平!俺らしくない。もっと明るいひょうきんな奴なはずやのに!
そういえば、東京行きが決まった頃から、何となく気分が優れなかった。 こんなんで本当に大丈夫なのか、と自分で少し心配になった。
落ち着いたところで、おばちゃん家に戻ることにした。 おばちゃんと姉貴は二人で晩飯の用意をしていて、リビングにはご馳走が広がる。 その中には俺らが持ってきた“点々”のギョウザが乗った皿もあった。
よだれが出そうになりながら、椅子に座って待っていると、功一おじさんが帰って来た。 おじさんも変わってなく、俺を見るなり、顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。
NO.4 ふくだ
12/23(火) 14:37 IP:60.56.141.204 削除依頼 「うっまー!やばい、この生姜焼き!おばちゃん、料理めっちゃ上手いな!」 「隆平、あんたご飯の時ぐらい、黙って食べぃや」 「遥ちゃん、いいのいいの!私たちも賑やかになって嬉しいんやから」
なぁ?とおばちゃんが功一おじさんに問いかけると、おじさんは笑って頷いた。 俺は二人に甘えて、目の前の料理をがっついた。 なぜか緊張していたのか、昼飯を一口も食べてなかったのを思い出した。
「そういえば……隆平君、言うの忘れててんけど、明日学校行ってくれる?」 「んふ?……、明日もう行かなあかんの?」
口に含んでいたものを、お茶で流し込んでから、おばちゃんに聞いた。 するとおばちゃんは、後ろの棚から茶色の大きめの封筒を出して、俺の前に置いた。
「そうそう、昨日もう制服も届いてあるから、それに着替えて明日行ってほしいの」 「校長先生に挨拶は、僕も一緒に行くつもりだから。隆平君は安心していいよ」
テーブルの上で手を組んで、微笑みながら、功一おじさんは言った。 特に心配はしていなかったけど、おじさんが言うと、本当に安心できる気がする。 俺は深く考えることもなく、おばちゃんにしっかりと頷いた。
晩飯を綺麗に食べ終えて、俺は荷物を持って、自分の部屋となる部屋に向かった。 まだ何も家具が入っていないと思いきや、 机やベッド、洋服ダンスなど必要最低限のものを置いてくれていた。 俺の趣味に合わせてくれたのか、ほとんどの家具が黒を基調としたものだ。
「うわ、テレビもあるやん!……夜更かししてまいそうやな」
ひとりで苦笑しながら、カバンから服やら下着やらを取り出して、タンスにしまう。 こうしていると、なんか不思議な気持ちになった。
今までとは違う、新しい環境に来たのだ、という気持ちに。
NO.5 ふくだ
12/23(火) 14:53 IP:60.56.141.204 削除依頼 「おばちゃーん、この制服、これでええんかな?学ラン初めてやー」 「あら、隆平君、似合ってるやないのー!うん、七高に決めてよかったわ」 「ええなー。七高って東京でも制服イイって人気らしいし……うらやましい」
姉貴はココアをすすりながら、玄関に立つ俺を恨めしそうに見ていた。 大学生やから、私服やもんな……俺はその方がうらやましいけど。 そうこうしているうちに下駄箱の上の時計の針は、出発する時間を示していた。
「よっしゃ、ほんなら行ってくるわ!」 「行ってらっしゃい、隆平君。気をつけてね」 「寄り道せんと帰ってくんねんでー」
わかってるわ、と思いつつ、その言葉は心の中で留めておいた。 俺は、ストラップをゆるめにしたリュックを背負って、家を出た。 外では功一おじさんが、車の運転席で俺が来るのを待っていてくれている。 おじさんに手を挙げて、助手席に乗り込んだ。
「よっしゃー!おじさん、ガンガン飛ばしていこぜー!」 「了解、ちゃんとシートベルトしとくんだぞ?」
おじさんは歯を見せると、おもいっきりアクセルを踏む真似をした。 東京の人やけど、初子おばちゃんに影響されてるのか、大阪のノリ分かってる。 俺が満足げに笑って、シートベルトを装着したのと同時に、車が出発した。
「へーえ、なかなか綺麗なとこやな!」 「七高ってこの辺でもまだ新しくて、人気の学校だからね」
校門をくぐって、歩きながら校舎を見上げた。 開校して三年らしく、まだまだ新しい外観は、本当に綺麗だった。 俺は少しニヤけつつ、おじさんと校舎内に入った。
NO.6 ふくだ
12/23(火) 14:53 IP:60.56.141.204 削除依頼 「―――で、ですね。杉浦君は、2-Cになります」 「C組!俺、ABCとか初めてやー!なんかドラマみたいやん!」 「こらこら、隆平君」
功一おじさんは笑いながら、俺を諭した。 思わず出た言葉に、俺は少し恥ずかしくなりながら、目の前の校長に頭を下げた。
その後、俺の担任になるらしい女性が現れて、教室へと案内向かうことになった。
「私、田中まゆみ。いろいろと分からない事があれば、何でも聞いてね」 「はい!ありがとうございますー」
田中先生は小柄で、茶髪のボブヘアーがよく似合っている。 校長の話によると、教師歴十年と結構長いらしい。若く見えるのに、意外。
さっきの校長室のある階より一つ上の階に、2−Cの教室はあった。 中からガヤガヤと生徒達の声が聞こえる。
「それじゃ、入ろうか」
先生は教室のドアの取っ手に触れて、がらがら、と開け中に入った。 後についていくように、俺も教室内に脚を踏み入れると、 さっきまで騒がしかった生徒達がぴたり、と止み、視線は俺の方へと注いでいた。
「ホームルームを始める前に、まず転校生を紹介するからね。杉浦君、どうぞ」 「あ、はい」
たくさんの視線を浴びながら、教壇に立つ。悪い気はしないな。 俺は小さく深呼吸をすると、口を開いた。
「初めまして!大阪から転校してきました、杉浦隆平です!仲良ししてください!」
NO.7 ふくだ
12/24(水) 01:18 IP:58.70.78.244 削除依頼 友達百人できるかな?
なんて心配はひとつも要らなかったみたいだ。 ホームルームのあと、俺の周りにはたくさんクラスメイトがやってきた。 関西人が珍しいのか、やたらと質問を投げかけられた。
――やっぱりおもしろいの? ――芸人見た事ある? ――関西弁しゃべって!
俺はどの質問にも抜け目無くしっかりと答えた。 すると思っていた人見知りもまったくせず、普通に受け答えができた。
そのおかげで……
「隆平!おまえ、昨日のあれ見た?」 「おー見た見た!あいつらのネタ最高やったわー!おもろかった!」
「杉浦君おはよう!」 「おはよー、あれ?なんや髪の毛切ってるやん!似合ってる似合ってる!」
普通なら、二、三日で新鮮味が無くなり、かまってもらえないものみたいだが、 俺はその二、三日でクラスメイトのほとんどと友達になることに成功した。
それもこれも、人当たりの良かった両親の血のおかげだ。
「篠宮、おはよー!今日もええ天気やな!」 「……」
だけど、俺にはまだ友達になれていない奴がひとりだけ居た。
NO.8 ふくだ
12/24(水) 01:30 IP:58.70.78.244 削除依頼 「お前、まだ気にしてんのかよ、篠宮のこと」
昼飯時、俺は親友(勝手に名乗ってる)の広瀬孝也(通称:タカ)と飯を食っていた。 あまりにも俺が落ち着きの無い態度を取っているのに、いらいらしたのか、 少し低めの声でタカはそう言った。
「当たり前やろ。篠宮だけやねん、まだ友達になってないのは」 「物好きだよ、まったく。篠宮に話しかけようなんて思ってんのは」
篠宮、とは俺のクラスメイトで、隣の席に座っている、篠宮直子のこと。 休み時間でも自分の席を離れることなく、常に読書をしている篠宮は、 クラスではまったく目立たない、はっきり言って地味な性格の女子だった。
昼休みの今でさえ、友達と机をくっつけるでもなく、ひとりで弁当を食っている。
それでもせっかくの縁なんやし、と友達になりたいから、話しかけようと試みるも、 いつも冷たくあしらわれる(ほとんど無視)ばかりで、どうしようもなかった。
「タカは喋ったことあるん?篠宮と」 「あるわけないだろ。何の接点も無いし、挨拶すらもしたことないな」 「冷たいなー、タカは」 「ばか。ま、けど隼人なら一回でもあるかもな、話したこと」
タカはそう言って、視線を教室のドア付近に移した。 そこには、くるくるヘアーの女子と談笑している男の姿があった。 そいつは俺らの視線に気付くと、女子に何かを言って、こちらにやってきた。
「いやー、まいったね!さっきの女の子、俺のこと好きなんだって!」
ひゃっひゃ、と子どもみたいに笑いながら、近くの椅子に座った。
こいつは安西隼人。俺のもうひとりの親友で、無類の女好き。 ……確かにこいつなら、なんか知ってるかもしれへんな。
NO.9 ふくだ
12/24(水) 01:31 IP:58.70.78.244 削除依頼 「え?篠宮と?」 「おん。おまえやったら一回ぐらい喋ったことあるやろ?ってタカとゆうてて」
タカの机で片方の肘をついて、隼人の方を見る。 隼人は、記憶を辿るように視線を天井に向けながら、んー、と唸った。 しばらくして、思い出したのか、視線を俺らの方に戻した。
「あるある!一年の終了式のときなんだけど、あいつハンカチ落としたんだよ。 それで俺が拾って、渡したんだー。けど一年から既に愛想悪かったからさ、 どんなだろって思ってたんだけど……」
隼人は、コンビニ袋からパンを取り出し、袋を開けて、ぱくりと一口食べた。 その始終を俺ら二人は、待たなくてはならない。 それを飲み込んだあと、また隼人は口を開いた。
「けど、その時笑ったんだよ!あの地味で根暗な篠宮がさ!びっくりだったね」 「へえー……意外だな」 「ほんなら絶対喋れるやん!可能性はまだあるらしいわ、タカ!」 「よかったじゃん」
冷め切っているタカを尻目に、俺は浮かれていた。 あの女好きの隼人に笑いかけるぐらいだから、きっと大丈夫に違いない。 これで2−Cコンプリートできる!そんな考えでいっぱいだった。
NO.10 ふくだ
12/24(水) 01:54 IP:58.70.78.244 削除依頼 俺は、向こうから喋ってくれるよう、仕向けることが大事やと考えた。 五時間目は作戦を練り、六時間目にそれを決行する。
最初の作戦は、授業中に見つめる!これなら否が応でも反応するやろ!
さっそく実行してみることにした。
「……」 「……」 「……」 「……なに?」 「うっわー!喋ってくれた!うそ、やばい!俺めっちゃ嬉しい!」
「杉浦うるさい」
数学の関先生に怒られてしまったけど、俺の心は晴れ晴れしい。 先生をうまくあしらったあと、ちらっと篠宮を見てみた。 ……笑ってない。真顔だった。残念、としか言いようが無い。
でも!たった二文字でも言葉を交わしたことが、俺にとっちゃ第一歩やな。
ただ、少しだけ、篠宮の目が悲しそうに見えたのが、気になった。
NO.11 ふくだ
12/24(水) 02:09 IP:58.70.78.244 削除依頼 「杉浦くーん、初日から悪いけど出前行ってくれる?」 「あ、はーい!」
おばちゃん達との生活も、学校生活も慣れ始めた俺は、バイトを始めた。 学校の最寄の駅前のラーメン屋だ。活気があって、すぐに溶け込めた。
出前先は何と渋谷の風俗街。こんなとこ初めて来るから、なんか落ち着かない。 ピンク色のネオンが辺りでちかちかと光っていて、目が痛かった。 地図を頼りに向かったところに、そのキャバクラらしき店があった。
「全部で1800円です」 「はい、どーぞ!……キミ可愛いねー?いくつ?」 「え?いや、じゅう、ななですけど」
俺がそう言うと、休憩中らしい店の女の人たちはやたらと騒いだ。 みんなケバケバして、クルクルして、モリモリのファッションで……さすがキャバ嬢。
香水の匂いがきつすぎて、気分が悪くなった俺は、そそくさと店を出た。
「あー……あかん、俺絶対オトナなっても行かれへんな」
深い溜息をついて、持っていたおかもちを一旦地面に置く。 気持ち悪さを紛らわすために、深呼吸をした。
そのときだった。裏口の方で何やら言い争っているような声が聞こえた。
「ちょ、やめてください!困りますっ」
声を聞いているだけでも、女の方が嫌がらせを受けているのが分かった。 少しだけ楽になったのが分かったから、助けに行こうと裏口へと向かった。
NO.12 ふくだ
12/26(金) 12:13 IP:60.56.95.196 削除依頼 「なぜだ!俺の事が好きだって、言ったじゃないか!」 「だから、あれは違う意味で言ったんです、私的に言ったのではありません!」 「は、君はきっと照れてるんだろう!そうなんだろう!」
声のするほうに行ってみると、会社員らしい男が、キャバ嬢っぽい女の子に、 大声で迫っていた。 女の子の方は、男から目を逸らして、明らかに嫌がっている。
……助けないと そんな気持ちが突然湧いてきた。 すうっ、と一息吸って、俺は声を出した。
「なぁ、手、離せや」
「……」 「……」
襲い掛かってきた男から逃げるように、女の子の手を取って、走り出した。 結構走って、視界に入った公園に逃げ込むように入っていって、 二人とも息を整えながら、その場にしゃがみこんだ。 女の子はそのまま黙っている。
「それにしても、あのオッサンなんやねん……近くの棒振り回してくるとか」 「……」 「あ、せや……怪我、ないか?急に走ったりしたから、靴擦れとか……」
俺はキャバ嬢の女の子の前にしゃがんで、顔を覗き込んだ。 ふと、目が合った。……あー、なんか可愛いな。 その子は、俺の目を見ると、はぁ、と深く溜息を吐いて呟いた。
「……あんたって、ほんとばかだよね。てゆか、けーわい」
NO.13 ふくだ
12/26(金) 12:13 IP:60.56.95.196 削除依頼 「は?」 「……」
意味が分からなかった。KY……?何で俺が。 急に言われた言葉に、少しカチンとなりつつ、その子の目をじっと見ていると、 頭を抱えながら、鞄からメガネを取り出して、それを掛けた。
メイクをしていながらも、絶対に見覚えのある顔だと、俺は気付いてしまった。
「ったく……どうしてくれんのよ、コンタクト落としちゃったじゃない」 「……」 「こんな格好で店戻れないし……さいあく。って、聞いてる?人の話」 「や……なんで、お前、ここにおんねん」
そこにいたのは、紛れもない、俺が友達になりたかったはずの、篠宮直子だった。 篠宮は、俺の質問を無視して、ムッとイラついたような表情で、携帯をいじっている。 まさか……ありえへん。 混乱する気持ちを抑えているので、俺は少し低めの声で聞いてみた。
「なあ、って。何で篠宮、そんな格好してんねんな?」 「別に?やりたいからやってるだけ。てゆか、理由なんか話したくない」 「そーか、けど、こんなん続くんやったら危ないやん。やるなら他の仕事やりいや」 「いちいちうるさいなぁ……あんたには関係無いでしょ?」
その言葉にちょっと腹が立ったけど、また抑えた。 どれだけ着飾ってても、メガネを掛けているうちは、篠宮にしか見えなくて。 俺が友達になりたいと思っていた篠宮には変わりは無い。
それなら。
「わかった。辞める気ないんなら、俺が毎日篠宮のボディーガードなるわ」
NO.14 ふくだ
12/26(金) 12:14 IP:60.56.95.196 削除依頼 「……はぁ?」
篠宮は、携帯から視線をこっちに向けて、呆れた表情で俺を見た。 その反応は当然だった。俺が篠宮の立場でも、たぶんそう思うだろう。 しゃがんでいた篠宮は立ち上がると、さっきの表情のまま、俺を見下ろした。 俺は屈んだまま、少し満足げな顔で篠宮を見上げた。
「まだやるんやろ?キャバクラで。ほんなら、俺がボディーガードなるって」 「意味わかんないんだけど。何であんたが、あたしを助けるのよ」 「んー…………」
表情を変えない篠宮に言われた言葉を、頭の中で反芻する。 なぜ、って聞かれたらちゃんとした理由は出ない。 ……でも、
「友達助けるのに、理由なんか要らんやろ」 「……は?」 「そういうこと」 「……い、みわかんないってば。第一友達って、認めてないから。うざいよ」
え、と俺が声に出す前に、篠宮は俺に背を向けて、公園を出て行った。 うーん、ちょっとクサかったかな、さっきのセリフ。 頭を掻きながら、俺は少し反省をした。
けれど、俺にとってはこれが篠宮との第一歩だと思った。
NO.15 ふくだ
12/26(金) 12:31 IP:60.56.95.196 削除依頼 *://
店の周辺に着くと、男がいないか確認してから、中に入った。 今日は具合が悪いと、嘘を吐いて先に帰らせてもらうことにした。
“俺が毎日篠宮のボディーガードになるわ”
帰り道、クラスメイトに言われた言葉を思い出す。 満足げな顔をしていたのも、同時に脳裏に浮かんだ。
「……何、あいつ」
どうして一言しか喋ったことのない、あたしなんかに構ってくれるの。 そのあと、あいつ、何て言ったっけ?
“友達助けるのに、理由なんか要らんやろ”
何よ、それ。 友達なんかになった覚えはないのに、クサいセリフだ。 思わず悪態を吐いて逃げ出してしまったんだっけな。
明日も学校で会うんだと思うと、自然に溜息が出そうになる。 本当にうざい男だ。
だけど、なんだろう? どうして、さっきの言葉で、心が暖かくなるの? まったく、あたしらしくない。
……杉浦隆平。本当に変な奴。
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