『ホツマツタヱ』〜ソサノオの話(6)ソサノオに罪はあるか?
しばらくお休みしてしまいましたがソサノオの話の続きです。
さて、ソサノオの罪科は数え上げると1000クラとなり、365クラの死罪の3倍にも当る三段死(みきだがれ)と決まりました。普通の死刑より3倍苦しむ刑罰ということでしょうか。髪を抜かれ、爪も抜かれて、それでも足らずにいよいよ殺すという時に正后のセオリツヒメから勅使が送られて来ます。
「ウケモノ(食べ物の神様)に祈り、妹ハナコの魂は黄泉の国へ無事送り届けました。ハナコを殺した400クラの罪はもう償われています。本当の罪がどこにあるかを明らかにしましょう。ソサノオが行なった乱行はもとはと言えばアマテルカミと同じこの血統(ちすじ)がよくない虫に蝕まれた故のもの。本人に罪のない者をいつまでも牢に入れておくべきではないのはないでしょうか。」
このセオリツヒメの詔(みことのり)を受けて、群臣たちが諮った結果、天に悖(もと)る重い罪ではあるが、本来の性はアマテルカミと同じ血統であるとの判断により罪を半減、最終的には「人との交わりを禁ずる」という第3段階の処分となりました。菅(すげ)の笠を被り、青草の簑を纏い、来る日も来る日も生きる糧を這って求める、そんな流浪する下民として追放されたのです。
さて、アマテルカミのその後の治世は正に天を照らすようであり、人々の顔も晴れやかに楽しげでしたのでミチスケが次のように歌いました。
アハレ アナオモシロ
アナタノシ アナサヤケ
オケ サヤケオケ
アワレ オモシロ
サヤケオケ アナタノシ
<天晴れて 何とみんなの顔の明るいこと
何と楽しいこと 笹の葉のように 何と清々しいこと
笹の葉と オケラ草もて
天は晴れ みなの顔も明るくて
笹の葉と オケラ草もて ああ楽しい>
みんな一緒に手を打ち伸べて歌い、舞います。「チハヤフル」つまり千もの岩が震えるほどに人々はこの時を楽しんだのでした。「千早振る神代」と歌に詠われるのは、この時の幸せな時代のことなのでしょう。そして、この時の歌と踊りが神楽の始まりとなったのです。そしてアマテルカミのことを「アマテラスオオンカミ(天照大御神)」と呼んだのです。
さて、流人となったソサノオは、アマテルカミの詔を受けてネノクニに行こうとします。その前に嘗て自分を育ててくれた姉、シタテルヒメに会いたいと申し出、許しを得て、ヤスカワへ向かうと、大地は踏み轟き、鳴り動くのです。姉はもとよりソサノオの荒々しい性格を知っていましたから、これに驚き、「弟が来るのは単に挨拶などではあるまい、きっと国を奪うつもりだ。嘗て両親が治めるようにとあの子に任せておいた国を今まで放っておいて、何を今更敢えて伺おうというのか、きっと何か企んでいるに違いない。」
シタテルヒメは髪を上げて髻(みづら)——髪を左右に分けて、耳のあたりで輪に結ぶ、よく『古事記』などの挿し絵でオオクニヌシノミコトなどがしている、あの髪型です——に結って、裳裾(もすそ)を縛って袴とし、五百勾玉(イモニマガタマ)を連ねた御統(みすまる)を身体に巻き、1000本の矢が入った靫(ゆぎ)と500本の矢が入った靫を肘に付け、弓弾(ゆはず)をブンブン振り回して剣を手に、堅庭を踏んでその土を蹴散らし、稜威(イツ)の雄叫びを上げて、「貴様、何しに来た!」と男のように怒鳴りちらしました。ソサノオは、「姉さん、何もそんなに怖がらないで下さい。昔からネノクニに行けと言われていたのです。一度姉さんに一目会ってから行きたいと、そう思っただけです。わざわざ遠いところをこうして来たのですから、そんなに疑わないで、男みたいに怒るのはやめて下さい。」と言います。姉のシタテルヒメは尚も問いかけます。「それで、本当のところはどうしたいと言うの?」
これに答えてソサノオは言います。「ネノクニに着いたら子供を生もうと思います。生まれた子が女の子ならば私の心はまだ穢れていると、そして男の子が生まれたならば私の心は清くなったと思し召し下さい。これが私の誓いです。昔兄のアマテルカミがマナイにいた時に御統(みすまる)の玉をそそいで身を浄め、モチコに産ませたのが男の子のタナキネでした。ところが、ハヤコを召して床神酒(トコミキ)を飲んで寝たその夜、兄は十握剣(トツカノツルギ)が3つに折れ、それをサガミに噛むと、3つの「タ」となる、という夢を見ました。そしてハヤコは3人の姫を産んだのです。そして兄は夢に因んで3人の姫に何れも「タ」で始まる、タケコ、タキコ、タナコの名を与えたのです。」
皆さんにはこれがどういう意味かおわかりでしょうか? 姫たちの父親は実はソサノオだということなのです。ソサノオが穢れた状態でハヤコと寝てしまったためにあの姫たちが生まれたというのです。アマテルカミはハヤコと寝た夜に夢でそのことに気づいたのです。3つ(ミキダ)に折れた十握剣とはソサノオが三段死(ミキダガレ)の刑を賜ることを予見していたのですね。とすれば、3つの「タ」も、普通に読めば「3つの田」でしょうが、「タ」がホツマでは父親のことを表すことを考えると、アマテルカミが折れた剣をガリガリと噛んだことで、三段死を賜る男が3人の姫の父親であることを明らかにしたと読めなくもありません。更に深読みすれば、「タ」のヲシテ(文字)は、丸い輪(和)の中に3つの光が射している形をしています。それ故、「タカラ」、「タマ」など輝くものとも関係しているのですが、アマテルカミはガリガリと噛んでこの不幸な状況を光輝く佳きものに変えるということなのかもしれません。尤もこのことは、まだ後にならないとわからないことではありますが……。
いずれにしろ、3人の姫の父親がソサノオであることは姉のシタテルヒメにも伝わったことでしょう。ソサノオは続けます。「ですから、ネノクニで子供を設けた時、それがまた女の子だったら、私の穢れた状態は変わっていないということ。その時は3人の姫を引き取り、恥をさらして余生を生きていくことにします。」
ソサノオはこのように誓い、シタテルヒメの許を立ち去って行きました。
これは後日譚ということになりますが、この3人の姫、オキツシマヒメタケコ、サカムエノシマヒメタキコ、イツクシマヒメタナコはその後大人になってから自らサスラヒメ(流浪姫)となって流浪の日々を送り、父ソサノオが犯した密通の過ちを償ってから再び九州に帰って来ています。
ところで、その昔、イサナギ・イサナミの両神(ふたかみ)はソサノオのことで、遺言とも言うべきものを残していました。それは次のようなものです。
「天の巡りが蝕まれて——日蝕とか月食のことでしょうか——いるのを写して、八尺瓊(ヤサカニ)の玉が濁っている時に交わって生まれたソサノオは、魂(タマ)が乱れ、国のクマ(病)をなす過ちを犯してしまいました。男は父親に導いてもらい大地である女性を抱きなさい。女は母親に導いてもらって天である男と共に寝なさい。結婚する時は必ず浮橋、つまり仲人を立てて嫁ぎなさい。女は月経の3日後に、身を浄めて朝日を拝んでから交わるならば、必ずよい子が生まれます。月経で穢れている時に孕んだ子は、必ず乱暴な子になります。また、言挙(ことあ)げの順番を間違えて女が先に声をかけた時には、その子を流してしまい、私たちの恥となってしまいました。こうしたことは全て、占いのもととして、後々に掟として伝えていきなさい。決してこれを忘れてはなりません。決して。」
「ホツマ」の宇宙観、人間観には独特なものがあります。子供が生まれる時、父親と母親から肉体を授かるわけですが、更にそこにその子の魂(タマ・シヰ)が宇宙の中心から現れ、肉体と結び付く、というのです。この魂は「タマ」と呼ばれる通り、美しい光の球体なのですが、周りの人の羨みや妬み、恨みといった邪なエネルギーによって、魂が肉体と結び付く、その付き方がおかしくなってしまうことがあるというのです。これによって弱い子供ができたり、乱暴な子供ができたりするのです。
これについてはまたいつか稿を改めて詳しくご紹介することにしますが、セオリツヒメホノコの、ソサノオ自身が悪いのではない、アマテルカミと同じ血が流れているのに、その血が邪なエネルギーで蝕まれてしまったことが問題なのだ、だからソサノオに死刑を賜ることが問題の解決なのではない、という発言、そして最後の、イサナギ・イサナミの、子供がこのような状態で生まれてこないように、親は身を浄め、自分達の状態をよくしてから子をなさせねばならないという遺言は、現代に生きる私たちにも通じるものではないでしょうか。悪いことをした子供や人そのものを憎んで罰するのではなく、本当は、何故その人たちがそんなことをしてしまったのかを鑑み、よりよい精神の子供たちが育っていけるような家庭環境、社会環境を創っていくことが私たち大人の責任であると思うのです。
それでは長くなりましたので、今日はこの辺で。
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