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          ユ キ ナ リタイトルNO.76097
      藤 、 08/08(金) 21:30 IP:202.216.52.234 削除依頼


 
              ユ  キ  ナ  リ
 

         愛 田  妃 菜  /  あいだ ひな
 
         飛 鳥  幸 成  /  あすか ゆきなり

         桐 谷  宏 人  /  きりたに ひろと
 
         七 瀬  麻 奈  /  ななせ まな

         宮 澤  恋    /  みやざわ れん

         山 下  芯    /  やました しん

         矢 野  葵    /  やの あおい

 
 



NO.1   藤 、 08/08(金) 21:47 IP:202.216.52.234 削除依頼



  ねえ ユキ、

  今でも覚えていますか

  
  貴方の周りに確かにあった

  あの優しさを

  あの温もりを

  貴方への愛を

  
  貴方は あの頃

  あの小さな背中で全てを背負い

  その全てを感じていたのですか、


  ねえ ユキ、

  貴方の周りには私にないものばかり

  あったような気がするよ


  そして それは

  今でも変わらず確かに此処にあるよ ―



 
              ユ キ ナ リ

 

 
  街中は緑と赤と白で彩られている

  誰が見ても

  もうすぐクリスマスなのだと実感するような

  そんな雰囲気がそこら中のお店から漂っていた

  寄り添いながら歩くカップル

  楽しそうに笑顔を輝かせて手を繋ぐ親子
  
  誰もがキリストの誕生日を祝っているように思える

  そんな優しい幸せな気持ちになれる特別な日

  ― クリスマスイヴ


  薄暗いどんよりとした天候は

  今にも小さな白い埃を落としてくれそうだ

  ホワイトクリスマスイヴ、

  なんて素敵な言葉をふと思い浮かべた


  けれど 寒がりな私にとって雪なんて

  最も苦手とするものなわけで

  子供の頃 素直に喜べていた自分が

  雪を嫌がるような年齢になってしまった事に

  私は苦笑するしかなかった


  ちらりと腕時計に目をやると

  夕方の6時を指していた

  私は思わず小走りになる

  待ち合わせの時刻は午後6時

  今から走れば5分程度の遅刻で済むだろう




NO.2   藤 、 08/08(金) 22:00 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 おい 」



  走る度になるブ−ツの音を気にしていると

  後ろから誰かに声をかけられる

  私は思わずそちらの方に目を向ける

  
  喫茶店から出てきた

  黒いス−ツに身を包み煙草を片手に

  私に向かってそっと微笑み手を上げている

  少し額に滲んだ汗を私は感じる

  真冬だというのに汗をかくなんて

  だいたい 汗をかくなんて何年ぶりだろう

  自分がどれだけ運動していないか痛感する



  「 … 宏君 」


   
  一応 後ろに疑問符をつけて聞いてみた

  でも 変わらない容姿は絶対に彼だ

  
  変わらない黒髪と整った眉毛に

  鼻筋が綺麗に通った鼻

  それに少し奥の深い目

  最後にあった時と変わったのは

  前より少し伸びた髪の毛だろうか



  「 久しぶりじゃん 」

  「 ていうか 遅刻だよ 」

  「 ああ いいって

    俺らより遅刻魔居るしな 」



  煙草をす−っと吸い込み

  煙をいっきに吐き出してから

  宏君はそのまま煙草を地面に押しつぶす


  冷たい風が頬を刺激した

  私は宏君の言葉でなんだか懐かしい気持ちになる

  

  「 芯とか 」

  「 恋とかね 」

  「 … ユキとかな 」



  二人して言い合って言葉を止めた

  そっと空を見上げると

  先程変わらない灰色の雲が一面を覆っていた




NO.3   藤 、 08/08(金) 22:31 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 おっそいよ 二人共 」



  安心して歩いていた私達に向けられた第一声は

  予想外のその一言だった

  遅いといっても10分程度の遅刻だったのだが

  もっと遅れてくるはずの二人が

  既に揃っていた事に驚きだった



  「 もう 麻奈 … じゃなくて

    私なんて10分前から来てたんだから 」



  白い息を吐きながら

  頬と鼻のてっぺんを赤く染めた麻奈が

  携帯を私の前へ突き出した



  「 ごめん ごめん 」
  
  「 んじゃ まあ 揃った事だし

    とりあえず向かうとしますか 」



  そういって麻奈は笑顔を見せると

  話し込んでいる三人を呼んだ


  髪の毛が一段と明るくなった恋は

  緩いパ−マををかけて高校生の時より

  とても落ち着いたように思えた

  神戸の専門学校に入ったからか

  服装もがらりと変わっていた


  芯は恋とはうってかわって

  雰囲気は全く変わっていなかった

  ただ オレンジだった髪の毛は

  さすがに就職に響くのか茶色になっている

  変わらず笑顔が絶えないところは

  芯のいいところだと思う



  「 どうしたの 」



  いつもなら皆より数歩後ろを歩いていた宏君が

  今日は両脇に騒がしい二人を抱えて歩いている

  そんな光景を目の前にして

  自然と顔が緩んでしまっていたのか

  麻奈が振り向いて問いかけてきた




NO.4   藤 、 08/08(金) 22:41 IP:202.216.52.234 削除依頼



  なんか懐かしいなと思って、

  そう私が麻奈に笑いかけると

  麻奈はゆったりとした優しい表情を見せた


  
  「 そうだね

    あれから もう5年だもんね 」



  麻奈はそう言いながら遠くを見つめた

  瞳には薄っすらと涙の膜を感じる

  私は思わずそこから目を背けた


  どこか大人っぽくなってしまったのは

  やはり月日が経ったという事で

  けれど 変わらないものがあるのは

  私達の友情と愛情なのだと思う

  例え離れてしまったとしても

  変わらないそれがある限り

  きっとまた こうして巡り合える



  「 麻奈ね 今でも信じられないんだ 」



  高校三年生になって受験シ−ズンが到来すると

  一年前には考えられないくらい真面目になっていた

  真剣に将来 就きたい仕事について考え始め

  受験や面接に向けて必死になっていた


  その頃 自分の事を 

  「 麻奈 」 と呼んでいた麻奈は

  必死で 「 私 」 と呼ぶ練習をしていた

  けれど 最終的には私達の前では

  気持ちが緩んでか 麻奈 しか言えない状態に

  なってしまっていた

  
  麻奈と昔の話や今の話を聞いていると

  前に歩いていた三人の足が止まった

  目的の場所に先に着いたらしい

  私達も少し足を速めてそちらへと足を運んだ


  5年前

  私達が悔やんでも悔やみきれなかった感情を

  全てここで涙として流した場所

  全ての感情を

  優しさを 怒りを 悲しみを 愛情を

  全力で此処に投げつけ注ぎ込んだ


  あの日の後悔に勝るものなんて

  きっとこれから先もこの世には無いのだと

  私達は涙を流した




NO.5   藤 、 08/09(土) 11:25 IP:202.216.52.234 削除依頼



   ― 20XX年 6月 24日

 

  空は青く澄んでいた
 
  思わず手を伸ばしてしまったのは

  届かないと分かっていながらも

  もしかしたら、 という希望が

  まだ心に残っていたからなのかもしれない


  手を伸ばした瞬間

  そっと揺れた小さな影

  太陽の逆光で全く捕らえる事はできなかったけれど

  確かにそれはあった

  学校の屋上、 なのだろうか

  誰かがそこに立って私を見ていた

  きっと 錯覚ではない



  「 ええ 今日から転校する事になった

    愛田妃菜さんだ

    分からない事が沢山あると思うが

    みんな 相談にのってあげるように 」



  深く深呼吸をするとその影はなくなり

  私は不思議に思いながらも校門をまたいだ

  今日から私はこの学校の生徒になるのだ

  真新しい着慣れない制服は

  なんだか 数ヶ月前までの入学式を思わせる

  たった2ヶ月という短い間の高校生活は

  友達に完全に溶け込めずに終わってしまった

  そして 新たに始まる高校生活に

  私は不安を覚えていた


  担任のありきたりな紹介を経て

  私は教室に入るように促された

  一歩 そこへ踏み出すと

  ざわざわと騒ぎ出す生徒達

  
  これが私の友達になる人たち 、


  そう思うと教壇に立った瞬間

  鳥肌が全身を包んだ



  

NO.6   藤 、 08/09(土) 11:34 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 愛田妃菜です 」



  教壇に立ちぐっと視線を上げて

  教室中を見渡した

  後ろの黒板には月曜日から金曜日までの

  時間割がびっしりと書かれていた

  持ち物や宿題などもきっちりと書かれている

  その下にあるロッカ−には

  生徒たちのネ−ムプレ−トが貼ってあり

  中には体操着や机に入りきらない教科書などが

  溢れるようにして詰められていた


  けれど 私の目が一番に向かったのは

  そんな学校生活における大切なものではなかった

  窓際に用意された5つの空席

  ペンキかマジックで大きく落書きが施されている

  どう考えてもそこの空席だけが異空間だった

  先生も生徒達もまるでそこが見えていないような

  机の存在自体を消し去ろうとしているようだった



  「 愛田さんって彼氏とか居るんですか 」



  短すぎる私の自己紹介の後
  
  あまり乗り気ではなかったけれど

  質問タイムが用意された

  
  一人の女の子が遠慮がちに

  けれど どこか図々しく名乗り出ると

  皆が盛り上がるような質問をした



  「 … 特に居ない かな 」



  私があっさりと答えると

  男子たちからわざとらしい歓声が聞こえる
 
  女子もそれに合わせて男子たちと笑いあう


  なんだか 此処の雰囲気は好きじゃない

  女子は皆 男子に媚びているようで

  男子は小学生がそのまま高校生になったような

  そんな様子さえ見せていた


  飛びぬけて可愛かったり派手な女子も居ない

  どちらかといえば

  眼鏡や長いスカ−トが目に入った




NO.7   藤 、 08/09(土) 11:40 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 じゃあ 好きな人は居ましたか 」

  「 や … それも ― 」

  「 居まあす 」



  ニヤつかせた男子の質問に

  律儀に答えようとした私の言葉を

  誰かが上から塗りつぶす

  全員の表情が強張るのを私は感じ取った

  そして 視線は後ろの扉に注がれた



  「 いやん 可愛い女の子 」

  

  先程 私の言葉に被せてきたのは

  どうやらこの男子生徒のようだった

  扉の前でこちらを見て笑っている

  笑顔がとても可愛いオレンジ色の髪の毛をした

  優しそうな猫のような少年



  「 え どれどれ 」



  その少年を割って入るかのようにして

  手で頭を右に押しのけて姿を見せたのは

  茶色いストレ−トヘアの女の子

  次から次へと現れる個性の強い人物

  それが誰なのかは聞かなくとも分かった

  おそらく あの5つの空席の人たち



  「 やめろよ お前ら 」



  仲良く腕を絡めて私を観察していた二人を

  制するかのようにして後ろからまた続いて入ってきた

  短髪で黒髪の少年

  二人より身長は遥かに高い

  180センチはあるだろう


  私はその少年と目が合った瞬間

  なんだか 自分が恥ずかしく思えた

  冷静なその瞳は私の中を見透かしているようだった




NO.8   藤 、 08/09(土) 11:51 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 一体 なんなんだお前らは 」



  焦ったように私の前に立ちはだかって

  担任は三人に向かって怒鳴り始めた

  けれど 三人は全くその言葉には動じず

  ただ 後ろに立ち尽くしているだけだった



  「 何って うちのクラスに転校生来るって

    聞いたから見に来ただけなんだけど 」

  「 そうそう 誰もこんなクラスに

    用事なんてないんだけど 」

  

  黒髪の少年は何も言わずに

  前で憎まれ口を叩く二人をよそに

  ロッカ−にもたれかかりながら外を眺めている

  私もそれにつられて窓の外を眺める

  
  外は教室の雰囲気とは全く違い

  青一面が広がり 雲が点々としていた

  こんな風景を見ているだなんて、

  そう思い私がまた彼に視線を戻すと

  彼はゆったりとした笑みを私に向けていた



  「 な−にやってんの 」



  怒鳴り散らす教師とそれに動じないで

  楽しむようにして口々にそれに返答する生徒

  いがみあう三人の会話を割って入った声は

  男子にしては少し高いその声は廊下に響いた


  
  「 またやってんの 飽きないね 」



  弾ませたような口調

  語尾にハ−トや音符が見えそうだ

  私はその声の主を扉へ視線を向けて待った



  「 見苦しいからやめたら 」



  にっこりとした笑顔を見せたその少年

  髪の毛は金髪というよりは白色に近い

  白金と呼ばれるような色なのだろうか

  襟足は長く髪の毛は綺麗に逆立ちしている


  
  

NO.9   藤 、 08/09(土) 12:03 IP:202.216.52.234 削除依頼



  全身から何かが抜け落ちた気がした

  駆け巡る血が沸々とし出したような

  そんな錯覚さえ感じた


 
  「 あ 」



  目と目が合った瞬間

  私は彼の虜になったように目が離せなかった

  彼の口から漏れる一言一言は

  私に向かっているはずなのに

  頭では全く理解できていなかった



  「 来て 」



  次に聞き取った言葉はその一言で

  ぐっと手を掴まれそのまま廊下へと

  走り出された

  後ろから担任が彼に向かって怒鳴っている

  けれど そんな言葉 聞こえない

  
  走る度に揺れる彼の耳に大量にぶらさがるピアス

  一体 全部でいくつ空いているのだろうか

  薄い唇は嬉しそうに口角を上げている

  大きな瞳は青色でカラ−コンタクトが入っている

  綺麗な二重の上にある眉毛は髪色と同じように

  金色に染め上げられていた

  漫画に登場するような鼻筋の通った鼻

  誰がどう見ても彼は美形だった


  
  「 俺 飛鳥幸成 よろしくな 」



  非常階段を上りきって

  錆ついた扉を開きやっとこちらを振り返って

  彼は満面の笑みでそう言った

  太陽の光が差し込み彼の笑顔を照らした

  
  

NO.10   藤 、 08/09(土) 12:12 IP:202.216.52.234 削除依頼



  私たちの後ろを追いかけてきたのか

  非常階段の下には先程の二人が

  息をきらしながら座り込んでいた

  中学校時代 陸上をしていたかいがあってか

  あまり息があがっていないのが救いだった


  それから少し遅れて黒髪の少年が姿を見せる

  歩いてきたのか呼吸一つ乱れていない
  
  黒髪の少年は二人に腕を一本ずつ差し出して

  同時に引っ張り二人はやっと立ち上がった



  「 もう 急に走るんだもん 最悪

    絶対化粧はげちゃってるよお 」

  「 俺 もう 駄目 」



  思っていたよりも速いスピ−ドだったらしい

  カツカツと音を立てながら三人は非常階段を上った

  私は飛鳥君に背中を押されるようにして屋上へ出る



  「 … あ 」


  
  思わず空を見上げた
  
  さっきよりもずっと近づいていた

  きっとほんの少しの距離なのだろうけど

  気持ちは精一杯 空に届きそうだった



  「 手 伸ばしてみたら 」


  
  からかうようにして飛鳥君は私の耳元で囁く

  やっぱり さっきの人は錯覚ではなかった
 
  多分 飛鳥君が私を見ていたのだ



  「 愛田 … 愛田妃菜 です 」



  私は空に向かって大きく背伸びする飛鳥君に

  遠慮混じりにそう言った

  飛鳥君は眩しそうにこちらを見て微笑んだ

  

  「 宮澤恋 山下芯 桐谷宏人 」



  飛鳥君はぴっぴっぴと指をさして

  一人ずつ名前を言っていった



 

NO.11   藤 、 08/09(土) 12:24 IP:202.216.52.234 削除依頼



  私が転校してきたこの学校は私立高校で

  正直 名前を書けば入れるような学校だった

  本当は公立を受験する予定だったけれど

  どこもこの時期に編入試験はなかなかしてもらえず

  あったとしてもとても難題ばかりで

  やっとの思いで入れたのがこの学校だった

  私立にしては少し古い校舎で

  見た目は公立とほとんど変わらなかった

  
  この学校は一年生でクリアさえすれば

  自然と二年生も留年なしで上がって卒業できる

  というようなシステムだった

  元々 私立で留年する事すら珍しいのだが

  一応 一年生からふざけてもらっては困る

  という意味を込めてのシステムらしかった

  だから 私は二年生で編入してきたので

  卒業はもう決定していた



  「 ねえ 助けてえ 」



  恋と芯の自己紹介を聞いていると

  後ろの扉から涙声が聞こえてきた

  振り返るとそこには可愛い女の子が立っていた


  髪の毛はセミロングくらいで

  ピンク色が混じったような茶色をしていた

  恋の化粧が濃いからか彼女の化粧は薄っすらで

  でも その薄い化粧がとても似合っていて可愛かった

  
  彼女はマスカラのせいでか

  とても長くなった下睫毛に涙を溜めて

  頭にクシをさしながらこちらに助けを求めていた



  「 何その頭 」

  「 恋 クシがとれないよお 」



  今にも涙が零れ落ちてしまいそうな

  子犬のような表情を見せて恋にすがりつく

  恋は膝立ちになって
 
  正座する彼女の髪の毛とクシと格闘し始めた

  私はその光景を黙って見ていた

  鼻水をすする彼女は正面に居る私にすら

  全く気付いていないようだった




NO.12   藤 、 08/09(土) 12:42 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 … あれ 誰 この子 」


 
  泣いていたような表情を

  がらっと変えて彼女は私に言った

  ぱっちりと開かれた目

  女の子の私でもドキッとしてしまう



  「 初めまして 愛田妃菜です 」



  思わず正座して深く頭を下げた

  すると彼女も同じように

  麻奈です、 と言って頭を下げた

  まるで結婚前に挨拶する花嫁のようだ

  恋は麻奈ちゃんが頭を下げた瞬間

  とれた と声をあげた


  
  「 やったあ 恋 ありがとう 」

  「 はいはい 毛抜けちゃったけどね 」

  「 わ 抜けすぎだよ これ 」



  クシには大量の毛が絡まっていた

  芯はそれを見て大声を出して笑い転げた

  隣に居た飛鳥君も同じようにして笑う



  「 笑いすぎだよ 失礼な男子め

    あ ていうか この子誰 」

  「 転校生だよ

    なんかさ ユッキ−が連れて来ちゃって 」

  「 へえ 幸が連れてくるなんて珍しいね 」



  麻奈ちゃんはクシを片手に

  飛鳥君の方へ顔を傾けた

  揺れる髪の毛はサラサラとしていて綺麗だ

  太陽の光を浴びるとうっすらとピンク色になる



  「 うん 今日から俺らの仲間 」

  「 え まじで言ってんの 」

  「 大まじだよ−ん

    俺のことは適当に呼んで 」

  「 … うん 」



  恋や芯が口々に驚きの声をあげた

  そんなに珍しい事なのだろうか

  それとも 私みたいなのはやっぱり

  この場所に不釣合いなのだろうか




NO.13   藤 、 08/09(土) 12:54 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 あのね 幸が仲間増やす

    なんて言い出したの珍しいんだよ 」



  そう麻奈はこっそり私に耳打ちした
  
  他の人たちは少し離れたところで

  円になってトランプをしている

 
  一年生でギリギリ進級できたから

  二年生はとにかく遊び放題で

  三年生からは気合入れて頑張るんだ、

  と麻奈は私に説明してくれた

  これは先輩からの受け売りらしい

  
   
  「 幸は昔からそうなんだけど

    仲間意識って奴がもの凄く強くって

    人間不信っていうのかな

    そんなところもあるから麻奈達からすれば

    幸に一発で認められた妃菜は凄いんだよ 」



  麻奈は両頬にエクボをくっきりと残して笑った

  私も思わず顔から笑みが零れてしまう


  麻奈の話に私は親身になって聞いた

  恋や芯との出会いとか

  どうやって 今の5人ができたのか とか

  色々な今までの出来事を聞いた

  それには悲しい話も混じっていたけれど

  ほとんどが楽しい話ばかりだった


 
  「 何話してんの 」

  「 あ 幸

    今ね 5人の歴史を話してたの 」

  「 ふうん 楽しそうだね 」

  「 うん もう麻奈達 親友だから 」



  そういって麻奈は私の肩を抱き寄せた

  なんだか あまりにも暖かくて

  とても嬉しい気持ちになった

  こんな数時間で打ち解ける事ができるなんて

  前の学校での2ヶ月間が馬鹿みたいだった



  「 んで 俺の事はなんて呼んでくれるの 」



  飛鳥君は人に自分の事を呼ばせる時

  指定するのではなくて考えてもらうらしい

  だから 人によって呼び方は様々だった
  
  麻奈は幸と呼び 宏君は幸や成と呼び

  恋と芯はユッキ−と呼ぶらしい

  時と場合によって変わるらしいけれど

  私はもう呼び方を決めていた




NO.14   藤 、 08/09(土) 13:00 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 幸ちゃん 」



  私がそういうと

  私の顔を見ていた幸ちゃんは目を丸くさせた

  かと思うと思い切り噴出して笑い始めた



  「 俺 そんな呼ばれ方 初めて 」

  「 うん だからそうしたの 」
  
  「 へえ 面白いね 気に入った

    いいよ 幸ちゃん うん ウケル 」



  幸ちゃん 幸ちゃん 、

  そう何度も幸ちゃんは自分の名前を連呼し

  ニヤニヤと口元を緩めていた



  「 幸には似合わない可愛い名前だね 」

  「 うるせえよ 」



  そう言いながら二人はじゃれ合った

  麻奈の説明によると二人は幼馴染らしいけれど
  
  まるで傍から見ればカップルそのものだった



  「 ゆ−き 」



  馬乗りになって麻奈をこそばかせていた幸ちゃんの顔を

  下から麻奈が華奢な両手で包み込んだ

  そして ゆっくりとその顔を近づけてキスをした

  麻奈の爪には薄いピンク色のマニキュアが塗ってある

  私は今見た光景に赤面してしまった



  「 え 二人は付き合ってるの 」



  思わずその光景を見て叫んでしまう

  笑いながら尚もじゃれ合う二人は

  私の言葉で動きを止めた



  「 ううん 幼馴染だよ ね 」

  「 な 」



  さっきのキスがまるで嘘のようだ


  私が頭の中で混乱していると

  隣に誰かが腰かけた

  隣を見ると宏君が座っていた



  「 成にとってキスは挨拶代わりだよ 」



  何かを悟ったようにそれだけ言うと

  宏君は目を瞑った




NO.15  ...彩夏 08/09(土) 14:04 IP:211.13.42.37 削除依頼



藤さんー!
次回作の制作がお早い(∀)

キャスト多くてビックリしましたが、
続きが気になりますb

ネクスト希望*。



NO.16   藤 、 08/10(日) 11:02 IP:202.216.52.234 削除依頼



     @ ...彩夏 様

  
      切り替え早くて申し訳ないです

      やっぱり昔のものに挑戦してみようかな

      と思ったんで早く仕上げたいのとで

      早めにスレをたてさせていただきました

      今回だけはキャストの読み方を

      しっかりさせておきたかったので

      多くさせて頂きました

      引き続き お楽しみ下さい




NO.17   藤 、 08/10(日) 11:24 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 … あ うん そうなんだ 」


  
  そう言ってみたけれど

  彼からの返答はなく寝息を立てているだけだった

  
  ク−ルなのか冷たいのか無関心なのか

  それとも私を受け入れてくれていないのか

  理由はよく分からなかったけれど

  さっきから見る限り 本当に笑わない人

  そして 無口で硬派っぽくて私は苦手だ


  6月下旬にもなると少し暑さを感じた

  まだ夏の始まりとまではいかないかもしれないけれど

  湿気のせいか今日はやけに暑かった
  
  フェンスで覆われた屋上には
  
  何が入っているのか分からないような大きなタンクが

  扉が設置された建物の上にあるのみで

  あとは一面 コンクリ−トだった



  「 こっから飛んだらさ

    気持ちいいと思わない 」



  フェンスに指をかけて
  
  グラウンドを眺めていると隣から声がふってきた

  少し顔を上げると幸ちゃんが遠くを見つめて言った

  なんだかその言葉に恐怖を感じた自分が居た


  
  「 … 飛んじゃ 駄目だよ 」



  ゆっくりと様子を伺うように言葉にすると

  びっくりしたような表情を私に向けて

  それからまたあの笑顔を見せた



  「 わかってるよ 飛ばないから 」



  そういうと幸ちゃんは

  そっと私のフェンスにかかる小指に

  自分の小指をあてて

  約束ね、 と笑った


  その小指の隣には銀色の指輪が光っていた




NO.18   藤 、 08/10(日) 11:29 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 よっしゃ 飯行くぞ 」



  その指輪に見とれていると

  ぱっと後ろを振り向いた幸ちゃんが言った

  

  「 妃菜歓迎会 」



  ニヤリとした笑顔を見せた

  私は思わず笑顔になる

  
  目を瞑って寝ていたであろう宏君は

  恋に叩き起こされている

  というより 優しく起こされていた

  まるでそこは二人だけの別世界

  きっと 恋は宏君が好き



  「 恋 何食いてえ 」

  「 オムライス 」



  そして その世界を割って入るように

  芯は恋に向かって問いかけた

  おそらく 芯は恋が好きなんだろう

  けれど 私は恋が左手薬指につけている

  指輪がどうしても気になった

  芯も宏君も手にはブレスレットのみで

  指輪なんてものはつけていなかった



  「 妃菜 ファミレスだって 」



  不思議に思っていると後ろから

  麻奈に手を引かれた

  幸ちゃんは先頭をきって歩いている

  腰までずれたズボンが今にも落ちてしまいそう

  黒色の革のブレスレットは

  細い手首を更に強調させているようだった



  

NO.19   藤 、 08/10(日) 11:38 IP:202.216.52.234 削除依頼



  学校を出て皆して歩き出す

  恋と芯と幸ちゃんと麻奈は

  四人でふざけながら前を歩いている

  そんな四人の姿を見るだけで心が和んだ

  まるで何年も前からずっと一緒のようだった



  「 入りたいなら入れば 」



  さっきまで後ろを歩いていたと思っていた宏君が

  突然 私の隣で歩き始めていた

  私は宏君の言葉に四人の姿がある事を悟った



  「 う−ん 私は宏君と歩いてる方がいいかも 」

  「 … うん てかさ

    その 宏君 ってどうにかなんないの 」


 
  君 をつけられる事に抵抗があるのか

  そう言って私を見た

  けれど なんだか宏君は呼び捨てにできない

  雰囲気をもっていた



  「 どうして 」

  「 やり辛い 」

  「 いいじゃん 宏君 」

  「 まあ よく分かんねえけどな 」



  そういって宏君は口元を緩めた



  「 あ 今 笑った 」

  「 は 」

  「 笑ったところ 初めて見た 」
  
  「 笑ってねえよ うぜえな 」

  「 え 笑ったじゃん 」



  そんな言い合いをしていくうちに

  二人共 無機になっていた

  前から送られる四人の視線

  四人の隣にはファミレスが建っていた




NO.20   藤 、 08/10(日) 11:42 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 何やってんの 」

  「 早く行こうよ 」



  笑いながら四人は私たちに言う

  私は宏君を置いて走り出す

  宏君も後から続いて走って来た


  ファミレスに入ると冷たい冷房が

  肌を刺激した

  外が結構 暑かったからか
 
  余計にその冷たさは肌に響いた


 
  「 やった いつものとこ空いてんじゃん 」



  お昼時だからか人は多かった

 
  学校から10分程度で着いたので
 
  放課後は学生で溢れる事は想像できた

  そして こんなところにあるのだから

  幸ちゃん達がよく立ち寄っているのも

  なんだか 想像できた



  「 じゃあ 主役だから

    今日は特等席譲っちゃおうかな 」



  麻奈は窓際に座る幸ちゃんの隣に

  私を押しやった

  そして 私の隣に腰かける

  前には窓際から 宏君 恋 芯

  という順番で腰かけていた

  どうやら いつも席が決まっているらしい



  「 さて 何食べよっかな−ん 」



  そう言いながら大きなメニュ−を

  机の真ん中に広げる幸ちゃん


  沢山の食べ物の写真が

  目の前に広がった




NO.21   藤 、 08/10(日) 11:47 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 ねえ 幸 … 」


  
  みんな 決まって最後に残ったのは麻奈

  同じペ−ジをじっと見つめながら

  麻奈は猫なで声を漏らした



  「 両方 頼んだら 」



  幸ちゃんは麻奈の言う事が

  まるで分かったかのようにそう言い放った

  別に嫌がってる様子もない

  
  麻奈が隣で喜んでいると

  先に頼んでいたドリンクが届いた

  
  麻奈と芯の手によって順番にジュ−スが配られる

  麻奈は全員のメニュ−をウエイトレスに告げて

  満足げな笑みを零している



  「 妃菜はアタシ等に質問とかないの 」



  ストロ−を包んでいた紙を

  丸めて遊びながら恋は上目遣いに私に聞いた

  

  「 … じゃあ 皆 恋人いるの 」



  一番 盛り上がると考えた質問

  なんだか さっきのクラスメイトと同じレベルで

  少しばかり落ち込んだ

  けれど 質問といったら特になくて

  これぐらいしかなかった

  それに恋の指と幸ちゃんの指も気になった



  「 全員 フリ−だよ 」

  「 え そうなの

    でも 指輪 … 」



  私は誰とは言わずにそう呟いた

  恋はストロ−から口を外した



  「 ああ あれはね 男よけ 」


  
  麻奈が恋が説明に戸惑っている様子を見て

  こっそりと嫌味っぽく私に言った




NO.22   藤 、 08/10(日) 11:53 IP:202.216.52.234 削除依頼


  
  「 るさいなあ 」


  
  恋は麻奈に向かって言う

  赤い携帯の後ろ側にはプリクラが隙間なく貼られ

  表には綺麗なラインスト−ンが埋まっていた

  そして大量につけられたストラップは

  もうすぐで携帯と同じ大きさになりそうだ

  長い付け爪のような綺麗な指を使って

  器用に親指をせわしなく動かしている

  たまに隣に居る宏君を気にしているのが分かった



  「 … ちょっと 芯 通して 」



  携帯を閉じて芯側に置いてあった鞄を手にし

  恋は芯を押しのけるようにしてソファ−から外れた


  
  「 便所か 」

  「 ば−か 女の子に何言ってんの 」

  「 ちょっと 恋 何処行くの 」

  「 ごめん 行って来るね

    芯 アタシの分の食べていいからね 」



  そういって1000円札を置いて

  恋は歩き始めた

  
  芯は戸惑いながらも止めるのに必死だ

  けれど 恋は全くの聞く耳持たず



  「 何 また親父 」


  
  窓の外で恋がこちらに手を振っていた

  満面の笑みを浮かべているけれど

  誰も手を振り返さなかった

  そして また長い髪の毛を揺らし歩いていく

  幸ちゃんが窓の外の恋を眺めて言った



  「 … 懲りないね アイツも 」



  いつもに増してとても冷たく言う幸ちゃん

  デザ−トメニュ−を見ているのに

  なんだか冷め切っているようだった



  

NO.23   藤 、 08/10(日) 11:59 IP:202.216.52.234 削除依頼



  私が話を全く理解できずにいると

  麻奈がリンゴジュ−スを一口 口にした



  「 恋はさ 援交してるんだ 」

  「 … え 」

  「 たまにトラブルに巻き込まれて

    麻奈達も止めてるんだけど聞かなくって 」

  「 どうせ 浅野さんだろ

    こんな時間にアイツが入れるわけねえし 」



  麻奈がそう言った後に

  芯がぶっきら棒に呟いた

  口を尖らせて完全に拗ねた子供だ



  「 浅野さんは恋の常連でね

    まあ 麻奈も見た事あるんだけど

    凄いかっこいい結構若めの人でさ

    親父とは本番してないけど

    なんで 浅野さんとはしちゃってるんだよね

    だから 親父とは本番してないって言う恋も

    微妙に信じられないっていうか … 」



  それで 男よけの指輪をね、

  麻奈は恋のコップに手を伸ばす

  中にはまだコ−ラが残っている

  一口飲んで そっと返す麻奈

  顔からしてコ−ラは苦手らしい



  「 ひ−ろ−と−くん 」



  麻奈を見て笑っていた幸ちゃんは

  机の手を置いてそこに顔を乗せた

  そして上目遣いで宏君に何かを訴えた

  宏君の口から溜息が漏れる



  「 自業自得だろ 」



  そう言いながら宏君は携帯をポケットにしまい

  またもや 芯を押しのけて

  小走りにファミレスを後にした

  後から窓の外にいる宏君は携帯を耳に押し当て

  誰かと話しながら走って消えていった

  麻奈と幸ちゃんのピ−スが宏君に注がれた




NO.24   藤 、 08/10(日) 20:13 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 芯 落ち込むなって 」



  自分から宏君を抜擢しておいて

  幸ちゃんは机にうつ伏せている芯に言う

  けれど 顔は全く謝罪の意を表していない


  私は麻奈と幸ちゃんの芯への説得を

  黙って聞いていた



  「 俺 もう駄目

    だって アイツに勝てないし 」

  「 そんな事ないよ
  
    芯だって宏よりいいとこあるって 」


 
  芯を励ます事に飽きたのか

  気がつけば幸ちゃんは携帯を触っている

  恋の携帯とは全く違い黒色でストラップ1つついていない

  新品同様のスライドの携帯を幸ちゃんは

  鼻歌混じりで触っていた



  「 俺 もう 諦めるかな

    んで 沙希と付き合おうかな 」



  そういって芯は頭を抱え込んだ

  指の間からオレンジ色の髪の毛が飛び出ている

  
  沙希 、

  芯の事が一方的に好きな女子の事だろう

  聞かなくとも話の流れで想像できた



  「 ねえ 芯 」

  「 … 何 」

  「 芯はどうして恋を追いかけなかったの 」

  「 … どうしてって 」



  私が芯に問いかけ始めると

  幸ちゃんの手が止まるのを横で感じた

  そして じっと私を見つめる視線が

  耳に熱く集中する



  「 宏君が行く時に

    どうして俺が行くって言わなかったの

    私は芯がどれだけ恋を好きで

    今までどのくらい努力したのかを知らないけど

    まだ 追いかける事すらしてない芯に
   
    諦めるなんて言葉は不適切だと思うよ 」



  私がそういって芯の目をじっと見つめると

  芯は目をそっと潤ませたように思えた

  
  
  「 そ そうだよ

    妃菜の言う通りだよ 

    それに沙希ちゃんが可哀想だよ 」



  麻奈も続ける

  幸ちゃんはそんな私達をみて

  クスクスと隣で笑っていた




NO.25   藤 、 08/10(日) 21:01 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 お待たせしました

    ナポリタンとペペロンチ−ノ

    それと ハンバ−グセットになります 」


 
  芯との会話が終わらないうちに

  手馴れた手つきでウエイトレスさんが

  机に2つの大きな皿を置いた

  ナポリタンは私が注文したもので

  ペペロンチ−ノは宏君が注文したもので

  ハンバ−グセットは芯のものだった

  私は運ばれてきた料理の匂いにお腹をすかせる


  
  「 … さゆり先輩 」



  私がナポリタンを眺めていると

  隣から幸ちゃんが言う

  携帯を閉じて机に置いた時だった



  「 今頃 気付いたの 遅いって 」

  「 や まじで気付かなかった 」

  「 久しぶりだね 幸 麻奈 芯

    ていうか 幸さ

    淋しい夜は連絡ちょうだいよ

    いつでも相手してあげるんだからね 」



  私はその言葉でウエイトレスさんを見上げた

  よく見ると化粧は濃いものの

  とても綺麗な人だという事に気付く

  けれど 目が合った瞬間に驚いた表情をしたのは

  綺麗さに気付いた私ではなく

  さゆり先輩と呼ばれたウエイトレスさんだった



  「 … ねえ ちょっと 幸 」



  さゆり先輩は私の顔を見るなり
 
  幸ちゃんへ視線を移す

  けれど さっきまで楽しそうに話していた幸ちゃんは

  いつの間にか携帯をまた手にしていた


  
  「 ねえ 貴女 すっぴん 」



  突然の質問に私は動揺を隠せない

  麻奈と芯も不思議そうな顔で私を見た

  幸ちゃん以外にさゆり先輩の言動を

  理解している人は居なかった




NO.26   藤 、 08/10(日) 21:35 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 そう … ですけど 」



  私は麻奈と一緒に首をかしげつつも

  さゆり先輩の質問に答える

  芯もさゆり先輩を机に伏せつつも

  上目遣いに見ていた

  
  私は基本的にファンデ−ションと
 
  マスカラ アイブロウ くらいしかしなかった

  アイラインやアイシャドウはたまにするくらいで

  学校に行く時はほとんどすっぴんに近かった

  それが何かいけなかったのだろうか

  さゆり先輩はまじまじと私の顔を見た



  「 ねえ 幸 この子ってさ 」

  「 さゆり先輩
   
    後ろ おばさんが見てます 」



  幸ちゃんは視線をさゆり先輩に向けずに

  ただ携帯の画面を見ながらそれだけ言った

  さゆり先輩は後ろを気にした

  確かに後ろでパ−トのおばさんらしき人が

  さゆり先輩の事を睨むようにして見ている

  さゆり先輩は幸ちゃんを気にしながらも

  全ての皿を置いて去って行った


  それから 先ほど さゆり先輩を睨んでいたおばさんが

  メニュ−を全て置いて行ってくれた

  接客はあまりいいものとは思えなかった

  そのせいもあってか

  なんだか雰囲気は沈んでいた



  「 あ 恋 」



  料理を前にして食べようかどうか迷っていると

  麻奈がそういって指をさした

  芯がその言葉で急いで振り返る

  そこには頭をかきながら少し頬を赤くした恋が

  宏君に押されるようにして店内に入って来ていた

  自然と芯の顔が緩んでいく



  「 おかえり 恋 」

  「 まなあ … てか ごめんね 」



  恋はそう言うと

  少しだけ頭を下げて言った



  「 俺 腹減ったあ 」



  幸ちゃんは恋が気まずそうにしているのを他所に

  そう言ったかと思うと

  いただきまあす、 と口早に言って

  フォ−クを持ってスパゲティ−を絡めた

  


NO.27   藤 、 08/11(月) 10:54 IP:202.216.52.234 削除依頼



  恋の後ろについて歩いていた宏君と目が合った

  特に何を言うわけでもなかったけれど

  なんだか宏君の言葉が伝わってきた気がした

  
  幸ちゃんは隣で美味しそうに

  カルボナ−ラを頬張っている

 
  
  「 ね 幸 美味しい 」

  「 うん 」

  「 やっぱり 麻奈 そっちが食べたい 」



  そういって麻奈は目の前にあったドリアを

  私の前にスライドさせる

  幸ちゃんは はいはい、 とだけ言って

  フォ−クを置いて私の前のドリヤを受け取り

  カルボナ−ラをまた麻奈の方へスライドさせた


 
  「 いっただっきまあす 」



  二人のご機嫌な声が重なった

  麻奈はドリアを食べている時よりも
 
  なんだか美味しそうに食べている

  幸ちゃんは相変わらず変わらぬ顔で食べていた



  「 妃菜− 」



  皆で他愛のない会話をしていると

  隣からもぐもぐ食べてあまり会話に参加していない幸ちゃんが

  私を甘ったるく呼んだ



  「 な 」



  何、 と言おうとした瞬間

  口の中に思い切りスプ−ンを押し込まれる

  そのせいで歯と金属がぶつかって

  ガチガチと口内で音がした



  「 いったあい … 」

  「 あ ごめんごめん

    どう うまい 」



  何を入れられたのか分からなかった

  けれど 細長くて若干まだ触感がある

  味はシチュ−と混ざっているので

  今いち分からなかったけれどドリアの中を見て

  すぐにアスパラだと分かった



  「 … アスパラ 」

  「 正解 」


 
  幸ちゃんはニヤリと笑って

  またスプ−ンをドリヤへと戻した

  よく見るとアスパラや人参が

  半分以上食べてしまった後の皿の隅によけられている




NO.28   藤 、 08/11(月) 11:00 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 成 野菜くらいちゃんと食えよ 」

  「 だって まずいじゃん 」
   
  「 だから いつまでたっても

    身長が伸びね−んだよ 」



  カチャカチャとフォ−クを動かす音だけが響く

  宏君の一言で三人のお喋りは中断した

  せわしなく皆 黙って料理を食べ始める



  「 … くらえ アスパラ爆弾 」



  聞き流していると思っていた幸ちゃんが

  突然 お皿の中に手を入れて

  アスパラを思い切り宏君に投げつけた

  けれど 宏君はそれが分かっていたかのように

  さっと右によけてかわすのだった

  更にそれが腹がたったのだろう

  幸ちゃんは人参さえも手にし始めた



  「 幸ちゃん 食べ物を粗末にしないの 」



  幸ちゃんが投げようとした瞬間を狙い

  私はぱっと手を幸ちゃんの手首に当てた

  宏君はもう既に右に体をよけた状態だ


  
  「 … 」


  
  先ほどよりも重い沈黙が流れた気がした

  芯も恋も驚いてこちらを見ている

  宏君が鼻で笑った気がした



  「 … ごめんなさい 」



  吊り上げていた眉をそっと下げて

  幸ちゃんは人参をお皿に戻した

  それから手拭で指をそっと拭いた


  
  「 もう駄目だからね 」

  「 はあい 」



  そんな会話を二人のみがしていると

  前からクスクスと笑い声が漏れ始めた

  恋と芯が笑いを堪えている

  二人して見合わせながら嬉しそうに笑顔を零す


  
  「 ユッキ− 何歳だよ 」
 
  「 てか 妃菜も何歳だって 」



  笑いは更に増していき

  ついには宏君と麻奈さえも大きな声をあげて笑った



NO.29   藤 、 08/11(月) 18:55 IP:202.216.52.234 削除依頼



  月日は流れるように過ぎていく

  追いつこうと必死で足を速めても

  決してその先には辿りつけなかった


  けれど いつしか 私は

  走る事をやめていた

  というよりも

  もっと時間がほしいと心の中で叫んでいた

  走らないで歩かないで

  ずっと立ち止まったままで

  時間がこのまま止まってしまっても

  構わないとさえ思い始めていた



  「 し 失礼しました 」



  " 淫乱 "

  私はそんな事を思いながら

  急いで扉をしめた

  通りで誰の声もしないと思った


  私は非常階段を三段くらい下りてから

  そこに腰かけて携帯を取り出した

  いつしか増えた携帯のプリクラ

  恋や麻奈にせがまれて貼ったのは

  確か私がここに来て3日目くらいだった気がする


  あの時はまだ梅雨が明けてなくて

  湿気が多くて今までの私なら毎日不機嫌だった

  髪の毛は変な方向にはねて直らないし

  雨が続いて制服はびしょ濡れになるし

  けれど 今年の私はそうでもなかった

  きっと 一緒に居る人達が変わったから

  時間だけじゃなく季節さえも感じさせないほどの

  楽しい時間をくれた人達と一緒だったから


  
  「 もしも−し 」



  携帯越しに麻奈の声が響いた

  後ろから聞こえてくるクスクスと笑う恋の声

   

  「 ねえ 麻奈 今 何処 」

  「 んっとね 体育倉庫 」



  7月初旬

  この季節になると湿気の変わりに

  熱気というものが辺りを満たしていた




NO.30   藤 、 08/11(月) 19:05 IP:202.216.52.234 削除依頼



  体育倉庫は体育職員室とは逆方向にあり

  体育館裏から直接入れる入り口があった

  
  さすがに屋上で過ごせないくらいに暑い気温になると

  決まって私達はそこに足を運んだ

  体育倉庫といってもほとんど使用していない状態で

  物置のようなものだった

  マットや飛び箱があるのだが基本的に冬しか使わないので

  夏に体育倉庫に入ってくる先生や生徒達は居ない

  それをいい事にここの生徒達は扇風機を持ち込み

  学校の電気をフルに活用していた



  「 ちょっと 麻奈 恋 芯 」



  私は体育館裏に走って行き

  急いでドアを引っ張り開けた

  それからマットに座り込む三人に怒鳴りつける


  一緒に過ごす時間が2週間目までとなると

  色々な感情をぶつけ合う事ができた

  かといって滅多に感情を表に出さない私だったから

  今日ほど彼女達に怒りをぶつけたのは

  初めてだと思う



  「 妃菜 顔が赤いよ 」



  からかうようにして芯が私に言う

  飛び箱の上に座って得意げだ



  「 猿 」

  「 うわ … ひどい 」

  「 ひどいのはどっちよ

    知ってて今日は屋上で過ごせるね

    なんてメ−ル 送りつけたんでしょ 」



  私はレ−スのついた大きな鏡に向かい合って座る恋と

  扇風機の前を陣取ってアイスを食べる麻奈に言う

  芯は私の言葉に少し落ち込んだようで

  しょんぼりと体育座りをしていた


  隣には部活をする人達専用の更衣室があり

  ク−ラ−が設置されているので

  更衣室と体育倉庫を繋ぐ窓をあけて

  更衣室のク−ラ−のスイッチを入れると

  自然とこちらにも涼しい風が吹いた

  


NO.31   藤 、 08/11(月) 19:11 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 何怒ってんの 」



  バスケットボ−ルを両手に持って

  宏君が私に向かって問いかけた

  

  「 だから … その … 」

  「 もしかして 屋上行ったとか 」

  「 … うん 」

  

  その言葉を聞いた瞬間

  宏君はクスリと口元だけで笑う



  「 それって妃菜だけじゃなくて

    見られた美咲先輩が可哀想じゃん 」



  宏君は皮肉のように私に言い放った

  

  「 私も十分 可哀想だよ 」

  「 だってさ 妃菜ってば
 
    ああいうの 興味なさそうじゃん 」

 
  
  ああいうの、

  と恋はニヤついた表情で言った


  あのファミレスを境に恋は

  援助交際をやめたと宏君から聞いた

  さすがに追いかけてくれた事が嬉しかったのか

  それとも もう迷惑をかけたくないと思ったのか

  どちらにしても芯ではなく

  宏君が理由だという事は誰もが承知していた

  
  一方 芯はというと

  そんな宏君に真っ直ぐな恋を

  最近では前にも増して思い続けているようで

  今まで以上に優しく接しているようだった

  恋の隣に居る事が多くなっていた


  
  「 興味あるとかないとか関係ないじゃん 」

 

  私は恋に向かって反論する

  けれど 頬が熱を帯びているのが分かる

  これじゃあ 何を言ってもからかわれるだけ




NO.32   藤 、 08/11(月) 19:19 IP:202.216.52.234 削除依頼



  幸ちゃんは私が思っている以上に

  女遊びが激しかった

  見た目からしてもチャラかったから

  遊んでるな、

  なんて軽い気持ちで思っていたけれど

  私が想像する以上にひどかった


  来るもの拒ずで誘われたらそれに乗っていた

  幸ちゃんは一人暮らしをしているので

  自分が眠れない日は必ず誰か女を連れ込んで

  朝まで一緒に居るのだと言う事を麻奈から聞いた

  そして 何より私が悲しかった事は

  去る者追わずだった事

  
  幸ちゃんは優しいから来る者拒ずでも

  なんだか分かる気がするけれど

  全く去っていく人を追おうとしなかった

  たまに見せる彼の冷たさに

  私はなんだか怖いと感じる時があった


  どこかにいってしまいそうな

  そんな小さな恐怖だった


  
  「 ひ−な 」



  恋と言い争っていると

  後ろのドアが開いて幸ちゃんの声がする

  笑いながらこちらに向かって歩いてくる



  「 駄目じゃん 邪魔しちゃ 」



  私の隣を通り過ぎて

  麻奈の隣に腰かけアイスを一口かじった

  先ほどまでずっと麻奈の前だけで回転していた扇風機が

  幸ちゃんの手によって首を回し始めた

  ク−ラ−の冷たい風が回って私の肌にぶつかる



  「 あれは … 知らなくって 」
 
  「 そのせいで萎えちゃってさ

    美咲先輩に怒られたんだから 」



  幸ちゃんのかじった一口が大きかったのか

  麻奈は笑いながら幸ちゃんの頭を殴る
 
  芯はニヤニヤしながら幸ちゃんの話に耳を傾けていた


 
  「 ね ユッキ−

    美咲先輩ってどんな感じ 」

  

  身を乗り出して芯が質問し始めた

  此処から先は私でも手におえない会話が始まる

  恋や麻奈も笑いながらその話に乱入するけれど

  どうしても私はそこについていけなかった




NO.33   藤 、 08/12(火) 20:28 IP:202.216.52.234 削除依頼



  気付いたら取り残されていた

  宏君はいつも会話には直接参加しなくとも

  そこに居るだけで馴染んでいた

  私はそっとマットに近づいて腰を下ろす

  宏君が座る飛び箱を背にした


 
  「 妃菜 やるじゃ−ん 」



  美咲先輩の話から夏休みの話になると

  やっと私も話に参加する事ができた

  宏君は相変わらず黙っているけれど

  やっぱり存在する事に違和感はなかった


  夏祭りがいつだったか、

  という話をしていると後ろにあるドアが開き

  今井先輩の大きな声が耳に届いた

  ドアを背にしていた私は立ち上がって振り向く

  ドアの前には今井先輩と美咲先輩

  それに春奈先輩がこちらに向かって歩いていた

  どこか不機嫌そうな美咲先輩の表情

  申し訳なく思ったけれど謝る事も失礼な気がして

  私は思わず俯いてしまった



  「 妃菜は何か抜けてると思ってたけど

    まさか 覗きの趣味があるなんてなあ 」

  「 違います はめられたんです 」

  「 ほら やっぱりそうじゃん

    妃菜がそんな事するなんておかしいし 」



  笑いながら今井先輩が私をからかったのに対し

  春奈先輩は律儀に私をかばってくれる

  本当に優しい先輩だと思う


  妃菜 、

  誰もが私をそう呼んだ

  呼び捨てで構わないよ、

  なんていう言葉は必要なかった

  そして 自然と話せるようにもなっていった

  どちらかといえば人見知りな私だったけれど

  いつの間にか克服できたようだった




NO.34   藤 、 08/12(火) 20:36 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 でも まあ 妃菜でよかったかな

    芯に見られちゃったらオカズとかに

    されちゃいそうだしね 」



  さっきから目を合わせてくれなかった美咲先輩が

  恥ずかしそうに私の目を見て言った

  美咲先輩の言葉で笑いが起こる


  先輩も後輩も関係なかった

  幸ちゃんと一緒に過ごしたい人が

  自由に出入りしていく事はよくあった

  休みの日に集まる時だって

  やっぱり誰か一人は先輩か後輩が居た

  けれど その関係は名前だけあって

  決して遠慮なんてものはなかった

  

  「 でも 最近の幸って前と変わったよね 」

  「 何があ 」

  「 だって 今日となんかダルそうだったじゃんか 」


  
  麻奈と幸ちゃんの間に割ってはいるように

  美咲先輩が幸ちゃんの腕にベッタリと絡みつく

  露骨に嫌そうな顔を見せる麻奈

  それは美咲先輩の香水がキツイからでも

  美咲先輩が嫌いだからというわけでもなかった

  ただ 自分の特等席 がとられてしまった事に

  悲しさを感じているのだと思う



  「 ああ … 昨日 寝てねえんだ 」

  「 何でよ 」

  「 さゆり先輩 来てたから 」



  今井先輩が私の隣に座る

  その隣には春奈先輩が腰かけた

  
  幸ちゃんの言葉に美咲先輩は

  ベッタリと張り付いていた体を離して

  幸ちゃんの目をアイラインのたっぷり塗られた

  大きなぎょろついた目で見つめた



  「 え 何 

    お前 さゆりともしてんの 」

  

  いつもの調子とは違い

  軽蔑したような口調で今井先輩は言った




NO.35   藤 、 08/12(火) 20:48 IP:202.216.52.234 削除依頼



  さゆり先輩

  去年の冬に学校を辞めて以来

  バイトを転々としているらしい

  美人でいい先輩だったという事を

  麻奈からも恋からも聞いていた

  さゆりも学校に居たらな、

  なんて会話を先輩達としていた事もある


  だからか 私はよく状況が理解できなかった

  それ同様に鏡を必死に自分に向けていた手を止めて

  恋もいつもとは違う空気を感じ取っていた



  「 さゆり先輩

    去年からずっとっすよ 」



  幸ちゃんは宏君に向かって

  両手をさっと差し出す

  私の上の方からバスケットボ−ルが投げられ

  幸ちゃんの両手にすっぽりと入った

  美咲先輩は絡めていた腕を放す

  それから春奈先輩と目を合わせた



  「 だって アイツ

    幸とはもう一生やらないって … 」



  美咲先輩は幸ちゃんの目を覗き込む

  けれど 幸ちゃんはバスケットボ−ルを

  指の上で回す事を楽しんでいるだけだった



  「 何言ってんの

    あの日以来 俺と関係もってんのは

    さゆり先輩だけじゃないよ

    ね 春ちゃん 」


 
  指でご機嫌よく回っていたボ−ルが

  ボスッ、と音をたててマットに落ちた

  転がったバスケットボ−ルは

  私の手元にやってきた

  幸ちゃんを見ると優しい笑顔を見せている

   

  「 ちょっと待って

    春奈 アンタ 幸とやってんの 」

  「 … やってないよ 」

  「 春ちゃん 俺さ

    さゆり先輩だけ悪くは出来ないよ

    美咲先輩も気にしてないみたいだし

    もう別にバレてもいい時なんじゃない 」



  幸ちゃんはそういって青ざめていく春奈先輩に笑いかけた

  春奈先輩の額から汗がしたたり落ちる

  美咲先輩は身を乗り出して春奈先輩の胸倉を掴んだ



  「 てめえ 葵の親友じゃねえのかよ 」



  美咲先輩の平手が春奈先輩の頬に向かった




NO.36   藤 、 08/12(火) 21:19 IP:202.216.52.234 削除依頼



  パシン、

  と間抜けな音が辺りに響く

  麻奈は驚いたのか怯えるように

  幸ちゃんの手を強く握っていた


  
  「 … 何すんの 」

  「 アンタ 最低だよ 」

  「 最低最低って

    美咲だって平気で幸とやってんじゃん 」

  「 アタシは葵と付き合う前から

    平気でそういう事ばっかりしてたじゃん 」

  「 そんなの … 言い訳じゃない 」



  二人の怒鳴り声が行き交う

  芯と恋は同じ顔をして呆然としている

  
  私はどうしていいか分からずに

  宏君を見上げようとしたら

  手元にあるはずのものが誰かによってとられていた

  隣を見ると今井先輩がボ−ルを幸ちゃんに

  思い切り投げつけようとしていた

  止めようとしたけれど遅く

  それは思い切り幸ちゃんの頬にぶつかる

  赤くなっている幸ちゃんの右頬

  隣では麻奈が顔を青くして今にも泣きそうになっている



  「 だいたい お前こそどうなってんだよ

    普通 葵の友達とすんのかよ 」

  「 … だったら何すか

    葵葵って … 今井先輩は葵が好きだったから

    だから 俺にこんな八つ当たりするんすよね

    春ちゃんも美咲先輩も今井先輩も

    あの日 あんなに泣いて後悔しておいて

    結局は自分のエゴで動いてんじゃねえのかよ 」



  幸ちゃんの言葉で顔がカッと赤くなった今井先輩は

  無理矢理 幸ちゃんを立たせて思い切り頬を殴りつけた

  後ろによろけた幸ちゃんを

  麻奈が立ち上がって背中をそっと支えた

  何か言いたそうだけれどその前に涙が溢れていた



  「 もう いいんじゃないですか 」



  気付けば宏君が今井先輩の腕を掴んでいた




NO.37 鳴海 08/13(水) 12:46 IP:61.87.111.26 削除依頼
元はちみつ恋々です
鳴海に改名しました!

修羅場ですね
幸の過去になにがあったのか気になります
藤さんの作品はいつも人間関係が
難しくて尊敬します!!

NO.38   藤 、 08/13(水) 20:45 IP:202.216.52.234 削除依頼



    @  鳴海 様


     お久しぶりです

     とんでもないです

     登場人物が多くて話として

     読みづらくないかとても心配ですよ

     でもそういってもらえると安心します

     いつもありがとうございます




NO.39   藤 、 08/13(水) 20:59 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 うぜんだよ お前も幸も

    いつも人の事 見下してるような目しやがって

    何だよ 俺のこと 馬鹿にしてんのかよ 」

  「 だったらどうだっていうんですか 」



  挑発口調の今井先輩に

  宏君は鼻で笑って言った

  先ほど 幸ちゃんの頬に飛んだ拳は

  今度は宏君に向かった



  「 まじでいい加減にして下さい

    熱くなっちゃって ダサイっすよ 」



  冷静だった

  冷たく言い放たれた言葉は

  誰もを凍りつかせた

  いつもの大きな瞳は薄っすらと曇っているような気がして

  今井先輩は後ろから突き刺さる視線に怯んだようだった



  「 お前 … なあ 」



  今井先輩がそれでも気にしまいと
  
  思い切り幸ちゃんの胸倉を掴み揺さぶる

  その時 幸ちゃんのポケットから

  携帯が落ちてマットの上で3つに分かれて飛んだ

  強い衝撃を受けたのか

  電池パック 電池パックの蓋 携帯本体

  と3つに勢いよくバラバラの方向へ飛ぶ



  「 … え 」



  幸ちゃんと今井先輩の足元に

  電池パックの蓋が転がった

  それを今井先輩が拾い上げて眉間に皺を寄せた



  「 ダサくて熱いのはお前じゃねえの 」



  薄ら笑いを浮かべて今井先輩は言う

  幸ちゃんは今井先輩の手にしているものを見て

  急いで取り上げようとした

  けれど それは叶わず今井先輩は後ろに放り投げる

  運よく いや 運悪くその蓋は

  私の膝の前へと落っこちる



  「 … 誰 」



  私はそれを拾い上げて

  後ろ側に貼ってあるプリクラに目をやった




NO.40   藤 、 08/13(水) 21:11 IP:202.216.52.234 削除依頼



  " ゆきちゃん あおちゃん "

  " 20XX年 8月7日 七夕祭 "


  そんな色とりどりのペンで落書きされた文字

  プリクラには今とあまり変わらない幸ちゃんと

  寄り添うようにして幸せそうな笑顔を見せている

  綺麗だけれど可愛らしい女の人が映っていた

  もう1枚は全身で映っているけれどキスをしているのか

  幸ちゃんの逆立ちした髪の毛が見えているだけだった



  「 … 妃菜 返して 」

  「 うん 」



  私が幸ちゃんの方へと手を伸ばす

  麻奈に目をやると涙をボロボロ流して

  必死で幸ちゃんのカッタ−の袖を掴んでいた


  あと数センチで幸ちゃんの手へと

  蓋が 幸ちゃんの大切な思い出が

  渡ろうとしたところで

  紫色を背景にラインスト−ンを飾った綺麗な爪が

  ひょいっとそれをさらっていった



  「 触んな 」



  怒鳴る幸ちゃんを押さえる今井先輩

 
  美咲先輩は後ろを気にもしないで

  春奈先輩と一緒にプリクラを眺めた

  けれど それを見た瞬間に立ち上がって

  今井先輩の頬を思い切り平手で殴りつける



  「 やめなよ まじで軽蔑する

    幸にとっての思い出まで汚す事ないでしょ 」



  美咲先輩はそれだけ言うと

  蓋を幸ちゃんに押し付けるように返して

  そのまま春奈先輩を後ろにつれて去って行った

  続いて 今井先輩も体育倉庫を後にする


  三人が去って行った後は嵐のようで

  麻奈は大きな声を出して泣き叫んだ

  それをなだめるように恋が背中をさすり

  幸ちゃんはそんな麻奈を置いて

  電池パックの裏だけを手に体育倉庫を出て行った

  宏君もだらしなくマットに腰が砕けたように座り込んだ

  芯は何も言わずにただ俯いているだけだった



  

NO.41   藤 、 08/13(水) 21:22 IP:202.216.52.234 削除依頼



  じわじわと暑さが私を責める

  今年の夏は暑いというより痛い陽射し

  地面はゆらゆらと揺れている

  
  私の家から学校までは一駅で

  駅からは歩いて5分くらいで着いた

  駅の掲示板に大きな見出しを見つける

  そこには夏祭りの日時が書かれている

  夏祭りがいつだったかという話を

  皆で昨日していた事を思い出す


  そして 同時に私の脳裏に映像が蘇った


  季節は冬だったのだろうか

  頭に大きなボンボンが上についていて

  耳まで垂れ下がったニット帽をかぶった幸ちゃんが

  今よりもずっと幸せそうな顔をしてウインクをしていた

  その隣ではマフラ−を首に巻きつけた

  明るい茶色のショ−トヘアが少し伸びたような

  そんな髪の毛をした女の人が幸ちゃんと同じように

  幸せそうに笑顔を見せていた

  お互い片方の目の横にピ−スをして

  まるで双子のようにその表情は似ていた


  もう一方は夏の制服だった気がする



  私は昨日の夜からどうしてもその二人が

  頭をちらついて眠る事ができなかった


  " 葵 "

  何度も口にされていた言葉

  今まで聞いた事のない名前だった

  それは皆が暗黙の了解として

  その人の話をしなかったからだろうか

  それとも たまたま何かの偶然なのか

  私には全く想像つかなかった


  けれど きっと あのプリクラは

  皆にとっては過去になった出来事で

  幸ちゃんにとっては今現在での大切なもので


  それだけは確かな気がした



  「 妃菜 おっは− 」



  校門を抜けてすぐに後ろから肩を叩かれる

  振り向くと手ぶらな芯が機嫌よさそうに笑顔を見せた

  
  よく暑いのにこんなに元気だね 、

  と言おうと思ったけれど暑さに負けてやめた




NO.42 二季 08/13(水) 21:28 IP:221.68.179.56 削除依頼
今はまだ初めの方しか読んでないですけど
とても文章が綺麗です^∀^
今から読みます♪
続き頑張ってくださいね

NO.43   藤 、 08/13(水) 21:29 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 今日さ なんか顔合わせ辛いよな 」



  昨日は結局

  何も言わずに誰もが体育倉庫を去って行った

  最後に残っていたのは麻奈で

  私は麻奈の前に倉庫を後にした


  泣きやんだ麻奈は

  今度は置物のように動かなくなった

  ただ 黙ってじっとしていた

  最初は本当に心配したけれど

  恋の視線で帰る事を決意した



  「 あ 麻奈じゃん 」



  屋上を指さす芯

  私はその言葉で急いで上を見上げる

  すると そこには麻奈がいつものような笑顔で

  こちらに向かって元気に手を振っている

  ジャンプする度にピンク色のパンツがちらつく



  「 アイツ 見えてるって 」



  苦笑しながら芯が漏らした

  私は思わずその光景に笑ってしまう


  まるで昨日の事は嘘のようだ

  いや きっと 嘘にしようとしているのだ



  「 もう みんな 遅いよ 」

  「 今日は麻奈が早いだけ 」

  「 ね 聞いて

    麻奈ね クッキ−焼いたんだ 」



  麻奈は鞄の中をごそごそと漁って

  中から綺麗にラッピングされた包みを取り出す

  大きなリボンを緩めて袋の口を開く



  「 すんごい美味しいよ
   
    ママもいっぱい褒めてくれたんだ 」

  「 本当かよ 」

  「 本当だよ

    幸はね 麻奈のクッキ−食べると元気出るんだあ

    だからね 幸 … 早く学校来るといいな 」



  麻奈のクッキ−はよく分からない形をしていた

  きっと 型か何かでとったのだろうけれど

  ハ−トや星以外はほとんど歪んでいて

  何がなんだか分からなかった


  私が口に入れた瞬間に麻奈の目から

  ポロリと一粒の涙が零れ落ちた


  味は確かに美味しく

  バタ−の味が強くて市販で大量生産しているような

  クッキ−よりは美味しかった



  

NO.44   藤 、 08/13(水) 21:32 IP:202.216.52.234 削除依頼



    @  二季 様


      ありがとうございます

      文章が綺麗だなんてとんでもないです
   
      たまにおかしくなっていたり

      誤字脱字があるかと思いますが

      さっと流してくれると嬉しいです

      続きもよろしくお願いします




NO.45   藤 、 08/13(水) 21:40 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 麻奈 どうしたの 」

  「 ゆきい … 」



  麻奈はボロボロ泣きながら

  幸ちゃんの名前を繰り返すだけだった

  
  少し遅れて宏君が屋上へとやって来た

  日陰とはいえ朝は特に陽射しが強く
  
  額には汗が伝っていた

  宏君は入ったらすぐ泣いている麻奈を見て

  それから芯にクッキ−を受け取りそれを口に放った

  クッキ−を飲み込むと麻奈の頭を

  大きな手で包み込むようにして撫でてから

  何も言わずに私の隣に腰を下ろした


  恋は入って来た瞬間

  泣いている麻奈に走りよって私に事情を聞いた
 
  クッキ−を差し出す芯に

  空気読めないの 、 と怒って

  麻奈の背中をさすってあげていた

  案外 しっかりしているのが恋だった



  「 なあにやってんの 」



  一向に泣き止もうとしない麻奈に

  私と恋は途方にくれていた

  宏君は隣で携帯を触っているだけだし

  芯はクッキ−を食べているだけだし

  どうしようもなかった


  そんな時 扉から幸ちゃんの姿が見える

  前髪をヘアピンで止めている

  いつもは前髪で隠れているオデコは

  産毛一本もないくらいに綺麗な白いオデコだった



  「 … 幸 何で 」

  「 何でって 俺の居場所は此処でしょ 」



  ぴたりと泣き止んだ麻奈の質問に

  首をかしげながら幸ちゃんは言った

  立ち上がったと思うと

  思い切り幸ちゃんに抱きついた

  それからそのまま押し倒すような勢いでキスをした

  かと思うと幸ちゃんは麻奈の腰に手を回し

  連れ去るように後ろへ下がって扉を閉めた



  

NO.46   藤 、 08/13(水) 21:51 IP:202.216.52.234 削除依頼



  私に少しだけ笑顔を見せたのは

  気のせいだったのだろうか



  「 最悪 生き地獄じゃん 」

  「 俺 まだ死にたくないよ− 」



  恋が二人を見て扉が閉まった瞬間

  太陽を睨みつけて言った

  芯も続くようにして太陽に両手を向けている

  宏君は先ほどまで触っていた携帯をとじて

  後ろのフェンスにもたれかかっているだけだった



  「 え 何が 」
 
  「 妃菜ってば 超鈍感

    あそこ 開けた瞬間 

    またこの間の二の舞だよ 」



  そういって扉を強く指す恋

  言っている意味をようやく理解した


  さっきの幸ちゃんの笑みは

  そこらからきていたのだろうか

  もっと違う意味だと思っていた自分が

  なんだか馬鹿みたいで恥ずかしくなった

  
  暑さなのか 扉の向こうのせいなのか

  いっきに体温が上昇した気がした

  
  そのまま私は意識を手放した



  「 … 妃菜 」



  それから 私が意識を取り戻したのは

  幸ちゃんのその言葉だった

  
  目を開けると珍しくそこには天井があり

  私は白いシ−ツに包まれていた

  起き上がるとカ−テンが揺れて窓から風が入り込む

  優しく私の髪の毛をさらっていく


  隣にはパイプ椅子に腰かけた幸ちゃんが

  いつもに増して淋しそうな笑顔を向けていた



  「 … 私 」

  「 倒れたんだよ

    妃菜ってさ 絶対にわざとだよね 」

  「 … 何が 」

  「 俺を禁欲させたいわけ 」



  笑いながら幸ちゃんは私に言った

  私が焦って言葉に詰まっていると

  くるりと反対方向を向いて窓に手をかける



  「 気持ちい−ね

    実は俺 此処に来るの1年ぶりくらい 」



  なんだか 今は幸ちゃんからの言葉に

  耳を塞ぎたくて仕方のない自分が居た




NO.47   藤 、 08/14(木) 09:39 IP:202.216.52.234 削除依頼



  私は言葉を続けるべきか迷った

  どうして 1年も来なかったの、

  案外 簡単に口に出せたはず

  けれど 幸ちゃんの背中を見ていると

  なんだか喉につっかかったまま言えなかった


  幸ちゃんは180センチくらいある宏君に対し

  160センチと少しくらいしかなかった

  恋と並べばほぼ同じくらいなのだが

  髪の毛を立てているからか普通の身長よりは

  少しだけ高く見えた

  それだからか 幸ちゃんの背中は

  丸まれば丸くなるほど小さく見えた

  猫背とまではいかないけれど

  姿勢は正しい方ではなかった


  私は体を起こして後ろの壁にもたれる

  じんわりとした暑さがあったけれど

  涼しい風が吹く度に気持ちよく思えた



  「 妃菜が倒れた後にさ

    夏祭りに行こうって話になって 」

  「 ああ … うん 」

  「 駅の掲示板に日時が貼ってあったらしくて

    だから 皆で一緒に行こ 」



  私は駅の掲示板に貼られた

  大きな文字を思い浮かべた

  

  「 うん 」

  「 楽しみだなあ 」



  幸ちゃんは一度も振り返らなかったけれど

  そこにはきっと笑顔があるのだと思った

  零れる一言一言が甘い口調の幸ちゃんは

  私まで甘い気持ちにしてくれる

  
  とくん 、

  と小さく胸が高鳴るのを感じた



  「 ねえ 幸ちゃん 」

  「 なあに 」

  「 … 麻奈を愛してるの 」



  とくん 、 とくん 、

  と先ほどよりもずっと胸が高鳴った


  

NO.48 鳴海 08/14(木) 09:57 IP:61.87.111.26 削除依頼
登場人物とかって普通少ないじゃないですか
多くても各々に役割?がそんなになかったり...
藤さんの小説は、登場人物をフルに使っていて
いつもすごいと思ってます!
続きも全然予想がつかないし...

幸と真奈はただの幼なじみじゃないですよね!!
すごく気になってたので
妃菜が聞いてくれて少しスッキリしました 笑

長文しつれいしました!!

NO.49   藤 、 08/14(木) 20:00 IP:202.216.52.234 削除依頼



    @  鳴海 様


      先ほど 年下の君、
    
      のコメントを発見しました

      長い間 ありがとうございます

      とんでもないです 
     
      でも そういってもらえると

      本当に頑張ろうと思えるので助かります

      続きもよろしくお願いします




NO.50   藤 、 08/16(土) 20:28 IP:202.216.52.234 削除依頼



  幸ちゃんが椅子から立ち上がる

  ギシッ、 とパイプ椅子が軋んだ

  窓に手をかけていたのをそっと離して

  こちらを振り向いた彼の表情は

  いつもの眩しい笑顔ではなかった

  眉毛にも目にもどこにも皺を寄せない

  真剣そのものの真顔


  私の胸が

  とくとくと脈打っていたのに対し

  どくどくと全身を動かしているような

  そんな脈を打つ感覚に変わったのを感じた



  「 … 妃菜

    俺は愛だとか恋だとか大嫌い 」



  冷たくもない 甘くもない
  
  幸ちゃんが偽らずに発した言葉だと思った


  私は思わず目をそらしたくなった

  けれど 決してそれを許そうとしない彼の瞳は

  いつもの青色とは違い灰色に染まっている



  「 … じゃあ どうして 」



  声が震えていた

  自分でも分かるくらいの私のその言葉は

  幸ちゃんを微笑させる



  「 妃菜 愛のないセ.ックスだってあるんだよ 」



  静かだった

  風がそっと私と幸ちゃんの間をすり抜ける
 
  その風が途絶えた途端

  まるで時が止まってしまったかのように

  蝉の鳴き声すら無くなった

  カ−テンも揺れない そんな午後

  私と彼だけの時間がそこにはあった




NO.51   藤 、 08/16(土) 20:37 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 俺は麻奈も春ちゃんもさゆり先輩も

    同じようにセ.ックスをするけど
  
    そこに愛を含んだ事は一度もない 」



  正しいほどに真っ直ぐな幸ちゃんに

  私は口を開く事ができなかった
 
  
  " 一度もない "

  ぞっとした

  全身に鳥肌がたった

   
  彼は今 どこで何を感じているの 



  「 妃菜と俺の間にだって

    愛はなくても成立するよ 」



  そういった幸ちゃんは

  ベッドに右足の膝を乗せて

  そっと白い綺麗な手で私の頬を包み込む

  冷たい幸ちゃんの体温で

  私は思わず我に返った



  「 や やだ 」



  幸ちゃんの手を振り払うと

  幸ちゃんは少しだけいつもの笑顔に戻って

  ベッドから片足を下ろす

  そして私に背を向けて出て行こうとした



  「 平気 … 私 平気だよ 」



  小さな背中が私の前から消える

  その事が怖くて思わず膝で立ち

  私は布団をぎゅっと握ってそう言っていた

  幸ちゃんは手にかけたカ−テンを持ち

  私の方を振り向いて そっと微笑んだ


  
  「 声 震えてるよ 」



  先ほどの言葉が声が嘘のように

  幸ちゃんは優しく言った

  
  ペタペタと幸ちゃんの靴の音が遠ざかる

  閉められた扉の音が虚しく心に響いた


 
  「 … 馬鹿みたい 」



  恥ずかしくて

  虚しくて

  馬鹿みたいで

  涙が溢れて止まらなかった




NO.52   藤 、 08/16(土) 21:07 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 よっしゃ

    明日からっ夏休み−ん 」



  ご機嫌な芯が顔をふにゃりと曲げて

  嬉しそうにスキップをしている

  スク−ルバッグをリュックにして

  前髪をコンコルドで止めて

  いつにも増してとても楽しそうだ

  
  逆にいえば

  芯の楽しそうじゃない時はほとんどない



  「 アイツ 何であんなご機嫌なわけ 」



  隣に居た宏君がそっと私に耳打ちする

  最近になってくると

  前に四人が楽しそうに話して

  それを少し離れた私と宏君が見ている

  というのが定着しつつあった


  
  「 そこの遅れた二人

    久しぶりにファミレス寄ろうぜ 」


  
  終業式を終えた生徒達は

  一斉下校を始めていた

  これから職員会議が行われるので

  どこの部活も休みのようだった


  そんな午後だから

  もしかしたら学生でファミレスは

  いっぱいかもしれない、

  と思ったけれど芯はそれだけ言うと

  くるりと背を向けてしまったので

  私はそのまま頷いただけだった



  「 恋とデ−トするんだって 明日 」

  「 へえ 
  
    アイツがよく承諾したな 」

  「 ね 私もそう思うけど 」



  、 と続けようとしてやめた

  
  宏君って思ったより鈍感だから

  もしかしたら 恋が宏君の事を好きだって

  気付いていないのかもしれない

  恋は愛されたいという気持ちが強いらしく

  全く相手にしてくれない宏君に

  最近は嫌気がさしているらしい

  
  誰が見ても明らかに分かるように

  恋は芯を利用して宏君に嫉妬してほしそうだった



  「 まあ 芯と付き合えば俺も助かるよ 」



  前言撤回

  


NO.53   藤 、 08/17(日) 13:03 IP:202.216.52.234 削除依頼



  あの日以来

  幸ちゃんとは話さなくなった

  たまにぶつかり合う視線も

  彼によって避けられた


  どうにか話しかけようと試みても

  いつも幸ちゃんの隣には麻奈が居た

  体育倉庫の一件以来

  麻奈は必要以上に幸ちゃんにベッタリだった

  どこに行くのにも手を繋いでいた



  「 アイツ ベッタリだな 暑苦しい 」



  宏君は眩しそうに目を細めて

  幸ちゃんの腕に自分の細い腕を絡める麻奈を

  見ながらそっと零した

  ファミレスに消えていく四人

  私達も後から続いた



  「 うわ 何 いっぱいじゃん 」


 
  学生で溢れかえるファミレス

  携帯を触ったり喋ったりしながら

  時間を潰している制服の女子高生達

  どうやら満員らしい



  「 あ やっぱり来た 」

  「 さゆり先輩 」

  「 あんた達の席とっといたから

    早く座ったら 」



  さゆり先輩はお盆に水が入ったコップとお絞りを

  大量に乗せて私達の隣を通り過ぎていく


  恋と芯から喜びの声があがる

  皆でさゆり先輩にお礼を言って

  私達はいつも座る場所へと移動する


  " 予約有 "

  と丸文字で書かれた紙が一枚置いてあった

  幸ちゃんはそれをさっと手に持って

  隅の方へと折って置いた

  
  麻奈を間に挟み私と幸ちゃんが腰かける

  前にもいつもの定位置で三人が座っていた



  

NO.54 鳴海 08/17(日) 19:34 IP:61.87.111.26 削除依頼
幸があんなことを言うとは思いませんでした...
2人には早く仲直りしてほしいです

ねくすと希望です∩^ω^∩

NO.55   藤 、 08/18(月) 15:20 IP:202.216.52.234 削除依頼



     @  鳴海 様


       幸の性格が未だに
 
       定まりきってなくて申し訳ないです
 
       ねくすと ありがとうございます




NO.56   藤 、 08/18(月) 15:31 IP:202.216.52.234 削除依頼



  ウエイトレスに注文を告げて

  私達は雑談を始めた

  
  いつも来る時は基本的に授業中が多いので

  なんだか学生で溢れているファミレスが珍しい

  ざわざわと騒がしいところはまるで教室のよう


  今日で一学期が終わった

  成績表を受け取る時に手に汗を握ったのは

  紛れもなく評価が悪い事を分かっていたから

  見なくても分かる成績表を私は開く事ができなかった

  
  五人よりは少し多めに授業に出たつもり

  できるだけノ−トをとって

  できるだけ先生の話を聞いた

  中間テストと期末テストも一応 受けた

  けれど 結果は前の学校に比べて

  順調に下降していた



  「 ね 夏祭りって1週間後だっけ 」

  「 そうだよ 

    麻奈 浴衣着たいなあ 」



  相変わらず携帯にベッタリな恋

  親指を器用に動かしながら

  麻奈に向かって問う

  その答えに麻奈は嬉しそうに答えた


  そういえば 夏祭りは皆で行こうという

  話になっていたのを思い出した


  成績の事を思うとなんだか気が向かない


  転校してきたばかりの頃は

  クラスメイトもどちらかといえば

  私を歓迎してくれていたと思う

  けれど 今では授業に出る度に白い目をされる

  先生も生徒も同じような視線で私を見た


  時々 雨だったり気分が乗らない時は

  五人も授業を受ける時があった

  勿論 出ているといっても

  ノ−トをとったり話を聞くわけではなく

  携帯を触ったり寝ていたり雑誌を読んでいたりと

  ほとんど授業に参加する事はなかった



  

NO.57   藤 、 08/18(月) 15:45 IP:202.216.52.234 削除依頼



  夏祭り

  去年は友達と行こうと約束したけれど

  結局 雨で中止になってしまった

  真新しい浴衣を見て溜息を零した事を

  ふと思い出した

  
  そういえば あの浴衣は結局

  どこにしまわれているんだろうか

  淡いピンク色の記事に椿の柄

  まだ着た事がないけれどお気に入りだった

 
 
  「 ね 妃菜は浴衣持ってる 」

  「 あ うん 多分 」

  「 へえ … いいなあ

    ねえ 幸 明日買いに行こうよ 」

  「 え ああ うん いいよお 」



  携帯を眺めていたのを

  麻奈の方へ向けて幸ちゃんは返事をする

  
  麻奈と私の間にできた少しだけの空間

  それは麻奈が幸ちゃんに近づきたい

  その一心でできた空間なのだと思う

  三人座るのでいっぱいいっぱいなはずなのに

  それを一生懸命 幸ちゃんの方へと行こうとして

  いつもよりほんの少しだけ隙間ができている


  なんだか 私はその空間を見つめて

  とても虚しい気持ちになった

  心にぽっかり穴が開いてしまったように

  その穴を埋めることができずにいた



  「 お待たせしました 」



  話が盛り上がっている時

  ウエイトレスさんがお盆を二つ手にして

  机にそれを置いた

  メニュ−が全て揃ったところで

  私達はフォ−クやスプ−ンを手に

  黙々とそれをむさぼった

 
  普通なら成績の話が少しくらい出てもいいはずなのに

  そこには誰も触れる事はなかった

  それは触れてないように誰かが気を遣っている

  というわけではなく

  誰もが本当に気にしていないようだった




NO.58 鳴海 08/23(土) 11:12 IP:61.87.111.26 削除依頼
あげ!

NO.59   藤 、 08/24(日) 13:28 IP:202.216.52.234 削除依頼



    @  鳴海 様

      あげ ありがとうございます

      遅くなりました




NO.60   藤 、 08/24(日) 21:50 IP:202.216.52.234 削除依頼


 
  「 妃菜 ちょっといい 」



  その夜

  麻奈と浴衣についてメ−ルをしていると

  部屋の扉をノックされママが顔を覗かせた

  そこにはいつもの優しい笑顔はなく

  少し眉に皺を寄せて困ったような表情を見せていた

  私は何の事かはわかっていた


  夕ご飯をすませた私は

  成績表を置いて逃げるように部屋に駆け込んだ

  きっと呼び出されたのは

  その成績表についてだろう

  

  「 座って 」



  先ほどまで食事をしていたテ−ブルが

  綺麗に片付けてあった

  そして真ん中には白い紙が一枚置いてある

  私は未だに中は見ていない

  
  ママは神妙な面持ちで私の前の椅子に腰かけ

  それを手にして私の方へ表を向けて

  すっと差し出した

  私はそっとそこに目を落とした


  " テストの成績は確かに良い方ですが

    欠席や遅刻がよく目立ちます

    留年がないという理由で気が抜けているようです

    二学期は授業にもっと積極的に参加して

    今よりも良い成績を期待しています "


  担任の直筆で書かれたその文字は

  少し雑で小さな字がきっちりと並んでいた

  その上にはずらりと教科の名前と数字が

  行儀よくきちんと納まっていた


  
  「 妃菜 頭悪すぎじゃん

    高校って10段階じゃねえの 」

 

  目の前に集まる冗談では流されない数字を見て

  小学六年生の弟が私の隣に現れて生意気に言う

  引っ越す際に散々 泣き喚いていたのにも関わらず

  今ではめっきりそんな可愛い姿はない

  
  最近の小学生はませているのか

  付き合ったり 好きな人が居たり だとか

  言動や考えまでが大人っぽくなってきている

  この間なんて弟が自慢げに可愛い女の子と

  手を繋いでいる姿を目撃してしまった

  勿論 声をかければ罵声を浴びせられるのは

  想像できていたのでそっとしておいた


  

NO.61   藤 、 08/24(日) 22:04 IP:202.216.52.234 削除依頼



  並ぶ二つの黒とぴんく色のランドセル

  歩く度にゆさゆさと給食袋を揺らしながら

  仲良しそうに小さな小さな手を握り合う

  愛しく そして細いブラコン精神を感じた私は

  今 とてもそう思った事に後悔していた



  「 陽介 アンタは向こうに行ってなさい 」



  ママの少し強めの口調に陽介は

  ちぇっと言いながらテレビの前のソファ−に
 
  寝転がりながらアニメの世界に引き込まれる

  こういうところはまだまだ子供なのに



  「 いつも制服着て何処に行ってるの 」

  「 … 何処って学校だよ 」

  「 嘘つかないで 」



  溜息混じりだった言葉のママに

  正直と答えてはみるが

  当たり前のように怒りの言葉が返って来た


  私は説明したくなかった

  前の学校では成績優秀でどちらかと言えば地味に

  過ごしていた私がこんな風に授業にも出ないで

  屋上に溜まって皆でわいわい楽しくしている、

  なんて口が裂けても言えない


  パパとの離婚を境に

  友人の就職先で働かせてもらうという理由で

  こっちに引っ越す事になった

  少し前までは主婦しかしていなかったのに

  急に家事と仕事をこなせと言われても難しい事だろう

  陽介やお姉ちゃんと協力はしているものの

  ママのストレスを癒せる事は出来なかった



  「 … 私は大丈夫だから心配しないで 」

  「 心配しないでって

    こんな成績とったの初めてじゃない 」



  3や4ばかりが並んでいる

  体育には赤色の文字で2が記されている

  よくても5が精一杯だった


  ママは額を抱え込む

  長い髪の毛がさらさらと落ちていく

  私は黙り込んで俯くしかできなかった



  「 ただいまあ 」



  その時 玄関の方から

  疲れきったお姉ちゃんの声がした

  大学へは進まずに就職したお姉ちゃん

  週に4回は夜に水商売を入れていた




NO.62   藤 、 08/24(日) 22:14 IP:202.216.52.234 削除依頼



  「 何 やめてよ
 
    玄関まで丸聞こえだよ 」



  金髪にも近い明るい茶色の巻き髪を揺らし

  お姉ちゃんはダルそうにそう言った

  鞄をソファ−に投げ捨てて

  冷蔵庫の中のオレンジジュ−スに手を伸ばす



  「 わ 何これえ 」



  先ほどのママと同じくらいの音量で

  お姉ちゃんが私の成績表を手にして言う



  「 美和からも聞いてやってよ

    妃菜 黙ってるだけで何も話さないのよ 」



  ママは見た目よりも若かった

  前の学校の子達は

  お母さんが若くて羨ましい 、

  なんて言われたけれど実際はそうでもない

  もう厄年近いしただ少し童顔なだけだと思う

  格好や化粧にも気を遣っている方なので

  そう見えただけだろう

  
  いつも笑顔で普段はとても優しかった

  小さい頃は可愛いママが自慢だった

  今では多少の皺も目立ってはいるが

  とても優しいのは変わらないまま

  けれど 最近は前よりもずっと溜息が増えた



  「 妃菜 虐められてんの 」

  「 そうじゃないよ 」

  「 だったら何で学校行かないの 」



  私の隣の椅子に腰をおろすお姉ちゃん

  いつもなら帰ってすぐにご飯を食べるのだが

  今日は私の成績が気になって仕方ないらしい



  「 行ってる … けど 授業には出てない 」

  「 何で 」

  「 私 前の学校は楽しくなかった

    友達は確かに居たし苦痛ではなかったけど

    今ほど友達が大切だって思った事なかった

    ここに来て 確かに成績はがた落ちだし

    将来も難しいかもしれないけど

    今 凄く幸せで凄く楽しいと思えるの

    三年生ではちゃんと頑張るって約束する …

    だから … それじゃあ 駄目なの 」



  気付けば涙を堪えるのに必死だった

  


NO.63   藤 、 08/25(月) 19:42 IP:202.216.52.234 削除依頼



  ただのワガママで

  三年生頑張るなんて言葉は

  ほとんど説得させる為に出したものだった

  今の幸せを決して壊したくはない

  壊してほしくはない

  そう強く思った自分から自然と出たものと

  偽りで出たものが綺麗に混ざり合っていた

  真実と偽りの言葉がマ−ブル模様を描く

  ママとお姉ちゃんは眉間に皺を寄せながら

  目を合わせあっていた

  そして 先に口を開いたのはママだった



  「 … 分かったわ

    妃菜 ごめんね 」



  ママの手がそっと伸びて

  私の頭を優しく優しく撫でた

  髪の毛がママの手から零れ落ちる

  それと同時に私の目からも涙が溢れた


  ごめんね 、

  か細いママの声を聞いてなんだか

  とても悪い事をしているような気になった

  少しでも成績を上げようと思ったのは

  悲しそうな彼女の瞳が揺れたから


  私は 戻っていいわ、 というママの言葉に

  無言でリビングを立ち去った

  後からお姉ちゃんがママに何かを言うのが聞こえた


  " 新着メ−ル 1件 "

  " 不在着信 1件 "

  
  携帯を開くと二つの文字が現れた

  メ−ルは麻奈からだと分かったが

  私は不在着信に首をかしげた

  
  とりあえず 誰か想像がつかないまま

  文字を押すと " 飛鳥幸成 " という

  予想外の文字が現れた

  恋か麻奈辺りを予想していたので

  まさか幸ちゃんからとは思わなかった



  「 … 何だろう 」



  不思議に思いながらも

  受話器が上がっている電話のボタンを押す


  プルルルル ...

  機会音が私の耳に木霊する




NO.64   藤 、 08/25(月) 19:53 IP:202.216.52.234 削除依頼



  五回目くらいのコ−ルで

  メ−ルで用件を確認しようと思った私は

  携帯を耳から外して電話を切ろうとした

  
  
  「 もしも−し 」



  その時 パッと電話が明るくなり

  こもったような小さな声が聞こえた

  私は思わずまた携帯を耳に押し当てる



  「 あ 幸ちゃん 」

  「 う−ん 」

  「 どうしたの 」

  

  眠たいのかお酒が入っているのか
  
  いつも以上に甘ったるい声を漏らしている

  
  
  「 俺ねえ 今ねえ
 
    何処に居るでしょ−うか 」

  「 … ええ 家 かな 」



  呂律のまわらない口調

  おそらくお酒を口にしているのだろう

  それほど酒豪でない幸ちゃんは

  自分から進んで飲んではいつも酔っ払っている

 

  「 あんね 駅 」

  「 危ないよ 早く帰んなきゃ 」

  「 ん−ん 会いに来てよ 」

  「 … 行けないよ 」



  それでも私は時計に目をやった

  8時を少し回っていた

  あるといえば電車はまだあった

  学校まで行くのには定期があるし

  金銭面では問題ないのだが

  なんだか今 家を出る事に抵抗があった



  「 … ん お願い

    俺え … 淋しくて死んじゃう 」



  アルコ−ルを含むといつも以上に甘えたになる
 
  いつもお酒を持ち込んで集まるとなると

  必ず誰か女の子に介抱してもらっていた

   
  多少 迷惑そうな表情を浮かばせながらも

  言動とは全く逆の感情で女の子は幸ちゃんに接した

  本当はきっと嬉しいのだろうけれど

  言葉では

  もうやだあ 、 とか ちょっとお 、

  なんて言っていた




NO.65   藤 、 08/25(月) 20:01 IP:202.216.52.234 削除依頼



  気付くと私はクロ−ゼットから

  ロンTとジ−ンズを引っ張り出し

  部屋着を脱いでそれに着替えていた

  財布と耳に押し当てた携帯だけを手に

  私は部屋を後にした



  「 … 幸ちゃん そこ動いちゃ駄目だよ 」

  「 はあい 」



  私の言葉に電話越しの大きな園児が返事をする

  私はその言葉に少し笑み浮かべて

  リビングの扉を開いて顔だけ覗かせた



  「 ちょっと出てくるね

    すぐ 戻ると思うから 」

  「 … 気をつけるのよ 」

  「 うん わかってる 」



  ママの心配そうな声に私は扉を閉めて言う


  それからキティちゃんの健康サンダルに
 
  ペディキュアがほどこされた足を通した

  歩いて10分かからない駅

  走っても走らなくてもさほど変わりはないのに

  私の足は自然と歩みを速めていた


  駅について改札を抜ける

  ホ−ムに電車が滑り込んくる

  私は出て行く人達の波に押されながら

  座席に腰をかけた

  3駅ほどしたら着くというのに

  いてもたってもいられない


  警察が見回りに来ていたらどうしよう

  駅員さんに呼ばれていたらどうしよう

  酔った勢いで何か危険な事をしていたらどうしよう


  私の不安は最高潮に達していた

  早く早く早く 、

  自然と携帯と財布を握る手が強くなった




NO.66   藤 、 08/25(月) 20:09 IP:202.216.52.234 削除依頼



  駅に着く前に席を立ち

  扉の前で待機した

  
  もし 本当に私が想像している事が起きたなら

  きっと こんな時間差関係ないのに 

  そう思ってはいたけれど止められなかった


  私は扉が開いた瞬間 走っていた

  サンダルが脱げて転びそうになった

  それでも構わずに走った


  改札を抜けて出口の方を見渡す



  「 … 幸ちゃん 」



  煙草とライタ−を隣に置いて

  ベンチに座りながら壁にもたれかかっている

  私はその隣にそっと腰かけた


  携帯を触っていた幸ちゃんの視線が

  隣に座る私に注がれた

  肌寒い夜風が私の額の汗を冷たくする



  「 あ 妃菜ちゃあん 」



  少し赤い頬にとろんとした瞳

  今にも閉じてしまいそうな目は

  それでも私を映していた



  「 どおしたの 」



  そう言って私の腰を両手で挟んで

  倒れるように膝に頭を乗せた

  人通りの少ない駅だとはいえ恥ずかしかった

  
  反応に困っていると

  す−す−と彼から寝息が聞こえてくる



  「 え ちょっと 幸ちゃん 」



  私は思わず幸ちゃんの細い肩を揺さぶる

  華奢な体は今にも壊れてしまいそう


  
  「 ん … 眠い 」
 
  「 家 帰る 」

  「 うん … でも もうちょっと 」



  そう私にゆったりとした笑みを見せて

  幸ちゃんはまた私の膝に顔を埋めた

  その間 する事がない私は

  幸ちゃんの愛用しているライタ−に手を伸ばす


  ヴィヴィアン好きな幸ちゃんに

  さゆり先輩がプレゼントしたらしい

  とてもお気に入りのようで

  いつも嬉しそうに手にしていた

  高額であろうそのライタ−は

  傷1つなく 幸ちゃんが大切にしているのがよく分かった




NO.67   藤 、 08/29(金) 20:04 IP:218.45.108.224 削除依頼



  もう少し あと5分だけ

  そんな言葉をうわ言のように繰り返し

  結局 幸ちゃんが眠って30分経った

  最後の方は私も諦めて

  ただ人気のない駅に気だるく座っているだけだった

  膝の上ですやすやと眠る小さな幼稚園児のような

  可愛く綺麗な顔をした幸ちゃんを見ると

  自然と笑みが零れた


  肌寒い気温になってくる

  夏の夜は思っていたより寒かった

  蒸し暑い夜が続いていたけれど

  一歩 外に出れば冷たい風が吹き付けた


  昔から置いてあるだろう時計は

  埃一つなく誰かがこれを大事に磨いているのだな

  と思わずにはいられなかった

  そんな時計が幸ちゃんが眠ってから

  40分近く指している事を示していた



  「 … あれ 」



  時計から幸ちゃんに目を戻そうとした瞬間

  急に起き上がった幸ちゃんは

  辺りを見渡して私の顔を見た

  少し充血した目だったけれど

  先ほどのとろんとした目ではない

  いつものはっきりとした瞳が

  じっと私の目を見つめたいた



  「 … おはよ 」



  状況を理解したのか

  少し動揺しつつも幸ちゃんは

  照れくさそうに前髪を触って笑った

  私も同じように微笑み挨拶を返す



  「 ごめんね こんな時間に 」

  「 ううん 平気だよ 」

  「 なら よかった 」



  安心したような表情を浮かべて

  幸ちゃんは正座していた足をおろして

  私の隣に腰をおろした




NO.68   藤 、 08/30(土) 15:47 IP:218.45.108.224 削除依頼



  結局 大した話はしないまま

  私たちは別れてしまった


  夏祭りの話は一度も出なかった

  麻奈がいるから平気だろうけれど

  忘れっぽい幸ちゃんにちゃんと

  日時を伝えておけばよかった

  
  そんなことを思いながら私は眠りについた

 


             *
 
 
 
 
  今でもよく覚えてる

  梅雨のじめっとした湿気と匂い

  夏の暑苦しい汗と祭りの音

  秋の肌寒い夜と冷たい風

  冬の凍える寒さと暖かい手

  
  彼と一緒に過ごした季節は

  あまりにも騒がしくて

  穏やかなんて言葉は無かった気がする

  無かったではなくて似合わない

  という方が正しいのかもしれない


  貴方は本当に幼稚園児のようで

  淋しがっては誰かと一緒に夜を共にし

  忘れっぽくて約束はいつもすっぽかして

  単刀直入な言葉しか知らなくて

  そして 誰よりも一番の優しさを持っていた

  でも 人一倍弱くて傷つきやすい貴方は

  いつも一人で泣いていたよね


  それを知らないで貴方を悪く言う人も居れば

  それを知った上で貴方を愛した人も居た

 
  ねえ 貴方は今 何を思っているのですか

  何を感じて 何を支えにしていますか

  
  まだ忘れっぽいのは治ってないのかな

  まだ約束は守れないんだ、
 
  なんて言って淋しそうにしてるのかな


  そんなことをまだ考えてる私は

  まだまだ前には進めないかもしれない


  答えてくれる貴方はもう

  此処に居ないのに




NO.69   藤 、 08/30(土) 16:07 IP:218.45.108.224 削除依頼



  夏休みが始まった一週間なんて

  あっという間に過ぎた

  一週間のうちに出会った人物は

  麻奈と恋くらいだった

  ほぼ毎日 二人とは顔を見合わせた

  
  
  「 お姉ちゃん 浴衣着せて 」



  夕方五時

  コテを片手に髪の毛と格闘しているお姉ちゃんに

  私はリビングの扉を少し開けて言った

  お姉ちゃんは顔を上げて少し嫌そうながらも

  分かった、と笑って承諾してくれた

  仕事に行く前にママがかけてくれた浴衣を

  私は手にしてリビングへと足を運ぶ

  

  「 化粧したげよっか 」

  「 ええ お姉ちゃんの化粧じゃ

    私に合わないじゃん 」

  「 ば−か ちゃんと妃菜の顔に合うよう

    可愛くしてあげるわよ 」



  そう笑いながらお姉ちゃんは帯を巻く

  ソファ−で相変わらずテレビを見ている陽介は

  いつのに増して嬉しそうだ

  どうやら 愛しのあの子と今日はデ−トのよう



  「 約束 何時 」

  「 六時 … かな 」

  「 じゃ 30分で仕上げちゃうから 」



  そういってお姉ちゃんは

  机の上にあるポ−チの中を探って

  私の正面に座った


  30分で仕上げる、

  なんて言っておきながら

  結局 仕上がったのは六時前

  時計を見て急いで私は巾着を手に

  小走りに駅へと向かった

  


NO.70   藤 、 08/30(土) 16:27 IP:218.45.108.224 削除依頼



  電車の中は浴衣を着た人で溢れていた

  カップルで浴衣を着ている人や

  友達同士で楽しそうに笑っている子達

  誰もが楽しそうな表情を浮かべていた

 
  祭りが行われる駅に着くと

  皆が一斉にその駅で下りていった

  私は小走りに駅の前にある公園へと向かう

  

  「 あ 麻奈 」



  私は白っぽい色の浴衣に身を包む

  いつもとは違った大人びた麻奈の姿を見つけた

  髪の毛を片方だけ編みこんでいて

  もう片方にまとめてボリュ−ムを出していた

  

  「 ごめん 遅れた 」

  「 ううん どうせ まだ揃ってないから 」


 
  公園に設置された大きな時計に目をやると

  六時を少し回っていた

  それでも時計下に集まっているのは

  麻奈と宏君のみだった


  
  「 ああ もう 遅いよ 」



  宏君の方へ目を向けると同時に

  麻奈が私の後ろを見て声をあげる

  そこには照れくさそうに笑っている芯と

  つんとした表情を見せている恋が居た

  赤い浴衣に長い髪の毛をアップにしている


  
  「 久しぶりじゃ−ん 」



  芯が走りよって私たちに笑いかける

  同じようにして私と麻奈も久しぶりと言った


  残るは遅刻王の幸ちゃんのみ



  「 やっぱり 一緒に来ればよかった … 」



  待ちくたびれて花壇に座り込む

  そろそろ暗くなってきて

  駅から祭りへ向かう人の群れも多くなってきた

  幸ちゃんを待って30分以上が経っていた

  何度も電話をかけているけれど出ないらしく

  連絡が全くつかない事に嫌気をさしていた



  「 もう 来ねえだろ 」



  宏君はそういって立ち上がった

  隣に座っていた芯も同じようにして立ち上がる




NO.71 鳴海 08/30(土) 16:37 IP:61.87.111.26 削除依頼
意味深な文がありましたね!
続きが気になります
ねくすと

NO.72   藤 、 08/30(土) 16:39 IP:218.45.108.224 削除依頼



  膨れっ面の麻奈をなだめる芯と恋

  綺麗な化粧も台無しの表情

  
  私は三人の後ろを宏君と歩く

  幸ちゃんの居ない三人の姿は

  なんだかとても淋しく思えた



  「 気になるなら行けば 」



  隣に歩いていた宏君が零す

  私は思わずその言葉の意味が分からなくて

  顔を見上げて宏君を見た

  けれど 宏君は前を見ているだけで

  私に視線は一切向けなかった



  「 成の事 気になるんだろ 」

  「 えっと … 気になる … けど 」

  「 どうせ 女と一緒に居るし 」

  「 … え 」

  「 忘れて女と遊んでるんじゃねえの 」



  宏君はそう言って私の顔をやっと見た

  
  下駄を履いている人達のカラカラとした音が聞こえる

  どこからか風鈴の音が聞こえて

  犬の鳴き声すらし始めている

  近所の家から聞こえるそれぞれの夏



  「 そんなわけないじゃん 」

  「 お前ってさ 成の事 

    全然分かってねえよな 」

  「 … だったら何 」

  「 理想ばっか見すぎ

    アイツはお前が思ってるほど

    優しくもねえし いい奴でもない

    ただの女好きの最低な人間なんだよ 」



  どうして宏君がそんな事を言うのか分からなかった

  幸ちゃんの一番の理解者だと思っていたから

  まさか 幸ちゃんを最低と言うとは思わなかった



  「 … 最低なのは宏君じゃん 」

  「 成ん家 行けば分かるんじゃん 」

  「 家 知らないし … 」

  「 笹岡駅を降りてすぐ

    5分も歩けばすぐ着くよ

    駅を右に曲がって真っ直ぐ行けば

    古いアパ−トがあるからそれの201号室

    アパ−トなんて無いからすぐ分かるよ 」



  面倒くさそうに宏君はそう言って

  私の背中をそっと押した




NO.73   藤 、 08/30(土) 16:40 IP:218.45.108.224 削除依頼



    @  鳴海 様


      なんだか展開がぐだぐだで

      凄い申し訳ないです …




NO.74   藤 、 08/30(土) 17:09 IP:218.45.108.224 削除依頼



  「 アイツのこと 変えれるのは

    多分 麻奈じゃね−から 」


  
  そういった宏君は

  そのまま振り向かずに歩き出した

  
  少しだけ見とれてしまったのは

  宏君の背中が大きくて

  なんだか幸ちゃんと重ねてしまったから

  
  私はそれから駅へと戻って

  笹岡駅までの切符を握り締めて

  慣れない駅に戸惑いながらも改札を通った

  思ったより小さな駅で人も少なかった

  何度か電車の中で幸ちゃんに電話はしてみたけれど

  相変わらず留守電に繋がるだけだった

  
  駅を出た私は宏君に言われた通り

  とりあえず右へ真っ直ぐ進んだ

  5分で着くと教えてもらったので

  とりあえず時間を確かめてから歩き出す

  辺りを見渡していると

  それらしき建物が見えた


  建物を改めて前にしてみると

  お世辞にも綺麗とはいえない

  本当に古びたアパ−トだった

  私はとりあえず階段をのぼって

  201号室を探した

  思っていたよりすぐに見つかったので

  私はツバを飲み込み扉をそっとノックする


  普段からノックする事なんて無かったので

  なんだか緊張して二回のうちの一回目は

  小さな音になってしまった



  「 … はあい 」



  扉がこちら側に引かれる

  私は急いで反対方向によけて

  中の人物が見えるのを待った



  「 … あ 」



  そこには上半身裸でプ−マのジャ−ジを下にはいた

  幸ちゃんが私を驚いた顔で迎えていた

 
  後ろから甘ったるい声が聞こえる



  「 だれえ この子 」



  下着だけを身にまとった見た事のない女の人が

  幸ちゃんの背中にぴったり体をくっつけて

  こちらを真っ黒で囲まれた目で睨みつけた




NO.75   藤 、 08/30(土) 17:18 IP:218.45.108.224 削除依頼



  「 ごめん 奈々ちゃん

    今日は帰ってもらえる 」

  「 はあ 何それ 」

  「 本当ごめん

    先約忘れてたんだ 」

  「 先約って …

    電話してきたのそっちじゃん 」

  「 うん ごめん 」



  申し訳なさそうに何度も謝る幸ちゃん

  不機嫌そうな顔を見せた女の人は

  後ろで着替えをすませて
  
  私の肩を手で思い切り押して去っていく

  

  「 おい 」



  その姿を見た幸ちゃんが彼女を呼び止める

  後ろを振り向いた表情は

  何かを期待しているような余裕の笑み


  
  「 何 」

  「 謝れよ 妃菜は悪くねえだろ 」

  「 はあ アンタ 奈々に喧嘩うってんの 」

  「 そうじゃないけど 

    八つ当たりなら俺にすればいいじゃん 」

  「 意味分かんない

    もう一生 連絡してくんな ガキ 」



  暴言を吐いてカツカツ

  ミュ−ルの音を立てながら

  女の人は先ほどより機嫌を悪くして帰って行った


  苦笑いの幸ちゃんに部屋へ案内され

  私は靴を脱いで部屋の中へと足を踏み入れた

  中には小さなキッチンとリビングがあるのみ

  他の部屋はなくて少しだけ広い一室だけだった


  畳に座るように言われたけれど
  
  どこを見てもゴミや服が散らばっている

  私は服を隅に集めながら腰をおろした

  机にはビ−ルやチュウハイの缶が転がっている

  食べかけのお菓子が袋の口をあけている

  思っていたより汚かった

  けれど 部屋の汚さとは反対に

  香りはいつも幸ちゃんがつけている香水の

  とても落ち着く匂いがした


  
  

NO.76   藤 、 08/30(土) 17:31 IP:218.45.108.224 削除依頼



  「 何 どっかで祭りでもやってたの 」



  ジュ−スの入ったコップを手渡して

  幸ちゃんは1つだけ不釣合いに畳の上に置かれた

  ベッドの上に腰かけた

  シ−ツが歪んで無造作に幸ちゃんの着ていたであろう

  Tシャツが放置されていた

  さっきの女の人の顔が浮かんでは消えた

  

  「 … 今日 覚えてないの 」



  私は幸ちゃんにそっと尋ねる

  すると 考えたような表情を見せて

  幸ちゃんは私の顔を見た



  「 … ごめん 忘れてた 」



  私は隣にある机にコップを置く

  喉までかかった溜息をぐっと堪える


  宏君は本当に幸ちゃんの理解者だった


  理想ばかりだと言われて

  正直 腹がたった

  けれど 実際 幸ちゃんと女の人の

  生々しいことを想像すると吐き気がした

  
  見た事も聞いた事もない

  " 奈々 " と呼ばれた女の人

  一体 幸ちゃんとどのような関係があるのだろう

  

  「 何度も携帯に連絡したんだよ 」

  「 ごめん … 」

 

  おそらく 出れない状況にあったのだろう

  私はそう思うと胸の奥がぎゅっと締付けられた



  「 煙草 吸ってい 」

  「 … いいよ 」



  そういうと幸ちゃんは

  私の隣へ手を伸ばして煙草とライタ−を

  机から連れ去っていく

  思わずドキッと胸が高鳴った




NO.77   藤 、 08/31(日) 14:01 IP:218.45.108.224 削除依頼



  幸ちゃんは煙草とライタ−を手に

  ベッドから下りて窓際に腰をおろす

  そして窓を開けて煙草を咥えた

  私はその風景を見ていた

  いつもはツンツンに逆立ちしている髪の毛も

  今日は寝癖が少しついているくらいで

  ほとんどぺっちゃんこの状態だった

  そんな姿が新鮮でとても可愛く思えた



  「 浴衣 可愛いね 」



  す−と口から煙を外に向かって吐き出す

  薄っすらとした笑みを浮かべて

  幸ちゃんは私に言った

  
  そういえば 自分が浴衣だった事を思い出し

  思わず赤面する

  その姿を見てまた幸ちゃんは優しく笑った



  「 妃菜 俺のこと好きでしょ 」



  窓際に置いていたジュ−スのコップを手に

  幸ちゃんは一口飲んで私の顔を見た

  突然の発言に思わず驚く


  
  「 … え 何言ってるの 」

  「 俺も好きだよ 」



  幸ちゃんはそういって私の目を見る

  
  幸ちゃんが好きだなんて

  考えてもいなかった私は

  なんていっていいのか分からなかった

  
  私が幸ちゃんを好き ―




NO.78   藤 、 08/31(日) 14:17 IP:218.45.108.224 削除依頼


 
  愛や恋を嫌いだといった彼に

  私はとても淋しく思った

  震えてるよと馬鹿にされた彼に

  涙が溢れて止まらなかった

  突き放されたように話さなくなった時

  いつも何かを期待していた

  彼の手がそっと近づいてきただけで

  高鳴る胸が私には存在した


  好きだと言われた今

  聞き返す事もできないほど

  嬉しいと感じている自分がいる


  これが恋だというなら

  私は幸ちゃんが好き ―



  「 … え 」

  「 でも 妃菜は俺には無理だ

    俺は妃菜には無理だ 」



  幸ちゃんは私の目を見ないで

  隣に置いてあった灰皿に煙草を押し付けた

  灰色の煙が消えて煙草が歪む

  私は言われた意味が分からなかった



  「 俺は妃菜が好きだけど

    妃菜みたいに純粋に好きじゃない

    もっと言えば 俺は妃菜が嫌い

    俺を純粋な感情で見る妃菜が大嫌いだ 」



  まだ何も言えていないのに

  自分はフラれてしまった

  彼にこの感情を気付かされて

  そして 彼にそれをずたずたにされた

  

  「 … 意味分かんないよ 」

  「 俺はさっきの奈々ちゃんみたいに

    可愛くてセッ.クスできる女の子なら

    大好きだよ 優しいし淋しくないし

    でも 純粋の恋愛感情には見れない 」

  「 じゃあ セッ.クスできない私は

    幸ちゃんには必要じゃないって事 」

  「 そうじゃないよ
  
    ただ そんな程度の好きにしか思えない

    それなのに純粋に好きとか言われると重い 」

  「 麻奈も … 純粋に幸ちゃんが好きだよ 」

  「 違うよ 」



  きっぱりと私の言葉に幸ちゃんは答えた

  


NO.79   藤 、 08/31(日) 14:28 IP:218.45.108.224 削除依頼



  「 本当は巻き込んじゃいけなかったんだ

    俺らは5人でいくはずだった

    でも 俺が … 弱かったから 」

  「 何それ … そんなの … 今更だよ 」



  思わぬ幸ちゃんの言葉に目頭が熱くなる
  
  
  何度 フラレたって構わない

  好きだと言わせてくれなくてもいい

  大嫌いだと罵られたって平気

  
  でも 間違ってたなんて

  私を入れなければかよかったなんて

  そんな事 言われたら立ち直れない

  
  どうして 今更

  そんなことを言うのだろう

  
  
  「 … ごめん 帰って 」

  「 ねえ やだよ

    私 幸ちゃんが 」

  「 俺 今日 おかしいみたい

    ごめんね 帰って … お願い 」



  俯いた幸ちゃんはそれだけ言った

  今にも泣き出してしまいそうな声

  私はそれ以上 何もいえなくて

  黙って部屋を後にするしかなかった


  俺が弱かった ―

  そう幸ちゃんは言った

  
  どういう意味かは分からないし
  
  何を伝えたかったのも分からなかった

  でも 確かな事は私は幸ちゃんに拒絶された

  
  恋愛対象ではなかったとか

  そういうわけではなくて

  きっと ふさわしくなかったのだと思う


  外に出ると辺りはもう暗く

  駅の街灯が綺麗に光っていた

  駅のベンチに腰かけていると

  電車から吐き出されるように多くの人が

  楽しそうな笑顔を向けて各自の家路へ向かいだす

  
  一匹の蝉が絶えず鳴いていた

  死期が近いのだろうか

  なんて考えながらただ私は座っている事しかできなかった




NO.80 鳴海 08/31(日) 21:44 IP:61.87.111.26 削除依頼
全然ぐだぐだなんかじゃないです!

ねくすと希望です

NO.81 鳴海 09/12(金) 18:59 IP:61.87.111.26 削除依頼
あげ

NO.82   藤 、 09/13(土) 14:10 IP:202.60.41.100 削除依頼



   @  鳴海 様

     大変 遅くなりまして

     本当に申し訳ないです

     ありがとうございます




NO.83   藤 、 09/13(土) 14:23 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 … 妃菜 」



  気付けば辺りは真っ暗で

  私は自分がどのくらいここに座っていたか

  分からなくなっていた

  
  駅から出てきて小走りにこちらに走る麻奈

  その後ろにはノブ君の姿もある

  私は麻奈の言葉で時計に目をやった

  もう10時を過ぎてしまっていた

  祭を楽しんでいたのか麻奈の手には

  ビニ−ル袋は数個ぶらさがっていた



  「 … 幸の家に行ってたの 」

  「 … うん 」

  「 ノブでしょ そんな事させたの 」



  麻奈は血相を変えて振り向いて言う

  ノブ君は麻奈が怒っている事に

  何も感じないのか表情1つ変えない

  
  さっきまで鳴いていたと思っていた蝉も

  いつの間にか静まり返っていた

  シン、とした空気はあまりにも不気味で

  我に返って気温の低さに気付く



  「 別にいいじゃん 」

  「 よくないよ 」

  「 俺 帰るわ じゃあな 」

  「 あ ちょっと 」

  

  ノブ君はそれだけ言うと

  私たちに背を向けて手を振って去って行った

  麻奈は困ったような表情を浮かべている



  「 妃菜 今日 麻奈ん家に泊まってかない

    麻奈 … 妃菜に話したい事あるから 」



  いつもの元気はなく

  麻奈は少し声を和らげて言った


  私は麻奈の言葉に頷いて

  泊まる意思を示した


 

NO.84   藤 、 09/13(土) 14:48 IP:202.60.41.100 削除依頼



  麻奈の家は駅から歩いて

  10分程度の場所に位置していた

  可愛い洋風な家は麻奈の容姿にあっていた

  暖かく迎えてくれた麻奈のお母さんは

  麻奈と似た目をくしゃりとさせて

  初めて見る私に笑顔を向けてくれた


  麻奈はピンク色のタオル生地のパジャマに身を包み

  濡れた茶色の髪の毛をドライヤ−で乾かしている

  私は麻奈に借りた昔のパジャマを着て

  慣れない部屋にそわそわしていた


  麻奈の部屋は特別広いわけではなく

  なんだかとても落ち着いた

  カ−テンや小物や布団のシ−ツなどは

  ほとんどピンクで統一されていた

  枕元に置いてあるぬいぐるみも

  気のせいだろうけれど幸せそうに見えた



  「 これ 見て 」



  ドライヤ−のスイッチを切り

  タオルを肩にかけた麻奈は

  小物が沢山置いてある机から

  伏せてあった写真たてを私の前に差し出した

  私は写真たてを受け取る


  写真たては白いシンプルなもので

  中には10人近くのうちの学校の制服を着た人達が

  楽しそうに笑っている姿があった

  真ん中には幸ちゃんが座って

  今よりもずっと幸せそうに笑っている

  片手を精一杯こちらに向かってピ−スをし

  もう一方の手では隣の女の人の肩を抱き寄せていた



  「 … これ 」



  前の人達は座っていて後ろの人達は立っている

  誰もが同じような笑顔をしていた

  
  私は麻奈へ顔を向ける

  
  幸ちゃんの隣に居るのは

  この間見たプリクラと同じ人物の

  綺麗なけれど笑顔は可愛らしい女の人だった




NO.85   藤 、 09/13(土) 15:14 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 矢野葵

    麻奈たちより1つ年上の先輩

    でも 性格はまだまだ幼稚園児みたいで

    凄くワガママで弱い女の子だったんだ 」



  麻奈は私の手から写真たてをとり

  愛しそうにそれを撫でながら言った

  潤んでいる瞳を見て

  私は彼女はきっとこの世には居ない人なのだと悟った



  「 あおちゃんと幸は

    私が見てきた中で1番のカップルだった

    いつも二人一緒で凄く仲良しだった

    誰もが妬いてしまうくらいだった …

    どうでもいい事でいっぱい喧嘩して

    でも気付いたら仲直りしてるみたいな

    そんな二人だったよ 」



  気付けば麻奈の目から

  涙が零れ落ちて写真たてを濡らしていた



  「 でも … あおちゃんは

    死んじゃった …

    去年のクリスマスに

    幸のこと … 好きだったけど …

    あおちゃんは凄く弱かったから …

    ほんとはずっと元彼と会ってたって

    二人で遊んでる時にたまたま事故で … 」



  葵さんの元彼は

  学校を退学させられ

  あまりよくない職についたと言う

  前から悪い先輩達と絡んでいたせいもあり

  結局 その道へと進んでいってしまったらしい


  
  「 幸はそれでもあおちゃんを怒らなかった

    あおちゃんが弱い事を知ってたから

    元彼との事が辛くて優しい幸に寄り添って

    それでも幸は幸せだって笑ってたの …

    だから あおちゃんが死んじゃった時は … 」



  私は もういいよ、

  と麻奈の背中をさすった


  幸ちゃんの葵さんへの愛は

  痛いほど私の胸に響いた




NO.86  ...彩夏 09/13(土) 19:54 IP:125.193.54.177 削除依頼


お久しぶりですっ

最近ずっと来なかったので、一気に
読むの大変でした(∀)わら

でも藤さんの文章って、独特の雰囲気があって、
それ彩夏大好きなので、一気に
読むことができました\(^o^)/

凄い展開っすね*
麻奈ちゃん……;

ネクスト希望ですー


NO.87   藤 、 09/19(金) 21:15 IP:202.60.41.100 削除依頼




     @  ...彩夏 様


       お久しぶりです

       更新が不定期に大量更新

       って感じのやり方で申し訳ないです

       いえいえ そんなお言葉

       勿体ないですよ

       ありがとうございます

       展開が速すぎてぐだぐだですよ …




NO.88   藤 、 09/19(金) 21:25 IP:202.60.41.100 削除依頼



  こんなにも恋が苦しいなら

  恋をしなければよかった 

  そう思う人がこの世には沢山居る

  けれど 同様に

  こんなにも恋が苦しいけれど

  私は彼に恋をしてよかった

  そう思う人がこの世には沢山居る


  私はその二つの選択ならば後者でありたい


  ありがとう と相手に感謝をし

  成長させてくれた事や

  経験させてくれた事にお礼を言いたい


  幸ちゃんは一体

  前者だったの 後者だったの ―



  「 久しぶり−い 」



  夏休みの一ヶ月間

  私はどちらかといえば有効に日々を過ごせた

  バイトや勉強に追われながらも

  友達との時間も十分に満喫していた

  夜の外出が多くなった事もあり

  なるべく控えるようにも気をつけた

 
  ママやお姉ちゃんは最初のうちは

  心配そうにしていたけれど

  次第に私がそれほど悪い連中と付き合っていない

  という事が理解できてきたのか

  最近では快く私を遊びへと行かせてくれた


  ― 8月31日

  今日は皆で最後の花火をする約束で

  電車で揺られて隣の市にある

  海へと足を運んでいた



  「 恋 また可愛くなった 」

  「 はいはい 」



  皆 特に変わった様子はなく

  ただ芯が少しだけ成長していた

  恋に対する態度が夏前よりも

  随分と積極的になっていたのだ



  「 お前 太ったんじゃねえの 」



  恋と芯の隣では

  寄り添うようにして電車に乗る麻奈と幸ちゃんが居た

  その姿をじっと見つめていると

  横に腰かけたノブ君が嫌味たっぷりに言った




NO.89   藤 、 09/19(金) 21:42 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 な … 痩せたよ 」

  「 へえ 何で 」

  「 何で … って 」



  私は思わずノブ君の言葉に言葉を止める

  きっと 太った事に気付いたんじゃなくて

  彼は私が痩せた事に気付いたのだ


  麻奈からの話を聞いて以来

  思うようにご飯が食べれなかった

  別に大きなショックを受けたわけではないのに

  何故だが葵さんが亡くなった時の幸ちゃんを思うと

  胸がいっぱいになって箸を置いてしまうのだった


  あの祭以来

  幸ちゃんと何度か一緒に遊んだが

  目が合う事は一度もなかった

  勿論 話をする事はないし

  話すチャンスを与えてすらくれなかった


  
  「 … ダイエットしただけ 」

  「 それ 嘘だろ 」

  「 嘘じゃないよ … 」



  夜の電車は人が少なくて妙に淋しい

  六人で居るはずなのに

  別れた二人ずつで話している

  まるで別世界に居るようだった


  けれど 次の停車駅のアナウンスを聞き

  私たちは全員 目を輝かせた

  芯が花火の入った袋を握って笑顔を見せる

  
  停車する寸前に

  立ち上がってドアの付近に立った

  窓の外に目をやると

  そこには暗闇の中に静かな海があった

  私はノブ君の隣から腰をあげて

  ドアの外へと吸い込まれるように歩いていく

  
  早歩きだったところが

  段々と小走りへと変わり

  駅を出た瞬間 前に居た四人は走り出していた

  砂浜に出てビ−チサンダルを投げ捨てる

  その後を私とノブ君は歩く


  
  「 あんま考え込むなよな 」

  「 … え 」

  「 って幸が伝えろってさ

    じゃ 俺はちゃんと伝えたから 」



  それだけ言うと

  ノブ君は履いていた黒色のビ−チサンダルを

  四人と同じように放り投げて

  芯へと体当たりをしていった

  
  頭でこだまする

  幸ちゃんが伝えた優しい伝言




NO.90 鳴海 09/19(金) 23:03 IP:61.87.111.26 削除依頼
芯も優しいですね!
細かいところに気づく男性ってかっこいい★

ねくすと希望です

NO.91   藤 、 09/24(水) 20:36 IP:202.60.41.100 削除依頼



    @  鳴海 様

      変化に気付かない男は

      あまり好かれないですよね 笑

      いつもありがとうございます



NO.92   藤 、 09/24(水) 20:54 IP:202.60.41.100 削除依頼



  私は思わず顔から笑みを零す

  そして ノブ君に続いて

  走って麻奈達の元へ向かった


  地元よりも夜風がきつく

  海の匂いが鼻の奥をついた

  私はその匂いを忘れたくなくて

  ずっと感じて居たいと思った


  ロケット花火 手持ち花火

  ねずみ花火 様々な花火を買い込んでいた私達は

  芯を中心に火をつけてそれを楽しんだ


  手持ち花火で文字を書いて遊んだり

  男子はロケット花火を持って打ち合ったり

  ねずみ花火から逃げ回ったり

  何本も花火を手に握って走り回ったり

  
  腹筋が割れるんじゃないかって思うくらい笑って

  砂に足をとられながらも走り回って
 
  大きな声で沢山 騒いだ


  幸ちゃんが狙い撃ちしてくるロケット花火から

  必死で逃げて砂浜を駆けていく芯の笑顔

  危ないくらいに何本もの花火を手に持ち

  嬉しそうに両手を広げる幸ちゃんの笑顔

  いつもよりずっと楽しそうにしている

  ノブ君の滅多に見れないくらいの満面の笑顔

  幸ちゃんの真似をして沢山持とうとして

  やっぱり怖いかもって叫んでる麻奈の笑顔

  芯にねずみ花火を投げられて

  怒りながらも嬉しそうな恋の笑顔


  全部 全部

  大切にしまっておきたい

  淋しくなったら取り出して

  辛くなったら元気をもらって

  嬉しい時はまたその嬉しさをしまう

  そんな風にこの瞬間を大切にしたい

  きっと 一生に一度しかない私の夏



  「 よし じゃあ 最後だな 」



  周りの砂にささった花火は

  私たちを囲むように円を作っていた

  何十本もの色とりどりの棒



  「 もう最後なの 」

  「 十分 楽しんだじゃん 」



  苦笑しながらも芯は

  1つの袋を手にして言った




NO.93   藤 、 09/24(水) 21:04 IP:202.60.41.100 削除依頼



  中には線香花火が入っている

  今まで沢山あった花火は

  もうこの数本しかなくなっていた



  「 あ ちょうど 6本 」

  「 … なんか淋しくなっちゃうね 」



  麻奈が手元に配られた線香花火を手に

  少し肩を落としてしゃがんだ

  同じようにして私も腰をおろす


  
  「 何 湿っぽいこと言ってんの

    また明日から会えるじゃん 」



  芯は笑いながら麻奈の背中を

  ばしばし乱暴に叩いた

  麻奈は痛そうにして芯に倍返ししている


 
  「 はいはい そこ

    火 つけるよ 」



  芯の隣に座る恋が二人を制す

  恋が丁寧に一人ずつの線香花火に火を灯す


  
  「 ねえ 線香花火が最後まで落ちなかったら

    今してる恋が叶うんだって 」



  沈黙の中 麻奈が小声で言った

  恋と芯の表情が一変する

  目が火元に集中した


  海が波を打つ音しか聞こえない

  月が雲に隠れたり現れたりを繰り返す

  虫一つ鳴かない夜はなんだか怖い



  「 … うわ 」
 
  「 え 何 」

  「 ちょっと 芯 」


  
  芯が変な声をあげたと思ったら

  その声に驚いた恋と麻奈が悲鳴に近い声をあげる

  どうやら 芯を始めとした三人の火は

  ぽたりと下に落ちてしまったらしい


  
  「 芯のばかあ 」

  「 芯ってば 本当空気読めない 」


   
  間に挟まれた芯は二人に

  されるがまま頭を殴られている

  麻奈は今にも泣きそうだ



  「 あ … 」


  
  す−と吸い込まれるようにして

  火は落ちずに消えていった

  よく考えれば深く線香花火をした事がなかったので

  こんな風にして火が消えるのだと感動した



  

NO.94   藤 、 09/24(水) 21:14 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 いいなあ 」



  私の手元に視線が集まる

  三人が声を揃えて私を見ていた

  

  「 こんなの迷信だろ 」



  そういった幸ちゃんは

  ノブ君の隣から花火を投げ出した
  
  どうやら ノブ君と幸ちゃんも落ちなかったらしい



  「 それは幸が落ちなかったから

    余裕の発言として言えるんでしょお 」



  恋が口を尖らせながら幸ちゃんに言う

  幸ちゃんは後ろに両手をついて笑う



  「 だって俺の恋

    もう一生叶わねえし 」



  その一言で沈黙が私達を包み込む

  悪気なさそうな表情を浮かべながら

  幸ちゃんはじっとどこかを見つめていた


  
  「 おい 幸 」

  「 … ああ もう 悪かったよ 」



  ノブ君の一言で

  小さな子供みたいな風に

  幸ちゃんはぶっきらぼうに言う


  
  「 うりゃ くらえ 砂爆弾 」



  そういって芯は

  砂を握って幸ちゃんのズボンにかける

  白いズボンが一瞬にして砂まみれになる



  「 てめえ 何やってんだよ 」



  幸ちゃんが立ち上がると芯も立ち上がり

  二人して海の方へ走り去っていく

  
 
  「 芯ってああ見えて

    なかなか空気読めるよね 」

  「 お前 さっきと言ってる事 逆だぞ 」

  「 アタシ いい男に目つけられたね 」



  冗談なのか本気なのか

  ふふふ、 と嬉しそうに笑って

  恋は二人の元へ向かう

  それに続いて麻奈も立ち上がる




NO.95   藤 、 09/24(水) 21:19 IP:202.60.41.100 削除依頼



  残った私たちは

  水遊びをして楽しむ四人を見ていた

  

  「 アイツら 帰りどうすんだよ 」


 
  呆れたように言いながらも

  表情はとても柔らかい

  ノブ君は四人の保護者のようだった


 
  「 お前は行かねえの 」

  「 うん 見てるのが楽しいから 」
  
  「 へえ ばばあ 」



  クスリと鼻で笑うノブ君

  私はその言葉に花火の棒を引っこ抜いて

  思い切り投げつける

  しかし ノブ君の反射神経によって

  それはよけられパタリと砂の上に落ちた



  「 おい ノブ タッチ 」



  ズボンの裾を持ってあげながら

  幸ちゃんが濡れた手でノブ君の肩に軽く触れる

  後ろで芯が何かこちらに向かって言っている


  
  「 うっせえ 馬鹿

    これから応援を呼ぶんじゃ 」



  幸ちゃんは芯に向かって言いながら

  ノブ君に芯に構うように指示した

  ノブ君はダルそうにしながらも

  芯が近づいたら思い切り走りキックをお見舞いしている

  二人してずぶ濡れになっていた



  「 あはは アイツら 馬鹿だなあ 」



  私の隣に腰をおろしながら

  幸ちゃんは笑っている

  胸の奥がとくんと脈を打った

  声が震えそうで話しかける事もできなくて

  私はただ海ではしゃぐ四人を見ていた




NO.96   藤 、 09/24(水) 21:25 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 ゴミ 」


  隣からそんな言葉が消えたかと思うと

  すっと幸ちゃんの手が私の髪の毛へ伸びる

  

  「 ほら ね 」



  満面の笑みを見せながら

  幸ちゃんは私に紙くずのような

  花火のゴミを私に向けて差し出した

  私はそれを持ってそのまま下へ落とす



  「 … 妃菜 」



  幸ちゃんとぶつかり合った視線を

  背ける事ができなくて

  私は淋しそうな表情を見せる幸ちゃんに見入る


  
  「 ごめん 」



  差し出された手が私の頬へと伸びた

  ひんやりと冷たい手

  その手から伝わる海水の香り


  
  「 … ううん 」

  「 俺 あの時 … ごめんな 」

  

  私は首を振る事しかできなかった

  次 何かを言ってしまえば

  涙が溢れて止まらない気がしたから


  それからは無言が続いた

  ただ黙って少し縮まった距離で

  四人を見つめていた

  
  静かな時間が二人の間に流れていた

  飽きずに遊んでいる四人に感謝する

  少しでもこの時を多く過ごしたい


  幸ちゃんの冷え切った手が

  私の暖かい手を包み込んでいる

  初めて触れた彼の手は

  思っていたよりも大きくて

  でもどこか華奢なところがあって

  大切に守ってあげたいと思った


  幸ちゃんのこの両手には

  溢れそうなほどの愛がきっと有り余っている

  完全に注ぐ事のできなかった葵さんへの愛


  私はその一滴でも

  貴方からもらえる事ができたのかな




NO.97   藤 、 09/26(金) 20:46 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 俺 … 」

  「 何 」

  「 幸 」



  幸ちゃんは手を強く握り締めて

  私に何かを訴えようとした

  けれど その続きは麻奈の声によってかき消される

  するりと私の手から抜けていく手

  何も気づかずに笑いながら麻奈はこちらに手を振る


  
  「 妃菜も行く 」

  「 あ … うん 」



  幸ちゃんは笑顔で麻奈に大きく両手を振ると

  立ち上がり振り向いて私に言った

  差し出された手に掴まって体が引っ張られる



  「 よし もういっちょ暴れるかあ 」



  大きく背伸びをする幸ちゃん

  白くて薄っぺらい背中が少し露になる

  女の子が羨ましがるような細さだった



  「 ん 」

  「 ううん 」


 
  頭に疑問符を浮かべている幸ちゃんに

  私は なんでもない、 と笑って

  麻奈達の方へと走っていった

  幸ちゃんも同じように後ろから走ってくる


  麻奈の手が嬉しそうに幸ちゃんの腕に絡まる

  寄り添う姿はあまりにも似合っていて

  胸の奥がしめつけられた

  細い糸でぎゅっと結ばれたような感覚

  見ていてもどかしくて

  ほどけそうなのにほどけない

  かといって 麻奈が幸ちゃんへの愛情表現を

  やめてしまえば消えてしまう感覚

  というわけでもなさそうだった

  嫉妬に近いもっと違った何か

  
  
  「 流れ星 流れないかな 」



  麻奈の何気ない一言に

  全員が空を煽った

  そこには一面に広がる黒と点々とする光
  
  流れそうにないそれは

  私たちの小さな期待を黙って見ているようだった




NO.98   藤 、 09/26(金) 20:57 IP:202.60.41.100 削除依頼



  電車の中から見る海は

  実際に浸かりながら近くで見るものとは違った

  暗くて地平線が見えない

  大きくて恐ろしく恐怖さえをも思わせた

  波の音さえ聞こえない

  潮の匂いさえ感じない

  ただそこに存在するだけの恐怖


  
  「 楽しかったなあ 」



  花火のゴミが大量に入った袋を手に

  芯が椅子にもたれながら言った

  緩く開かれた唇から漏れる笑み

  

  「 明日から学校は面倒だけどな 」

  「 でも 体育祭と文化祭の準備じゃん 」



  続けて言った芯の言葉に

  恋は思い出したように言った

  その言葉で明らかに目を輝かせているのが三人



  「 もうそんな時期か 」



  隣で座っていたノブ君は

  携帯を閉じてズボンのポケットにしまった


  
  「 でも 私達には関係ないんじゃないの 」



  普段 授業には全く出ていないのだ

  体育祭や文化祭なんてクラス行事

  こちらが楽しみにしていても

  クラスの子達からすれば迷惑ではないのだろうか

  それにどう考えても

  あのクラスにまとまりがあるとは思えない


  けれど 私の言葉を制したのは

  意外にもノブ君だった




NO.99   藤 、 09/27(土) 20:18 IP:202.60.41.100 削除依頼



  「 俺達の学校は6つの連合に分かれる

    赤 黒 白 青 黄 緑

    で それぞれが希望する連合に入るんだ

    だから別にクラスとかは全く無関係 」



  ノブ君の話はとても具体的だった

  
  まず 各連合ごとに三年生の幹事を配置する

  勿論 三年生もクラスなんて関係ない

  幹事が決まり次第 幹事のアピ−ルが始まる

  アピ−ル期間は三日間にも及ぶらしく

  それが終わればクラスのHRで投票が行われる

  
  これはクラスがまとまらないという意見から

  生まれたこの学校独自の方法らしいけれど

  ノブ君から言わせれば不良と優等生を

  合同にするわけにはいかない

  という先生達の思考からきたらしい

  体育祭や文化祭は他の学校の生徒や保護者がくるので

  そういう目も気にしての事らしかった



  「 でも アピ−ル期間って必要あるの 」

  「 妃菜 馬鹿だなあ

    必要あるに決まってんじゃん 」

  「 アピ−ル期間っていうのは三日間あって

    主に選挙活動みたいにポスタ−書いたり
   
    先輩達が勧誘にきたり演説したりするんだよ 」

  「 まあ 演説なんて言い換えれば

    どこがウケを狙うかっていう

    ほとんど遊びみたいなもんだけどな 」

  「 や でもあれは大切だ 」



  口々に皆が私に文化祭と体育祭について教えてくれた

  去年の体育祭の盛り上がり方とか

  文化祭の盛大さとかアピ−ル演説の面白さとか

  皆の話を聞いただけでわくわくした


  結局 電車の中では文化祭などの話で盛り上がり

  私達は別れた

  
  帰り道は先ほどまでの楽しさは全くなくなっていて

  ただ虚しさと淋しさが私の中に残っていた

  さっきまで笑い飛ばしていたのに

  どうして こうも虚しい気持ちになるのだろう

  明日だって会えるはずなのに

  皆と別れた後のこの淋しさはいつになっても慣れない




NO.100   藤 、 09/29(月) 18:12 IP:202.60.41.100 削除依頼



  アピ−ル期間の三日間は

  まるで台風が過ぎるかのごとく

  盛大に始まりすぐに幕を閉じた

  私達は仲の良い先輩達に勧誘された

  勿論 そこに行く気だったので断らずに

  黒連合の応援幹部に就任する事にとなった

  
  私が想像しているこの学校は

  幸ちゃん達のグル−プ以外は地味で

  あまり騒ぐのが好きじゃない人達

  というような事を思っていた

  けれど それは私が学年さえもを知らないだけで

  ただの想像にすぎなかったのだ

  
  各連合長は誰もが威勢よくかっこよかった

  そして それを支持する女の先輩も

  綺麗で優しそうな人ばかりだった

  

  「 お前 この学校のこと
  
    全然分かってなかったんだな 」


  
  私がその事について話すと

  ノブ君は呆れたように笑った

  

  「 はい そこ 無駄な話は慎む 」



  教壇の方から連合長の大祐先輩が言う

  今日も熱い話し合いになりそうだ


  応援幹部は

  連合長 副連合長男女各2名 応援幹事 応援幹部

  という風に4つに分けられていた

  主に連合長 つまり応援団長が指揮をとり

  三年の先輩達が務める幹事の人達と話をまとめ

  決まった事を幹部とも話し合って

  幹部がそれをチ−ムの同学年の人に教える

  といったような形式になっていた



  「 俺達のグル−プは一番タチが悪いけど

    他のグル−プもそれなりに一緒のようなもんだよ

    まあ 幸以上な奴は居ないと思うけど 」



  応援団長の大祐先輩の目を気にしながらも

  隣にダルそうに腰かけるノブ君が私に言った



  「 へえ そうなん ― 」

  「 おっしゃ 黒連合 総合優勝狙うぞお 」

  「 お−お 」


  
  一斉に座っていた生徒達が立ち上がる

  私の声は大祐先輩の叫び声に紛れて消えた


  苦笑を浮かべているのは

  ノブ君と私くらいだった




NO.101   藤 、 09/29(月) 18:29 IP:202.60.41.100 削除依頼



  私とノブ君の熱とその他

  応援幹部の熱との差は激しかった

  別に幹部が面倒くさい

  というわけではなくて彼等が熱すぎたのだ



  「 女子はセ−ラ−服使って

    チアみたいな感じを考えてるの

    勿論 男子は長ランに鉢巻きで 」

  「 ええ 俺もセ−ラ−服着たいっす 」
  
  「 幸 静かに 」



  副連合長の美咲先輩は

  さきほどから元気よく手を挙げる幸ちゃんを黙らす

  
  応援合戦は体育祭の中でも一番盛り上がる

  他の合戦に負けないようにと

  衣装や応援歌やパフォ−マンスを考えた

  
  放課後は衣装作り

  ダンス合戦の練習や構成決め

  連合の色と雰囲気にあったパネル作り

  競技の練習

  そして 文化祭の取り組み
  
  先輩達はずっと忙しそうだった

  せわしなく廊下を走り回り

  何かが完成すればひと段落してまた取り掛かる


  学校祭一週間前になると

  どのクラブも部活停止になって

  神経に学校祭の準備に取り組んだ



  「 明日 楽しみ−い 」

  「 芯 騎馬戦落としたら

    絶対に許さないからね 」

  「 大丈夫だ−って

    ま 今年は俺らが優勝だな 」



  駅前のマックに着いたのは7時過ぎ

  今までずっと学校で作業をしていたのだ

  学校祭前日もあって先輩達もカリカリしていた

  

  「 何言ってんの 二人共

    麻奈達が一番に決まってんじゃん
   
    ね−え 幸 」



  そういって麻奈は隣に居た幸ちゃんの腕に

  自分の腕を絡めて肩に頭を置いた



  「 … ていうか 俺 日に当たるの嫌だ 」



  そういって幸ちゃんは

  暗くなった窓の外へと視線を流す

   
  窓の外は駅に飾られたネオンが

  キラキラと光って綺麗だった



  

NO.102 鳴海 09/29(月) 19:32 IP:61.87.111.26 削除依頼
100おめでとうございます★
これからも頑張って下さい!!

体育祭おもしろそうです!
組み分けの方法もユニークですね

ねくすと希望です

NO.103   藤 、 09/29(月) 23:07 IP:202.60.41.100 削除依頼



     @  鳴海 様

       いつもありがとうございます
 
       ちょっと強引さが見られましたが

       そう思っていただけると嬉しいです

       これからもよろしくお願いします




NO.104 鳴海 10/16(木) 21:19 IP:61.87.111.26 削除依頼
あげ

NO.105   藤 、 10/18(土) 18:01 IP:218.45.110.56 削除依頼



    更新が大変遅れました
  
    私情による事で更新が遅れ
  
    読者様には本当に申し訳ないと思っています

    でも もし万が一でも期待してくれている方が

    いらっしゃいましたら

    どうか最後までご愛読をお願いしたいです

    本当に勝手なことばかり申し上げてすみませんでした




NO.106   藤 、 10/18(土) 18:37 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 … あ 」



  ふと声を漏らしたのは

  窓の外を見ていた幸ちゃんではなく

  恋だった


  私達は恋の言葉に恋に視線を向ける

  けれど 彼女の視線は窓の外

  ある男性に注がれているようだった



  「 … 恋 あれ 」



  麻奈の声が少しだけ震えた気がした

  芯も心配そうに恋を見つめる

 
  
  「 … あ ごめん なんでもない 」


  
  恋はそういって

  焦った表情を見せながら前髪を触った

  明らかにいつもと違っていた


  ス−ツ姿のその男性は

  年齢にすると30歳前後なのだろう

  綺麗な身なりをしていて

  凛とした表情をしていた

  茶色がかった髪の毛はまだ若さを残していた



  「 お待たせいたしました 」



  タイミングがよいといえばよいのか

  ちょうどウエイトレスが注文した品を運んできた

  運ばれてきた後は何事もなかったように

  いつものように楽しい会話をしていた

  けれど 恋の顔はどこかよそよそしく

  やはり窓の外の男性を気にしているようだった


  
  「 … 恋 うざいよ 」



  ご飯を食べ終えて文化祭について話していると

  ふと幸ちゃんが零した

  みんなの笑顔がぴたりと止んだ



  「 ちょっと 幸 何言ってんの … 」


  
  隣にいる麻奈が幸ちゃんの袖引っ張る

  恋の表情に笑顔はない

  まるで自分の事のように芯は

  悲しそうに俯いていた



  「 俺らがお前の行動

    分かってないとでも思ってんの 」

  「 … どういう意味 」

  「 さっきから何回あの男見てんだよ

    援交やめたとか嘘なんじゃねえの 」

  「 幸 やめてよ 」

  

  麻奈が必死で止めるのにも関わらず

  幸ちゃんはおかまいなしに続けた


  先ほどの暖かい空気が一変にして凍りつく


  
 

NO.107   藤 、 10/18(土) 19:00 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 だったら何なの …

    だいたい幸には関係ないじゃん 」
  
  「 関係ないかもしんねえけど

    うざいんだもん 仕方ねえじゃん 」

  「 … 最低 」



  恋はそういうと幸ちゃんを睨み

  鞄を手にとって店を飛び出していった


  重たい空気が流れる

  
  麻奈は止めようと席を立ったけれど

  何も言わずに結局 座ってしまった



  「 成 さっきのは言いすぎだろ 」

  「 … だってアイツ

    あのおっさんの事 見すぎ 」



  そういって幸ちゃんは

  窓の外を睨むようにして言った

  
  さっきまで全く興味がなかったように

  携帯を触っていた宏君が

  幸ちゃんに向かって苦笑する



  「 それは分かるけどアイツにだって

    色々と切れねえ縁とかあるんじゃねえの 

    お前がいつもしてる指輪みたいに 」



  宏君は何の抵抗もなく幸ちゃんに言った


  左手薬指の指輪

  私は初めて幸ちゃんに出会った時

  屋上で約束した時の事を思い出した

  そういえば あの時

  私はその指輪が光っているのを見て

  なんだかとても遠い気持ちになった



  

NO.108   藤 、 10/18(土) 19:20 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 … なるほどね 」



  どういう反応をとるかと思っていると

  幸ちゃんは案外あっさりしていた

  
  麻奈の横顔も芯の表情も

  強張っていた顔が安堵を零す

  
  
  「 アイツにとっては

    なんか理由あっての事なんだろ 」

  「 … よく分かんねえや 」



  そういって幸ちゃんはコ−ラを口にした

  芯は恋の事が心配なのか

  何度も携帯を確認しては溜息をついていた


  解散した後も

  私はずっと飛び出した恋の事を考えていた

 
  " 浅野さん "

  おそらく前に麻奈が教えてくれた男性が

  あの男性だったのだと思う

  話を聞いた特徴も似ている気がしたし

  何よりも恋の行動がいつもよりは違っていたから


  結局 飛び出してしまった恋は

  家に帰ったのだろうか

  それとも …

  そんな考えが浮かんだけれど

  私はすぐに頭を振って考えを消した


  明日は早めに学校に行って

  準備をしなくてはいけないので

  私はあまり気にしないようにしてベッドに入った




NO.109   藤 、 10/24(金) 20:26 IP:218.45.110.56 削除依頼



  翌日は幸ちゃんにとって最悪な天候となった

  ギラギラと光る太陽は

  アスファルトを叩くように照らした

  それに反射した熱が熱い空気を放射する

  まさに体育祭日和とはこの事だ

  冷たい風一つ吹かない今日は

  きっと紫外線がひどく肌を刺激するだろう


  早朝 私は電話の音で目を覚ました

  時計を見ると5時を少し回ったくらい

  誰だと思い開かない目をこじあけながら

  歪む画面の中で

  「 幸ちゃん 」 という文字を見つけた

  私が電話に出た瞬間 

  耳の中いっぱいに彼の声が響き渡った


  " 日傘 忘れないで "


  大きな声が一瞬聞こえて

  ぶつっという機械音だけが残った

  私はとりあえず大きな声を出されて

  まだ完全に起きていなかった心臓と脳が

  フル活動したことを落ち着かせるのに必死だった



  「 ねえ ママ 日傘 どこだっけ 」

  「 もう起きたの

    体育祭だからって張り切りすぎじゃない 」

  「 そういうわけじゃないってば 」



  お弁当を作る手を止めて

  ママはリビングから出てきて

  下駄箱の方へと足を進める

  私もそれに続く

  下駄箱の使わないブ−ツをしまっている引き出しに

  黒いレ−スのついた日傘が

  ひっそりと居心地悪そうに立っていた



  「 体育祭に日傘なんて変よ 」
  
  「 … うん 」



  私は怪訝そうに傘を差し出すママに

  苦笑いだけを残して部屋へと戻った




NO.110 10/25(土) 11:22 IP:221.87.239.62 削除依頼


 すごく面白いですっ!!
 ねくすと希望します(^ω^ )
 

 

NO.111   藤 、 10/26(日) 13:29 IP:218.45.110.56 削除依頼



    @  奏 様

      ありがとうございます




NO.112   藤 、 10/26(日) 13:48 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 おっせえよ 」



  邪魔になると思い髪の毛を上にあげて

  ポニテ−ルをしようと試みたものの

  なかなかうまくいかなくて

  慣れない事に苦戦した為

  いつもより一本遅い電車で来るはめになった

  おかげで走って登校という形になった

  グラウンドにはほとんどの生徒が椅子を持ち出して

  白い普通のものよりは柔らかい素材のTシャツと

  男子は黒色の 女子は赤色の短パンを着て

  ぞろぞろと歩いていく

  教室に到着すると既にジャ−ジ姿の五人が

  床に座り込んで話していた


  私の登場に日焼け止めを足に入念に塗りこんでいた

  幸ちゃんがパッと顔を上げて言った



  「 ごめん … 色々してたら遅れちゃって

    私 着替えてくるね 」

  「 いいよ そんな急がなくても

    どうせ 開会式は出ないから 」



  鞄をそこらへんの机に置いて

  ジャ−ジが入っているショップ袋を手に

  教室を出ようとすると恋が言った

  私はその言葉に少し安心しつつも

  小走りでトイレへと向かった



  「 あ 妃菜 可愛い 」


 
  着替え終えて教室に戻ると

  麻奈が立ち上がって私を指さした

  何のことか分からずに戸惑いながら

  制服をたたんでショップ袋の中に戻す

  そして みんなの元へ行って自分の机に鞄をかけた



  「 髪の毛 麻奈もしたいけど短いからなあ … 」


  
  羨ましそうに麻奈は私の髪の毛を見た


  
  「 お前はそのままでもいいじゃん 」

  「 それって可愛いって事 」

  「 そういう事 」



  にっこり笑って色とりどりのヘアピンを

  頭に沢山つけた幸ちゃんが麻奈の頭を

  ぐっと自分の頭へ引き寄せた




NO.113   藤 、 10/26(日) 14:02 IP:218.45.110.56 削除依頼



  いつもと変わらない風景なのに

  なんだか少し胸が傷む



  「 お 開会式始まった 」



  窓際に居た芯が外を見て言う

  グラウンドの真ん中には連合ごとに

  ぴっしりと並んだ列が出来ている

  それを満足そうに見つめる先生が前に並び

  生徒会長が開会式を告げていた


  生徒の応援席の後ろには各連合ごとのテ−マに

  基づいたパネルが大きく飾られている

  私達が属してる黒連合は

  ホワイトタイガ−と思われる大きな虎が

  真っ暗な太陽を背景に大きく吠えていた

  先輩達 パネル係が頑張ってくれたのが

  とてもよく伝わってくる作品だった

  他の連合もとても綺麗なパネルばかりで

  どこがパネル賞をとってもおかしくなかった



  「 去年に比べたらまだ足りないね 」

  「 まあ 去年は凄かったしね 」


  
  恋と麻奈も芯の隣に並んで外を見つめる

  その目は淋しそうでどこか遠くを見ていた


  私の知らないもの 越えられない壁

  どこか薄いレッテルを貼られている気がして

  私はまだそこに完全に踏み込めない



  「 あ 終わった 」

  「 っぽいね 」

  「 じゃ 行きますか 」


  
  麻奈達のやり取りを黙って聞いていた幸ちゃんが

  そういってパンと両頬を叩いた

  続いて芯と恋と麻奈が続く

  私と宏君も歩き出す


  
  「 あ 妃菜 もって来てくれた 」
 
  「 うん ばっちり 」

  
 
  先を進んでいた幸ちゃんが振り向いて

  私の元へ走ってくる

  私は手でOKサインを作って笑う

  下駄箱に置いてあると告げると

  幸ちゃんは さんきゅ、といって

  私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた

  髪の毛が崩れるかと思ったけれど

  そんな事よりも胸が弾んだのが先だった




NO.114   藤 、 10/26(日) 14:10 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 意外と単純なんだな 」
  
  「 な … 何が 」

  「 いや 別に 」



  隣で宏君がクスリと笑う

  私は自分が先ほど幸ちゃんに撫でられた頭に

  手をかざしていた事に気付いて赤面した

  宏君にはいつも見透かされている



  「 暑い … 」



  外に出るとぎらぎらとした太陽が私達を刺す

  先頭を歩く幸ちゃんの手には日傘

  あまり男子生徒が持つようなものではない

  けれど 彼が持つと何故だか

  似合ってしまうのが不思議でならない

  違和感があるはずなのに許してしまう

  耳を囲むような沢山のピアスだとか

  指に光るリングだとか

  ポケットからはみ出ているストラップとか

  手にぐるぐるに巻きつけられた鉢巻だとか

  全てが彼の存在を引き立てていた



  「 アンタ等 何処に居たのよ

    男子100M始まるんだから応援するわよ 」



  美咲先輩がそういって幸ちゃんの耳を引っ張る

  幸ちゃんは痛い痛いと今にも泣きそうな声をあげる

  
  周りの保護者や本部に座るス−ツ姿の人も

  眉間に皺を寄せて幸ちゃん達のことを見た

  けれど それを気にもしないのがこの五人で

  そわそわしている自分が恥ずかしかった



  「 じゃあ 黒連合 張り切っていくぞ−お 」



  美咲先輩の気合の入った一発が送られる

  応援席に座る全員が席から立ち上がり

  一斉に声をあげた

  両隣から聞こえる応援よりも大きく

  他の連合よりもどれだけ目立てるか

  それが優勝への一歩だと言っていたのを思い出す


  
  「 赤連合 」

  「 黒連合 いけ 」

  「 大祐先輩ファイト− 」

  「 白連合負けるな 」



  色々な言葉が飛び交っていた




NO.115   藤 、 10/26(日) 14:17 IP:218.45.110.56 削除依頼



  連合対抗リレ−で午前の部は幕を閉じた

  午後の最初の部は応援合戦

  そして部活対抗リレ−

  その次は騎馬戦と続いていた



  「 疲れたあ … 」

  「 俺 貧血で倒れるかと思った … 」

  「 飯飯 早く飯行こうぜ 」



  そういって芯は食堂へと歩いていく

  額に汗を浮かべている芯は

  Tシャツをあげて引き締まった腹筋を見せながら

  パタパタと大きく仰いでいた

  宏君も珍しく暑そうにダルい表情を浮かべている


  
  「 絶対 化粧やばいよ 」

  「 ていうか 髪の毛ぎしぎしだよお 」



  麻奈と恋も鏡と向き合いながら

  愚痴をつらつらと零していく

  私はタオルを肩にかけてその風景を眺めていた

  幸ちゃんは完全に疲れきっているのか

  本当に倒れそうなほどフラフラだ

  体が細いのは貧弱さも表しているのだろうか



  「 おばちゃん 俺 カレ− 」


 
  芯に続いて次々に注文していく

  あまり食べる気にならなかったが

  何か食べないとやっていけないと思い

  私は焼きそばを注文した


  ぐったりと机にうつ伏せているので

  私はみんなの分の水を運んで配った


  
  「 お さんきゅ− 」



  にっこりと笑った幸ちゃん

  汗一つ滲んでいないけれど疲れが見える



  「 大丈夫 」

  「 ん 平気 」

  「 幸 ずっと日傘の中だったじゃん 」

  「 馬鹿 日傘意外と熱いっつ−の 」



  幸ちゃんの隣に座る芯が口を挟む

  口喧嘩できるだけマシかと思い

  私は宏君の隣に腰かけた




NO.116 鳴海 10/27(月) 21:32 IP:61.87.111.26 削除依頼
あげます!!

NO.117   藤 、 10/28(火) 19:49 IP:218.45.110.56 削除依頼




    @  鳴海 様


      いつもありがとうございます




NO.118   藤 、 10/28(火) 20:17 IP:218.45.110.56 削除依頼



  食堂はいつもとは違い

  なんだか騒がしかった

  ジャ−ジ姿の生徒達に違和感を感じる

  一年生の子達が元気にはしゃいでいるようだった



  「 … あの 」



  授業中に使用している机とは違い

  低めのテ−ブルと椅子を囲んで座る

  番号札を渡されて番号を呼ばれたら

  取りに行くのがここのル−ルだった

  いつものように軽い会話を楽しんでいると

  ふと上の方から声が聞こえた

  震えたか弱い女の子の声だった



  「 どうしたの 」



  白くて小さな印象の女の子
 
  手元にはカメラがある

  後ろから見守っている友達は

  息を潜めるようにしてこちらを見ていた


  顔を真っ赤にして俯く

  おそらく後輩だと思われる子に

  麻奈は優しく聞いた



  「 … 宏人先輩 

    よかったら一緒に写真撮って下さい 」



  まるで漫画の告白シ−ンを見ているような

  そんな気分にさせたのは

  この子が深く頭を下げてカメラをこちらに

  突き出したからだろうか


  私達は全員 目を丸くした

  そして五人の視線は一番端に座り

  すました表情をしていた宏君に注がれた



  「 いいよ ね 宏 」

  「 … や いいけど 」

  「 宏人先輩 モッテモテ 」



  麻奈がにっこりと微笑み

  彼女からカメラを受け取った

  そして 背中を押されながら

  宏君は彼女の隣に照れくさそうに立つ

  はいち−ず、

  麻奈の元気な声でフラッシュが光った




NO.119   藤 、 10/28(火) 20:41 IP:218.45.110.56 削除依頼



  不服そうにしている恋

  あの子が来た途端

  後ろに居た女の子達が一斉に押し寄せてきたのだ

  ほとんどが幸ちゃんのファンだったようだけれど

  三人のご飯は完璧に放置されていた

  私達は後輩の希望に答えている三人をよそに

  昼食をゆっくり摂っていた



  「 だいたい デレデレしちゃって何よ 」



  恋はスパゲティ−を口にしながら

  もはや撮影会状態になっている三人を

  睨みつけながら言った

  麻奈はそれを苦笑しながらなだめている



  「 … ムカつく 芯 」



  思わぬ恋からの一言に私と麻奈は顔を見合わせた


 
  「 え ちょっと 今 なんて 」

  「 … だから ムカつくのよ 

    宏人より芯の方が 」


 
  恋は珍しく頬をピンク色に染めている

  それはチ−クでもなんでもなく

  恋の感情を表しているのだと思った



  「 … きゃあ 芯ってばかあ 」


  
  麻奈が笑いながら芯を見る

  芯は女の子二人と話しているようで

  ニコニコと嬉しそうに笑っていた


  そこへ宏君が面倒くさそうに帰って来た



  「 最悪 … 麺伸びてるし 」

  「 楽しかった 」

  「 別に てか … 」



  不機嫌そうにラ−メンをすする宏君は

  ふと私の顔を見て言葉を止める

  私も思わず食べるのを止めた



  「 妃菜先輩と付き合ってるんですか

    って聞かれたんだけど … 」



  薄ら笑いを浮かべながら

  宏君はまたラ−メンを食べ始める

  ずるずるという音が美味しくなさそうな雰囲気だ




NO.120   藤 、 11/04(火) 21:30 IP:218.45.110.56 削除依頼



  にやりとした表情を浮かべてから

  宏君はいつもの通りの顔に戻るものだから

  私は聞き返さざるをえなかった



  「 え … ちょっと 今 なんて 」

  「 だから 俺と妃菜

    付き合ってんのかってさ 」
 
  「 で 何て言ったの 」

  「 さあね って言った 」

  

  私が言葉を発する前に

  「 え− 」 と後ろから大きな声が聞こえた

  驚いて振り向くと後輩の群れから帰ってきた

  幸ちゃんが目を丸くさせていた



  「 お前ら 付き合ってんの … 」

  「 や 付き合ってねえけど 」

  「 じゃあ 何で否定しなかったんだよ 」

  「 … や 告られる勢いだったから 」



  思わず額を抱えずにはいられなかった

  後ろから感じる視線が急に突き刺さるようだ

  それは幸ちゃんのものではなくて

  勿論 後ろに居る後輩のものだった


  時計に目をやるともう昼休みが終わろうとしている

  ぞろぞろと食堂を後にする生徒達

  昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴り響く

  芯と幸ちゃんはご飯をかき込むように

  お皿を持ってスプ−ンをせわしなく動かした


  結局 昼休みが終わる直前に

  私達はグラウンドに出た

  食堂のおばちゃんから

  「 頑張りなよ 」 という声援をもらって



  「 やべ 食った後に急に走るから腹が … 」

  「 何やってんだよ お前 」

  

  腹痛を訴える芯は横っ腹を押さえながら

  苦痛に顔をゆがめていた

  


NO.121 鳴海 11/07(金) 20:01 IP:61.87.111.26 削除依頼
宏人はやっぱり...って考えちゃいますw
午後の部楽しみです

ネクスト希望

NO.122   藤 、 11/08(土) 15:53 IP:218.45.110.56 削除依頼



    @  鳴海 様


     宏人の気持ちは書いている自分でも

     まだよく理解できていない状態です 笑

     ありがとうございます




NO.123   藤 、 11/08(土) 16:19 IP:218.45.110.56 削除依頼



  午後の部は応援合戦から始まった

  その連合の色と雰囲気にあった衣装をまとい

  様々なダンスを披露する

  連合全員が一丸となっていないと

  なかなか高得点は狙えない

  やる気のない連合は

  見ている連合から野次がとんだりもした


  
  「 … やべえ 俺 緊張してる 」

  「 お前 出番少ないじゃん 」



  美咲先輩に渡された衣装を着て

  少々 浮かれ気分で芯と幸ちゃんがこそこそ話す

 

  「 見とれてんな 」



  左手に白い手袋をはめながら

  そっと私の耳元で宏君が笑っていった

  思わず耳に感じた声に反応して変な声が出る



  「 じゃあ そろそろ出番だぞ 」



  大祐先輩の言葉で会話は途切れる

  
  大祐先輩の威勢のいい言葉で

  連合全員の声が響いた

  
  放送部の声が聞こえて私達はグラウンドに出る

  
  空は青かった

  動くたびに額からこめかみあたりまで流れる汗が

  まるで夏のような感覚を思わせた

  夏のようにからっとした空気ではない

  けれど 今にも蝉の鳴き声が聞こえてきそうで

  私は思わずぎゅっと目を瞑りたくなった


  私がこの学校に来て

  どれくらいの時間が流れたのだろう

  この人達と過ごす時間を数字に表すと

  どれくらい大きなものになるのだろう

  家族よりもきっと多くて

  一人で居る時間よりもずっとずっと多いはず

  
  私は音楽に合わせて

  美咲先輩に習ったダンスを必死に踊って

  本部に座る保護者やPTAの人達に笑顔を向けている最中

  ずっとそんな事を考えていた

  


NO.124   藤 、 11/08(土) 21:29 IP:218.45.110.56 削除依頼



  全ての連合が応援合戦を終えてホッとしていた

  一番気合が入り緊張する瞬間なんだよね、

  と美咲先輩は終わった後

  椅子にもたれながらそう言って笑った

  他の連合も同じような心境だったのだろう

  応援合戦が終わると午前の部よりも

  競技への応援がとても大きくなっているようだった



  << 次の競技は騎馬戦 騎馬戦

    騎馬戦に出る選手は召集所に … >>



  本部席に座って指示をしているのは

  放送部の赤連合の先輩だった

  赤色の鉢巻と青色の鉢巻を頭に巻いた二人が

  きゃっきゃと楽しそうに話しているのが見えた

  スピ−カ−から流れる彼女達の声は

  とても綺麗で声優向けである

  といっても過言ではないほどに思えた



  「 騎馬戦は応援のしがいがあるな 」



  大祐先輩と今井先輩が立ち上がる

  どうやら 美咲先輩は騎馬戦に出るようで

  いつもなら男子の先輩に負けないくらい

  やる気満々で仁王立ちになって応援しているのに

  その姿は見えなかった


  椅子の置いてある応援席から総立ちで

  みんな椅子の前にずらりと並んだ

  どうやら 騎馬戦はリレ−に負けないくらい

  見ている側も楽しめるらしい


  
  「 俺等も行こうぜ 」



  そう隣に座る宏君が言った

  いつもなら だるい、 とかなんとか理由つけて

  しかめっ面で座っているはずなのに

  今回だけは行動的だった

  私は宏君の後ろに続いて

  今井先輩と大祐先輩に場所を空けてもらって

  一番見えやすいとろこに出る事ができた



  「 ええ … っと

    みんな どこらへんなんだろう 」



  騎馬戦は連合対抗なので

  学年2組ずつ1つの連合として出ている

 
  私は恋や麻奈達の姿を探す
  
  けれど その必要はなかった

  見渡す限りのグラウンドにたった1つだけ

  金色に光る髪の毛があったから




NO.125   藤 、 11/08(土) 22:06 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 ねえ 宏くん 」

  「 何 」

  「 何で幸ちゃんの髪の毛って金色なの 」

  「 ああ … それは ― 」



  パ−ン

  宏君の言葉を遮るようにして

  ピストルの音を響いた
  
  と同時にトラックを囲むようにして

  待機していた選手達が乾いた土の上を走り出す

  一斉に動き出した人間達に視界がいっぱいになる

  私は必死で恋と芯のグル−プを目で追ったけれど

  結局 知らぬ間に見失ってしまった

  だから 幸ちゃんと麻奈のペアを探す事にした

  勿論 金髪がよく目立つのですぐに分かった

  麻奈は積極的に女子から得点を得ていた



  「 麻奈ってトロそうだけどやる時はやる女だよな 」



  今井先輩がまるで独り言のように呟いた

  麻奈達の隣の方では美咲先輩が懸命に戦っている


  美咲先輩をおぶっているのは

  最近 先輩といい感じらしい敦先輩だった

  身長180センチはある長身の先輩で
 
  見た目は怖そうなのだが喋るととても面白い先輩だ



  「 ていうか 美咲と敦

    早くくっついちゃえばいいのにね 」

  「 本当 あんな密着しちゃってカップルじゃん 」



  後ろで観戦していた先輩が言う

  敦先輩の後ろにぴったりとくっつく先輩は

  とても小さくて可愛かった

  いつも見せる強気の態度とは違い

  なんだか とても可愛らしい中学生のよう


  
  「 あ 」



  見知らぬ美咲先輩を見ていると

  隣から大祐先輩が声をあげた

  間抜けたような声だったけれど

  私はそれが何を示しているか気付く



  「 … ちょっとあれ 麻奈ちゃんじゃない 」



  先ほどまで人の恋模様を嬉しそうに語っていた先輩が

  身を乗り出してそう言った




NO.126   藤 、 11/08(土) 22:29 IP:218.45.110.56 削除依頼



  段々と人気がなくなっていく

  ピ−という笛の合図で終了の時間が告げられた
 
  その笛と同時に先生達が一斉に麻奈の元へ駆け寄る

  どうやら 騎馬戦の最中に幸ちゃんの背中から

  凄い勢いで落ちてしまったらしい

  相手の子が

  強く抵抗したせいで落下してしまったらしく

  麻奈は顔を歪めて肩に手をそえている

  幸ちゃんの表情は不安一色

  相手の子は涙目になりながら必死で謝っていた

  

  「 私 ちょっと 見てくるよ 」



  麻奈が幸ちゃんに支えられながら

  弱弱しく歩いていくのが見える

  本部の後ろに設置された保健の先生が

  居る場所へ向かおうとしているようだった



  「 俺も行く 」



  そういって宏君が私の隣を歩き出す


  麻奈の頑張りもあってか

  私達は騎馬戦で一位を勝ち取った

  恋と芯のペアの獲得数が一番多かった

  とも放送で流された


   
  「 … ま 」



  私達に背を向けて麻奈は

  保健の先生にTシャツをまくりあげられて

  肩に湿布を貼って包帯を巻かれていた

  その前にはじっと黙って幸ちゃんが座っている

  Tシャツをめくられているから

  幸ちゃんには麻奈の下着が見えていて

  きっとそんなのは二人の仲では気にするはずの事でもなくて

  それなのになんだかとてもジェラシ−を覚えた

  ずっと昔から二人がこういう関係だなんて

  理解しているつもりだったのに 


  私が声をかけようとして止めたのは

  保健の先生が麻奈に包帯を巻き終わり

  そっとTシャツを戻して

  こちらへ歩き出したからではなくて

  

  「 … 戻るぞ 」



  宏君が私の目を持って思い切り後ろに引く

  その反動で頭が後ろに持っていかれた

  塞がれた視界


  麻奈の泣き声とそんな麻奈を優しく抱きしめる幸ちゃん


  越えられない壁が見えた




NO.127   藤 、 11/10(月) 22:24 IP:218.45.110.56 削除依頼



  応援席への道のりも

  応援席に戻ってからも

  私と宏君の間には沈黙が続いた
  
  こんな沈黙 いつもは平気で居られたし

  宏君にとっては変わらない態度なのだろうけれど

  今の私にはそれが気を遣われているような

  不自然な優しさに思えて耐え切れなかった



  「 あ 宏人 妃菜 」



  鉢巻を首にだらしなく下げた芯と

  手ぐしで髪の毛を気にしている恋が

  二人そろって私達の元へ駆け寄ってきた

  あまり口を開く気にはなれなかった

  けれど 宏君をちらりと見ても

  変わらず何も言う気配がなかったので

  私は仕方なく二人に軽い説明をした



  「 麻奈 華奢だから大丈夫かな 」

  「 骨折れてたらどうしよう … 

    アイツ 絶対ファッション気にしてさ … 」



  段々と話が違う方向に流れていく

  恋と芯が居れば少し気が紛れた

  昔の私ならきっと嫌がっていただろうけれど

  今ではうるさい方が気が紛れるらしい


  先ほどまで雲1つなかった空が

  薄っすらとした雲を点々とさせていた

  雲が太陽にかかり日陰が度々できるようになった

  午後の部の競技がほとんど進行しても

  麻奈と幸ちゃんは応援席には姿を見せなかった

  
  あの後 恋と芯が様子を見に行ったけれど

  二人の姿はなく保健の先生が違う生徒の怪我を

  見ているだけだったという

  
  宏君は二人からそれを告げられても

  やっぱり何も言わずにただ競技を眺めていた




NO.128 11/10(月) 22:42 IP:125.192.237.9 削除依頼
 
文章がすごく素敵です!
 
個人的には宏君が好きです、笑
 
更新頑張ってください!
 

NO.129   藤 、 11/11(火) 22:08 IP:218.45.110.56 削除依頼



     @  さ 様


       とんでもないです
 
       ありがとうございます

       これから宏人の活躍も増えていくと思うので

       よろしくお願いします 笑




NO.130   藤 、 11/11(火) 22:23 IP:218.45.110.56 削除依頼



  << 総合優勝 白連合 >>


  白連合から聞こえてくる歓声

  ワアアという声が辺りに充満した

  行進に参加していなかったため

  並ぶ順番が分からなかった私達は

  とりあえず最後尾に並んだ

  先頭に立つ大祐先輩の後ろに並ぶ美咲先輩が

  後ろを向いて涙を流す姿が目に入った

  三年の先輩達は悔しそうに泣いていた


  閉会式が終わり私達の連合は

  応援合戦の優勝は獲得したものの

  総合優勝はたった数点の差で準優勝となった

  勿論 優勝一本だけを狙っていた先輩達は

  悔しい、 と何度も言っていた

  最後の連合の集まりで連合長と副連合長の挨拶も

  体育祭が始まった時に比べて

  元気は半減するどころか皆無で

  美咲先輩は悔し涙でほとんどうまく話せていなかった

  それを見た恋も珍しく目に涙を溜めていた

  
  敗因は誰もがわかっていた

  最後の連合対抗リレ−

  幸ちゃんと麻奈は勉強はできないけれど

  体育の面ではとてもよい成績だった

  ただ 参加していないだけでやればできるのだ

  騎馬戦の時もそうだったように


  そんな連合の頼れる選手が二人も抜け落ちたのだ

  二人といえども優秀な選手だったのだから

  戦力不足といっても過言ではなかった

  そんな中で連合対抗リレ−は最悪だった

  一位は確定だな、 と昨日は余裕だった大祐先輩も

  三位にゴ−ルした時にはバトンを地面に叩き付けた



  「 … あ 」



  どうにも居づらい私達は

  三年生がまだ残っている教室を後にした

  廊下に出て溜息を零していると

  芯がそっと声を漏らした


  そこには幸ちゃんと麻奈が制服姿で立っていた




NO.131   藤 、 11/11(火) 22:33 IP:218.45.110.56 削除依頼



  だらしないカッタ−シャツに身を包み

  少し乱れた幸ちゃんの髪の毛

  サイドの髪の毛を止めていた色とりどりのピンは

  どこへ行ったのか消えていた

  いつものすっと伸びたストレ−トな髪の毛が

  逆立ちしているだけだった

  幸ちゃんはこれといって普通の態度だった

  灰色のカラ−コンタクトがこちらを睨んでいた

  
  けれど 幸ちゃんとは打って変わり

  麻奈はとても居づらそうだ

  俯きながら今にも泣きそうな表情をしている

  
  声をかけようにもかけれない状態が続いた

  冷たい空気の流れが一通り過ぎた後

  私の隣に立っていた恋がツカツカと音を立てて

  麻奈と幸ちゃんの前に立った


  
  「 … 最低 」



  吐き捨てるように恋は言い

  麻奈の頬を思い切り平手で叩いた

  ペチン、 間抜けな音だったけれど

  生々しく廊下に響いた

  その音が聞こえたのか後ろの扉が開く音がした



  「 … ごめんなさい 」



  麻奈はそういうと深く頭を下げた


  確認はしなくても分かる

  きっと 私達の後ろには先輩達が居るのだろう


  誰も何も言わなかった

  いや 言えなかったのだと思う

  どう責めていいのか分からなかった


 
  「 確かに麻奈は怪我してたし …

    走れなかったかもしれない

    でも 幸まで行く事ないんじゃないの

    二人して … 最低だよ …

    お世話になった先輩を喜ばせるだけが

    どうして出来ないの 最低だよ 」



  大きく怒鳴り散らして

  恋は麻奈と幸ちゃんを睨み

  こちらを振り向きもせずに走って行った

  
  麻奈は頬を赤くさせて尚も黙って立っていた

  幸ちゃんは何を考えているのか

  ぼんやりとした表情をしていた




NO.132   藤 、 11/11(火) 22:58 IP:218.45.110.56 削除依頼



  第二ボタンまで開かれた首元からちらつく

  赤色のキスマ−クが恨めしくて

  私は黙っている事しか出来なかった

  呼び止めておいて何を言えばいいのかも分からず

  ただ 二人して向き合いながら立ち尽くした


  恋が走り去った後

  我に返ったように芯は追いかけて行った

  その後 教室に居た後輩や他の先輩も

  ざわざわと騒ぎ出したので

  大祐先輩や美咲先輩達は教室に戻って行った

  その時 同時に幸ちゃんも背を向けて

  下駄箱に向かおうとしていたので

  私は宏君が一人になった事も気になったけれど

  どうしていいか分からず

  ただ 何がしたいという理由もなく

  幸ちゃんを追いかけていた


 
  「 幸ちゃん 」



  呼び止めると当たり前な事なのに

  幸ちゃんが振り向いた事に驚いた

  驚いた というよりは

  振り向いた瞬間の表情があまりにも切なげで

  初めて見る彼のその顔にどきっとした



  「 … どうしたの 」



  ふんわりとした笑顔だった

  けれど どこか淋しさが残っている

  私はどうしていいか分からずにただ黙った

  俯く事もできないのはきっと

  灰色の瞳がこちらをじっと見つめているから


  その時 気付いたキスマ−ク

  私はすっとそこから目をそらした

  それに気付いたように幸ちゃんは

  そっと自分の首元に手をやり

  そして 一歩 私に大またで近づいた


  
  「 … 俺 麻奈とセッ.クスしてた 」



  首元に当てていた手を

  そっと私の方へと伸ばして止める

  触れる寸前のその手に迷いはない
 

  止んでいたはずの風がそっと彼の髪を揺らす




NO.133   藤 、 11/11(火) 23:06 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 … そうなんだ 」


  
  私が思っているよりも

  ずっとぎこちなかったかもしれない

  笑顔を作る事ができなかったのは

  きっと キスマ−クがまだちらつくから



  「 麻奈がさ 肩見てもらってる時に

    ブラジャ−が見えたんだよね

    それがあまりにも俺を誘ってるわけで

    俺が欲情しちゃった … 」



  無表情だった顔のパ−ツがゆったりと動いた

  作られたものは偽りの笑顔

  照れたように幸ちゃんは言って

  手をさっと下ろし私に背中を向けた

  ちゃんと目を見て嘘もつけないような彼の背中は

  やっぱりどこか小さいのだった



  「 疲れたから寝る おやすみ 」

  「 … どこで 」

  「 家 当たり前じゃん 」



  見透かされた気分だった


  私が他の女の所へ行くのを心配している

  それを分かったかのような余裕な笑み

  目を見つめられた時よりも頬が火照った

  

  「 … ねえ 幸ちゃん 今 幸せ 」



  遠くなっていく背中を見て呟いてみる

  けれど そんな馬鹿げた私お思いは

  生暖かい風に乗せられてそっと消えた



  

NO.134   藤 、 11/11(火) 23:23 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 女って分かんねえ 」



  そう言ったのは珍しく宏君だった

  
  体育祭と文化祭が終わり

  すっかり到来した秋は生暖かかった

  屋上で過ごせる毎日も残りわずか

  この間まで暑い思いをしていたのに

  夜はすっかり冷え切り雨も多くなっていた

  そんな日々が続く秋は不思議と平和だった


  昨日まで文化祭で騒がしかったのに

  三年生は今となっては全くの別人

  就職活動や受験に終われる身となっていた

  
  
  「 俺もよく分かんねえや 」



  芯が苦笑しながら宏君の隣に腰をおろす

  三人でフェンスにもたれかかりながら

  目の前できゃっきゃと仲良さそうに

  下着の雑誌を眺めている恋と麻奈を見つめる


  つい この間まで口もきかなかった二人が

  今こうしていつの間にか仲直りをしている

  それに 前よりもずっと仲良くなっている


  昨日 メ−ルか電話で仲直りをしたのか

  それとも もう二人とも忘れてしまったのか

  どちらにしても私には理解できなかった

  昔から一緒に居るから自然となるようになるのだろうか


  
  「 … いつ仲直りしたんだよ 」

  「 妃菜 何も聞いてないんだ 」

  「 うん 聞いてないっていうか

    … 私も今日来てびっくりした 」



  宏君や芯が言うように

  きっと私もその分からない分類の中の

  「 女 」 なのだろうけれど

  ここまで分からないと思ったのは久々だった

  
  本当に女の関係は複雑だと思う



  「 ね 妃菜も一緒に選ぼうよ 」



  麻奈がパッと顔を上げて私を見る

  笑顔が太陽に照らされて眩しい

  私はその誘いにのそのそと歩いて雑誌を覗き込んだ



  

NO.135   藤 、 11/12(水) 17:59 IP:218.45.110.56 削除依頼



    みなさま お久しぶりです

    あまり更新できない状態が続いてしまい

    本当に申し訳ないと思っています

    今回 自分の作品を読み返してみました
  
    いたらない点が多々あったり

    最初の設定とおかしな部分がありますが …

    何より途中で宏人がノブという名前に

    変わっている一部分がありました …

    本当に申し訳ありません

    こういった間違いだけは防ぎたかったのに

    日々から更新しなかった私のミスでした

    本当にすみませんでした

    こんな感じになってしまうのですが

    引き続きよろしくお願いします




NO.136   藤 、 11/13(木) 19:26 IP:218.45.110.56 削除依頼



  穏やか という言葉は

  きっと今のような状況にあるのだと思う

  季節の流れに身を任せるように

  私達は自分達の時間を大切にした

  喧嘩や嫌味もなく
  
  ただ 楽しさだけがそこにあった

  
  けれど 私は穏やかなんていう言葉が
 
  ここに似合わない事を知るのだった


  肌寒さが一層増し始めた11月下旬

  私達は屋上に出る事が少なくなった

  夏同様 体育館倉庫を使用した

  寒いのでひざ掛けや毛布を持ち込んだ

  
 
  「 ねえ 薄井さん

    よかったらここ教えてくれないかな 」



  期末テストが近づいてきたので

  私はどちらかというと教室に居る事が多くなった

  二学期からはなるべく授業に参加するようにした

  定期テストだけはしっかり受けたい

  という気持ちがあったから

  中途半端な親孝行だとは分かっていたけれど

  気休めになれば少しでも自分の責任が果たせる、

  と そんな甘い気持ちがあった



  「 あ うん いいよ 」



  3週間前ほどから半分は教室で過ごしていた

  その為 段々とクラスメイトも私に慣れたのか

  最近では得意げに話してくるようになった

  勿論 麻奈や恋達と居る時は

  話しかけるどころか

  存在自体消されているようだったけれど

  

  「 妃菜 」



  薄井さんがシャ−ペンを

  私の数学のノ−トに走らせようとした時

  閉まりきっていた扉が勢いよく開き

  麻奈が足を大きく広げて私の名前を呼んだ

  その声はいつもふざけて叫ぶような

  そんな甲高い声ではなく真剣そのものだった

  私は初めてみるといってもいいくらい

  麻奈の真顔に驚いた




NO.137   藤 、 11/13(木) 19:34 IP:218.45.110.56 削除依頼



  静まり返る教室

  薄井さんはシャ−ペンを持つ手を止めた



  「 … どうしたの 」

  「 恋が … 」



  麻奈の表情がすっと曇る

  私は薄井さんに謝ってノ−トを机に置き

  廊下に出るように麻奈を促した

  ぱたん、と扉を閉めると

  またいつものように教室が騒がしくなった


  私は麻奈を落ち着かせるために

  とりあえず背中にそっと手を当てて様子を伺う



  「 … 恋がさ … 太ってる 」
 
  「 … え 」

  「 恋が あの少食でガリガリの恋が

    いっぱいご飯食べて太ってるの 」


 
  ふざけているのか、

  と思ったけれど私はとりあえず

  麻奈に引っ張られるがまま体育倉庫へと足を運んだ

  

  「 あ 妃菜じゃん 久しぶり 」

  「 うん … って昨日も会ったじゃん 」

  「 じゃ おはようだな 」



  そう芯は呑気に笑った


  大事にしているのは

  どうやら麻奈だけらしかった



  「 ちょっと 麻奈

    アンタ どこ行ってたの 」


 
  そういって恋は携帯を片手に

  飛び箱に座りながら言った

  ゼブラ柄の毛布を膝にかけて

  ベ−ジュのカ−ディガンを羽織っている



  「 ほら ね 」



  麻奈はそういって恋の顔を指さした

  私はその言葉でよく恋の顔を見る

  確かに若干 太った気はするが

  今までがとても小顔だったので

  どちらかといえば標準になったとう感じだ



  「 … でも 十分小さいと思うよ 」



  私は麻奈に首をかしげてみせた




NO.138   藤 、 11/13(木) 19:44 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 でも … 」

  「 はいはい もういいって
   
    俺は麻奈が一番可愛いから 」



  そういって恋の向かい側の

  飛び箱に座って携帯を触っていた幸ちゃんが

  麻奈を引っ張ってそっと自分の胸に寄せた

  抱きしめて優しく頭を撫でている

  
  全然 話がかみ合っていないけれど

  麻奈それに満足しているのか

  幸ちゃんの背中に腕を回した



  「 まあ 恋が太っても俺は … 」

  「 はいはい もう いいって この話 」



  芯がおそらく決心して言おうとした言葉を

  恋はさらりと交わす

  少し淋しそうな芯に同情はするが

  あえてそっとしておく事にした


  昨日の放課後はすぐに帰ってしまい

  結局 一緒に居たのは昼休みだけだった

  だから 少し長く居ると落ち着く

  私はマットの上に腰をおろした



  「 ん 」



  隣から私が持ってきていた少し大きめの

  ひざ掛け毛布が宏君の手によって伸びてきた

  
  宏君は黒のマフラ−を巻き

  黒のカ−ディガンの裾を手先まで引っ張り

  寒そうに足を絡めて体育座りを崩したようにして

  小さくなりながら座っていた

  彼は寒がりなのだ



  「 いいよ 使っても 」

  「 でも お前 その格好は寒いだろ 」



  そういって私のスカ−トに視線をおろす

  膝が見えているのが気になったのだろう



  「 じゃあ 半分どうぞ 」



  私は折りたたまれた毛布を広げて

  自分の膝にかけ宏君にも手渡した


  宏君はそれを何も言わずに受け取り

  少しだけ私に近づいて膝にかけた




NO.139   藤 、 11/13(木) 19:55 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 でも 最近 本当太ってきてさ 」



  ふと思い出しように恋は言う

  それからお腹を気にしながら触った



  「 さすが 食欲の秋 」



  いつの間にか麻奈も幸ちゃんの隣に腰かけている

  鞄の中をがさがさとあさっていた芯が

  コ−ヒ−の缶を開けながら笑った

  
 
  「 あったけえ 」

  「 あ 芯だけずるい 」

  「 飲む 間接チュ−だけど 」



  からかうように言って

  芯は恋の元まで缶コ−ヒ−を持ってくる


  
  「 … う 」



  芯の手をすり抜けて缶コ−ヒ−が

  マットの上を黒く塗りつぶした

  恋のスカ−トにもかかってしまったようで

  芯が焦って幸ちゃんに自分の鞄の中から

  タオルかティッシュをとるように言った


  けれど いつもなら怒るはずの恋が

  今日は黙ってしまっている

  私達は不思議に思いながら恋を見た

  恋は口元に手を当てて苦しそうにしている



  「 … ちょっと 恋 どうしたの 」

  「 なんか … 匂いきつくて 」



  心配になって聞いてみると

  恋が眉間に皺を寄せながら言った

  

  「 大丈夫 風邪 」



  麻奈も続く

  芯は幸ちゃんからタオルを受け取り

  マットより先に恋のスカ−トを拭った



  「 風邪かな …

    最近 頭がボ−とするんだよね 」



  恋はせっせと小さくなって働いている芯を無視して

  手で頭を優しく叩きながら麻奈に言う

  麻奈はその言葉で自分の鞄に手を伸ばして

  鞄の中から小さなポ−チを取り出す

  

  「 はい 風邪薬

    早いうちに治さなきゃ 」



  ポ−チから薬の入った袋を取り出して

  麻奈は恋に向かってホイ、と投げた

  恋はそれをキャッチして封を開けようとした時

  宏君の手が恋の手を掴んだ




NO.140   藤 、 11/15(土) 18:26 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 お前 最後に生理きたのいつ 」


 
  誰もが宏君の言葉に驚く

  芯ならともかく宏君が

  そんなことを言い出すとは思っていなかったから

  
  恋の顔は段々 赤さを増す



  「 お前 … レディ−に何聞いてんの 」



  さすがの芯もそれにはひいたのか

  苦笑した表情を浮かべて振り向いて言う

  けれど 宏君は腕を掴んだまま

  真剣な表情で恋を見つめていた



  「 … 宏人 何が言いたいの 」

  「 避妊はちゃんとしてたのかって 」



  宏君はそういってやっと恋の手を解放した

  けれど その言葉で静まり返る



  「 … 恋 もしかして

    浅野さんと生でしてたの 」

  「 麻奈まで … 何 」

  「 俺は避妊してねえのかどうかを聞いたんだよ 」


  
  いつもならこういう出来事に

  無関心なはずの宏君がしつこいように言う

  その口調は怒りが入っていて

  普段の面倒くさそうなものとは違った

  その変化に皆が気付いていたからこそ

  黙るしかなかったのだと思う



  「 … 宏人には関係ないじゃん 」

  「 そういう問題じゃねえだろ 」

  「 確かに避妊してない時もあった

    でも 中には出してないし … 」


 
  恋の顔がみるみるうちに青ざめる

  芯は手を止め恋を見つめたまま微動だにしない



  「 恋 今日は帰れ

    で その浅野って男に連絡とって

    二人で検査薬するなり病院行くなりしろ 」



  今までじっと話しを聞いていた幸ちゃんは

  それだけいった




NO.141   藤 、 11/15(土) 18:41 IP:218.45.110.56 削除依頼



  恋が体育倉庫を後にしても

  私達は状況が理解できていないように

  沈黙が長く続いた

  
  
  「 まあ … 勘違いかもしれねえじゃん 」



  そんな中で芯はまるで自分に言い聞かせるように

  俯いた顔を上げないで力弱く言った

  
  オレンジ色の髪の毛から覗く

  困ったような今にも泣きそうな顔

  いつもの笑顔は影すら存在しなかった



  「 … 芯 大丈夫 」

  「 ん ああ 平気

    ただ傷つくのはアイツじゃないか心配でさ 」



  どこまでも優しいのが芯だった

  本当に恋を好きだという事を実感する

  いつもはチャラチャラしていて

  恋を好きだという気持ちも冗談なのかもしれない

  なんて思う時もあったけれど

  こういう時 まっすぐに相手を思いやれる心は

  やっぱり本当に好きだからもてるのだと思う


  
  「 … 芯 」



  私は芯の頭をくしゃくしゃと撫でた

  芯はそっと顔を上げて力なく笑った



  「 とりあえず浅野って奴の出方次第だろ 」



  幸ちゃんは芯の顔を見てそう言った

  その言葉に芯も頷き返す

  宏君はそれから結局 何も言わなかった


  あの時 何故 宏君が一番に気付いて

  恋に必死になったのかは分からない

  けれど きっと何か考えがあって

  恋をどうしても放っておけなかったのだと思う


  一体 何を考えて 何を思って

  宏君はそんな行動をとったのだろう

  考えれば考えるほど不思議は募っていった




NO.142   藤 、 11/15(土) 18:53 IP:218.45.110.56 削除依頼



  翌日 私は授業に出ても集中できなかったので

  一時間目が終わりのチャイムを告げてすぐ

  体育倉庫に向かった

  けれど そこに恋は居なかった



  「 恋 」



  二時間目が始まり少し経ってから

  目を真っ赤に腫らせた恋が扉を開けた

  私達は思わず言葉を失った

  結果は聞かずとも分かっていたから



  「 … 逃げられちゃった

    ってってもお金は貰ったけどね

    20万払うから産まないでくれってさ

    私 土下座までされちゃった

    あんなに紳士でかっこよかった人が

    目にいっぱい涙溜めて謝ってるの

    なんかどうでもよくなってきてさ …

    ムカついたから … お金入った封筒持って

    何も言わずに … 帰ってきたんだよね 」



  恋は言葉を続けているうちに

  大粒の涙をぼろぼろと零しながら言った

  
  話をよく聞くとまだ検査薬すら買っておらず

  浅野さんとは最悪の別れ方になったので

  一人で行くのは怖いとの事だった

  
  恋は鞄の中から20万が入っていると思われる

  少し厚めの茶封筒を取り出した

  きっと慰謝料のつもりで多く見積もったんだよね、

  とそれを睨むように見つめて言った



  「 おい 何座ってんだよ 行くぞ 」

  

  幸ちゃんが恋の腕を引っ張り上げる

  もらい泣きした麻奈が目を赤くさせて

  幸ちゃんに首をかしげた



  「 びょ−いん 皆で行けば怖くない 

    そうだよな 芯 」

  「 … 俺 」


  
  浅野さんの話を聞いてボコボコにしてくる、

  といった芯を恋は止めた

  彼には感謝をしているし悪いのは私だから、

  と恋は浅野さんを庇ったけれど

  それが逆効果だったのか

  芯は黙り込んで何かを考えているようだった




NO.143   藤 、 11/15(土) 19:01 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 俺 … 父親になるよ

    俺が18になったら恋と結婚して

    んで 二人でその子育てよう

    だから … 恋 俺と結婚して下さい 」



  すくっと立ち上がったかと思うと

  芯は口早にそういって真剣な目をした

  座っている恋に深く頭を下げ

  右手を真っ直ぐに恋に向けて差し出す

  それはあまりにも芯らしい

  本当に素直な行動だと思った



  「 … 何言ってんのよ 」

  「 俺 お前が好きだ

    だから 結婚しよう

    恋となら絶対幸せになれる 」

  「 アタシは … 」

  「 恋 幸せにする 絶対 」



  ねえ 芯

  私は今でも貴方のあの真っ直ぐな瞳を忘れられない

  いつもふざけてばかりだった貴方が

  あんなにも真剣になったのは

  ずっと一緒に居た中で

  あれが最初で最後だったような気がするよ

  芯の真剣な表情は本当に真っ直ぐで

  だから 恋はそれに答えたいと思えたんだよね

  そう思うと愛ってやっぱり偉大なものだよね

  貴方がそれを教えてくれた気がする

  

  「 … アタシ ワガママだよ 」

  「 大丈夫 俺 Mだから 」

  「 アタシ もしかしたら浮気するかも 」

  「 そのたび 俺が迎えに行くよ 」
  
  「 アタシが育児放棄しちゃったら 」

  「 俺と子供とでお前を育て直す 」

  「 … アタシ … 」

  「 大丈夫 俺と恋なら大丈夫だから 」



  そういって芯は優しく恋を抱きしめた

  見ているこっちが恥ずかしくなりそうな光景

  でも 決してこの二人から目をそらしてはいけない

  そう思った瞬間でもあった




NO.144   藤 、 11/16(日) 13:26 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 ちょっと貴方達

    いい加減にしてくれるかしら

    付き添いで来るのは構わないけれど

    せめて旦那さんだけにしてくれないかしら

    ここには大勢の安静にしてなければならない

    妊婦さんが沢山居るのよ

    もう高校生だからそれくらい分かるでしょ

    診察を受ける人と旦那さん

    それとあと一人の友達にしてちょうだい

    こんなに来られたらこちら側も迷惑なの

    特にここまで騒がしくされるとね 」



  産婦人科に来て10分も経っていない時

  私達は病院を追い出された

  そこには看護婦さんが言うように

  本当に多くのお腹を大きくした妊婦さんや

  旦那さんと一緒に来ている女性の方ばかりで

  制服姿の私達は場違いにもほどがあった

  そして そんな中でワイワイ騒がしくしているので

  当たり前のように雷を落とされたのだった


  渋々 病院を離れたのは私と宏君と幸ちゃん

  麻奈は恋が心配だというので付き添わせた

  そして芯は完全に旦那さんになっている気分で

  俺がこの子の父親です、

  と看護婦さんに手を挙げて発言したので残った

  そんな芯を見て妊婦さん達はクスクス笑っていた



  「 あれ 宏君は 」


 
  私が可愛らしい雑貨屋さんを窓から覗いていると

  後ろから幸ちゃんが顔を出した

  その後ろに宏君が居ると思っていたけれど姿はなく

  不思議に思い聞いてみた



  「 アイツの妹の家

    ここの近くだから寄ってくって 」

  「 … 妹 」

  「 そ 俺等より1つ下なんだけどさ

    事情あって別々に暮らしてんだよね

    もうすぐお腹の子も生まれる時期だし 」



  そういうと幸ちゃんは前を歩き出す

  私はその言葉に驚きを隠せなかったが

  本人でない幸ちゃんに聞く事は

  なんだか詮索していて失礼だと思ったので

  それ以上は何も聞かなかった




NO.145   藤 、 11/16(日) 13:33 IP:218.45.110.56 削除依頼



  幸ちゃんと二人きりになるのは

  保健室以来な事を思い出し

  私は少し緊張していた

  当の本人はあまり気にしていないようで

  いつものように携帯を片手に遊んでいた


  私達は恋達の帰りを待つために

  早めに学校へと戻って体育倉庫に来た

  帰り道は晴れているのにも関わらず

  風がとても冷たくて冬の訪れを感じた

  会話はどちらかといえばぎこちなかったけれど

  なんとか続いていた方だと思う

  けれど 体育倉庫に来た瞬間

  ぴったりと止んでしまった



  「 妃菜 」

  「 な 何 」



  どうしよう、 どうしよう、

  そんな言葉ばかり頭の中で巡らせていたので

  私は突然の幸ちゃんの声に驚いた

  不自然なほどに声は裏返っていた



  「 何 緊張してる 」

  「 ち … 違う 」



  口元に微笑を浮かべる幸ちゃんに

  私は否定の意思を伝える

  けれど そんな事を言ったところで

  図星なわけだし私の頬は熱くなるばかり



  「 妃菜 もっとこっち来て 」



  そういって幸ちゃんは私に手招きする


  妙な間隔を保っていたのが嫌だったのか

  私は幸ちゃんに言われた通り

  膝でマットの上を歩き幸ちゃんの隣に腰をおろす



  「 はあ … 」



  大きな溜息を漏らすと幸ちゃんは

  私の肩に頭をのせた

  ふんわりとした香水の匂いがする


  

NO.146   藤 、 11/16(日) 13:39 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 あ そうだ これ 」



  幸ちゃんは思い出したかのように

  ズボンの後ろポケットを探る


  
  「 … ごめん ぐちゃぐちゃだ 」



  その手には二つに切られた

  少し折れ曲がったプリクラ

  
  帰り際に撮ろうと腕を引っ張られ

  乗り気じゃないまま撮らされたものだった

  幸ちゃんと二人きりのプリクラだったからか

  私の表情は緊張で強張っている

  

  「 やだあ … これ 変 」

  「 はは いいじゃん

    妃菜 超緊張してる 」

  「 してないってば 」

  「 してるよ 

    でもこれが一番可愛いね 」



  そういって幸ちゃんは六種類あるうちの

  背景が白色のものを指さした

  それは幸ちゃんが撮る瞬間に

  変顔をしたので気が緩んだのか

  自然に笑えているものだった



  「 … 可愛くはないけど一番自然だね 」

  「 うん 俺は全部可愛いけどね 」

  「 はいはい 」



  さっきまでの緊張が嘘のようにとれていった

  こうして近くに居ると本当に落ち着く
  
  
  ふわふわの幸ちゃんの髪の毛

  今日はワックスをつけていないのか

  逆立ちはしていなかった
  
  少し伸びた前髪がク−ルな雰囲気を出している

  プリクラを嬉しそうに眺める幸ちゃんを見て

  気がつけば私は彼の髪を優しく触っていた



 

NO.147   藤 、 11/16(日) 13:46 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 え … 何 」

  「 あ … ごめん 私 … 」



  幸ちゃんが髪に触れたと同時に

  私の顔を覗きこむ

  自分のとった行動があまりにも無意識だったので

  私さえもが驚いていた



  「 … 妃菜って変 」



  ふっと笑って私の頬をそっと撫でる幸ちゃん
  
  心臓がばくばくと脈を打ち始める

  大きな青い瞳が私を捕らえる

  優しくて冷たくて鋭いその目は

  私のどこまでを見ているのだろう


 
  「 ねえ 妃菜 」

  「 … 何 」

  「 俺に抱かれたいの 」



  いつもよりずっとずっと甘い口調

  ゆったりとした唇から漏れる

  耳元まできた幸ちゃんの息にさえ
 
  私は踊らされていた



  「 … な 何で 」

  「 そんな顔してたから

    俺とキスしてセッ.クスしたいって顔 」

  「 何それ そんな顔 … 」

  「 誘ってんの 」



  されるがままマットに押し付けられる

  幸ちゃんの足が私の足と足の間に入り込み

  ぐっと手を握った

  
  さらりと幸ちゃんの髪の毛が私の顔に落ちる

  繊細で綺麗な指が制服のボタンを外していく

  私はどうしていいか分からず

  ただじっと目を瞑っていた



 

NO.148   藤 、 11/16(日) 13:53 IP:218.45.110.56 削除依頼



  私はあの時

  キスをされるんだと思った

  けれど 貴方はキスさえもしないで

  ただ乱暴に私の首筋を貪っただけ

  目を開けた瞬間に見えた貴方の目は

  奥の奥のその瞳は悲しげだった

  頬に優しく唇を落として

  貴方はまるで性欲に溺れた野獣のように

  何度も何度も私の首筋や鎖骨をなぞり

  そして 強引に柔らかい皮膚に痕をつけた

  赤くて小さなしるし


  
  「 妃菜 … 俺 … やばい 」

  「 え 」

  「 こんな事 絶対にしたくないのに

    妃菜とだけはやりたくないのに

    言う事聞かねえよ … どうしよ

    妃菜の全身に俺のものだって印つけて

    んで … そんで … 」



  幸ちゃんは私に馬乗りになって顔を落とした

  それから私を起こしぎゅっと強く抱きしめる

  開かれたボタンを1つ1つ直して

  カ−ディガンをそっと着せてくれた


  今にも泣きそうな顔をして



  「 ごめんな … 」

  「 幸ちゃん … 」



  " どうして 抱いてくれないの

    どうして キスすらしてくれないの "


  喉に詰まった思いは言葉にできずに終わった


  やがて病院から三人が帰ってきた




NO.149   藤 、 11/16(日) 14:01 IP:218.45.110.56 削除依頼



  鎖骨や首筋につけられた痕は

  全てのボタンを外さなければ見えなかった

  けれど 1つだけどうしても見える位置に

  ついてしまった赤い印が私を困らせた

  
  ごめんな、

  と何度も幸ちゃんは謝ったけれど

  私は謝られるような事はされていなかった

  むしろ 幸ちゃんが印をくれた事が

  とても嬉しかったから

 
  
  「 ねえ 聞いてよ

    結局 妊娠じゃなかったの 」



  大きな声で騒ぎ立てていた三人が

  体育倉庫に入ってきた途端に叫んだ

  恋は顔を真っ赤にしている



  「 ごめんね なんか心配かけちゃって 」

  
 
  申し訳なさそうにしているけれど

  私達としては一安心である

  
  私と幸ちゃんは気まずそうに笑って

  まあ よかったじゃん、

  と恋をなだめた


  宏君は昼過ぎにやってきて

  その話を聞くなり安心したのか

  大きな溜息をついて笑った



  「 でも 20万どうすんだよ 」

  「 それが浅野さんと連絡とれないんだ … 」

  「 最低だな そいつ 」



  恋と芯はいつの間にかラブラブで

  隣に座って手まで繋いでいる

  微笑ましい光景



  「 じゃあ どっか旅行行こうぜ 」

  「 あ 賛成 」

  「 冬休みに沖縄とか行こうよ 」

  「 20万で大丈夫なの 」



  20万の使い道


  今日の話題はそれで持ちきりだった




NO.150   藤 、 11/16(日) 20:05 IP:218.45.110.56 削除依頼



  「 … 妃菜 」



  正面に座っていた麻奈がおもむろに

  私の前にずいっと現れて髪の毛をさっと持ち上げる

  

  「 … やだ 」


  
  私は麻奈の手を追い払うように後ずさりする

  けれど もう遅かった

  
  怒りに震えるわけでもなく

  涙を流すわけでもなく

  麻奈はただじっと黙って私の顔を見ていた

  怖いくらいに黙って



  「 … 誰がつけたの 」

  「 … 誰って 」



  事態に飲み込めていない芯と恋は

  お互いに顔を見合わせて不思議がっている

  私は首元を押さえて俯いた

  言葉が出ない

  うまい言い訳が見つからない



  「 俺だよ 」



  混乱した表情を見せる麻奈に言ったのは

  麻奈の隣に座っていた幸ちゃんだった


  
  「 … 何それ 」



  ゆっくりと振り向いて麻奈が言う

  

  「 ごめん 麻奈 俺がつけた 」

  「 … 何で … ずるいよ

    ずるいよ 幸は

    いつも麻奈がどれほど幸を想っても

    幸は麻奈の気持ちには答えてくれないんだね

    キスマ−クは葵だけにしかつけないって

    そう言ったのも嘘だったの … ねえ 幸 」



  泣き叫びながら麻奈は

  幸ちゃんの胸板を何度も叩いた

  どうする事もできずに幸ちゃんは

  ただ泣きじゃくる麻奈にされるがままだった


  
  「 ずっと好きだったの …

    小さい頃から私には幸だけだった …

    初恋も 初めてのキスも 手を繋いだのも

    全部全部 幸が初めてで嬉しかったよ

    それなのに 幸はいつも麻奈じゃない子だった …

    突然現れた知らない女に幸をとられる気持ち

    幸は一生 味あわないんだよね

    麻奈は … こんなに幸が好きなのに … 」



  麻奈の泣き叫ぶ声は段々と治まり

  私達は言葉をなくした
  


NO.151 鳴海 11/21(金) 20:11 IP:61.87.111.26 削除依頼
なんだかすごいことになってきましたね…!
こっちまで切なくなってきます、

ねくすと希望です

NO.152   藤 、 11/21(金) 20:59 IP:203.175.82.73 削除依頼



     @  鳴海 様


       今から展開ががらりと変わってくるので

       そこもまた楽しんでもらえれば

       と想っています

       いつもありがとうございます




NO.153   藤 、 11/21(金) 21:14 IP:203.175.82.73 削除依頼



  好きになったもの勝ちでしょ、

  なんていう言葉がこの世にはある

  けれど そんな言葉を許して

  友達を優先して譲ってしまうような相手なら

  私はきっと彼を選ばなかっただろう

  譲りたくない この人だけは絶対に

 

  私はどうしていいか分からず

  ただ 黙って俯くしかなかった

  卑怯な逃げ方だとは思ったけれど

  ここで何かを言ったとしても

  きっと 麻奈は幸ちゃんを責めるだけで

  幸ちゃんが傷つくだけだと思ったから

  それに麻奈が傷つく事は

  幸ちゃんが凄く辛くなることだと

  嫌だというくらいに分かっていたから



  「 … 麻奈はワガママだし

    幸のことが大好きだったけど

    聞き分けいいのが売りだったのにね …

    ごめんね 面倒くさい事言っちゃって

    でも … やっぱり 麻奈は幸が一番好き 」



  そういうと麻奈は

  すっと立ち上がって体育倉庫を後にした



  「 麻奈 」



  芯の隣で麻奈を見守っていた恋が立ち上がる

  けれど それを制したのは幸ちゃんだった

  恋の顔の前に手をかざして

  俺が行く、

  と強いまなざしで訴えていた


  " 行かないで、 "

  言えない分 涙が溢れそうになる

  私に止める権利はない

  止めてはいけない


  そう気持ちでは分かっていたけれど

  私は走り去る幸ちゃんの後ろ姿を

  追いかけていた

  後ろから聞こえる宏君の声

  " やめろよ "

  
  本当は分かってた

  本当はあの時

  自分が何を見るかなんて想像できていた
  
  でも それを否定したくて

  ただ彼の背中を追いかけた




NO.154   藤 、 11/21(金) 21:21 IP:203.175.82.73 削除依頼



  とぼとぼと校門へと歩き出す麻奈

  その後ろ姿を追いかける幸ちゃん

  ぐっと麻奈の腕を引っ張り

  幸ちゃんは強く強く麻奈を抱きしめた

  強く、見ているだけで伝わるくらいの力で

  抱きしめる幸ちゃんと涙を流す麻奈

  すっぽりと幸ちゃんの体におさまる麻奈


  そんな姿を見てまでもまだ幸ちゃんが

  好きで泣いてしまったのは

  きっと もう元には戻れない証拠


  麻奈が大切なんだ、

  そう彼の背中が私に言った

  私が追いかけてきてる事くらい

  気付いていないわけがない

  それなのに麻奈にキスを落としたのは

  私を諦めさせるためだったのかな



  「 おい 何やってんだよ 」



  立ち止まったままでいると

  後ろから息をきらせた宏君が

  思い切り私の腕を引く

  その瞬間 ボロボロと涙が溢れ出した

  止まる事を知らないくらいの量が

  私の頬を濡らした



  「 … お前に成は無理だ 」



  そう溜息のように零すと

  宏君は私を抱き寄せて優しく頭を叩いた


  その温もりが

  幸ちゃんよりもずっと暖かくて

  それがなんだか怖くて私はまた泣いた




NO.155   藤 、 11/21(金) 21:32 IP:203.175.82.73 削除依頼



  あれから私は期末テストに向けて

  黙々と勉強を始めた

  その為 授業に参加するようになり

  タイミングを失ったせいもあって

  テスト最終日になってしまった今日も

  寒空の下 一人足早に家路に向かっていた


  あの夜

  幸ちゃんから一通のメ−ルが届いた

  怖くて見る事のできなかったそれを

  私は昨日 寝る前に開いた

  
  【 ごめん 】


  その三文字だけが本文にはあり

  私は少しの間 メ−ルを閉じる事ができなかった


  それは私にサヨナラを告げていて

  きっと もう本当に終わったのだと思った

  あの関係はなかったことにして

  という事でもあるのだろう


  自然と涙はでなかった

  けれど 目覚めると泣いていた

  夢は覚えていないけれど

  目を覚ますと涙のせいで枕が濡れていた


  
  「 な−に 一人で帰ろうとしてさ 」



  その幸ちゃんの三文字を私は無責任だとか

  そんな風には思わなかった

  おそらくそれは彼が悩みに悩んで決断したことだ
  
  と そう信じていたから


  冷たい風が吹いて私はマフラ−を口元まであげる

  その時 後ろから聞きなれた声がして

  私は足を止めて振り返った


  そこには校門に向かって歩き出す生徒達とは違い

  せわしなく足を動かす事もなく

  立ち止まってこちらを見ている4人が居た



  「 久しぶり 」



  恋が笑う

  隣に居る麻奈は気まずそうだけれど

  それでもいつもの愛くるしい笑顔を向けて

  こちらに向かって手を振っている

  後ろにはいつも通り笑わない宏君に

  恋の腰に手を回して後ろからもたれかかる芯が居た



  

NO.156   藤 、 11/24(月) 10:45 IP:203.175.82.73 削除依頼



  「 実はさ … ユッキ−が居ないんだ 」



  恋の言葉は唐突だった


  一週間近く会っていない顔ぶれの中に

  幸ちゃんが居ないことを
 
  悲しく思いもしたけれど安心もしていた

  あんなメ−ルがきて以来

  笑顔で出会う自信がなかったから


  けれど そう思った途端に

  恋の言葉を聞いて後悔をした



  「 … え 」



  近隣の高校も今日がテスト最終日だからか

  街には制服姿の女子高生たちが目立った

  テストが終わって嬉しいのか

  どの子達も笑いながらファミレスに足を運んだ

  けれど 私達は一転して不穏な空気に包まれている


  ファミレスはざわざわと騒がしく

  お昼時もあってか高校生が溢れかえっている

  ウエイトレスも忙しそうに行き来していた



  「 … いないって 」

  「 居ないっていうか …

    なんていえばいいんだろ 」



  そういって恋は隣の宏君に目で訴える

  宏君は携帯から恋に目をやって

  そっと携帯を手放した

  そして 口を開いて私の目を見る


  隣に座る麻奈は俯き黙り込んでいた

  いつも窓際に座るはずの席は空いている



  「 とりあえず アイツと連絡がとれねえ

    連絡がとれなくなって五日が経つんだけど
   
    家に行っても鍵開けたまま誰も居ねえし

    バイト先行っても無断欠勤が続いてる

    知り合いの女に片っ端から連絡したけど

    みんな知らないって言うばっかりで

    本当にどこ行ったか分かんねえんだ 」

  「 … そんな 」



  私は宏君の話に言葉を失った




NO.157   藤 、 11/24(月) 11:09 IP:203.175.82.73 削除依頼
  


  どうやら麻奈との一件があって少しの間は

  いつもの幸ちゃんだったらしい

  けれど 彼は忽然と姿を消した
  
  最初の二日間は女や先輩と一緒なんだと

  みんなが決め込んで誰もその話題に触れなかったけれど

  三日目 麻奈が家を訪れると彼の姿はなかった

  心配になり連絡をとろうとするけれど

  電源は切ったまま 運良くて留守電に繋がる

  という状態が続いているらしかった



  「 どこ行ったんだよ アイツ … 」



  芯はそういってソファ−の上で足を抱えた

  沈黙が私達に襲い掛かる


  それから 特に何を話すわけでもなく

  運ばれてきた昼食を摂った



  「 あ 居る 」



  私はスパゲティ−をフォ−クに絡めて

  最後の一口を口の中に押し込んだ

  しっかりとした味はあるはずなのに

  いつもよりも食欲が沸かない為

  私は最後の一口を苦痛に感じた


  そんな時 入り口からウエイトレスを押しのけ

  今井先輩 春奈先輩 そして さゆり先輩が

  息を切らせてこちらに向かって走ってきた

  さゆり先輩は私服姿で

  初めてみるその姿は大人の色気が出ていて

  つい見とれてしまうほど綺麗だった



  「 … どうしたんすか 」



  宏君が怪訝そうな表情を浮かべている

  けれど 今井先輩達は走っていたらしく

  誰もが息を切らせている



  「 … 幸 … が … 」



  さゆり先輩が机に手をかけて

  荒い息を整えながらそれだけ言った



  「 幸が何ですか 」



  麻奈は身を乗り出してさゆり先輩に聞く
 
  一瞬にして机の周りの空気が硬直した




NO.158   藤 、 11/24(月) 11:31 IP:203.175.82.73 削除依頼



  「 ごめんなさい 」



  とりあえず 落ち着いて、

  という宏君の言葉で先輩達は

  落ち着きを取り戻した

  そして 場所を変えようという提案もあり

  学校が一番近いので体育倉庫に戻る事になった


  体育倉庫に戻って第一声にさゆり先輩が

  深く私達に頭を下げた

  事態を飲み込めずにいると

  春奈先輩がそれを制した



  「 … さゆり もういいって

    悪いのはさゆりじゃない 」

  「 でも … 」

  「 いいよ やめな 」



  春奈先輩はそういって優しく

  泣いているさゆり先輩を座らせた



  「 … あの日 私と幸は二人で飲んでたの

    知り合いのバ−に親しくしてる先輩が居て

    それで結構盛り上がっちゃって …

    そしたら 一時とか過ぎちゃってて … 」



  五日前 さゆり先輩と幸ちゃんは

  二人で知り合いの先輩が居るバ−で飲んでいた

  思った以上に話が盛り上がってしまい

  気付けば深夜の一時を回ってしまっていたらしい

  そこに最近付き合った半同棲中の彼氏が

  心配になったのでさゆり先輩を迎えに来た

  元々 独占欲が強かったさゆり先輩の彼氏は

  幸ちゃんの姿を見て怒鳴り始めた


  
  「 私が幸と飲んだから悪いんだけどさ …

    なんか 最近の幸って不安定で 

    放っておけなかったんだよね …

    勿論 体の関係とかはその時は終わってたし

    そういうつもりは全然なかったんだけど

    やっぱ 勘違いしちゃって …

    余計な事まで … アイツが幸に … 」


  
  止まっていたはずのさゆり先輩の目から

  涙がまた滴り落ちてくる



  「 … ずっといえないままだった …

    あんた達にも言うべきだったよね …

    … ごめん … 

    本当は葵 … 事故じゃなくて …

    元彼と一緒に自殺したの … 」




NO.159 ゆんの。 11/24(月) 13:43 IP:219.31.217.116 削除依頼



   はじめましてっ!
   実は隠れながら見てた者です← え


   すっごいはまってしまいました^^
   とても更新が待ち遠しいです。
   ねくすと(´∇`)ノシ



   

NO.160   藤 、 11/29(土) 20:48 IP:203.175.82.73 削除依頼



    @  ゆんの。 様

      ありがとうございます

      読んでくださる方が居るのは

      本当に嬉しいです

      更新は不定期的ではありますが

      最後までお付き合いよろしくお願いします




NO.161   藤 、 11/29(土) 21:06 IP:203.175.82.73 削除依頼



  ぴんとした空気が張り詰める

  聞き捨てなら無いさゆり先輩の言葉

  私達は耳を疑うしかなかった


  
  「 … え 」



  口を開いたのは恋だった

  震える唇から漏れる吐息のような

  蚊の鳴くような声

  
  今井先輩は悔しそうにマットを睨み

  春奈先輩はさゆり先輩の背中をさすりながら

  鼻をすすっていた



  「 … どういう事ですか 」



  宏君が私達を代表するかのように

  重い口を開いて言った


  
  「 … 詳しくは分からない

    でも 彼が友人に死ぬ直前に

    そう告げたらしいから確かだと思う
  
    … ごめん 」



  悪くない

  さゆり先輩は全然悪くないのだ


  誰が悪いとか

  誰を責めるとか

  そういう問題ではなかった


  ただ 今あるのは信じられない現実と

  それを知ってしまった一人の大切な人が

  私達の前から消えてしまったという事

  それだけなのだ


  もし 聞かされた事が

  事実でなくて誰かの虚言だったとしても

  それを私達は確認する事ができない今

  それだけを頼りにするしかなかった



  「 … 幸 」



  麻奈が顔を覆ってうずくまる

  後ろに座っている芯から鼻をすする音がした

  
  私はただどうする事もできなくて

  幸ちゃんが肌身離さず持っていた指輪を

  ただ思い返している事だけしかできなかった




NO.162 鳴海 11/29(土) 23:21 IP:61.87.111.26 削除依頼
本当にガラリと変わってきましたね…!
これから幸が妃菜どうなるのかとても気になります

ねくすと希望です

NO.163   藤 、 11/30(日) 22:59 IP:203.175.82.73 削除依頼



    @  鳴海 様

      うまくまとまらなくてすいません

      引き続きお楽しみ下さい




NO.164   藤 、 12/05(金) 17:46 IP:203.175.82.73 削除依頼



  人間は流れに沿って歩いていく

  導かれるままに歩く者と

  少しそれた道を歩く者と


  私は紛れもなく前者の人間だった

 
  そして きっと

  幸ちゃんもそうだったのだ

  彼は誰かの特別であったけれど

  特別な人間 ではなかった

  
  けれど 最近になって

  私は彼がその道を外れてしまうのではないか

  と心の隅で思うことが多くなった

  
  夜中 駅で彼を待つ事もあった

  偶然なのか必然なのか

  何度 彼をどこかで待ってみても

  決して彼と出会う事はなかった



  「 … どうすんだよ 」



  終業式の日

  制服を来た私達五人はいつものファミレスに居た

  
  珍しくイラついたように芯が零す



  「 幸 何処に行っちゃったのかな … 」



  切り出す麻奈の声はどこか上の空で

  話しかけているはずなのに

  その言葉は宙に浮いているようだった


  小雨が降り始めてより一層寒さを増す

  無言のまま時間だけが過ぎていった

  最近では集まってもこんな状態ばかりで

  楽しいという言葉を失っていた



  「 もしかして実家に帰ってるんじゃないの 」

  「 それはないだろ … 」

  「 … そっか 」



  恋は切り出して芯の言葉に肩を落とす


  幸ちゃんの実家は少し離れたところにあり

  一人暮らししているのにも

  何か事情があるらしかった

  親と子の不仲

  そんな一言で片付けれるのものではないようで

  宏君や麻奈は幸ちゃんの家の事情の事を

  話そうとはしなかった




NO.165   藤 、 12/06(土) 16:09 IP:202.216.55.116 削除依頼



  始業式以来
 
  私達は連絡をとらずにいた

  別に何かを思ってとらなかったのではなく

  とろうという気持ちがなかったのだと思う



  「 妃菜 明日どうすんの 」

  「 どうするって 」



  珍しく陽介が居ないソファに腰かけ

  私は見れずにいたドラマの再放送を見ていた

  後ろからお姉ちゃんの声に振り返る


  片耳にピアスを通しながら

  緩く巻かれた髪の毛を揺らして

  アイラインのたっぷり引かれた目でこちらを見ていた



  「 ほら アンタいつも出かけてるけど

    最近 どこにも行かないから

    もしかして明日も居るのかなって 」


 
  ちょっと心配そうな表情を見せる

  
  今日は彼氏と会う約束をしているのだろうか

  お店に行く格好よりは少し控えめな化粧

  そんなことを思いながらも

  私はチラリと壁にかかるカレンダ−に目をやる

  ママがつけたのか お姉ちゃんがつけたのか

  24日に赤い丸がついていた

  私はそれからお姉ちゃんに目を戻す



  「 どうかな 多分居るけど 」



  そう苦笑してまたテレビの画面に集中した


  
  「 まあ いいけどね

    今日も一日中暇なら

    買い物でもしてきてよ 」



  溜息混じりに言うと

  遅くなるかも、

  とだけ行ってお姉ちゃんはマフラ−と鞄を手に
  
  家を出て行った

  
  ドラマのエンディングが流れ始める

  時計に目をやると四時を少し回っていた

  
  私はテレビの電源を切って

  ソファから立ち上がりお姉ちゃんが置いていった

  1万円札を財布に入れて

  マフラ−を巻き携帯と財布だけを手に家を出た




NO.166   藤 、 12/06(土) 16:23 IP:202.216.55.116 削除依頼



  携帯の画面を見て時間を確かめる

  六時に買い物を済ませて帰れば

  ママが帰ってくる時間には間に合う

  
  私はそう思って

  久しぶりに街をぶらつこうと思った

  電車に乗って目的の駅を目指す

  帰り道にス−パ−で買い物すると決めて

  特にどこに行くかは考えていなかったので

  私はボ−ッと揺られるように乗っていた

  
  ふと目の前に座っていた男性に目が止まる

  耳にイヤホンをして携帯を触っていた

  黒いスライドの携帯

  幸ちゃんが使っていたものと同じだった


  << 笹岡駅 >>


  途中下車

  下りるはずでない駅

  けれど 自分の目で確かめたかった

  
  幸ちゃんが居ないという事実を


  駅から外に出ると

  辺りは少し薄暗くなっていた

  明日に近づくクリスマスに向けて

  駅は盛大にピカピカと光り輝いている

  綺麗なイルミネ−ションだった

   
  私はイルミネ−ションを見て

  少しだけ息を吐く

  冷たい空気に白い息がふわりと浮いた

  意を決して道を歩き出す

  一度だけ通った道

  夏のことを忘れるわけもなく

  私はただ一点を目指して歩き続けた




NO.167   藤 、 12/06(土) 16:37 IP:202.216.55.116 削除依頼



  コンコン、

  冷たくなった手の甲でドアをノックする

  茶色い木製のドアに銀色のノブ

  よく見かけるような古びたマンションの一室

  
  根気強く何度か叩き続けた

  10回目くらいだろうか

  居ないと分かっているのに

  叩き付けている自分に虚しさを感じて

  私は11回目を叩こうとした手を止める



  「 … どこに居るの 」



  ドアの前でうずくまる

  
  その時 ドアが少しだけ開いた

  私は立ち上がって後ずさりする



  「 … 幸ちゃ … ん 」



  私はドアノブに手をかけて

  こちらを驚いた目で見つめる彼に聞く

  
  それは紛れもなく飛鳥幸成

  けれど 前よりももっとやせ細っていた

  いつも青色や灰色の目も

  今日だけは薄茶色の綺麗な瞳だった

  

  「 … 何やってんの 」


 
  震えたような声で幸ちゃんは言った


  私はその声が変わらないもので

  目頭が熱くなるのを感じた




NO.168 鳴海 12/06(土) 18:06 IP:61.87.111.26 削除依頼
まとまってないなんて!
いつも綺麗な表現、文章で尊敬しています

ネクスト希望です、

NO.169   藤 、 12/07(日) 19:01 IP:202.216.55.116 削除依頼



    @  鳴海 様

      本当にいつもありがとうございます

      こんなに才能がなく不定期的な更新にも

      文句も言わずに愛読してくださっている事に
   
      本当に感謝しています

      これからもよろしくお願いします




NO.170   藤 、 12/07(日) 19:07 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 … 帰れよ 」



  期待、 していたのかもしれない

  皆がいくら押しかけても

  運悪く幸ちゃんは居なかった

  そして 連絡も一切とらなかった

  そんな中で私が来た時にちょうど幸ちゃんが居て

  目の前に姿を見せてくれるなんて奇跡に近い

  これは運命なのかな、

  なんて神様に甘えていた


  きっと幸ちゃんは優しく

  寒かったよな、ごめん

  と声をかけてくれると思っていた自分が居た
  

  だから 幸ちゃんの言葉を聞いて

  私は思わず言葉を失ってしまったのだ



  「 … 何か用 」

  「 用っていうか … 心配で … 」



  私は自分の声が震えているのを感じる

  鼻の奥が寒さと涙でツンとした



  「 心配 何が 」



  淡々と言い放つ言葉は胸に突き刺さり

  消えてしまいたくなった

  
  やっと話す機会がもてたのに

  私はここから逃げ出してしまいたかった


  幸ちゃんは無造作な髪の毛をかく

  溜息を零してまたドアノブに手をかけた



  「 用ないなら迷惑だから帰れ

    悪いけどこれから予定あるし 」



  それだけいって幸ちゃんは扉を引こうとする

  
  ― 待って



  「 抱いてもらいに来たの 」



  ドアが閉まる寸前

  私はぐっと手でそれを押さえて幸ちゃんに言った




NO.171   藤 、 12/07(日) 19:15 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 … は 」



  幸ちゃんは唖然とする

  言った私も心の中では唖然としていた

  けれど こうでも言わないと

  中に入れてもらうどころか話しもできない

  そう思った私の決断だった


  別に嫌なわけじゃなかった

  むしろ 抱いてほしいと願っていたのかもしれない



  「 … 何言ってんの 」

  「 幸ちゃんが誰とどうなろうが

    私にはどうだっていいし …

    でも 最後に私を抱いてから消えて 」



  自分でもひどいことを口にしていると分かっていた

  幸ちゃんはドアノブから手を離し俯く

  彼にとって辛い言葉だ



  「 … いい加減にしろよ

    抱かれる勇気もねえ癖に適当なこと言うな 」



  幸ちゃんは強く怒鳴る

  けれど 私はひるまなかった

  靴を脱ぎ捨てるようにして

  ずかずかと家の中に入り込む

  止める幸ちゃんの声も無視をした


  自分が自分じゃないようだった

  
  弱くて小さくて何もできない自分が

  今 勝手に自分の気持ちを押し付けて

  愛する相手を困らせている

  こんな事 しちゃいけないのに
  
  どうしても気持ちが先走ってしまう



  「 私 本気だから 」



  ベッドに腰かけてマフラ−を外す

  ポケットに入れていた財布と携帯を放り投げて

  着ていたパ−カ−を乱暴に脱ぎ捨て

  チェック柄のワンピ−スのボタンを外していった



  「 後悔しても知らねえから 」



  いつもより強い幸ちゃんの口調
 
  私を怖がらせるためなのか

  自分を言い聞かせるためなのか

  どちらかは分からなかったけれど

  彼の本音でない事は手に取るように分かった




NO.172   藤 、 12/07(日) 19:39 IP:202.216.55.116 削除依頼



  幸ちゃんはドアを閉めて

  私を乱暴にベッドに押し付ける

  生暖かい舌が冷え切った首元に当たる

  這わせるように首を舐めまわしていく

  
  私の吐息と幸ちゃんの吐息が混ざる

  慣れたような手つきで

  幸ちゃんは私の全身を撫で回すよう

  最初とは違って優しく優しく接してくれた


  途切れ途切れの幸ちゃんの吐息が

  耳元に降りかかるたびに濡れた



  「 ―っ 」



  幸ちゃんは何も話さなかった

  私を見下すようにしている目は

  どこか落ち着かなく淋しさを放っていた

  いつもより目力がないからか

  そして 絶頂を迎える寸前

  彼は泣いた



  「 … 幸ちゃん 」



  私の隣に倒れるようにして

  幸ちゃんはぐったりと体を横にした

  一人用のベッドだけれど

  二人入るスペ−スは十分にあった


  息を整えながら

  目を瞑って眉に皺を寄せる彼に問いかける

  けれど 彼は息を切らせているだけで

  目すら開いてくれなかった


  そっと彼の心臓に手を当てた

  どくどくと脈打って暖かい体温が伝わる



  「 … 妃菜 ごめん 」



  弱くそれだけ言うと

  幸ちゃんはギュッと私を抱きしめた

  


NO.173   藤 、 12/07(日) 19:48 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 … うん 」
  
  「 俺 弱いから …

    本当はどこかで分かってたんだ

    葵が選んだのは俺じゃない事くらい

    ずっと前から分かってた …

    でも認めるのが怖くて … すげえ怖くて

    葵を手放したくなくて見てみぬフリしてた

    この指輪も本当はいつだって外せた

    アイツにとってこれは玩具みたいなもので

    でも … 俺にとったらさ …

    アイツと俺を繋ぐかけがえの無いものだった …

    アイツがもう此処には居なくても

    アイツの気持ちがもう俺にはなくても

    俺が信じて待ってればまた帰ってくると思った

    馬鹿だな、 って笑いあって

    また俺がアイツの細い指に指輪はめてやって

    この指輪さえ俺がしてれば

    帰ってくると思ってたんだ …

    でも … アイツはもう … 帰ってこなかった

    優柔不断で馬鹿で それでも可愛くて

    人懐っこくて軽い女だったけど信じてた

    … アイツが … 他の男と死んだのは

    俺をもう必要としなかった事なんて …

    俺は信じたくなかったんだ … 」



  泣いていた


  震える体から幸ちゃんの涙が伝わる

 
  弱くて 本当は誰よりも泣き虫で

  だってそうでしょう

  貴方はいつだって誰かに必要とされたかった

  人目が集まるような外見も

  可愛い犬みたいな人懐っこい性格も

  誰かに必要とされるためだった


  誰かの傍に居ることで存在を確かめていた

  けれど それが崩された瞬間

  自分の行き場を失ってしまったのだ

  
  そんな貴方が選んだ道は孤独なものだったね ―




NO.174   藤 、 12/07(日) 20:05 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 雪 降らねえかな 」



  暗くなった空を見上げて

  窓を開けた幸ちゃんが言う

  私はその姿をベッドに腰かけ眺めていた

  幸ちゃんが入れてくれた甘い甘いココアを飲む

  ココアは甘くてなんぼじゃ、

  本当は分量を間違えただけなのに

  幸ちゃんは自慢げに言った


  
  「 どうかな 」

  「 初雪 一緒に見れたらいいな 」



  煙草を灰皿に押し付けながら笑う

  そして窓を乱暴に閉めた


  
  「 ホワイトクリスマスイヴ 」



  私は幸ちゃんに聞く

  

  「 うん それ

    一緒に見たかったな 」



  そういって幸ちゃんは

  私の後ろに座って優しく抱きしめた



  「 見れるよ 」

  「 … どうかな 」

  「 分かんないけど 降るかもね 」



  そういって私は笑ったけれど

  幸ちゃんの目に笑みはなく少し怖くなった


  
  「 妃菜 」

  「 何 」

  
   
  首をかしげた瞬間

  幸ちゃんの唇が私の唇に当たる

  
  初めてのキスはココアの味と

  幸ちゃんの煙草の苦い味がした




NO.175   藤 、 12/10(水) 15:46 IP:202.216.55.116 削除依頼



  白い壁 広い空間

  上を見上げると真っ白な世界

  天井があるのかないのか

  果たして高いのか低いのかすら分からない

  どこまで続いているのかすらままならない

  私は立つ事すら知らない

  まるで赤ん坊のようだった

  ただ漠然と広がる"白"に目を奪われる


  ― 妃菜


  じっと黙ってキョロキョロ辺りを見渡す

  そこには誰もいなくて何もなくて

  
  そんな時 私は幸ちゃんの声で

  目を覚ました


  いや 覚ました気がしただけだった

  唇に残るような感触も

  きっと夢の中の一部に過ぎないのだろう

  私が眠りから覚めると
  
  部屋に幸ちゃんの姿はなかった

  

  「 … 夢 」



  思わず私は部屋を見渡した

  
  それは確かに夢だったはずなのに

  何故だか現実味があったのだ

  真っ白の空間なんてありえもしないのに

  
  机には幸ちゃんの携帯とライタ−と煙草が

  三列にきちんと並んでいた

  私は窓の外に目をやる

  
  今にも雪が降り出しそうな

  灰色の雲が空を埋め尽くしていた

  淡い期待が私の胸に募った

 
  その時 私の携帯がメ−ル受信の知らせとして

  ピンク色の光を放っているのに目が入る

  受信ボックスの中には

  お姉ちゃんとママのメ−ルが6通

  それと今きた麻奈からのメ−ルが1通だった


  " 今日、出てこれる(>_<)!? "


  件名におはよう、という文字があり

  本文にはそのような内容が記されていた

  
  私は時計に目をやる

  時間は午前11時過ぎだった




NO.176   藤 、 12/10(水) 15:57 IP:202.216.55.116 削除依頼



  麻奈にメ−ルを返そうとした時

  机の上から奇妙な物音が聞こえる

  体をびくりと揺らせて音の主を見ると

  幸ちゃんの携帯がマナ−モ−ドで動いていた

  携帯を手にとってみると


  ひろ 090839743XX ...

  
  という画面が映し出されていた

  コンビニかどこかに出かけているだろう

  幸ちゃんの代わりに私はボタンを押す



  「 … もしもし 」
  
  

  少し遠慮がちに言った

  数秒の沈黙の後に宏君が言う



  「 悪いけど鍵開けてくんねえかな 」



  私はそう言われてワンピ−スを整えてから

  布団を剥ぎ取り携帯を耳にあてたまま

  玄関まで歩いてドアの鍵を開ける


  ガチャリ、
  
  という音に反応してか

  ドアがゆっくりと開いた



  「 どうも 」



  携帯からプツッと通話が切れた音がする

  
  ドアの前にいる宏君は

  どこか不機嫌そうな気がした



  「 何でアンタが 」

  「 … 何でって 」

  「 それより 成はどこだよ 」



  靴を脱いでずかずかと部屋に上がりこむ



 

NO.177   藤 、 12/10(水) 16:03 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 居ねえじゃん 」



  宏君は幸ちゃんが居ないことに

  不思議がってこちらを見る



  「 起きたら居なかったの

    全部置いてあるしコンビニじゃないかな 」

  「 帰ってきたら一発殴るか 」

  

  何でそうなるの、

  と笑おうとして口を止めた


  そうだ

  幸ちゃんは皆の前から姿を消していたのだ

  昨日の夜があまりにも幸せすぎて

  大切なことを忘れてしまっていた


  ママとお姉ちゃんからの心配と怒りのメ−ルも

  気にならないほど私は幸せに浸っていたのだ



  「 今日 どこか行くの 」

  「 … ああ 麻奈から聞いてねえの 」

  「 あ メ−ル返すの忘れてた 」

  

  私はそういって幸ちゃんの携帯を

  元の位置に戻して言った

  ベッドに腰かけて宏君はライタ−を手にとる



  「 成 いつから居ないわけ 」

  「 えっと … さっき起きたから … 」

  「 逃げたな あいつ 」

  「 え 」

  「 今日 命日なんだよ

    葵さんの だから墓参りってわけ 」



  宏君はそういってライタ−を机に戻した

  軽々しく発された言葉に私は驚く

  なんて返したらいいのか分からなかった


  窓がカタカタと風で揺れた



  「 … 深く考えんなよ

    偶然だろ お前が来たのは 」

  「 … えっと うん 」



  私は宏君の言葉に曖昧に返す


  幸ちゃんの涙が脳裏をよぎった




NO.178   藤 、 12/10(水) 16:29 IP:202.216.55.116 削除依頼



  沈黙が続いていた中

  それをさえぎるように甲高い音が鳴り響く

  宏君はポケットから携帯を取り出す

  " 着信音1 "

  と言うような音に私は彼らしさを感じて少し笑った



  「 はい 」

  「 … 」



  電話越しから怒鳴るような

  響くような 大きな声が聞こえて

  会話は分からなかったけれど

  女の人の声が漏れていた

  段々と宏君の眉間に皺が寄り始める



  「 落ち着いて下さい

    ちょっと大祐先輩に代わって 」



  珍しく声を荒げる宏君

  私は聞いてはいけないような気がして

  彼の顔から目をそらした


  そして 洗面台の方に向かって

  少々 乱れた髪の毛を手ぐしで整え

  顔を洗って口の中をゆすいだ



  「 おい 」



  タオルで顔を拭き終わって

  前髪を触っていると

  宏君が顔を覗かせた



  「 出かけるぞ 」

  「 え ちょっと 待って 」



  そういって私は小走りに宏君に近づく



  「 マフラ−とか持ってねえの 」

  「 あるけど … 」

  「 早くとって来い

    向こうには麻奈も居るんだから

    気をつけろよな

    あ それと幸のライタ−も 」



  気をつけろよな、

  といって宏君は首元に手を当てる

  その仕草で私ははっとした

  キスマ−クがついているのだ


  私は頷いてアフラ−とライタ−を手にする



  「 早く 」


  
  強く腕を引っ張られる



  「 え ちょっと 

    どこ行くの ていうか 何なの 」



  急かされる不思議さに私は問う



  「 幸が死んだ ― 」




NO.179   藤 、 12/10(水) 16:53 IP:202.216.55.116 削除依頼



  私はその言葉で足を止める

  宏君の視線が突き刺さる



  「 いいから 今は何も考えんな 」



  強く握られた手首

  走って駅まで引っ張られて

  二人分の切符を宏君は買った

  状況についていけなかった

  ただ 走らされるがまま走って

  引っ張られるがまま引っ張られた


  宏君はそんな私を面倒くさがりもせず

  ただ 黙って誘導してくれていた



  「 宏人 」



  見知らぬ駅で降りて

  宏君は辺りをキョロキョロ渡した

  その時 黒い車から大祐先輩が顔を出す


  
  「 早く乗れ 」



  宏君は大祐先輩のものか分からないような

  真っ黒の大人びた車に乗り込む

  私を先に詰めるようにして



  「 … あの 」

  「 自殺だよ 飛び降り自殺 …

    それも学校の屋上からな

    今 学校は警察ばっかだよ 」



  そういって大祐先輩はハンドルに

  拳を強く叩きつけた

  

  「 … え ね 宏君 何 」

  「 幸成が自殺した 」



  " 幸成が自殺した "


  頭の中でこだまとなって響き渡った



  「 … 助かるの 」
  
  「 妃菜 … 」

  「 助かるも何も もう死んだんだよ 」



  そういって宏君は

  うまく頭が回ってくれない私の肩を強く抱いた


  大祐先輩の車から降りたのは

  坂の上をのぼった総合病院だった

  最近 改築されたらしく

  綺麗でとても広かった

  私は宏君に支えられるようにして歩き

  大祐先輩の後ろをついていった

  

  「 … 妃菜 」



  綺麗で暖かい光が差し込んでいた廊下を

  進んでいくうちに

  少し離れた暗めの廊下に出ていた

  そこにはソファ−が設置されていて

  芯と恋が二人並んで座っていた




NO.180   藤 、 12/10(水) 17:02 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 麻奈は 」



  隣に居た宏君が恋に言う


  
  「 泣きじゃくって暴れちゃって …

    さすがに危ないからって

    先生が鎮静剤打って今は眠ってる 」



  麻奈の泣き叫ぶ声が耳に残るようだった

  
  宏君は恋に そうか、

  とだけ告げて前に進んだ

  私はぎゅっと宏君のジャケットの裾を掴んだ


  " 霊安室 "
  
  絶望という言葉が脳内に浮かぶ上がる



  「 … 大丈夫か 」

  
    
  宏君の気遣いに私は頷いて

  霊安室の中に入った


  中はコンクリ−ト一面で冷たく

  真ん中にはベッドが置いてある

  白い布で顔を覆われて

  まるでドラマを見ている気分だった



  「 … 幸ちゃん 」


 
  私はぴくりとも動かないそれに声をかける

  けれど 勿論 返事はなく

  ただ 静まり返って空気が私達を包むだけだった

  
  ひんやりと冷たい部屋

  窓一つない部屋

  暗くて硬くて こんな部屋

  幸ちゃんが望んで入るわけがない



  「 … おい 」



  布をとった宏君が言う

  
  白い肌

  銀色のピアス

  白金色の髪の毛

  整った眉毛に鼻筋の通った鼻

  薄めの唇に細長い綺麗な指先

  何一つ 何一つ変わっていないのに

  ここに居るのは確かに幸ちゃんなのに

  どうして まるで別人のような人なのだろう



  「 … おい … 幸 」



  大きな体を震わせて宏君は続けた




NO.181   藤 、 12/10(水) 17:15 IP:202.216.55.116 削除依頼



  「 お前 … 何やってんだよ

    何で俺に何にも言わねえんだよ …

    … おい なあ 答えてくれよ

    俺 そんなに役不足だったかよ

    幸成 おい 答えろよ 」



  幸成、

  宏君が幸ちゃんのことをそう呼ぶ

  ずっと一緒に居る中で

  今日 初めて耳にした言葉だった

  
  私はそんなことをぼんやりと考えていた

  宏君の目から涙がボロボロと溢れ出す

  あの硬派で口数少ない彼が

  大きな背中を持った彼が

  幸ちゃんを目の前にして泣いていた



  「 … ごめん … な

    お前 弱いの知ってたのに …

    何にもしてやれなくて … ごめん

    幸成 … ごめん 

    ずっと 一人にさせててごめん 」



  何度も何度も 幸成と呼び

  何度も何度も 謝った
  
  
  ねえ 幸ちゃん

  貴方はこんな優しい親友を泣かせてまで

  どうして 旅立ってしまったの

  どうして 置いていったりなんかしたの


  怖くて淋しくて弱くて

  それでも一生懸命生きるという事を

  貴方に知ってほしかったよ

  
  貴方の周りに居た人は暖かい人達ばかりだったのに

  この温度を全て貴方に捧げる事ができなかったのは

  やっぱり 私達がまだ子供だったからなのかな




NO.182 鳴海 12/10(水) 18:08 IP:61.87.111.26 削除依頼
呆然としてます、
こればっかりは泣かずにはいられませんね

そろそろ終盤でしょうか?
ネクスト希望です、

NO.183   藤 、 12/11(木) 22:23 IP:218.45.106.66 削除依頼



    @  鳴海 様

   
      感情が伝わっていて嬉しいです

      そろそろ終盤ですね

      ネクストありがとうございます




NO.184   藤 、 12/11(木) 22:33 IP:218.45.106.66 削除依頼



  人は脆く弱い

  恋は儚く遠い


  幸ちゃんの葬儀は後日行われた

  お通夜と葬式と二日間に渡って

  制服に身を包んだ他校の友人

  喪服に身を包んだ先輩達が

  彼の死を嘆いた


  幸ちゃんのお母さんは思ったよりも

  本当に普通の人のように思えた

  幸ちゃんとは似ておらず

  よく考えればあれが彼の本当の母親だったかは

  定かではない気がした


  火葬場で麻奈は泣き崩れた

  これでもかというくらい泣き叫び

  宏君はそれをただ黙って支えていた

  何度も倒れそうになる麻奈の腕を

  ぐっと強く掴んで無理矢理にでも立たせた

  それが彼なりの見送り方なのだと思った

  眉間に皺を寄せて涙を堪えている宏君は

  あまりにも小さくて強かった


  みんな 誰も泣いていた

  私だけがただ何も言わずに

  彼の死を見送っていた


  棺おけに眠る彼も

  灰になってしまった彼も

  まるで 嘘のようだった


  幸ちゃんは言った

  葵さんの死を信じたくなかった、と

  今なら痛いほど分かるその気持ちが

  どれほど苦しいものなのか痛感させられた




NO.185   藤 、 12/11(木) 22:41 IP:218.45.106.66 削除依頼



  「 好きなもの持って行っていいってさ 」



  煙草に火をつけて宏君は言った

  その手の中には幸ちゃんのライタ−があり

  私は宏君が遺品として預かる事を悟った


  窓の外は昼間を思わせないほど暗く

  どんよりとした天候だった

  

  「 … 他の皆は 」

  「 ああ もうすぐ来るんじゃねえの 」

  「 そう 」

  「 先に選べば 」



  幸ちゃんの親族と連絡をとったのだろうか

  宏君は淡々といつもの口調で私に言った


  私は部屋中をゆったりと見渡す

   
  台所に置かれたマグカップも

  動き続けている時計も

  少し乱れてしまっている布団も

  全部 あの時のままなのに

  ここの主人はもう確かに居ないのだ

  私は胸の中に詰まっている何かを

  えぐられたような気分になる

  苦しいのに涙は出ない


  泣くほどのことではない

  そういう事なのだろうか



  「 … 私 これにする 」

  「 え 」

  「 いいでしょ 別に 」

  「 いいけど 契約きられてると思うけど 」

  「 うん いいの 」



  私が手にしたのは携帯電話だった


  黒色の淵がはげてしまっているスライド式の

  幸ちゃんがいつも手にしていた携帯

  大切に 大切にしていた携帯


  
  「 でも それ 」

  「 うん いいの

    それも含めて幸ちゃんが愛したものだから 」



  そういって宏君に笑ってみせる

  宏君は似合わない心配した表情を見せたけれど

  私の意志が伝わったのか承諾してくれた


  それから 私は

  麻奈達の訪問を待たずに幸ちゃんの家を出た

  


NO.186   藤 、 12/11(木) 22:48 IP:218.45.106.66 削除依頼



  27日にもなると

  街の風景はがらりと変わった

  クリスマスのモ−ドから年末モ−ドに変わった

  
  所々で見られた緑と赤の組み合わせも

  クリスマスツリ−もイルミネ−ションも

  いつの間にか全て無くなってしまっていた


  街の風景が変わる度

  季節は巡るのだ

  
  私の隣を通り過ぎている人達は

  幸ちゃんが死んだことを知らない

  昨日も今日もいつもと変わらない気持ちで

  同じ日常を過ごしている

  
  何か変わった事が起こらないかな、

  なんていいながら毎日を退屈に過ごしている

  
  私は学校に通うためにいつも下りている駅で下りる

  
  冬休みが始まる前

  担任からこの日は来るようにと言われていた

  進路希望調査表を未提出だったのは私だけだったようで

  私は職員室に行かなくてはならなかった


  学校に着いて階段を上っていく

  履き慣れない大きなスリッパだったため

  私は階段で大きく転んでしまった

  恥ずかしさを感じつつも誰も居ない事を確認する


  
  「 … あ 」



  転んだ際に落ちてしまったのだろう

  コ−トのポケットから幸ちゃんの携帯が

  落ちてしまい階段下の廊下に飛んでいる


  私はイラついた気持ちを抑えて

  小走りにそちらへ向かう

  拾い上げたものの

  電池パックの後ろの蓋が無い



  「 … 嘘でしょ 」


  
  泣き声のような声を漏らして

  私は辺りを見渡した




NO.187   藤 、 12/11(木) 22:55 IP:218.45.106.66 削除依頼



  「 あった … 」



  私はちょうど 目の前に落ちていた蓋を

  手にとって息を呑む


  ゴトリ、

  と音を立てて携帯が廊下に落ちた

  電池パックの蓋を私の手元に残して


  
  「 … 何で 」



  幸ちゃんの薬指には

  やはり銀色の指輪が光っていた

  そして 24日を選んだわけを

  私は彼の全身で感じていた


  葵さんとの道を選んだ彼を

  私はもしかしたら恨んでいたのかもしれない
  
  あの日の夜のことを

  彼は消そうとしていたような気がして

  そう考えると怖くて逃げ出したくなった


  
  「 … どうして 」



  ぼたぼたと大粒の涙が目から零れ落ちる


  
  「 あ 雪 」

  「 嘘 わあ ほんと 」

  「 今年 初じゃん 」



  後ろの方から女子生徒の声がした

  クラブで学校に来ていたのだろう

  嬉しそうにきゃっきゃと騒いでいる


  私は電池パックの蓋を握り締めて走り出す


  電池パックの蓋に貼られた

  一枚のプリクラ

  ずっと彼が大切にしていた葵さんとの思い出だったはずが

  いつ どういうタイミングで張り替えられたのか

  私とのたった一度だけ撮ったプリクラになっていた


  

NO.188   藤 、 12/11(木) 23:03 IP:218.45.106.66 削除依頼



  半年前のことを思い出す

  貴方は私の手を思い切り引っ張り

  今のように全力で屋上を目指していた

  振り切れない貴方の視線は

  私の心を突き刺していたんだ


  私は非常階段を駆け上がり

  屋上の扉を開ける

  途中 脱ぎ捨てたスリッパのせいで

  コンクリ−トはひんやりと冷たい

  
  雪がちらちらと舞っていた


 
  「 ねえ 幸ちゃん 居るんでしょ 」

 

  私は声を振り絞るようにして空に嘆く



  「 ごめんね ごめんね

    私 本当に馬鹿だったね

    幸ちゃん … ごめん

    大切な事なんて何一つ分かってなかった

    いつも … いつも ありがとう

    本当に大切に思ってくれていてありがとう

    私は馬鹿だし弱いから

    ずっと言えないままだったけど …

    本当に幸ちゃんのことを愛してたの

    だから … だからね … ありがとう … 」



  ありがとう

  
  私はその場に泣き崩れた

  ずっと心の中で止まっていたものが

  まるで吹き出るかのように涙は止まらなかった


  とめどなく溢れ

  雪と同じように地面に跡をつけた



  「 幸ちゃん … 会いたいよ … 」



  会いたい

  今すぐ傍に行ってギュッと抱きしめて

  力強く壊れるまで骨が砕けるまで

  私のことを抱いてよ
  
  そしたら もう何もいらないから


  約束したはずだよね

  絶対にここから飛んだりはしないって

  あの時の指きりは もう此処には無いの




NO.189   藤 、 12/11(木) 23:11 IP:218.45.106.66 削除依頼



  苦しくて胸が張り裂けそうで

  こんな思いはもう二度としたくないと

  そう思ったはずなのに

  何度もそれを求めてしまうのは

  やっぱり貴方の事を愛しているから


  苦しい思いも甘い思いに変えて

  淋しい気持ちも嬉しい気持ちに変える
 
  そんなことをできるのは

  この世にたった一人しかいないの

  貴方だけしかいないの


  抱きしめて キスをして 体を重ねて

  何度も何度も貴方に溺れたい

  
  また運命が巡り

  貴方と出会えたなら

  来世で私は泣いてしまうでしょう


  
  ねえ 幸ちゃん

  私と貴方の運命が偶然でも必然でも

  そんなのどちらだって構わなかった

  ただ ひたむきな愛情が貴方に伝わるなら

  それでよかったんだ


  泣き虫で弱くて脆い貴方を

  私は少しでも支える事ができていたのかな


 
             *



  「 妃菜 どうしたの 」

  「 ん ううん 何でもない 」



  顔を覗く麻奈に私は笑った

  すると 麻奈の顔もゆったりと笑みを浮かべた


  
  「 ふふ 幸せそうな顔 」

  「 そう 」

  「 うん 妃菜はいつもだね

    此処に来ると幸せそうなの 」



  麻奈はからかうように笑った




NO.190   藤 、 12/11(木) 23:23 IP:218.45.106.66 削除依頼



  私達はお墓参りが終わった後

  学校の屋上へと訪れた


  先生は私達の容姿を見て

  毎年 ケチをつけていたけれど

  いつも嬉しそうだった

  あの頃 毎日 喧嘩を繰り返していた

  恋と芯と先生は今ではすっかり仲良しだ



  「 そんなことないよ 」



  そういって私は麻奈に言う


 
  「 おい そろそろ 帰るぞ 」



  ニヤニヤしあっている私達を

  怪訝そうに見つめながら宏君が言った


  私と麻奈は笑いながら三人の元へ駆け寄る



  「 なあ 一つ聞いていいか 」



  お墓参りの時とは違い

  今度は宏君が私と肩を並べて歩いている



  「 何 」

  「 あの頃 お前

    まじでアイツに惚れてたよな 」

  「 … え 」



  質問というよりは思い出したように

  宏君はそういってクスクスと笑った



  「 … な …

    惚れてたに決まってんじゃん 」



  恥ずかしさを堪えて私は言う

  
  校門を出る時

  私は屋上を見上げるように振り返る

  幸ちゃんが居るような気がするから



  「 ありがとう 幸ちゃん 」



  そう小さく呟いて大きく手を振った


  あの半年間は私にとって

  本当にかけがえのない宝物

  今でも鮮明に思い出されるのは

  きっと まだ私があの頃の気持ちを忘れていないから


  幸ちゃんを愛した記憶

  まだ 心にあり続けてるよ


  ねえ 幸ちゃん

  私は貴方に恋をした事をこれから先

  何があろうと忘れないから

  だから 貴方も忘れないで

  私が貴方を愛していた事

  貴方の周りに居た人たちが貴方を愛していた事

  
  これだけは 約束だよ



 
 
                E N D



  

NO.191   藤 、 12/11(木) 23:27 IP:218.45.106.66 削除依頼




     *  あ と が き


       長い間 本当にありがとうございました
  
       途中でおかしな部分があったり
  
       展開があまりにも速すぎたり

       少し焦った部分や

       まだまだ勉強が足りない部分がありました

       それでもご愛読くださった方々

       本当にありがとうございました

     
       今日を境に改名を考えています

       この作品は私にとって昔からのもので

       本当にまだまだ未熟ですが

       昔よりも話がまとまってよかったです

       
       最終的に反省する点ばかりあったのですが
  
       読んでくださった皆様 

       ありがとうございました

       感想 意見 お待ちしています



                     藤 、




NO.192 ゆんの。 12/12(金) 16:57 IP:219.31.217.116 削除依頼




   お久しぶりです!
   前にこめんとした ゆんの。 です
   すっごい読んでて切なくて
   最後は涙が止まりませんでした 泣
   いまもなんか呆然としてます 笑
   無事終わってよかったですね!
   これからもまた、新しい物語を
   楽しみにしてますねっ*
   最高な話をありがとうございました^^



   

NO.193 鳴海 12/12(金) 18:16 IP:61.87.111.26 削除依頼
完結おめでとうございます、
今回も前回同様、感動しました
さすが、藤さんが大事にしてきた作品ですね!
ユキちゃんがいなくなり、妃菜はどうなるのか心配でしたが
強く逞しく生きているようで安心しました

次の小説はあるんでしょうか?
できれば また藤さんの小説を読みたいです
本当におつかれさまでした!

NO.194   藤 、 12/13(土) 12:57 IP:218.45.106.66 削除依頼



    @  ゆんの。 様

      
      本当ですか

      そういってもらえると凄く嬉しいです

      最高の話だったなんて勿体ないです!

      でもありがとうございました

      また次回作品でも見つけて下さいましたら

      適当に読んであげてください 笑

      本当にありがとうございました




NO.195   藤 、 12/13(土) 13:00 IP:218.45.106.66 削除依頼



    @  鳴海 様

    
      鳴海様にはいつもお世話になっていて

      本当に感謝しています

      ありがとうございます

      不定期的だったのにも関わらず

      最後までありがとうございました

      次回作品は少し書き方を変えたりしていこうかな
 
      ( そんな変わりはないと思いますが… )

      と考えているので名前を変えてしまうのですが

      題名のパタ−ンや名前ですぐに分かると思います 笑

      また 見かけたら目を通してくれると嬉しいです

      最後まで本当にありがとうございました

     


NO.196 かな 12/18(木) 20:30 IP:219.32.70.205 削除依頼
感動!あげ

NO.197   藤 、 12/19(金) 20:11 IP:218.45.106.66 削除依頼




     @  かな 様


       ありがとうございます



NO.198 鳴海 [MAIL] 12/27(土) 17:27 IP:61.87.111.26 削除依頼
今、初めから読み直してました
何度読んでも感動しますね
何気に忘れてたところとか思い出せてよかったです

次回の小説も見つけますよ!
絶対に…!

質問ですが、新小説板のほうでも小説は書きますか?
もう新作は書き始めているんでしょうか?
良かったら返事下さい

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