文部科学省が22日公表した高校の新学習指導要領案は、「ゆとり」を強調した過去の改定で削られた内容が復活する一方で、低学力層の引き上げを狙った措置なども盛り込まれている。文科省は「これまで以上の学力の定着・向上に資することができる改定となった」と自信を見せるが、その効果は未知数だ。特別支援学校と合わせて新指導要領案の内容を紹介する。【加藤隆寛、三木陽介】
改定の基本方針は小中学校と共通だ。教育基本法改正で明確になった理念を踏まえ「生きる力」を育成する。知識、技能の習得と思考力、判断力、表現力などの育成のバランスを重視し、道徳教育や体育などの充実で豊かな心や健やかな体をはぐくむことを目指す。
改善の柱となる事項の枠組みも小中学校と共通。(1)言語活動(2)理数教育(3)伝統や文化に関する教育(4)道徳教育(5)体験活動(6)外国語教育--などの充実を図ることが主要な目的となる。
変更点で目立つのは、学習の遅れがちな生徒などを対象に、義務教育段階での学習内容を復習する機会を設けるよう学校に促している点。必修教科・科目の単位数を標準より増加して配当し、十分に習得できるまで時間をかけて指導してもよいことなどを明示した。
道徳の授業がない高校で全教師の協力による道徳教育を展開するため、各学校で方針を明確にして全体計画を作成するよう定めた。
また「……を扱わない」など、内容の詳細にまで踏み込まないことを定める「歯止め規定」を、小中学校と同様に原則撤廃した。
■国語
改定で全教科にわたって重視されている「言語能力の育成」の中核を担う教科であることを踏まえて、討論、説明、創作、批評などの言語活動を充実させる。
言語活動の具体例は科目ごとに明記した。新たに必修科目となる「国語総合」では、「反論を想定して発言したり疑問点を質問しながら、話し合いや討論を行う」「文章を読んで脚本にしたり、古典を現代の物語に書き換えたりする」などと例示している。
古典を想定し「伝統的な言語文化への興味・関心を広げること」を新たな指導事項として盛り込んだ。新設する「現代文A」では読書に親しむ態度の育成を重視。「現代文B」では表現能力の育成に重点を置く。
■地理歴史
必修科目の世界史で、日本史や地理にかかわる内容も充実させ、相互の関連づけを図る。「世界史A」は近現代史により重点を置いた。「世界史B」では、テーマに沿って事項を年代順に並べるなど「時間軸」を意識したり、同時代の諸地域の比較、交流に着目するなど「空間軸」を意識した学習を行う。「日本史A」では教える項目数を削減。細かな事項を暗記することより、歴史の展開を大きくとらえることを目指した指導とする。
「地理A」では防災など実生活と結びつけた学習を充実。各科目で、地図や年表などの資料を活用した学習を一層重視している。
■公民
「現代社会」では、経済活動に関する学習として、新たに民法など私法に関する基本的な考え方や、金融制度、消費者問題などにも触れる。来年5月開始の裁判員制度は「現代社会」と「政治・経済」で扱う。
教育基本法の改正で、宗教に関する一般的な教養の尊重がうたわれたことから、国際社会における宗教問題の重要性などが理解できるよう指導を充実する。「政治・経済」では、現代の国際政治や国際紛争を考える際に「文化や宗教の多様性についても理解させる」ことを求めた。「倫理」でも現代の諸課題として「文化と宗教」を加えた。
■数学
「数学基礎」を発展させる形で「数学活用」を新設する。数学への興味や関心を高めるのが狙い。イベント会場の来訪者の移動をシミュレーションするなど、身近な事象についてグラフや表を用いた考察を重視。「数独」のようなパズルやゲームを通して、数学の楽しさも伝える。
データ活用力向上のため、新たに必修となる「数学1」の中に統計に関する内容を盛り込む。「数学1」と「数学A」では、知識や技能を活用する力を育成するため新たに「課題学習」を位置づける。あるデータの分析結果を使った討論などを想定している。
指導内容では「複素数の図表示」(数学3)、「ド・モアブルの定理」(同)などが復活する。
■理科
物理、化学、生物、地学の4領域のうち3領域以上の科目を履修した場合、総合科目の履修を不要とし、柔軟性を向上させる。
新設科目は「科学と人間生活」と「理科課題研究」。「科学と人間生活」は、科学への興味を高める狙いから、観察や実験を重視。衣服の繊維や食べ物の成分など、人間生活に関係の深い内容を扱う。1年生で履修するケースが多いと想定しており、4領域について広く関心を養う。
探究を重視する「理科課題研究」は、2~3年生での履修を想定。大学や研究機関と連携したり、生命科学などの先端科学や、各領域を超えた学際的領域に関する研究なども扱う。
指導内容では「太陽暦」(地学)、「結合エネルギー」(化学)などが復活し、新たに「細胞周期」(生物基礎)、「アモルファス」(化学)、「ドメイン」(生物)などが入る。
■保健体育
「保健」では薬物乱用が「社会に深刻な影響を与える」ことを初めて盛り込んだ。取り扱う種類として、これまでの麻薬、覚せい剤に加え、まん延が深刻化している大麻を加えた。
「体育」では、ドーピングがフェアプレー精神に反し、スポーツの文化的価値を失わせることを明記。球技はゴール型(バスケットボール、サッカーなど)、ネット型(バレーボール、卓球など)、ベースボール型(ソフトボール)の3類型から選択履修する方式を新たに採用した。
■芸術
音楽、美術、工芸、書道の各科目共通で、新たに知的財産権に関する指導を行う。美術では肖像権についても指導する。音楽では「我が国の伝統的な歌唱及び和楽器」の指導を重視。各地域で歌い継がれている仕事唄や盆踊り唄、歌舞伎の長唄などを想定している。
生涯学習社会の一層の進展に対応するため、生涯にわたって芸術を愛好する心情を育てることを目標としてより明確化する。
■外国語
授業は英語で行うことを基本とすることを明記する。英語に触れる機会を増やすとともに、コミュニケーションの道具としての英語を意識できるようにするのが狙いで、訳読中心の授業からの脱却を目指す。生徒の理解度に応じて、使用する英語を柔軟に選択するなどの配慮をする。指導する単語数を1300語から1800語に増やす。中高で計3000語となり、中国や韓国並みになる。
科目構成は大幅に変更し、「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能の総合的な育成を図るための「コミュニケーション英語1~3」、中学での学習内容の復習を中心とし、円滑な接続を目的とする「コミュニケーション英語基礎」などを創設。「英語表現1、2」は発表(プレゼンテーション)、討論(ディベート)などの能力を育成する。「英語会話」では、海外での生活に必要な基本的表現などを使って会話する。
■家庭
現行の「生活技術」の内容を改編して「生活デザイン」を新設。実験、実習などの体験を重視し、例えば「栄養とおいしさを考えた食事を作るために必要な知識と技術」を習得することを目指したり、食文化を継承する学習などを行う。
「家庭基礎」で学ぶ消費生活の現状と課題では、これまで取り扱ってきた「マルチ商法」問題だけでなく、新たに消費者金融に伴う多重債務者問題なども取り上げる。
■情報
現行の「情報A~C」の3科目を再構成し、「社会と情報」「情報の科学」の2科目構成とする。
パソコンや携帯電話の急速な普及で、ネットいじめやネットをめぐるトラブルが子どもの間で深刻化していることから、両科目とも指導内容に「情報モラルの習得」を盛り込む。
「社会と情報」では、情報収集や分析などでパソコンやインターネットを適切に活用する力の習得を重視し、「情報の科学」ではインターネットの仕組みや情報システムの構築などを意識した内容を学ぶ。
■職業に関する教科に共通する特徴
社会的責任を担う職業人としての規範意識や倫理観について指導を徹底。各種産業で求められる知識、技術、資質が変化していることを踏まえ、育成する。
■特別活動
ボランティア活動など社会参画にかかわる内容を充実し、就業体験などを推進する。
■総合的な学習の時間
教科横断的、探究的な学習を行うことを明確化する。小中学校の新指導要領では1コマ減としたが、高校は「3~6」の標準単位数を「特に必要がある場合は2単位としてよい」と定めた。知識活用型の授業が各教科で十分行われていることなどが前提になる。
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□単位や履修
卒業に必要な単位数は74で現行と同じ。週当たりの授業時数(全日制)も現行と同じ30単位時間を標準とするが、「必要がある場合には増加することができる」と明文化した。学校の判断による積極的な運用をさらに促す狙いがある。
現行の指導要領は多様性を重視し、各教科で複数の必修科目から選んで履修できる「選択必修」が基本だったが、今回改定では「共通性と多様性のバランスを重視する」との理由から国語、数学、外国語の基盤3教科に単独の必修科目を設けた。一方、理科は科目選択の柔軟性を向上させた。
中学と同様、10分程度の短時間を単位として行う授業を各教科・科目の授業時数に含めることができるとの規定も盛り込んだ。前回改定で、学校の判断により独自の教科・科目の授業を開設できるようになったが、この仕組みは維持した。
□領土問題など
地理の「領土・領域」に関する記述に変化はない。個別の領土問題には触れず「日本の領域をめぐる問題にも触れること(地理A)」などとするにとどめた。ただし、領土の学習が選択式だった「地理B」でも必ず学ぶことになった。
今年7月に公表した中学の指導要領の解説書では、「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違がある」と記載し、韓国側が激しく反発した。文科省は「高校の解説書は内容、公表時期のいずれも今後検討する」としている。
小中学校の新指導要領は今年3月の告示段階で、2月の改定案になかった「愛国心」の記述が総則に盛り込まれたことが判明した。高校では、小中学校と同じ「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し」などの記述が改定案の段階で総則に入っている。
公民では「天皇の地位と役割」を学ぶことを新たに定めた。特別活動では、入学式や卒業式で「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」と現行と同様の記述をした。
□特別支援
特別支援学校の新学習指導要領案は、各教科の指導に当たり、すべての児童、生徒について個別の指導計画を作ることを義務付ける。一人一人の実態に応じた指導の充実を図るのが狙い。現行指導要領では個別の指導計画の作成は、複数の障害を持つ重複障害者だけが対象だった。
同様に、長期的な視点で支援を行うため、医療、福祉、保健、労働などに関する関係機関と連携し、全員の個別の教育支援計画の作成も義務付ける。
注意欠陥多動性障害(ADHD)や学習障害(LD)などの発達障害や自閉症の子どもの増加に対応し、「自立活動」の指導内容に、新たに「人間関係の形成」の項目を作り、相手の意図や感情を理解することや自己理解などを教える。
高等部では、職業教育を充実するために専門教科として「福祉」を新設した。高等部の卒業者の06年度の就職率は23・1%にとどまっており、改善を図る。
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【農業】
(1)「水循環」「環境緑化材料」新設などで、現行の29科目から30科目に
(2)農林業における生産・流通・経営の多様化や技術の高度化への対応/地球規模での環境保全の必要性の高まりへの対応/安全な食料の安定的供給への要請や職業人として求められる倫理観などの育成への対応/「野菜」「食品流通」などの科目で、農業生産工程管理、食品トレーサビリティーシステムなど安全な食品の供給に必要な取り組みに関する内容を充実
【工業】
(1)「環境工学基礎」新設などで、現行の60科目から61科目に
(2)工業技術の高度化、環境・エネルギー問題への対応/情報化とネットワーク化の進展への対応/技術者倫理の要請と伝統技術の継承の高まりなどへの対応/「実習」で日本の伝統技術・技能を扱うことを明記し、「繊維製品」などで日本の伝統的技法を扱うことを明記
【商業】
(1)「商品開発」「ビジネス情報管理」新設などで、現行の17科目から20科目に
(2)経済のサービス化・グローバル化、ICT(情報通信技術)の急速な進展などへの対応/ビジネスの諸活動を主体的・合理的に行う実践力や、地域産業の振興など起業家精神を身につけた人材の育成への対応/職業人としての倫理観などの育成への対応/「会計」を「財務会計1」、「会計実務」を「財務会計2」に名称変更し内容を充実
【水産】
(1)「水産海洋学」「マリンスポーツ」新設などで、現行の20科目から22科目に
(2)水産物の世界的需要の拡大、水産物の資源管理や安定供給の必要性の増大、流通経路の変化、消費者ニーズの変化など水産業を取り巻く状況の変化への対応/海洋の環境保全や多面的活用など海洋に関する国際的関心の高まりなどへの対応/職業人として求められる倫理観の育成などへの対応
【家庭】
(1)「被服製作」を「ファッション造形基礎」と「ファッション造形」に再構成するなどし、現行の19科目から20科目に
(2)消費者ニーズの的確な把握や必要なサービス提供などを行う企画力、マネジメント能力の育成への対応/生活文化の伝承や消費、環境への対応/食品の表示にかかわる法規や制度などを取り扱うことを明示し、食品を適切に選択、活用して食生活の充実向上を図る内容を充実
【看護】
(1)「看護の統合と実践」「在宅看護」新設などで、現行の6科目から13科目に
(2)医療の高度化などに対応した専門性の高い看護判断能力、安全で確実な看護技術の育成への対応/看護倫理やコミュニケーション能力などの豊かな人間性を身につけた人材の育成への対応/高齢化の進展などに伴い、老年看護学の専門領域の教育内容を充実。「成人・老人看護」の各専門領域の教育内容を充実するため、「成人看護」「老年看護」「精神看護」「在宅看護」として独立した科目に再構成
【情報】
(1)「情報と問題解決」「情報テクノロジー」新設などで、現行の11科目から13科目に
(2)情報技術の進展や情報産業の構造の変化などへの対応/情報に関する各分野の学習で習得した知識と技術を総合的に活用するとともに、問題を適切に解決する能力や態度の育成への対応/技術や情報の守秘義務や法令順守など「ネットワークシステム」において人為的過失や自然災害に対する安全対策などを取り上げ、情報技術者としての倫理観などを育てる内容を充実
【福祉】
(1)介護福祉士にかかる制度改正を踏まえ「介護過程」を新設するなどし、現行の7科目から9科目に
(2)介護分野における多様で質の高い福祉サービスを提供できる人材の育成への対応/自立に向けた状態別の介護として、適切な介護技術を用いて安全に援助できる知識や技術を習得することを狙いとして「生活支援技術」を新設/介護を必要とする人を生活の観点からとらえる科目として整理し「基礎介護」を「介護福祉基礎」に名称変更
【理数】
(1)「課題研究」を新設し、現行の7科目から8科目に
(2)数学、理科の各科目の内容をより系統的な指導を行うことができるようにする観点で再構成/数学、理科の各科目で扱わない発展的内容についても指導(微分方程式、センサーを用いた計測、野外観察、実習など)
【体育】
(1)スポーツを「体つくり運動」「ダンス」「野外活動」を含めた広い概念でとらえた科目構成とするとともに、「スポーツ総合演習」を新設し、現行の7科目から8科目に
(2)生涯を通してスポーツの振興発展に寄与する人材を育成する観点から、各科目の目標を改善/習得した技能及び知識を活用することを重視する観点から、科目の新設を含め構成を改善し、内容を明確化
【音楽】
(1)「鑑賞研究」を新設し、現行の7科目から8科目に
(2)演奏発表の場を設けるなどして、互いに評価し合ったりする活動を取り入れる(声楽、器楽、作曲)/知的財産権などの配慮に関する事項を新設
【美術】
(1)現行の「映像メディア表現」を「情報メディアデザイン」と「映像表現」に再構成し、現行の12科目から13科目に
(2)情報化の一層の進展に対応/知的財産権などの配慮に関する事項を新設
【英語】
(1)現行の「生活英語」「コンピュータ・LL演習」を廃止し、7科目から5科目に
(2)「総合英語」や「英語表現」について、外国語科の「コミュニケーション英語」や「英語表現」の内容を適宜発展、拡充して指導することを明確化し、より系統的な指導ができるよう工夫/発表や討論を指導内容に明確に位置付け/授業は英語で行うことを基本とすることを明記
毎日新聞 2008年12月23日 東京朝刊