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社説

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学力調査―勇気ある撤退を求める

 秋田県の寺田知事が、文部科学省の意向に反して全市町村別の平均正答率を公表した。

 全国学力調査の結果公開をめぐる混乱がいっそう広がっている。

 都道府県が市町村別の結果を一覧できる形で公開するのは、序列化や過度の競争を招く恐れがあるので控える。公表するかどうかは市町村が判断し、公表する際は結果だけではなく対策も合わせて明らかにする。これが文科省が決めたルールである。

 これに対し、寺田知事は「公教育はプライバシーを除いて公開が基本」「有益な情報がごく一部の教育関係者に独占されている」などとして公開に踏み切った。

 寺田知事は、以前から記者会見などで公表の意向を明らかにしていた。とはいえ、突然の発表は各市町村の教育委員会どころか県の教育委員長らにも寝耳に水だったようだ。

 しかも、大阪府の橋下知事の場合とは違い、どの市町村も自らは公表しない意向だったにもかかわらず頭越しに強行した。

 このやり方は乱暴にすぎる。朝日新聞の調査に秋田県内の市町村の約半数が、来年度からの参加について見合わせを含め検討する意向を示したのも当然だろう。

 ただ、知事が公表に踏み切った理由そのものについては、同意できないわけではない。情報公開の観点からみても当然だ。追随する自治体が出てくるかも知れない。

 何よりあきれるのは、この流れに右往左往している文科省の姿である。

 文科省は、全国学力調査を40年ぶりに復活するにあたって、かつての教訓から過度の競争や序列化を再燃させないように配慮したという。都道府県による市町村別結果の公表をひかえさせたことも、そのためだった。

 確かに知事が発表するという秋田の例は想定外だったかもしれない。しかし、情報公開請求があれば公開せざるを得ない事態に陥ることは十分に予想されたことだ。文科省が県別の成績は自ら公表しておきながら、都道府県には市町村別の公開を禁じるというのは何とも筋が通らない。

 そもそも制度設計に無理があったのだ。今頃になって文科相に「悩ましい」と嘆かれても困る。

 ここで考えるべきは、こんな混乱を招きながら調査を続ける必要があるのか、ということだ。

 文科省は、学力の状況を全国的に把握し、指導に生かすためとして調査を始めた。全員参加としたため、毎年50億円以上にのぼる予算と膨大な手間がかかる。しかし、そこで得られる結果は抽出調査でも十分可能だ。

 この費用があれば、どれだけ教員や学校施設の充実に回せるだろうか。

海賊対策―事前に明確なルールを

 アフリカのソマリア沖で頻発する海賊の問題で、政府は海上自衛隊の護衛艦の派遣を検討することになった。

 国際社会に協力を呼びかけた国連安保理の決議を受けて、欧米や中国、イラン、インドなどが相次いで艦船の派遣を決めている。

 海賊の被害が集中しているアデン湾は、欧州と中東・アジアをつなぐ要路で、タンカーや輸送船など年間2万隻が通過する。そのうち2100隻が日本に関係する船舶だ。実際に海賊に乗っ取られた事件も起きている。

 日本政府としても、何らかの対策、協力を考えるのは当然のことだ。麻生首相はきのう、浜田防衛相に海上自衛隊の艦船を出せないか、具体的な検討を指示した。

 政府は、新規立法で海賊対策に乗り出すための法的な枠組みをつくるべく研究しているが、国会で法律を通すとなるといつ実現できるか、まったくメドが立たない。

 そこで、自衛隊法に定める「海上警備行動」を発動し、自衛艦の派遣を急ぐ案が浮上した。海賊行為は犯罪であり、本来は海上保安庁が扱う問題だが、その能力を超える事態には自衛隊が出動できる仕組みになっている。

 具体的には、ソマリア沖を航行する日本の船舶に護衛艦が並走し、海賊の襲撃を防ぐことが検討されている。

 だが、問題がないわけではない。

 まず、武器使用基準。海上警備行動の場合、威嚇射撃は可能だが、相手を攻撃できるのは正当防衛か緊急避難に限られている。海賊はロケット砲などの重火器を備え、護衛艦を攻撃してくる可能性もある。隊員の安全をどう確保するか、具体的に定めておかないといけない。

 また、守る対象はあくまで日本関係の船舶に限るのか。例えば、日本船が他国の船と船団を組み、それを護衛艦が守るケースも考えられる。現場の事情を踏まえて、現実的な方法を視野に入れる必要もあろう。

 自衛艦の任務はどこまでなのか。海賊の取り締まりまで含めるとなると、捕まえた海賊をどう処罰するのかという問題も出てくる。すでに艦船を派遣した国々も同じ問題に直面し、対応に苦慮している。

 そう考えると、防衛省内に慎重論が強いのも分からないではない。あいまいなまま派遣すれば、現場での混乱は避けられないからだ。大事なのは、事前にルールを詰めておくことだ。

 日本ができる協力は他にもある。マラッカ海峡の海賊対策で国際協力の実績がある海上保安庁の経験を生かすことも考えるべきだろう。

 問題の根本はソマリア情勢の混迷にある。そこに国際的な支援の手をどう差し伸べるか。それ抜きに海賊問題の解決はないことも忘れてはならない。

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