「ねえ、聞いてる?」
「ねえ、あなた、
またやっちゃったの。熱いお茶で、舌を火傷したわ
あ~ん、もう、なんか、やな感覚がのこってる。舌先がザラザラ、気分悪いわ....
もう.....はぁ、気にすると駄目よね」
マリ子は、深くため息をこぼした。
「ねえ、聞いてな ...い。かぁ」
「あの子、友達と出掛けたわ。なんだか最近会話する事が減ってしまってるの。
親子の会話。でも、別に嫌がる話題を常に持ち出しているわけじゃないのよ。
例えば、学校での事や進学の事、将来どうするつもりなの?なんて、
むしろ私があの子の先生に問われているぐらい。
娘に任せます。って、答えたら、
『そういう事は、ちゃんとご家庭で話して決めないと、お譲さんにとって
将来が決まる大事な時期なんですから、わかりますよね? 親御さん次第ですよ。』
なんて、おこられたわ」
マリ子は、ふふっと含み笑みを浮かべて、マグカップを口元に運んだ。
そして、ふう~ふう~と息をふきかけ、おそろおそる唇を開き、
10分以上は放置しておいたお茶をゆっくり一口飲んでみた。
もちろん、とっくに冷めている。
マグカップを両手で触れば温度は計れた。
舌先の火傷の部分が感じる不快な感触を避けようと、過度に神経質になってしまっていたのだ。
もう、寝てしまえばいい。明日の朝は忘れてる。寝てしまいたい。
「とにかくあの子は、毎日お友達と楽しんでるみたいよ。
もう、大人でしょ、親より友達といる方が楽しいし、話す事も豊富なんでしょう。
好きな男の子もいるみたいだし。」
飲み終えたマグカップを流しに置いて、水を出す。勢い良く流れる太い水。
茶渋が残るから洗ってしまわないと....。
ダメ、今は面倒臭い。カップから溢れ出す水が跳ねると、マリ子は慌ててそれを止めた。
またため息。キッチンのダウンライトの徴候をOFF に切ってから、換気線を弱に入れて
リビングの方に振り返る。
TV....多分、葵が見ているCSの音楽専用チャンネルであろう。
「...こういうのがいいんだ。何か冷たい感じね」
その場置いてあるリモコンでテレビを消した。
プツっと音がして静まり変えった暗い部屋は、モノクロに成って視界を攻める。
例えように無い孤独感は恐怖にさえ感じる。
いつもと違う一日を終える事が、こんなに寂しいものなのか、
それともこの感覚が明日も明後日も続いて行く予感がしたからなのか。
そう、いつもなら、葵が
「まだ、見てんの!!」とか言って、テレビの前に居座って携帯を気にしている。
メールをしているのか、何なのか、1分おきにはチェックしている様子を
病的だと呆れて、リビングを後にするのが常。
「もう、寝たら?」と声をかければ、「もう、寝てる」と返す葵。
最初の頃は、笑ったてたけど、
これがお休みなさい変わりの挨拶となっている。
今では笑えない。
「あの子、葵は、好きな男の子がいるのよ、きっと。」
「ねぇ、私は恋をするのはいいと思うし、人は当たり前に人を好きになる。
私たち親が、口うるさくする問題じゃないわよね...?
だから、メールぐらいいいと勝手に許しちゃってるケド
なんだか、携帯をもってから疎遠に成っている気がするの」
「....なんか似てるの。あの、あのね、
ほら、あなたが昔よく言っていた、ウォークマンがいけない。
って、あの個々の世界がよくも悪くも日本の家庭を変えた。
とかって、
でも、皮肉だって、経済大国日本の誇りで、世界のソニーで、それで、
.... 最後にはいつも、音楽を細分化した。
って、..あの頃は、音楽の話しじゃないって、言うと、あなた....ぅ」
頭が痛い。いつもの偏頭痛だ。
「とにかく携帯に... 聞いてよ!!」
「葵.......今日は、帰らないつもりなのよ。
どうせ、SEXぐらい経験済みでしょ。
だから、コンドームくらい持ってて、言ったの」
「ね、....そうでしょ!!」
ヒステリックになっている高い声が30帖近く有るリビングに響き渡る。
「あなた....何か言たら!!」
マリ子は、ふっと我に返った。
例えるなら、映画の撮影時にカットがかかった女優の様に現実に戻る。
自分がずっと苦手としていた主婦の典型に、反面教師としていた亡き母親の姿に、
そっくりだと感じたからだ。
独りごとの様に文句を並べ、自分の性ではないと誰かに慰めて貰おうとする。
親離れする子供への執着。夫への愛欲。
わかっている。今の自分は虚しい一人の老いた女で、母でも妻の姿でもない。
目の前の夜景は腹正しいほど奇麗で、無情だ。
マリ子は、冷蔵庫からペットボトルの水を出しコップに注ぎ、
リビングのドアを閉めずにベットルームへ向かった。
頭痛が酷く成ってきたせいか、いら立ちも止まない。増すばかりだ。
自分のベットに腰をおろし、処方箋の袋から頭痛薬と睡眠薬を求め、飲み込んだ。
そして大きな姿見に映る自分に話しかける。
「ねえ、聞いている?」
鏡の中に問う。
マリ子は、微笑みながら頷いた。
「葵は、もうすぐ彼と知り合った頃の私の年齢になるのね
私は...
もっと好き勝手な事してたわね......ふふぅ、だから、出逢えたのよね」

遠い遠い異国の場所で、すれ違う、時代と人波の中
ぶっかった肩先。
「私達、反対されたわね」
鏡の中の女が、笑っている。 の?! それとも..... .