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プリンセスオンアイス(塀内夏子)

2008年12月5日

  • 筆者 松尾慈子

表紙プリンセスオンアイス[作]塀内夏子

 この人が「塀内真人」名義で出したデビューコミックス「おれたちの頂」(現在入手困難)を読んだのは、私が高校生のころだったか。骨太の登山漫画で、少年漫画の基本である「努力・友情」が力強く語られていて、少年漫画に免疫のなかった私は大いに感動したものだった。その後もテニス漫画「フィフティーン・ラブ」などを読んできたが、その作者が「塀内真人」から「塀内夏子」へとペンネームを変えたときには驚いた。「女が少年漫画を描いていると公表できるような時代になったから」と理由を聞いたような気がする。あの色気の少ないストーリーと線の太い絵柄から、私はすっかり男性だと思いこんでいたよ。

 そしてさらに時は流れ、現在、彼女はレディース誌「BE LOVE」でスケート少女の恋と成長の物語を描いている。「あの、塀内夏子が! レディース誌!」。本屋でみつけたとき、私は再び驚いた。あんなに色気がなくて大丈夫か、そしてあまりにまっすぐな、悪く言えば深みのない性格の登場人物たちで大丈夫か、と心配になったが、最近のレディース誌は懐が深いのね。

 主人公は17歳の日高まふゆ。まったくの無名だった彼女は、その才能と勝ち気な性格で、初めて出場した全国大会でショートプログラム2位を獲得。強化選手に選ばれ、コーチの八木沢とともに、世界の頂点を目指す戦いを始める。

 塀内の得意とするスポ根漫画の王道!って感じだが、レディース誌だからだろうか、ちょっとスケートにトラウマありげなコーチ八木沢とまふゆが恋に落ちるであろう伏線がはられている。スポーツに青春を賭ける主人公が、男性指導者と恋に落ちる。「エースを狙え!」の時代から、スポ根少女漫画では基本中の基本なのだが、私はちょっと残念。「ガラスの仮面」(美内すずえ)の月影先生のように、指導者は女性でもいいと思うのだが。まあ、その辺はレディース誌のお約束なんだろうか。

 ともかく、少年漫画ばりのスポ根漫画。塀内夏子が女性読者を意識してどこまでやれるのか、少々不安を持ちつつも、大いなる期待をもって次巻を待ちたい。2巻は12月12日発売予定だそうだ。

 ところで、先月ちょっとしたニュースが世間を騒がせましたね、というか、私の周囲が騒いだだけなのか。大阪府堺市の市立図書館が、男性同性愛をテーマにしたBL小説約5500冊を所蔵しており、市民から「子供に悪影響があるから廃棄を」、「廃棄は性的指向による差別につながる」と賛否両論が寄せられているのだという。私は「世の中にはBL小説が5500冊もあるんだ」と純粋に驚き、次に「市の図書館がそれを持ってるって、すげえ」と思ったわけですよ。次には「実は腐女子(女オタクの俗称)な司書がいるんじゃないの」という疑いを持った。BL小説の購入総額は約370万円という。それはちょっとびっくりだ。

 腐女子の一人として言わせていただけば、こういうBL小説・BL漫画は腐女子の「密やかな楽しみ」であって、おおっぴらに図書館などで借りるようなモノではないような気がする。友達同士で貸し借りするのも透けないように気をつけた袋で、とかそういう秘めやかなところもまた楽しいのである。青春時代、お小遣いが少なくて好きな漫画のすべては買えずに涙を飲んだ身としては、「BLモノは、自分の身銭を切って買った分だけで満足しようよ。我慢するのもまた青春だよ」と上から目線で言いたくなるのである。 とはいえ、「ハードカバーだから高くて買わなかったあの小説もあるのだろうか。近くの図書館で取り寄せて貸し出ししてもらおうか」とちらっと思ったのも事実。今後、堺市図書館はBL小説の購入をやめ、18歳以下には貸し出さないことにしたという。なら私は借りられるのね。ちょっと心動いちゃうわ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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