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社説

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裁判員制度―裁判官も公判には白紙で

 刑事裁判は「真実発見の場」といわれる。それは当事者である検察、被告・弁護側の双方が証拠を出しあって、お互いの言い分をぶつけ合いながら真相の解明に努めるからだ。

 だが、肝心の証拠を十分出せずに審理が尽くされないなら、真実を見つけることなど出来るはずもない。

 そうした審理不足を指摘したのが、3年前に広島市で起きた女児殺害事件で、先ごろ言い渡された広島高裁の判決だ。無期懲役とした一審判決を破棄し、広島地裁に審理のやり直しを命じたのだが、高裁判決が地裁の審理を批判するようなことがなぜ起きたのか。

 一審は、来春から導入される裁判員裁判のモデルケースとされた。公判前整理手続きで裁判所と検察、弁護側が事前に争点や証拠を整理し、短期間で集中的に審理する方式がとられた。

 公判前整理手続きでは、被告の捜査段階の供述調書を証拠とすることに弁護側が同意しなかった。だが、地裁は検察側に立証の方針などを確かめないまま整理手続きを打ち切った。公判では供述調書の任意性が争いになったが、地裁は何の取り調べもせずに検察側の証拠請求を却下した。

 その調書には「事件当日、毛布を部屋から外へ出していない」と受け取れる被告の供述があった。アパートの被告の部屋から押収された毛布には被害女児の毛髪や血が付いていた。供述が信用できるなら、犯行現場は被告の部屋と認定できたはずだ。

 高裁はそう指摘して、犯行現場を「アパート及びその周辺」とあいまいにした一審判決を事実誤認と批判した。犯行場所について真相を解明する努力を怠ったという理由からだ。

 さらに高裁は一審の訴訟手続きについても言及し、「裁判の日程を優先するあまり、公判前整理手続きを十分しないまま終結させた」と指摘した。

 公判前整理手続きの目的は、争点と証拠を整理して公判を進める計画をつくることだ。裁判に参加する市民を長期間拘束できないため、それが集中審理の実現に欠かせないからだ。

 だが今回の事件で一審の裁判官は、公判前整理手続きの段階で判決に至る道筋まで決めようとして、争点や証拠を絞り込みすぎたのではないか。

 裁判員制度は、事実認定や量刑判断に市民の多様な意見を反映させるのがねらいだ。

 裁判員には、市民なら審理に必要と考えるような争点や証拠も提示すべきだ。公判前の段階で裁判官が事件について一定の見方に沿って証拠を絞るべきではない。裁判官の役割は当事者の主張のいわば交通整理であるはずだ。

 裁判官は初公判に、裁判員とともに白紙の状態で臨む。そうした心構えがなくては、裁判員制度は絵に描いた餅になってしまう。

学校ケータイ―家族と共にルール作りを

 子どもたちが学校に携帯電話を持ち込むのは原則ノー。大阪府教育委員会が公立小中学校向けにこんなメッセージを発信した。政府の教育再生懇談会も「原則持ち込み禁止」の素案を取りまとめた。子どもと携帯電話の問題が大きく浮上している。

 府教委の方針は橋下徹知事の意向でもある。府内ではすでに小中学校ごとの持ち込み禁止が広まっており、実質上の影響はさほど大きくない。

 とはいえ、知事は「過度の依存は学習、健康の妨げになる」と言い切った。確かに、府教委の実態調査から浮かび上がる「子どもの1日」はケータイ漬けそのものだ。中1では携帯電話を「3時間以上使用する」が全体の15%、10人に1人が「51回以上メールを送信する」と答えていた。

 メールが届いたら3分以内に返信するという中学生は15%。現場の教師に聞くと、3分以内で打ち返すという暗黙のルールもあるらしい。返信の早さで互いの親密度を測る。そんな人間関係が広がっているのだろうか。

 調査では、ケータイ漬けの著しい子ほど家庭での学習時間が短く、生活習慣が乱れていることもわかった。

 こうしたことは、多かれ少なかれ全国共通の傾向だろう。日本PTA全国協議会によると、小5の5人に1人が携帯電話を持つ時代なのである。

 事態の深刻さを考えると、学校からのケータイ追放は妥当といえよう。

 ただ、携帯電話には子どもを犯罪から守る効能もある。大阪府教委も事情に応じて校長判断で持ち込みを認める方針という。登校後に学校で預かり、下校時に返すという方法もある。

 もちろん、携帯電話が学校生活から消えただけでは問題は解決しない。

 気になるのは、メールやネットを使ったいじめの増加だ。小中高生を対象にした文部科学省調査によると、昨年度、パソコンや携帯電話などを使った嫌がらせは約5900件にのぼり、前年度に比べて約1千件増えた。有害サイトの悪影響も心配されている。

 もはや、世の中全体で対策に乗り出すべきときだ。たとえば居場所を知らせる全地球測位システム(GPS)や通話機能に限定したものを広める方法もある。有害サイトの閲覧を制限するフィルタリングというサービスもある。携帯電話にかかわる企業を巻き込んで、子ども向けの機種やサービスを広めることを真剣に考えたい。

 そして、最も重要なのは家庭の役割だ。「食卓で使わない」「夜は電源を切る」など使用のルールをつくれば、学校のルールも生きてこよう。

 なにより、子どもたちをケータイ漬けから救い出し、顔と顔を見合わせて意思を交わす本来のコミュニケーション能力を高めてやりたい。教室も家庭も、そんな場であるべきだ。

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