 私が生きづらさを感じていた20歳の頃、大きな事件が立て続けに起きました。ひとつは阪神淡路大震災です。あの惨状を見て、結局どんなに競争を勝ち抜いて社会的に成功しても、大金を稼いで、家を建てても、すべてが一瞬で瓦礫の山になるというのがものすごい衝撃でした。だったら必死に頑張る意味がどこにあるのだろうと。
そしてもうひとつはその2カ月後に起こったオウム真理教(現アーレフ)による地下鉄サリン事件です。この事件がショックだったのは、自分はフリーターで、ただ生きるために誰でもできる単純作業を繰り返しているというすごく小さな日常の中で生きていたのに、オウムの中では同世代の人が世界救済とか終末思想を身にまとって、すごく大きな物語の中にいたことです。しかもすごく楽しそうというか充実していて、私のくだらない日常よりも絶対いいだろうなとすごく思ったんです。
また、オウムが唱えていた物質主義批判、拝金主義批判にもすごく共感しました。私たちの世代はけっこう生殺し状態というか、私の少し上はバブル世代なのですが、彼らのようにたくさん稼いでたくさん使って楽しむという生き方は、生涯獲得できないだろうと思っていました。しかも実際に不況に突入していたので、お金を人生のメインの糧として生きていくのは厳しいだろうなと思ったときに、物質主義や拝金主義を過剰に批判したくなったんだと思います。
もちろん実際にやったことは地下鉄にサリンをまくという絶対に許されない犯罪行為なんですが、当時の私は本当に死にたくて、みんな死ねばいいと思っていて、逆に「私の代わりにやってくれた」というくらいの気持ちになったんです。そのくらい追い詰められていたんです。
当時20歳でフリーターの私は、不況の嵐が吹きすさぶ荒野の中にひとり立たされて、これから先どうやって生きていこうという気持ちだったんですね。どこかの会社に勤めて終身雇用で生きていくだとか、あるいは正社員でお金持ちの人と結婚して専業主婦になるという生き方のモデル自体も崩れてきていましたし。ここから自分たちも含め、それ以降の世代はどうやって生きていけば最低限死なないというか幸せになれるのかをすごく考えざるをえなかったんです。
世間的にも、オウム事件に対しては物質主義・拝金主義一辺倒の戦後日本の教育や価値観が間違っていたから若者がオウムに惹かれたんじゃないかという論調が出てきたのですが、それにすごく共感しました。「自分は戦後の日本に生まれたからこんなに生きづらく、苦しいのかもしれない」と思い、「戦後日本の価値観」に対する違和感は決定的になりました。そして「もしかして私が感じている生きづらさは私だけのせいではないかもしれない」と思うようになった最初のきっかけでした。 |